俺の『個性』は天候を操る能力 作:上澤予報
「あ〜した天気になぁれ。」
道半ばの公園の中……下校中と小さい子供がそんな事をつぶやきながら、靴を大きく放り投げた。投げられた靴はくるくると回り回って、公園の木に引っかかってしまった。
「あっ!!」
子供は大慌てで片足ではねながら木に近づく……そこまで木の背は高くはないが、子供の背丈では登るには危なすぎる。
「どうしよう……」
このまま片足立ちで帰るわけにもいかない……だがわ周りに人は居ない……ように見える。子供がどうしたものかと困っていると、その後ろからそっと声をかけられる。
「……なあ。」
「!!」
子供は驚いて後ろを振り返ると、そこには白髪の、少し気だるげな雰囲気をまとわせている少年が居た。少年と言っても、背丈はそこそこにあるように見えるが。
「……靴、引っかかったのか?」
「う、うん……なんとか取りたいんだけど……」
子供がそっと靴を見上げると、少年も釣られて顔を上げる……少年は少し息づくと、子供の頭を優しく撫でて、木の麓に立つ。
「少し待ってな。」
「っ!う、うん!」
少年はそっと手を伸ばす……それだけでは、ギリギリ靴には届かないくらいだが、次の瞬間彼の腕の横に一定の雫が落ちる。
その雫は徐々に塊となり、やがて白く美しい空気の層――雲を作り上げる。その雲がまた集まると、今度は白い人の腕を形作った。
作られた雲の腕は、靴をそっと掴み少年の手元へと靴を移す。少年は若干濡れてしまった靴を撫でてから、子供に屈んで手渡した。
「ほら、靴。」
「わぁ……ありがとう!お兄さん!!」
「……今度は引っ掛けるなよ。」
「うん!!」
子供はそう言うと、しっかりと靴を履いて少年に手を降って走っていく……少年は、軽い笑みを浮かべながら手を振り返すのだ。
……そしてその光景を眺めていた者は、何処か嬉しそうな笑みを浮かべながら、少年に声を掛ける。
「良いことするじゃん、上澤。」
「……お前、いつから見てた……?耳郎。」
少年――上澤 李東《ウエザワ リト》は目をやった先には、耳たぶから長いイヤホンコードのようなものが伸びている少女……耳郎響香の姿があった。
耳郎はすこし不敵な笑みを浮かべながら、まるでいたずらっ子のように呟く。
「アンタがちょっと後ろで声を掛けようかオロオロしている所から?」
「お前……っ!」
上澤は目を開いて、少し小っ恥ずかしそうに頭を掻く。すると、耳郎は上澤に対してほんの少し笑みを浮かべながら、彼を讃える。
「ロックだね、上澤。」
「それは褒めてんのか……?」
耳郎にとっては相当な褒め言葉なのだろうが、上澤には分からない……彼はどちらかといえばジャズ派だからだ。
「褒めてるよ、褒めない訳が無いよ……でしょ?」
耳郎の問いに、上澤はさらに恥ずかしそうに目をそらす。すると、耳郎は藪から棒に上澤へあるお願いをする。
「ねぇ、上澤。関係ないんだけどさ……また
「アレ……か。じゃあ、適当にベンチに座るか……」
そう言って、上澤と耳郎は公園内のベンチに腰かける。屋根のあるタイプで、雨風をしのげる結構良い休憩所だ……まぁ、この辺に人が来ることは滅多にないのだが。
耳郎はベンチに座ると、そっと上澤を見る。上澤は軽く頷き、天上を見上げ、自身の『
すると、彼の周囲から先程と同じ様に雫がこぼれ、雲を形作った。
その雲は屋根の上に集まっていき、やがて黒く染まっていく……そして、ポタポタと水滴を屋根に向かって落としていくのだ。
空気の層たる雲が落とす雫――雨だ。
雨はポタポタと屋根にぶつかり独特なリズムを描いていく。それは、まさに天然自然のオーケストラだ。最も、上澤の個性によって生み出された半人工的な自然だが。
耳郎は、その雨粒の音楽を人よりも優れたその耳で聴き続ける。やがて、耳郎は小刻みに体を揺らしてリズムに乗っていく。
すると、耳郎はノって来たのか、少し嬉しそうに、テンション高く呟いていく。
「うん……!うん……!いいね、凄くいい!ギター持ってきとけばよかったな、今ならいい音楽が弾けそうなんだけど……」
「中学にギターは持ってけんだろ。」
「それぐらいアンタの雨粒はいい音色してんだって!」
耳郎にとっては、上澤の生み出すこの雨の雨音がかなりインスピレーションに来るものな様で……時折こうやって頼みに来る程に雨音を聞きたがっている。
耳郎のギタリストとしての才能が、上澤の雨音を欲しているのだ。肝心の上澤には、ただの雨音にしか聞こえないのだが……
耳郎の『個性』によって鋭く研ぎ澄まされた聴覚が欲しているのだろうか?
この世界の人間は、その8割が何らかの特異体質、個性と呼ばれる異能力に目覚めている。上澤が生み出す雲や雨。耳郎の耳のイヤホンジャックもその『個性』によるものだ。
暫く、上澤の雨粒によるコンサートは続けられた。上澤は、雨音を聞きながら、そこの自販機で買ったココアを飲む。
上澤も、この雨音に特別なものを感じないだけで、雨音そのものは好きだ。当たる場所によって変わる音色から繰り出されるランダム性の強い音楽は、聴いていて飽きない。
暫くして、上澤はそっと口を開く。
「もう数日後か、試験は。」
「……うん、上澤はどう?緊張してる?」
「案外平然としていられてる。」
「奇遇、ウチも。」
二人は中学3年生……もうこの時期は高校の入学試験が迫っている。それに、2人が進もうとしているのはただの座学だけを学ぶ高校ではない。
2人が目指す学校の名は国立雄英高等学校。この世界と切っても切れない関係にある個性を使用した犯罪者、
雄英高校は、そのヒーローを養成するための学校として広くなの知れ渡っている学園だ。その道としては、当に最高峰と言える場所でもある。
だが、二人ともそんな場所を本気で受かろうとしているのに、案外緊張はしていなかった。彼らは確かに本気で受かろうとしている、妥協も一切ない。だが、結果だけを求めている訳でもないのだ。
ヒーローになると言う『結果』や雄英高校に入る『結果』だけ求めていたのなら、もっとゲロを吐きそうなほどガチガチになっているのかもしれない。
だが、二人は……特に上澤はその場所に向かう意思を何よりも大事にしていた。
ヒーローに……誰かを助けようと言う意思さえあれば、たとえ雄英に落ちたとしてもいつかはたどり着けると、手を伸ばせるはずだと、そう信じているからだ。
公的にはヒーローになるのは資格さえ持てばなれる。だが、真のヒーローとは何か?
それは各々の中にあるのだろうが……上澤にとっては、『手を伸ばし助けられる者』『結果だけを求めない者』
それが真のヒーロー足り得る要素の一つだと考えている。当然、その考え方は他の誰かから見れば間違っているのかもしれないが。
故に、彼らは緊張をしていない。無論、身体が強張るような感覚には襲われているのだが。
「……悔いの残らないようにやろうか!」
「あぁ。」
耳郎は握り拳を突き出すと、上澤も同じく拳を突き出して互いの手と手を合わせる。そこで、上澤の振らせた雨も止む。
雨音が消えて、クリアになった耳の奥に鳥のさえずりが聞こえてくる。雨上がりと言うのは悪い気分にはならないものだ。
「上澤、ありがと。いい気分転換になった。」
「まぁ正直こっちもだ……またな。」
上澤はそう言って手を降ってその場を後にする。耳郎は快晴の空を見上げて、己の頭に浮かぶ音楽を形にしようと、自宅へと急ぐのだった。