「ピィィィィッッッッップ!!」
ウルガモスの“こおりのまい”!!
「フィルルアァ!?」
ビビヨンがレンに襲いかかる瞬間、既のところでウルガモスの“こおりのまい”がビビヨンの腹部を貫いた。
ビビヨンを怯ませるために速射したこおりのまいでは、暴走したビビヨンを沈めるだけの威力は出ない。
そもそも、ウルガモスは満身創痍で、技を放つのすらも全身の筋肉が弾けるような激痛を伴うような状態である。
その状態で、暴走したビビヨンに勝てるわけはなかった。
「フィルルアァァァァ!!」
ビビヨンの“めいふのまい”!!
ウルガモスに、ビビヨンの体中から漏れ出た霊気がまとわりつく。
霊気が霧散したとき、そこにはプツリ、と、糸が切れたように倒れ伏すウルガモスの姿があった。
「ッ!ウルガモスッ!」
「フィルァ」
ゾクリ、と背筋が凍った。
振り向けば、そこにビビヨンがいる。
俺は振り向くことができなかった。
振り向いたら殺される気がしたからだ。
心臓が痛い。最早、左腕の痛みは感じなかった。
今はまだ、排除すべき敵としては認識されていないが、今のビビヨンならば「そこにいるから」というだけの理由で殺されてもおかしくはない。
レンは、生まれて初めて、死の恐怖というものを実感した。
歯がガチガチと鳴り、全身鳥肌が立ち、恐怖に涙した。
「フィルァ」
やがて、ビビヨンはこちらに興味を失い、洞窟から去っていく。
俺は、地面にへたり込んでしまった。
ビビヨンが去っていった洞窟の入口と、ビビヨンに奪われた左腕と、苦しそうに倒れ伏すウルガモス。
それを無気力に眺める俺は、はたから見れば不気味だろう。
出血で、視界はぼやけ、最早立ち上がる事もできなくなってしまっていた。
隠れていた虫ポケモンたちがウルガモスにオボンのみを食わせているのを横目に見ながら俺は目閉じた。
薄青い月が見えた。
人の声が聞こえる。瞼に明るい光が刺し込む。
目を開けると、そこには見覚えのない白い天井があった。
キョロキョロと辺りを見渡すと、白衣を着た女性が数人の医者に指示を出しているのが目に入る。
やがて、その女性は目を覚ました俺に気付くと、ツカツカと近づいてきた。
「ようやく目を覚ましたか。お前はモナツの大森林の月の洞窟にて倒れていたところを保護された。容態としては…最悪だ。左腕の欠損、ストレスによる胃潰瘍、肩の切り傷。傷から菌が入って膿んでいたぞ」
いきなりそんなことを言われた俺の頭はパンク寸前だった。
なんとか状況を把握した俺は女性に尋ねる。
「えっと…状況はなんとなく理解しました。色々聞きたいことがあるんですけど、まず、ここはどこですか?」
その質問に、女性は「ふむ」と顎に手を当てて話しだした。
「まず、ここはザラント大学病院の病棟だ。この街、ザラントシティ最大の医療施設だな」
「ザラントシティ…?」
「まさか、お前、この街のことすらも知らないのに、モナツの大森林に入ったのか?」
「い、いやまぁ…。それよりも!ビビヨンやウルガモスはどうなったんですか!?」
「ビビヨンについては知らんぞ。あの森にはビビヨンは生息していない。そしてウルガモスについてだが、容態がお前の何倍も酷く、死ぬ間近だったため、すぐさま集中治療室にて治療を施した」
「良かったぁ…じゃなくて!いや、ウルガモスが助かったのは良かったんだけど、ビビヨンがどこに行ったかわかんないはまずいぞ!」
意識が落ちる前に見たビビヨンを思い出し、思わず鳥肌が立つ。
あれが野放しになっているという事実に恐怖する。
もし市街地に現れたら、被害は底しれない。
しかし、女性は意味がわからないと言うように、首を傾げる。
「なんだ、やけに凶暴なビビヨンでも見たのか?だとしてもたかがビビヨンだろう。それよりも、なぜあの森にヘルガーが居たのかの方が大変だ」
「いやいやいや!ヘルガーもおかしいけど!あいつ…ビビヨン……黒い姿で…暴走して暴れ出して…」
失くなってしまった左腕をさする。
包帯に巻かれた肘の先に、無いはずの腕があるような感覚がまだ残っている。
「黒いビビヨンだと?確かにこの地方には特殊な霊気をまとった黒い大蝶の文献が残っていたりするが、ここ500年その姿は確認されていないぞ。おおよそ悪い夢でも見たのではないか?」
「違う!俺は確かに見たんだ!腕だってあいつに…」
「そうは言ってもな…。お前の腕に残されていた残滓からは僅かにだがヘルガーのオーラが検出された。あの場には、お前以外にウルガモスとヘルガーと虫ポケモンたちしか居なかったはずなんだよ」
「そんな…」
しかし、思い当たる節はあった。
ビビヨンはヘルガーの炎によって灰になり、そこから霊気をまとって復活――ビビヨンに進化した。
ヘルガーの霞化のように、ビビヨンも本当は怨念などの霊気の塊なのではないか。
概念的存在と化したのならば、残滓が残っていなくてもおかしくはない…のか?わかんね。
「ところで、緊急のことだからこうしてなんの手続きもせずに入院させているが…お前、何処住みだ?家族にも連絡したいのだが、スマホロトム持ってないのか?」
「あ~…。実は…」
俺は、別の世界から転移してきたこと、住む家も戸籍も金も私物もこの世界についての知識(ゲームで知れること以外)も家族は愚か、知人も居ないことを事細かに話した。
それを興味深そうに聞いていた女性は、なにか納得したように頷いて、とんでもねぇことを言い出した。
「なるほど。戸籍がなければ入院手続きができない。金がなければ入院費を払えない。出てけ」
「そうなんですよ…ってえぇ!?」
「何を驚いているんだ。むしろ、こんな元気になるまで面倒見てやったことに感謝してほしいくらいだ」
「おい待てよ。俺が可哀想だとは思わねぇのか?」
「いや、本当かどうかわからんし。嘘だったらうちが滅茶苦茶損するだけじゃないか」
「たしかし」
困った。非っ常に困った。このままじゃ現代人生活にサヨナラバイバイだ。マジで何も無い俺はどうやって生きていくのだろうか。ポケモンも居ないからバトルでカツアゲすることもできないし…。
そんな絶望する俺を女性は一瞥した後、淡々と話を進める。
「まぁ、その話が本当だったとして、トレーナー組合行けばまぁなんとかなるぞ。頑張れ」
「トレーナー組合?なんそれ」
気付けば俺はいつの間にかタメ口になっていた。そこそこ圧あるのになんか怖くねぇ。
で、そのトレーナー連合とは何なのだろうか。
「トレーナー組合は、新米トレーナーのサポートをする公的機関だ。ポケモンを持っていない奴には保護ポケモンをくれたりする。試験をパスすればトレーナーパスを取れたり、衣食住が無料で提供されるからおすすめだ。個人的にはあそこの食堂のおばちゃんの作るジャーマンポテトは絶品だ」
「お前そこ出身なのかよ」
「そうだが?そこで出会ったのがこの子だ」
女性が「おいで」と言うと他の患者の相手をしていたタブンネが近づいてくる。
「タブンネ〜」
タブンネ ヒヤリングポケモン タイプ ノーマル
心優しいポケモン。触覚から相手の気持ちや体調を理解することができる。医療に従事していることが多い。
「あっ、いつもお世話になっております」
「ん?どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
BWで散々狩りまくったからか罪悪感が湧いてくる。
「この子のお陰でお前の怪我治したからな。感謝してくれ」
「ポケモンってすげぇな。タブンネ、ありがとうな」
「タブンネ〜」
「取り敢えず、あと二、三日はここで面倒見るから、その間に組合の手続きしておけ」
「わかった。ありがとな、えーと…」
「ザニアだ。礼はいい、仕事でやってるだけだからな」
そう言って白衣をなびかせながら去っていくザニア。
そんな彼女の後ろ姿に、思わず呟く。
「今の、ぜってぇ漫画かなんかのセリフだろ」
その日、俺は生まれて初めて病院のベットで眠った。
その日、俺は悪夢を見た。
その日、俺はPTSDを発症した。
「ハァッ…ハァッ……!!」
薄暗い洞窟の中で、血を流しながら必死に逃げ回る俺を、蝶の形をした黒いバケモノが追いかけてくる。
真っ暗な一方通行の洞窟、出口は見えず、暗闇が延々続いている。
やがて、バケモノに追いつかれた俺は、左腕が――
「ハァッ…ハァ…ハァ……ぅおぇっ…」
思わず目が覚める。
ベッドから出て、トイレに向かう。
なんとか胃のものを吐き出し、ベッドにもたれかかる。
額に手の甲を当てると、脂汗がベットリと付く。
呼吸が安定しない。まるで100m全力疾走した後かのように動悸が激しい。胸が張り裂けそうだった。
「ハァ…ハァ…。ッ、どうして…」
頬を一筋の雫が垂れ落ちた。
草木も眠る丑三つ時。夜はまだ長い。
「昨夜はよく眠れたか聞こうかと思ったが…どうやら聞く必要は無さそうだな。見るからに最悪とでも言いたそうな顔をしているぞ」
「………ザッツライト。最悪だよ」
あの後、寝ることはできず、目の下にはでかいクマができてしまっていた。
「ふむ。まぁ十中十トラウマによる精神ストレスだな。まぁ十五歳前後でヘルガーに襲われればそうもなる。ましてやポケモンを初めて目にしたのだったら尚更だ」
そうは言われても、それだけで納得することはできない。
大好きだったポケモンが、ただの恐怖の対象でしかなくなってしまったことがとても虚しい。
思わずため息を付いてしまう。
俯く俺の後頭部にザニアがクリップボードを叩きつけてくる。
「いってぇなぁ…」
「いつまでウジウジしているんだ。男ならシャキッとしろ」
「医者が言っていい言葉か?それ」
「医者の私が許可した。なんら問題はない」
「とんでもねぇ暴論だな」
それでも少し元気が出てきた。
よし、トレーナー組合とやら、行ってみよう。
ザニアに渡された地図に従い街を彷徨うこと小一時間、たどり着いたのは、古びた公民館のような建物だった。
どこか怪しげな雰囲気を醸し出すその建物は、壁はボロボロに剥がれ、換気扇は年代物の油汚れがこびり付き、何枚か窓ガラスが割れていたのも確認できた。
その正面に佇む隻腕の男。
うん、通報されても文句言えねぇな。
「まぁ…折角来たんだし、入ってみるか…?」
こう思って入ったのが一時間くらい前。
正直後悔と来てよかったって気持ちが半々だ。
「珍しいこともあるもんだな。客だなんて三年ぶりじゃねぇかな」
「お邪魔しました」
「まぁ折角来たんなら茶ぁくらいシバいてけや」
軋む扉を開けて暗い廊下を歩いていくと、ソファーに腰掛けるおじさんに出くわした。
このおじさん、どっからどう見ても元ヤンとかその辺りの風貌だ。怖い。
おじさんはUターンして帰ろうとする俺の肩を掴んで建物の奥に半ば無理やり連れて行った。
さらば平穏。
「で?こーんなしょぼくれたとこに何の用だい?」
「えぇっとぉ…自分トレーナー目指してるんですけど、ポケモン持って無くて…そしたらここに行けって紹介されて…」
「なるほどな。こんなボロくても仮にトレーナー組合だ、任せておけ」
そう言ってサムズアップするおじさん。
立ち上がった拍子に足がテーブルに当たってお茶がこぼれたことに目を瞑ればカッコよかった。
「まずはこの書類の記入事項書いて、こっちの契約書にしっかり目を通してくれ」
お茶を拭いた後、おじさんが持ってきた大量の書類にペンを走らせる。
なぜこんなに多いのかと訊いたら、
「間接的にでも命に関わる仕事だからな」
と言われた。納得するしか無かった。
まず、個人情報。
正直名前と年齢くらいしか書けない。住所も電話もねぇもん。
おじさんに訊いたら、
「まぁたまにそういうやついるんだ。代わりにこっちの書類書いてくれ」
と別の書類を渡された。結構しっかりしてんだな。
次に、契約書。
ざっくりまとめると、
・組合に所属した場合、自立まで衣食住全て支援する。これは自立した後に少しずつ返してくれると助かるとのこと。
・初めてのポケモンは、組合が公的に保護したポケモンの中から相性の良い個体をパートナーとして渡される。
・組合に所属した状態で問題事を起こした場合、トレーナーとしての資格とポケモンを剥奪される。
・組合でポケモンの生態、世話の仕方、旅する場合のキャンプなどの仕方、トレーナーについての法律を学び、試験に合格するとトレーナーパスを得られる。
・組合に所属した場合、組合所属のトレーナーとなり、別の組織に所属したい場合は組合を脱退することとなる。その場合、支援金の三割程を一括で支払う義務が発生する。
とのこと。
要は、トレーナーとして自立するまで何から何まで支援してくれると。
何故こんなに金があるのかおじさんに訊いたら、
「公的機関だからな。シュラ地方、強いトレーナー増やさないと人の生活圏ぶっ壊されるからな」
と言われた。待ってこの地方そんな危険なの?シュラ地方て。
書類と格闘すること小一時間。なんとか全ての書類を書いて目を通しておじさんに渡す。
書類をパラパラと確認したおじさんは、それをクリップで止めてファイルに入れた後、棚に入れてソファーに座り直した。
「今日はこれでおしまいだ。明日の昼辺りには手続き終わらせとくぜ」
「あ、そうなんですね。ありがとうございました」
「まぁ待てや」
早々に帰路につこうと立ち上がったのだが、肩を掴んで座らされた。
脳みそを高速で回転させ、この状況から脱する策を考える。
結論、筋肉には勝てなかった。
謎に反対側の席に座っていたはずなのに、おじさんの隣に座らされていた。なんでや。
困惑する俺に構わず、おじさんは肩組んで話しかけてきた。
「なぁあんちゃん、俺達組合はよぉ、地方の役所を通してリーグから金を貰って運営してんのよ。保護ポケモンの世話したり、あんちゃんみたいな新米支援したりな」
だけどな、とおじさんは続けた。
「俺達は、保護ポケモンがいねぇとなんもできねぇのよな。新米に渡すポケモンも保護した奴らだし、保護ポケモンが居なければ貰える金が減る。保護ポケモンの世話に必要な経費しか貰えねぇのよ。その経費を節約して、ようやく一人二人が貧乏生活できるレベル。うちなんて保護ポケモン二匹しか居ねぇから生活なんてできねぇ。おまけにこれで面倒見んのも
そこまで言って、おじさんは深々とため息をついた。
曰く、トレーナー組合というのは世界一のブラック企業とのこと。一応公務員の扱いなのだが、公務員のメリットである社会的信頼も安定感も全く無いらしい。
まぁ、聞く限りマジのガチでブラックなんだなぁってわかる。保護ポケモンの数に応じて貰える金が変動するのはわかるんだが、最低限しか貰えないってのは酷くね?おじさん生活キツイらしいし。そりゃ建物もボロいわ。
「あぁ⋯勘違いしないでくれ。俺は別にお前が来るのが迷惑だって言ってるわけじゃねぇんだぜ?ただ、こっちにも事情があるってのを知ってほしかっただけなんだよ」
「や。まぁ別に⋯」
「うちの組合は訳あり。俺も訳あり。うちで面倒見てるもう一人の新米も訳あり。お前も⋯うちを頼るってぇことは訳ありだろ?深くは訊かねぇけどよ、隻腕で家もねぇんだろ?何があったんだ?」
「俺は⋯」
俺は何も言えなかった。話し出すと、思い出してしまうから。腕が吹き飛んだ瞬間を。
その後、病院に戻ってきた俺の顔を見てザニアは気まずそうに言ってきた。
「や、すまなかった。まさか数年であそこまでくたびれるとは思わなんだ」
曰く、ザニアがお世話になっていた頃は、それなりに順調に運営できていたらしい。
今となってはオンボロで活気もクソも無かったが。
それよりも気になっていたことを訊いてみた。
「そういや、ウルガモスはどうなったんだ?」
「ウルガモスか。さすがと言うべきか、もう回復したよ。明日には洞窟に帰す予定だ」
「そうか⋯よかった」
ウルガモスには命を救われたから、何かあったらと思うと気が気でなかったのだ。
最後にウルガモスに会いたいと言うと、ザニアは渋い顔をした。
「会うこと自体には問題ない。お前は件の関係者だからな。しかし⋯ウルガモスを実際に見て、フラッシュバックしないか心配なんだ」
「あっ⋯」
盲点だった。確かに、ウルガモスを見て、あのトラウマが刺激される可能性も否めない。しかし⋯
「それでも、命の恩人には、会って感謝を伝えたい」
俺はまっすぐザニアの目を見つめた。
ザニアの言っていることが正しいことくらいわかっている。俺が無茶言っていることだって理解している。
それでも、何かが俺を突き動かした。
数秒見つめ合った後、ザニアがため息を突いて両手を上げた。
「わかったわかった。私の負けだよ。会わせてやる。ただし条件がある。私が危ないと判断した場合、すぐに部屋から引きずり出すからな」
「わかったよ。ありがとう、ザニア」
ザニアには世話になったのに、更に迷惑を掛けていくのは申し訳なかったが、その礼は今後少しずつ返していこうと思う。
最初のポケモンどうするかは決めてるけど、もう一人の新米どうしようかはまだ決めてないんですよね。ヒロイン出したいんで女の子にするのは確定なんですけど、どーゆータイプのヒロインにするかな。個人的に旅仲間ヒロインは清楚系とかよりも暗殺教室の茅野みたいな友達系が好きかも。
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