帝国暦487年11月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: リリーナ
『そもそも銀河帝国は人類の幸福と秩序維持のために存在し、その中核に位置する皇帝は、その役割を体現する存在でなければならない。しかるに、その皇帝が臣下によって廃立され、あるいは弑逆の対象となるに至ったのであれば、それは帝国の本来あるべき姿からの明白な逸脱である。さらに、帝権を補佐する貴族が帝位に対して過度の影響力を行使し、その結果として統治の公正が損なわれているのであれば、それは看過し得る範囲を超えている。
ゆえに、先帝フリードリヒ四世陛下は、その最期において、この事態を是正し、帝国の理念を回復するための措置を講ずることを命じられた。すなわち、人類の守護者たるルドルフ大帝の意志を継ぎ、全人類を統治するための国家の統治体制および銀河の秩序の再構築である。
以上の経緯に鑑み、この命に基づく措置として、ここに新たな統治体制を確立する。
私、リリーナ・フォン・メルゲントハイムは、ここに銀河共和国の成立を宣言する。
また、帝国秩序の維持および再編のため、反乱に加担した諸侯の領地はすべて没収され、これをメルゲントハイム大公領へ編入する。さらに、帝国直轄領は皇統断絶に伴い暫定管理地として同大公領の直接統治下に置かれ、その他の諸侯領についても、帝国再編の過程において、メルゲントハイム大公を宗主とする自治領として再編されるものとする。
これと同時に、帝国議会第一決議として、既存の帝国軍の全指揮権および運用権限は、例外なくメルゲントハイムに移譲されるものとする。これに伴い、帝国軍は従来の指揮系統を解体し、メルゲントハイム大公旗下の防衛戦力として再編される。その最高責任は、メルゲントハイム大公たる私がこれを負う。
また、我が夫ローエングラム伯ラインハルトと協同し、皇帝弑逆に関与した者の特定・拘束・処罰を最優先事項として実施する。これと並行し、自由惑星同盟と称する反乱勢力に対しては、軍事的および政治的手段をもって速やかな鎮圧を図り、人類の活動する全領域における秩序の回復を達成するものとする。
………………また、旧メルゲントハイム伯領以外の全領域においては、速やかに生産活動の転換および再教育運動を実施し、資源配分の最適化と労働効率の向上を通じて、生産総量の増大による経済基盤の再構築を図るものとする。
その過程において、各地域の既存産業は一時的に統制下に置かれ、軍需・基幹インフラ・食料供給を優先とした再編が行われる。労働力については、能力および適性、再教育に基づく再配置を実施し、非効率な慣習的配置は廃される。
また、従来の社会秩序維持局は即時解体し、その権限は全面的に停止する。同機関が担っていた統制・監視機能のうち、共和国民の健康維持、労働力の安定供給、および内乱の未然防止に必要と認められる最低限度の業務についてのみ、メルゲントハイムの新行政システムへと再編・移管する。
さらに、情報および輸送インフラについては、共和国全域を一体として運用する基盤として再定義し………………』
事を起こす以前にあらかじめ収録されていた映像は、いまや帝国全域。否、成立を宣言されたばかりの共和国の隅々にまで同時配信されていた。各地の管制網、通信網、公共端末は例外なく掌握され、その内容は一切の遅延なく強制的に流されている。
その時、入室許可を求める通信が端末に表示された。そこでなぜか見たくないものを見たリリーナは端末に短い指示を送る。
「……いいわ。ラインハルト様だけ通してあげて」
その一言で、執務室のロックが解除される。扉が静かに開く。
「どういうことか説明してもらおうか…………」
一人で執務室に通されたラインハルトはリリーナを前にして状況を理解し、次に怒りに震えていた。しかし、リリーナは意図的にそれを無視する。
「ちょうどいいところに来てくれて助かったわ。いやー、まさか帝国の歴々たる大貴族が、皇帝と皇子を暗殺してしまうとは思わなかったわね。こんなこともあろうかと、事前に予想して撮影していた映像が役に立ってよかったわ」
リリーナの口元がわずかに緩む。そして、ラインハルトの怒りがさらに膨れ上がったのを見てリリーナは少しなだめようとした。
「まあ、とりあえず説明するから落ち着いてもらえるかしら。大した人数を殺したわけでもないし、そんなに怒る事でもないでしょう?」
「そういう話をしているのではない」
「はぁ…………。緊急のことで貴方に相談できなくて申し訳なかったのだけど、たった今、旧帝国の全土がメルゲントハイム大公領になったところよ。行政機構はまだ空白が多いから、順次人材を見繕って配置してもらえるとありがたいわね。それから、貴方を新しい銀河共和国の尚書職全てに任命しておいたわ。内政、軍務、財務、全部まとめて。好きにやって頂戴。まあ、こっちは名誉職みたいなものね。そのうち、メルゲントハイム大公領に全部移すからよろしくお願いするわ」
「はっ?」
その顔は困惑に満ちていた。そして、その手で頭を抱えていた。
「……冗談のつもりか」
「いいえ」
即答だった。
「すでにあらゆる場所にさっきの映像が流れているはずよ。今さら取り消す理由もないでしょう?」
ラインハルトの眉間に、はっきりと皺が刻まれる。
「私がこれを許すと思うのか?」
リリーナはわずかに首を傾げる。
「あら、感謝の言葉すらないのは心外だわ。貴方は以前から銀河帝国が嫌いだと思っていたのだけど。私は貴方の代わりに滅ぼしておいたのよ?」
リリーナは畳みかけるように話す。
「それに、貴方は前から権力は受け継ぐのではなく、力あるものが実力で奪い取るものだと話していたそうね。その点からいっても、私の行いを貴方に批難される覚えはないわよ。そもそも、貴方が私の艦隊の建造費用や原料調達ができなそうなのが悪いのよ。別に革新的なものや創造的なものは貴方に求めてないわ。しっかりと管理する程度のことしか期待していないのよ。勘違いしないでほしいわ」
リリーナが悪態をつく横でラインハルトは戦慄していた。それは確かにラインハルトの発言であったが、それをリリーナやその周りで話したことはなかった。
「あら、なんで知っているかを本当に理解していないのかしら?」
リリーナはくすりと笑う。
「それは貴方があんなセキュリティも何もないアパートに住んでいたからに決まっているでしょう。それに、貴方の端末のいくつかにはマイクがついているのはご存じ?こんなこともあろうかと、いろいろ準備させておいたのよ。」
リリーナは自慢げに鼻を鳴らす。
「全く、貴方が宇宙を手に入れたいと言っていたから私のいらない部分を貴方にあげたのだけど不満かしら?それとも、半分くらいはキルヒアイス提督にお渡しした方が良いのかしらね。貴方のものは残らずキルヒアイス提督のものでもあるのでしょう?」
リリーナはここぞとばかりに楽しそうにまくし立てる。
実際には婚約騒動の時からの音声データはラインハルトとの結婚まで死蔵され、結婚後にようやく解析されたのだが、それをいうほどリリーナは誠実さを示す必要性を感じなかった。
そして、リリーナはヒートアップする。
「そもそも、貴方は無能が嫌いと公言して憚らないみたいだけど、学部生程度の数学や物理学すらあやふやなくせして、自己嫌悪で死にたくならないのか不思議だわ。夜な夜なベッドで過去の発言に悶えているならまだしも、よくも毎日安らかに眠れるわね。図太さには尊敬に値するわ。」
ここぞとばかりにリリーナはぶちまける。
「それに精神が子供みたいで感情のコントロールができてないのよ。それでいてストレスをためているのだから…………。この際言わしてもらうけど、貴方最近のストレス値が高すぎるわ。おとなしく測定だけで終わらせようと思っていたのに、なんで介入しなくちゃならないのよ。もっと自分の機嫌くらい自分でとろうとは思わないのかしら。キルヒアイス提督になんでも押し付けすぎてるのよ。まるで子供の世話をする大人の図だわ」
そして、端末を見ながら回るだけ口を回していたリリーナがふと視線を向けると、ラインハルトの様子にわずかな違和感があった。リリーナが一方的にまくし立てている間に、いつの間にかラインハルトはその場に座り込んでいた。
先ほどまで辛うじて保たれていた緊張が途切れ、反応が鈍くなっている。言葉に対する返答もなく、視線だけがわずかに揺れる。
リリーナはこれ以上ラインハルトを責め立てるのは悪手であると感じ始めていた。そもそもリリーナはラインハルトには自分の夢を共有して、それに向かって努力してくれることを期待しているのだ。
「あー、えっと、多幸感と抑鬱の軽減でいいわね…………」
手元の端末からリリーナはラインハルトの脳内へとシグナルを送り込む。それは、ラインハルトが過度のストレスを受けることによって自己免疫疾患を発症しないように、いくつかの神経伝達物質を通じてラインハルトの気分改善を引き起こすものだった。
すこし、目に光が戻ってきたラインハルトにリリーナは囁くように語り掛ける。
「ラインハルト様、貴方にだけは、私の目標を、夢を話しておこうと思って」
すこし興奮で紅潮した顔でリリーナはラインハルトの横に腰かける。
「聞いてくれるかしら」
そして、リリーナはゆっくりと話し始めた。
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