帝国暦485年10月、メルゲントハイム伯爵領 褐色矮星リリーナBD-23
いくつかの小さな事件はあったものの、リリーナはいまや絶好調であった。
帝国軍からの資金や商人からの借財で資金難が和らぎ、態度の軟化した周囲の貴族から資源を買い漁る事も出来るようになっていた。集めた資源は中性子衝撃砲を八門搭載した大型の新型戦艦を始めとして、砲艦や駆逐艦、大型の軌道上要塞といった中性子衝撃砲を配備した新型兵器群を整えるために使われていく。メルゲントハイム伯爵領のあちらこちらで輸送船と工作船が新造され、交差して忙しく働き回っていた。
しかし、そんなリリーナにとって一つ早急に解決する必要のある問題が存在する。それがメルゲントハイム領全体でのエネルギー問題であった。
メルゲントハイム領では経済発展によりエネルギー需要が見る見るうちに爆発的に増加しており、どこもかしこも慢性的なエネルギー不足に陥っていた。なんとか既存のエネルギープラントの増設によって賄ってきたが根本的な解決は困難であり、首都星トワングステですらしばしば産業と生活の制約になっていた。特に産業との競合によって優先度を下げられた領民たちの不満はリリーナにとっても看過できない規模になりつつあった。
メルゲントハイム伯爵領全域規模にエネルギーを供給するとなれば、星系ごとの対応ではなかなか難しい。特に、星系外部からエネルギーを運ぶとなればそれ相応に大規模なエネルギーが輸送に必要になり、一つの星系が他の星系の緊急援助のためにかえってその星系までエネルギー不足に陥るという悪循環を断つ必要があった。最大の消費地、首都星トワングステのあるプルーセン星系とその隣接星系では容易に使用できるエネルギー資源は既に利用されており、根本的な解決は難しい。
リリーナには既存の技術では困難なほどの大量のエネルギーを確保する手段が必要だった。その候補の一つが恒星丸々全てを覆うダイソン球であり、もう一つが小型ブラックホールによる発電であった。
「どちらも進めたいところだけど......。流石に両方は手が足りないわ」
リリーナは二つの選択肢を丹念に頭の中で転がす。サイズや規模の面で圧倒するダイソン球に対し、ブラックホールという規格外の天体を扱うブラックホール発電。リリーナの頭の中で行われた熱い戦いはなかなか勝負は付かなかったが、重力波理論の進展という一点で後者に軍配が上がった。
それに加えて、リリーナがその建設候補天体に心当たりがあったことも大きかった。
その天体こそ、今まさにリリーナの目の前に広がっている褐色矮星系、リリーナBD-23であった。
この星系の主星はとうに核融合を終えた低温の褐色矮星であり、この褐色矮星に非常に近接して回る小型のガス惑星が唯一の惑星だった。そんな寂しい星系だったこともあり、リリーナが目をつけるまでは識別番号以上の名前は付けられていなかった。
もっとも、メルゲントハイム領内でも利用価値の低い大半の天体は識別番号のみであり、そのなかでリリーナが有用だと思った天体をカタログに載せていた。そこでの名前が自然と天体名として使われるようになっていたのだ。
リリーナが目をつけたのはこの星系唯一の惑星、リリーナBD23-bの特異性にあった。水素大気の外層が非常に薄く、その下にあるヘリウム層へ直接力学的アプローチが可能だったのだ。
「何かの恒星風で外層が吹き飛ばされたのかしら。それにしても、丁度いいところで止まっているわね。主星からのガスと合わせれば十分実行は可能だわ!!」
「あの...姫様。何をお考えで....」
興奮するリリーナに恐る恐る家臣が声をかける。
「そう、ヘリウム殻と金属水素層を連鎖的に爆発させて中心核を押しつぶすのよ!!!!」
そう答えたリリーナは家臣たちの返答を聞く前に部屋に籠って計算を始めるのだった。
そんなリリーナのもとに、帝国軍からの連絡が届いたのは、11月に入ろうかという頃だった。リリーナが放置していたが故に家臣から読み上げられた通信文は、いかにも軍部らしい定型の文体で、礼儀正しく、しかし明確に“協力要請”を求めていた。
『新型艦艇の整備過程において、深刻な技術的問題が発生している。特に、動力系統から回転砲塔制御系の接続において、エネルギー伝達経路が著しく不安定化している。』
要するに「動かないから来てくれ」ということだった。リリーナが考えるに、この程度の問題をこちらに要請しているということは他の問題も解決できていないのだろう。もっとも、こちらも生産力に余剰なしとして部品調達要請にすら取り合ってこなかったこちら側にも原因があるのだが。
もちろん、こうした連絡はこれまでにも何度か寄せられていた。
その都度リリーナは、設計時に渡した技術マニュアルの増補版の該当箇所を示して「すでに売却済みの艦艇ですので、運用と整備は購入者の責任範囲内ですわ。」と突き返してきた。
実際、売り払った艦艇に興味は無かったし、なによりリリーナにとっては済んだ話であり、整備や運用の問題を考えたくないからこその売却だったのだ。今やリリーナの興味は、さらに次世代の砲塔設計やその先の技術へと移っていた。
だが、流石に今回は事情が違う。通信文には、宇宙艦隊司令長官、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥の名が記されていたのである。
リリーナはその名を聞くと、「面倒なことになったわね」と唇を歪めた。
ミュッケンベルガー元帥。リリーナにとっては艦隊の売却やヴァンフリート星域でお世話になった相手であり、ひきこもっているリリーナの母を通して遠い親戚でもある人物である。そのうえ、帝国軍三長官の一角、宇宙艦隊司令長官ともあれば断ればどんな面倒が待っているか考えたくもない。
加えて、リリーナが現在建造を進めている新型戦艦の工程は比較的順調であり、主要な技術陣も現場に張り付いている。ここで人を引き抜いて現場を混乱させるくらいならリリーナが自分で行った方が話が早い。
「……どうしてこう、売ったら終わりという話が通じないのよ。まったく、帝国軍も困ったものね」
帝都オーディンへ出発する前にやるべきことを思い出しながらリリーナはそうぼやいていた。
帝国暦485年11月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: リリーナ
帝都オーディンが存在するヴァルハラ星系に入るといつも以上に厳重な航宙管制がリリーナの乗った艦を誘導する。外の様子を確認すると星系内側に存在する帝国軍の拠点からいくつもの艦艇が音もなく滑り出ていくのが見えた。
戦艦、駆逐艦、それに大型輸送艦までが次々と大規模な編隊を組んで、星系外縁部を目指していく。
通信から入ってきた情報によれば、ミュッケンベルガー元帥が自ら艦隊を率い、イゼルローン方面へ向け出撃したという。なんでも反乱軍に侵攻の気配ありとの報を受けての緊急の出撃とのことだった。
「中性子衝撃砲艦をこれに間に合わせたかったということだったのかしら」
事態はミュッケンベルガー元帥が想像したよりも早くに進展したのか、それともリリーナが緩慢に過ぎたのかは分からないが、整備状況を聞いた限りは流石に今回の戦役には使用しない気でいるのだろう。
オーディンに到着すると、帝国軍の将校たちが形式ばった出迎えをしてきた。
整然と案内されたのは、軍高官用の居住棟にある貴賓室。広すぎる室内には金縁の家具が整然と並び、窓の外には帝都の整備された庭園が広がっていた。
「何なりとお申し付けください」
そう言い残して去っていった将校の背中を見送りながら、リリーナは小さくため息をついた。
「……何なりと、ね。気疲れするわ」
いつもの実用重視の部屋からこう華美な場所に通されると虫の居所が悪く感じる。
それにどうやら帝国軍はリリーナ本人が来ることを知らなかったようで、ここに通されたはいいものの今後については明確な答えを得ることが出来なかった。
帝国軍の担当士官からすれば、技術士官が派遣されてくるから客人として遇するようにとのことだったのが、蓋を開ければ大貴族がやってきたのだから対応にも困るだろう。ともかくリリーナは翌日に郊外にある技術局の試験場に向かう許可をやや強引に取り付けるのだった。
翌朝、貴賓室での朝食を早々に終えたリリーナは、帝国軍技術局の試験場へと向かった。
赤褐色の古風な技術試験場は趣を保ちつつ、最新鋭の研究設備が内部に収まっており、帝国軍技術の頭脳をかき集めた中性子衝撃砲管理チームの拠点ともいえる場所になっていた。
エントランスを抜けた瞬間、廊下にいた複数の技術士官が彼女に気づいて背筋を伸ばした。
「メルゲントハイム伯閣下、ようこそお越しくださいました」
最前列にいた中年の士官が、ほぼ敬礼に近い姿勢で頭を下げた。彼らは命令によってではなく、一人の開発者に対する敬意をもってリリーナを迎えていた。
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