銀英伝で波動砲を撃ちたいTS科学者   作:ヤキブタアゴニスト

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なかなか話が進みませんが、お読みいただきありがとうございます。









リリーナの講義日誌

帝国暦485年12月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン

 

リリーナが技術局の一角に姿を見せると、待ち構えていた技術士官たちの眼差しが一斉に向けられた。中には緊張からか直立不動の者もいたが、その大半はどちらかというと恩師を迎える学生のような顔つきだった。

 

どうやら先日のラインハルトとの婚約騒動が技術士官の中でリリーナの実力を確からしめたようで、一部ではリリーナに対するちょっとした崇拝のようなものが始まっていたからだった。

 

そして、それによってリリーナは彼らを同じ科学と技術の道を行く同志であると認識する。そもそも、リリーナにとっては伯爵閣下と呼ばれるよりも先生と呼ばれるほうが遥かに性にあっていた。そうしたこともあって、リリーナと彼らの間の壁は早急に撤去された。

 

加えて、リリーナはごく少数のお付きのものを除き、やかましい家臣たちをメルゲントハイムに残してきていた。つまり、リリーナが本性を晒すことを止めるものはいない。そして、士官たちの熱意もリリーナの想像以上であった。従って、最初は整備についての現状の報告と簡単な質疑だけのつもりだったその場が、徐々に講義のようになっていくのは至極当然の流れだった。

 

「エネルギー伝達系での損失関数がアインホッフ=パウフエルのT理論のものと異なっているように思います。この形状依存性の項をどう考えればよいのでしょうか」

 

「艦艇全体の設計においてワープエンジンの安定性についてお尋ねしたいのですが」

 

「臨界制御場の位相ズレは、どの程度までなら許容するべきでしょうか。セーフティの仕様が整備状況が良いときのものだと考えると、戦場での使用では変更する必要が生じるかと」

 

質問が飛び交うたび、リリーナはつい応じてしまう。

彼らの熱に当てられ、気づけばホログラム図面を開いて、基礎理論から砲身設計に至るまでの全体構造を解説していた。

 

 

「根本の部分は衝撃波統計加速で見たようなシアー前後での統計的な運動にあるの。エントロピーの流れを逆にすることで、逆に統計運動を衝撃波に変換することが可能になるわ。その仕掛けがこれね。エネルギーサイクルと接続されているのが分かるかしら?」

 

図を描きながら話すうちに、周囲の士官たちは自然と吸い寄せられるように集まり、誰からともなく端末を起動し始めた。

 

「こういう相手にはついつい教えてあげたくなってしまうわ」

 

リリーナの手は止まらず、講義はその日ではとても終わりそうになかった。

そして、宇宙広しといえどもここまでの議論が出来るものはほとんどいないだろう。その点で彼らはリリーナにとっても貴重な存在だった。

 

翌日以降もリリーナはほとんど毎日この試験場を訪れ、ほとんどの時間が技術士官たちとの議論と講義に費やされた。

 

これらの内容はのちに技術士官らの中で纏められ、メルゲントハイム講義録として受け継がれることになる。それは『TDV法による衝撃波逆加速理論の数値計算』といった軍事技術の基礎理論から『航行可能宙域とローカルバブル仮説』といったこの人類宇宙論に至るまで幅広い分野の基本書となることになる。

 

 

 

とはいえ、リリーナが試験場で気楽な日々を過ごしている間にも、メルゲントハイム領からの問題が次々と持ち込まれてくる。そのなかでもリリーナの頭を悩ませたのが新型戦艦のための資金と資源の不足であった。

 

根本原因は帝国軍からの褒賞に喜び勇んだリリーナであり、戦艦に駆逐艦、砲艦、最後には要塞と中性子衝撃砲を載せられそうなものをあれもこれもと建造したためだった。

 

ネックとなりそうな一般金属資源については輸入と小型の衛星の解体により確保できたものの、動力機関とエネルギー伝達系に必要なランタノイド系列を始めとしたいくつかの重金属資源の確保に失敗していた。そもそも、重金属資源は鉱山も少なく、生産量自体が非常に少ない。メルゲントハイム領ではそもそも産出する天体がほとんどないことも相まってリリーナの頭を悩ませていた。

 

銀河には千億の恒星と一兆の惑星があるという。しかし、人類宇宙で言えばその数は激減し、そのうちリリーナの欲しい資源が眠っている星は数えられるほどしかない。

リリーナは人類宇宙のあまりの狭さを嘆いてやまなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国暦485年12月、イゼルローン回廊  side: ラインハルト

 

リリーナが帝都で学術談義に花を咲かせていたころ、イゼルローン要塞での戦闘を終えたラインハルトは既にオーディンへの帰還の途にあった。二千隻あまりを率いたラインハルトはその小勢にもかかわらず同盟軍を翻弄し、勝利への大きな立役者として凱旋する立場であったものの、その顔には明らかな不満の色が浮かんでいた。

 

 

「トゥールハンマーというハードウェアに頼っただけではないか。そんなつまらない勝利を喜べるか」

 

イゼルローンからの帰還の途についたラインハルトは艦隊の中にあって浮かない顔でそう口を開く。

 

「キルヒアイス、何か言いたいことがあるのか?」

 

そう問われた赤毛の親友は少し目を閉じてからラインハルトに問いかける。

 

「ハードウェアで負けるよりは遥かに良いのではないでしょうか」

 

ラインハルトはその言葉に頷くと

 

「それもそうだ。だが俺ならばハードウェアごときの優勢など簡単にひっくり返せる。俺が総司令官ならイゼルローンなど無くとも同盟軍などと呼称する反乱軍を蹴散らしていたのに!!」

 

声に鋭さが宿る。襟元を無意識に引き締めながら、ラインハルトは立ち上がり、窓の向こうに広がる宇宙の深淵を睨みつけた。

 

 

その瞬間、彼の脳裏にひとつの記憶がよみがえった。それはヴァンフリート星域の戦いで存在感を示し、つい最近その理論と格闘する羽目になったある新鋭艦艇であった。

 

「キルヒアイス、中性子衝撃砲が今どうなっているか、知っているか?」

 

穏やかな赤毛の副官は、迷いなく応じた。

 

「──あの兵装、中性子衝撃砲ですが……帝国軍としては、戦術的な価値を見出して正式に購入したものの、結局、まともに整備できなかったようです。あれほど繊細な機構を維持するには、帝国軍の既存の艦艇技術では対応しきれなかったのでしょう」

 

ラインハルトは眉をひそめる。キルヒアイスは静かに続けた。

 

「その後も技術局が何度か解析を試みたようですが、結果は芳しくなかったと聞きます。新造に至っては、資材の調達どころか、そもそも構造自体がよく理解できていないようで。それに、メルゲントハイムでしか製造されていない部品や装備が数多くあるようです。最終的にはあの令嬢にミュッケンベルガー元帥直々に依頼したとか」

 

 

 

ラインハルトは複雑だった。ラインハルト自身は気が付いていなかったが、自身を無能呼ばわりした相手が相応の能力を持っていることに関して安心したような表情を浮かべていた。

 






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