帝国暦487年11月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: リリーナ
「オーディンからの通信です。全弾命中、目標の排除を完了したとのことです…………」
オーディン宙域への最終亜空間跳躍に向け、精密な重力場観測と補正計算を終えた直後 、リリーナのもとに待ちに待った一報が届く。
リリーナは一瞬だけ目を閉じる。
「……素晴らしいわ」
次の瞬間、その声にはすでに確信が宿っていた。
「これで障害は消えたわ。あとは帝都を制圧するだけよ」
その報の持つ意味は大きかった。
それは、ガイエスブルグ要塞攻略前から準備されていた帝都における攻撃が首尾よく完了したというものだった。より重要なのはその対象であり、前皇帝の孫であり、前皇太子の一人息子にあたるエルウィン・ヨーゼフ皇子だった。
リリーナにとって、もはや皇帝という存在は邪魔以外の何物でもなかった。というのもラインハルトとの約定において皇帝に反逆しないことが明記されていたためである。実際には統治には形の上でも皇帝がいた方がいいことは明らかだったが、それはリリーナの仕事ではない。
そのためにリリーナは大気圏内小型弾道ミサイルを大量に持ち込ませていた。それらは混乱している帝都防衛網を飽和攻撃によって突破、ノイエ・サンスーシの一角へと一斉に突入した。
宮廷の一部は、今や瓦礫と炎に変わっているはずだった。
「全艦隊、ワープ!」
リリーナの声は、力強くも短く、自信に満ちていた。
「そのまま帝都制圧作戦に移行。遅延は許さないわ」
艦隊は即座に応答し、事前の補正計算に従って正確に空間が歪む。次の瞬間、リリーナの艦隊はオーディン至近距離へとワープアウトしていた。主星とオーディンの重力を大きく受けながらも、艦隊に乱れはない。
迎撃の余地すら与えない距離。リリーナの艦隊を認識して帝都の艦隊が宇宙軍港から離昇し、軌道上に展開するまでのわずかな時間差。その隙間に、楔のように打ち込まれる。
「管制を無視して突っ込みなさい!!!!」
リリーナの艦隊は減速すら最小限に抑え、そのまま降下を開始した。
ノイエ・サンスーシ上空。帝国の象徴たる宮殿の直上に、無数の艦影が影を落とす。
強行着陸。
衝撃波が庭園を薙ぎ払い、整然と整えられていた景観は一瞬で踏み荒らされる。しかし、その混乱はむしろ都合が良かった。秩序が崩れた場所にこそ、迅速な支配は成立する。
ノイエ・サンスーシ上空の旗艦で、リリーナは静かにその光景を見下ろしている。 その前で次々と部隊が展開し、計画通りに帝都中枢の制圧を進める。
領地を丸投げしたことによって浮いた管理リソースと地上戦力を、リリーナはこの計画に投入していた。
「第一都市型戦闘旅団、降下完了。宮殿中央区画へ突入開始」
「第二旅団、国務省方向へ展開中。抵抗は散発的」
「第三旅団、帝国軍中枢施設への進入経路を確保」
報告が矢継ぎ早に流れ込む。
「地上装甲師団、全方位に展開を開始。主要街路の封鎖を実施中」
「空中機動旅団、民間宇宙港を制圧。離脱路を完全遮断しました」
リリーナはそれを承認しつつ、一部のみ細かい指示を出す。
「こんなこともあるかと思って地上用装備品も細々と作らせていたけど、既存の地上装備が古代のものと変わらないからか順調ね。」
リリーナは帝都制圧のために、地上用の重装甲車や小型空中要塞といった重装備から、個人携帯用の対エネルギービーム擾乱剤散布器のような小型装備まで持ち込んでいた。もとは経済侵略した辺境惑星のような艦隊を置くにはコストのかかる場所での戦力として用意していたものだったが、本格的な配備を始める前に同盟領侵攻作戦を開始していたので宙に浮いていたのだった。
ノイエ・サンスーシ上空。本来近づくことすら許されないその場所に、リリーナの旗艦ヴュルテンベルクは微動だにせず浮かんでいた。
眼下には、すでに秩序を失い始めた帝都の光が広がっている。その執務室に、リヒテンラーデ侯は引き出されていた。拘束されたまま、床に膝をつかされる。
だが、その視線はまだ死んでいなかった。自分は帝国の重臣であるという認識が、かろうじて彼を支えている。
リリーナは振り返りもしない。スクリーンに移る帝都の制圧状況を見たまま、ただ告げる。
「リヒテンラーデ侯」
その一言で、場の空気が固定される。
「貴方をフリードリヒ四世陛下暗殺の共犯、ならびにエルウィン・ヨーゼフ皇子暗殺の主犯として逮捕するわ」
短い間。
「さらに、えーっと、帝位簒奪の意思ありと認定し、一族郎党すべてを極刑に処すことになったわ。正式な手続きは後でやるけど、とりあえず先に死んでもらうわ」
あまりにも平坦な声音だった。宣告というより、すでに確定した事務処理の読み上げに近い。
「どういうことだ!!」
リヒテンラーデ侯の怒声が響く。
「私が暗殺だと!? 何を根拠に…………」
「貴方の意見は聞いていないわ。替え玉の類じゃないことが分かれば十分だわ。処刑しておきなさい」
衛兵が動く。その現実に、ようやく焦りが滲む。
「待て!! どういう根拠でもって――」
「根拠?」
そこで初めて、リリーナはわずかに首を傾げた。
「私は亡きフリードリヒ四世陛下より遺勅を託されているわ」
淡々とした声。
「陛下が崩御された場合、ラインハルト様と協力し、帝位を壟断せんとする逆臣を討て、とね」
「そんなもの…………」
リヒテンラーデ侯は吐き捨てる。
「そんなもので貴族も民衆も納得するとでも思っているのか!」
「興味ないわ。統治は私の仕事じゃないもの」
即答だった。わずかに振り返る。
その視線は、もはや人を見るものではなかった。ただ対象を処理するための確認に過ぎない。
理解が追いついた瞬間、リヒテンラーデ侯の顔から色が消える。
「連れて行きなさい」
衛兵が動く。リヒテンラーデ侯の姿は、あっさりと艦橋から消えた。
その直後。
何事もなかったかのように、報告が流れ込む。
「国務省、軍務省、内務省、財務省、宮内省、中央の主要拠点はすべて掌握完了しました」
リリーナは視線を帝都から外さない。
「首尾は?」
「抵抗した高官数名を処分後、すべての文書に署名が完了しました」
「そう。上々ね」
それで十分だった。
リリーナが帝都を制圧してから、まだ数時間も経っていなかった。
だが、その短い時間の中で、銀河帝国は形式上、解体されていた。
リリーナは、まず帝都中枢を物理的に掌握した。国務省、軍務省、内務省、財務省、宮内省。帝国を帝国たらしめていた諸機関は、すべて武装兵の監視下に置かれ、逃亡しようとした高官、命令書への署名を拒んだ官僚、あるいは単に反応が遅かった者たちは、皇帝暗殺を防げなかった責任を問われる形で、適当な罪名を与えられてその場で処刑された。
それは裁判ではなかった。粛清ですらなかった。手続きを前に進めるために、障害物を取り除いただけだった。
残った官僚たちは、理解していた。いま自分たちが署名している文書の意味を。そして、それに署名しなかった場合、自分たちが次にどこへ送られるのかを。
リリーナは、まずフリードリヒ四世の遺勅を提示させた。
もちろん、それはもともとは存在しない文書だった。
だが、玉璽は押されていた。宮内省の保管印も揃っていた。証人となるべき侍従官も、必要な人数だけは生き残っていた。そして何より、ノイエ・サンスーシはすでにリリーナの軍靴の下にあった。
そこに真偽を問う余地などなかった。
その遺勅に基づき、まずメルゲントハイム家は、これまでの軍事的功績と帝国危機における忠誠を鑑みるという名目で、伯爵家から新設の大公家へと昇爵させられた。
次に、反乱に加担した全貴族の領地が没収され、メルゲントハイム大公領へ編入された。
それだけでは終わらなかった。
帝国直轄領は、皇帝家の正統な継承者不在を理由に暫定管理地とされ、メルゲントハイム大公家の直接統治下へ移された。さらに、反乱に加担していない諸侯領についても、帝国秩序の再編という名目で、メルゲントハイム大公を宗主とする自治領へと組み替えられた。
この時点で、銀河帝国全土は、形式上メルゲントハイム大公領となっていた。
そして、最後の一撃が加えられる。
リリーナは、もう一つの遺勅を読み上げさせた。
フリードリヒ四世の直系男子のみが、帝位継承権を持つ。
その継承者が絶えた場合、帝政は自動的に停止され、国家体制は共和国へ移行する。
そう記された、ありもしない皇帝の最終意思である。
エルウィン・ヨーゼフ皇子は、ほかならぬリリーナの手ですでに死んでいた。
ならば、帝位継承者は存在しない。帝位継承者が存在しない以上、皇帝も存在しない。皇帝が存在しない以上、銀河帝国はその法的根拠を失う。
その結論として、銀河帝国は銀河共和国へと移行した。
ただし、それは民衆の共和国ではなかった。
最高意思決定機関は、皇帝から、大公以上の貴族によって構成される帝国議会へと移される。だが、この時点で大公位を持つ者は、当然ながらメルゲントハイム家のみだった。
つまり、共和国という名を与えられた新体制は、制度上は合議制でありながら、実質的にはラインハルトに全帝国を押し付けるための巨大な器に過ぎなかった。
そして、新設された帝国議会の議決に基づき、リリーナは旧帝国軍の即時解体を決定した。
帝国軍という組織は、皇帝に忠誠を誓う軍である。しかし、皇帝はもはや存在しない。 銀河帝国も、すでに存在しない。したがって、帝国軍が存続する法的根拠もまた失われた。
人員、艦艇、基地、兵站、予算、軍需工廠。そのすべては、治安維持と国家再編のため、メルゲントハイム大公家へ即時移譲される。
同時に、メルゲントハイムは銀河共和国を守護する義務を負い、代わりにその領内において銀河帝国改め銀河共和国への全ての税が免除されることになった。
また、有名無実となった全ての尚書職が解任され、リリーナの気まぐれによりラインハルトが全ての尚書職を兼ねることになった。
それは暴挙だった。あまりにも粗雑で、あまりにも強引で、あまりにも見え透いた簒奪だった。
だが、リリーナにとって、それは何の問題でもなかった。
承認する者がいるかどうかなど、どうでもよかった。諸侯が納得するかどうかも、官僚機構が耐えられるかどうかも、民衆が理解できるかどうかも、リリーナの関心の外にあった。
リリーナに言わせれば、それはラインハルトが考えるべき問題だった。
形式は整えた。文書も作った。印章も押させた。帝国は共和国になり、帝国軍は解体され、全土はメルゲントハイム大公領となった。
つまり、以後ラインハルトは、銀河帝国全土を管理しなければならない。
そして同時に、リリーナを縛るものは何もなくなった。
皇帝はいない。帝国はない。帝国軍もない。命令系統も、忠誠義務も、法的拘束も、すべて書類の上で消滅している。
リリーナは帝国を征服したのではない。帝国という制度そのものを解体し、その残骸をラインハルトの机の上に積み上げていた。
そして、リリーナは満足そうに息を吐いた。
「ラインハルト様には感謝してもしきれないわ。おかげで帝国みたいな面倒なものを使い続ける必要がないのだもの」
感想・評価よろしくお願いいたします。
おかしい、主人公は根っからの悪人ではなく悪を許容できる平和主義者なはずなのに、なんか邪悪な気がしてきた。