俺は転生した。話が飛ぶが転生してから約四百年経った。その間いろいろなことをやった。例えばだ。ある農家の手伝いをしたり、ある国の兵士をやったり、ある貴族の執事をしたり、国と国とを渡り歩く商人になったり、と色々とやったのだ。
おかげで俺の経験は豊かになった。そんな俺は完璧超人といってもいいほどのものとなった。しかし、そんな俺は転生したばかりのときは、自分が人外になったということで思い悩んだ。
自分で望んだとはいえやはり心に来るものはあった。なんとか受け入れられたのは転生してから何十年も後だ。そして、魔力もこの四百年の間に使いこなせるようになった。やはり力は使いこなしてこそのものだ。
そして、俺の魔法。あれもちゃんと使いこなしている。それで何に変身しているのかというと……狼だ。なぜか。それは俺という存在に関係している。俺は吸血鬼だ。吸血鬼はその字を呼んでごとく血を吸う鬼だ。
吸血鬼は血が必要。そのため心苦しいが俺は狼になって人を襲っていたのだ。もちろん、女子供は襲っていない。俺には無理だ。血を得るため狼の姿で町へと向かい軽く暴れる。そして、俺を討伐してくる男を襲い食べるのだ。
最初に襲ったときのことは覚えていない。なぜか。それは俺自身が人を食べることを拒んだため暴走状態となったからだ。俺は人間を食べることに抵抗したが、吸血鬼となって新たに増えた吸血欲を含めた四大欲求には勝てなかった。主に吸血欲と食欲だ。
血を吸わなかった俺はもちろんその二つの欲求に負け、気が付けば四肢の一部とハラワタのない死体と血まみれになった俺しかいなかった。だが、そのときの感情は罪悪感などではなかった。美味しいものを食べたという幸福感だった。最高だった。
俺自身が落ち着いた後も後悔などはなかった。それがまるで自然だとでもいいかのように。そこで俺は改めて自分が化け物だと認識したのだった。それからは月に一度というペースで人の肉を食べた。
狼でいるのは肉を食べるときに楽だからだ。人の口と狼の口ではやはり色々と違う。人の歯と狼の歯ではやはり狼の歯のほうが肉を食べやすい。食べやすい以外にもある。俺は日頃は人の姿でいるのだ。万が一、人を食べている姿を見られた場合、行動しにくくなる。
それを避けるためでもあるのだ。しかし、転生前にこの魔法を選んだのはこれらが理由と言うわけではない。まあ、ちょっとした遊びでと思ったからである。こうなったのもただの偶然だ。俺は運がよかった。
そして魔法以外にも気という魔力以外の力を使った技もある。こっちは世界中を旅をして回って中国と呼ばれる予定の地域に寄ったときに、百歳を超える仙人みたいなじいさんに会ったときに学んだ。
あのときはやばかった。ただの人間なのに俺を何度も倒したんだ。一応、俺も前世に体術は習っていたが、俺のは二流でしかなかったので一流には勝てなかったのだ。俺は仙人の爺さんの技術に惚れた。俺はその仙人に仙人の技術を習った。
そして、仙人のじいさんが死ぬ前になんとか免許皆伝ということで認められた。その数週間後、仙人のじいさんは笑みを浮かべながら静かに亡くなった。俺にとって仙人のじいさんは親友みたいな関係だと思っている。
その頃の俺は精神年齢は低かったがすでに二百歳だったし、相手は九十歳だったが俺よりも精神年齢は高かったからだ。そういう精神と肉体の年齢の凹凸のおかげで仲良くなれたのだ。
そんな四百年間を過ごした俺はとある町外れにいた。周りには雑草と木が生えているだけだった。こんなところに来るには理由がある。目の前に金髪の女性が理由だ。前の前の女性は俺が会ってきた中でも一番美しいといってもいいほどだ。
彼女の外見で一番目に付くのが胸だった。大きいな。そんな言葉が思わず口から出そうになる。危ない危ない。ここで口を滑らせたらただの変態になるところだった。しかも、女性はなんとも露出度の高い服を着ているため、どんな体型をしているのかが丸分かりだった。
胸だったそうだ。隠されているのは胸下部だけで上部は薄っすら透明な布があるわけではなく、直接肌を見ることができた。男である俺としては襲ってくれと言っているのかと思ってしまうほどだ。
そういうところもあって一瞬見惚れた。それと同時に心臓が大きく一回鼓動した。あれ? これって前にも……。何かを思い出しそうになるが、目の前の女性がただの人間なら失神しそうなくらいの殺気と鋭い睨みを向けているのに気づき、思い出すことは後となった。
「何か用か?」
「何か用? それはこっちの台詞だ! お前のほうが私に用があるんだろう!」
はて? なぜそうなる。俺は町を歩いていて、尾行されたからここまで来たのだ。俺は女性に用はない。本当はあってほしかったけど。
「だからない。お前の勘違いだ」
「勘違いだと? ありえない。お前の体からは血の臭いがする。多くの人を殺した、な」
「!!」
女性の的を射た言葉に俺は驚く。今まででそんなにおいを嗅ぎ分けたやつなんていなかった。おいおい、この女、何者だ?
「その様子だと図星のようだな。となると、やはり私の首を狙いにきた賞金稼ぎといったところか?」
なぜそうなるし。ただの殺人者かもしれないだろう。というか、お前は賞金首になるほどのことをしたのかよ。それにも驚きだ。とりあえず俺は訂正を行う。
「残念だが違う。俺は賞金稼ぎじゃない。ただあの町を通っただけの怪しい旅人だ」
俺はさっきまでいた町を指差す。町は遠く豆粒のように小さい。
「その手はもう知っている。前もそんなことを言って結局賞金稼ぎだったからな」
女性の体から魔力が溢れる。その魔力の量が俺には多いのか多くないのかは分からない。それは俺の魔力が無限であるせいだ。つまり感覚が狂っているのだ。なので女性から魔力が溢れてもなにも反応はしなかった。
女性からしたら舐められていると思うだろう。女性はさっきよりも殺気を出した。
「まあいい。私は私の障害を壊していくまでだ!! 『リク・ラク ラ・ラック ライラック!! 魔法の射手!! 氷の17矢!!』」
いきなり魔法を使ってきた。魔法使いにはもうすでに何回か会っているので驚かない。氷の矢が俺に向かって飛んでくる。しかし、遅いな。俺はぎりぎりで避ける。動きは最小限だ。
大きな動作は隙を生むからな。相手が弱かろうがこういうところは真面目にやらないと。
「避けたか。だが甘い!」
避けたはずの氷の矢が戻ってきた。
「『リク・ラク ラ・ラック ライラック 氷の精霊二十九柱!! 集い来りて敵を切り裂け!! 魔法の射手!! 連弾・氷の矢二十九矢!!』終わりだ!!」
なっ!? なんということか。俺の後ろから十七の氷の矢が来ているというのに前からも氷の矢が飛んできた。つまり挟み撃ちにされたのだ。しかも、前から来た矢のほうが多いし。
これで避けてもまた追尾されるな。しょうがない。俺は拳を構えてまず俺に近いほうの矢、後ろから来る矢に向かって拳を放った。しかし、矢と拳の間にはまだ距離があった。当然だが当たる以前の問題になる。
だが、俺は能力を使わずとも山一つ破壊できる吸血鬼だ。そんな俺の拳。距離はあったが、その拳の衝撃波が十七の矢を吹き飛ばした。吹き飛ばされた氷は小さな塵となりキラキラときれいに輝く。
俺の衝撃波を生んだ拳だが、別にその後の体への負担などはない。なぜなら人間にとってはただ普通に殴ったとときと同じなのだから。ただ俺と比べるとその威力がちょっと違うだけなのだ。
俺はすぐに前に向かって再び拳を放った。だが、今回は女性もいるので被害が及ばないように放った。氷の矢は塵となった。しかし、女性のほうにも少々被害があった。女性は吹き飛ばされそうになる。
「うぐっ」
「すまない。こうならないようにしたつもりだったが、ちょっと加減を間違ったようだ」
本気で謝った。しかし、女性は俺を睨み続ける。あれ? さっきよりも睨まれてね? どうやら俺は何か間違ったらしい。どうしてだろうか? 俺はちゃんと謝ったのに。
「ば、化け物め!!」
「う~ん、否定はしないな」
なにせ本当に化け物なのだ。人を食う化け物なのだから。よく化け物に対して化け物と呼んで怒るやつがいるが、化け物となった今、俺は逆に人間と呼ばれるほうが怒るな。もはや俺は化け物なのだからな。
「なあ、もう止めないか? 俺としてはお前みたいな美人さんを傷つけたくはないんだ」
「甘い言葉などいらん!! 騙されるか!!」
この女性は一体過去に何があったのだろうか? 個人的に彼女のことが気になるのでできるだけ力になりたいと思っている。う~ん、まさかとは思うがこれは一目惚れというやつなのか? そうでなくとも好意は持っているだろう。
あの神の言うとおりだと、もしかしたら俺の相手はこの女性なのだろうか? どうやら俺のロリコンという不名誉はなくなりそうだな。だって目の前の女性はどう見ても確かな大きな胸だってあるし、美人が似合うような容姿だからだ。
でも、この女性がその相手だとしてもやはりまだ抵抗があった。やはり前世に残したあの四人が気になってしまう。裏切ってしまうような感じがするからだ。やっぱりこういうのは時間が必要だ。
「なあ、俺は本当にお前を傷つける気はないんだ」
「嘘をつくな!! 私を揺さぶるな!! 『リク・ラク ラ・ラック ライラック!!来たれ氷精 闇の精!! 闇を従え吹雪け!! 常夜の氷雪!!』」
放たれる魔法が俺に向かう。だが、どういうわけかあまり魔力がこもっていない気がする。本来の威力を知らないが、今のはあきらかに威力は小さい。
「ほいっと」
その魔法に向かって気のこもった拳で殴った。それで相殺した。互いに影響は出ていない。どうやら今度は手加減できたようだ。普段はただの人間を襲うため、魔力や気は全く使わなくても身体能力の高さで問題ない。
そして、相手が魔法使いや人外が相手の時は全く遠慮はしないので手加減なんてしない。なのでさっき手加減を失敗したのは、滅多に手加減しないからというのもあるのだ。
「何なんだ、お前は!! なぜ攻撃しない!! 私で遊んでいるのか!?」
「だから言っているだろう。俺はお前を傷つけるなんてできないと。俺に女性を遊ぶように攻撃する趣味はないんだよ」
その相手が気になる相手なら尚更だろう。
「分かってくれたか?」
「分かりたくない!! 『氷神の戦鎚!!』」
女性の頭上に巨大な氷塊が現れる。そして、俺に向かって投げられた。俺はそれも真正面からただ殴るだけで対応した。殴られた巨大な氷塊は砕け、その残骸が辺りに吹き飛ぶ。
「『解放・固定!! 「千年氷華」!! 掌握!! 術式兵装「氷の女王」!!』」
女性の周りが一気に凍っていく。おいおい、地面まで凍るほどってどんだけ魔力があるんだよ。まあ、無限の魔力がある俺が言えたことではないのだがな。
「お前を倒してやる!! そして貴様のために言ってやる!! この魔法は上級以下の氷属性魔法を無詠唱無制限に放ち続けられるのだ!! 分かったら大人しく死ね!! 『氷槍弾雨!!』」
次は氷で出来た何十本もの槍が女性の周りに展開された。すべての槍の先は俺に向いている。
「放て!」
槍が俺のほうへ向かってきた。また同じようにしようとするが、その前に、
「『魔法の射手!! 氷の五十三矢!!』」
女性が魔法を放った。氷の矢は一気に俺の左右両側へと移動した。ふむ、なるほど。逃げ道を後ろにしたのか。しかも槍と矢が俺へ届くタイミングはほぼ一緒。つまりどちらかに対応したらもう片方が俺へダメージを与えるということだ。
矢を避けても槍で串刺し。槍を避けても矢によって穴だらけだ。どちらも痛い。さてどうしようか? それはもう決まっている。どちらかを避けると串刺しや穴だらけになるのならどちらか避けるなんて事をしなければいい。
全部避ければいいのだ。まあ、後ろが空いているので下がればいい話なのだが。俺は大きく息を吸う。
「かあああっ!!」
槍と矢は砕け散る。俺はただ空気の振動波を発生させただけだ。音が伝わるというのは振動によるものだ。その振動は時には物を壊すことさえできる。それによって攻撃を無力化したのだ。だが、これはあまりやりたくない。
物を破壊するほどの音を出したのだ。のどが痛くなるのは当たり前だ。女性はよく分からないといった顔になる。まさか声の振動が原因だったとは思わないだろう。
「何度も言うが俺にお前を傷つけるようなことはしないからな」
「うるさい!! 『エクスキューショナーソード!!』」
女性は魔力の刃のようなものを手刀に展開した。そして、一瞬で俺に近づく。これは瞬動術か!! 足に魔力、もしくは気をこめることによって相手との距離を一気に縮める技だ。俺は女性が瞬動術を使ったことにも驚いたが、魔法使いなのに接近戦を仕掛けてきたことにも驚いた。
普通、魔法使いって言ったら魔法による遠距離攻撃だろう!! 俺は驚き避けることはできなかった。もちろん攻撃は間に合うが、相手を傷つけることはしたくないので却下だ。なので、こちらも魔力の刃を展開させて受け止めた。
俺たちの間に刃と刃が衝突し衝撃波が発生した。その衝撃波は地面を大きく抉る。接近したことによって女性の顔がよく見えた。ふむ、やっぱりきれいだな。だが、どうしてだろうか? 俺はなぜか女性のその姿に違和感を覚えた。
何かが噛み合っていない。そんな感じだった。もしかしたら前世の妻と重ねているせいだろうか。あいつ、確かにあれから成長したが、まだ大人には見えなかったからな。
「なんだ、それは? 私と同じ魔法か? いや、違うな。これは……魔力か?」
「そうだ。これはただの魔力さ。魔法じゃない。これのいいところは込める魔力の量によって強度が変わるということだ。つまりはある意味では絶対に折れないし砕けない剣ということだ」
「なんてでたらめなんだ!!」
本当にな。俺自身もでたらめだと思う。
「でも……こんなに至近距離なんだ。ゼロ距離からの攻撃は避けられないだろう?」
女性は口の端を吊り上げて妖しく笑った。
「なっ!? ま、まさか!!」
「そう、そのまさかだ!!」
もう片方の手に小さな小刀サイズの刃がいくつか展開されていた。それを俺に向かって投げた。ゼロ距離から投げられたので俺は避けられなかった。瞬間、辺りが大きく吹き飛んだ。俺は大きく飛ばされる。
そして、地面に叩きつけられた。ぐあっ、めちゃくちゃ痛い。それどころか所々の体の感触がないんだけど……。首を上げて自分の体の状態を見る。見ると右腕やわき腹、両脚などが欠損していた。
ここまでダメージを受けるなんて久しぶりだ。いつ以来だろうか? 昔過ぎてよく覚えていないな。だが、その傷はすぐに再生した。まるで何事もなかったように。それは服もだった。実は服は吸血鬼の能力である具現化能力によって作られたものだ。なのである意味服は俺の体なのだ。俺はゆっくりと起き上がる。
「まったくなんてやつだ。あいつは死ぬ気か? 俺を殺すどころか自分まで犠牲にするなんて」
さっきの俺の怪我を見てのとおり、普通の人間なら死んでいた。吸血鬼であったから俺は生きていたのだ。けど、まあ女性のほうは無傷で生きているだろうな。俺はあの瞬間、ちょっとしたことをやったから。
「さてと戻ろうか。もしかしたらあっちは俺が死んだと勘違いしてどこかへ行ってしまうかもしれないからな」
あの女性はおそらく俺の運命的な相手なのだろう。俺は前世のことを気にしつつもあの女性と共に生きたいと思っていた。俺は走って元の場所に戻る。やはり地面は大きく抉れている。
今の時代では絶対に再現できないものだ。再現するなら前世の時代の技術力が必要だろうな。つまりあと数百年後待てということだ。でも、それを一個人が再現するなんてすごいがな。
そこにやはりあの女性も来た。女性は未だに俺を睨んでいるが、そこにはさっきのような殺気はなかった。
「私に何をした? なぜ私は無傷なんだ?」
「俺がやったって気づいたのか」
ネタバラシをすると魔力によるバリアを自分に張ったのではなく、女性に張ったのだ。これにより女性は無傷で済んだ。
「当たり前だ!! 普通あれを至近距離で巻き添えになれば傷の一つは付く!! 何故私を助けた!!」
「だから言っているんだろう? 俺にお前を傷ついてほしくないと」
「言っていない!! 傷つけたくないと言っていた!!」
「そうだったか? でも大して変わらないだろう」
「変わるだろう!!」
なんだかさっきまでの戦いが嘘だったかのようだ。
「まあいい。お前は私を傷つけたくないと言ったな。なら証明してみろ!! 私を傷つけずに勝利して!!」
「ほう、つまりそれは俺を信じるということか?」
「そうだ。だが、言っておくが私は本気で殺すからな」
難しい話だがやってみせよう。やっぱり男は女を守れないとダメだ。これはそれを証明するためにやるのだ。俺はそう考えた。俺はここに来てようやく構えた。
「いくぞ。ちょっと本気だからな」
「さ、さっきのは本気じゃなかったのか? しかもちょっとって……」
さっきまでは威勢はなくなりいきなり弱弱しくなっていた。
「そうだが、それがどうしたんだ?」
「な、なんでもない!! そ、それよりも私から行くからな!! 『リク・ラク ラ・ラック ライラック 契約に従い我に従え!! 氷の女王来れ!! とこしえのやみ!! えいえんのひょうが!!』」
唱え終わると俺を中心とした周りが一気に凍った。俺の体の表面が完全に凍った。だが、表面だけだ。俺は魔法が発動する瞬間に大量の魔力で膜のように覆ったのだ。だが、その魔力は見ただけでは分からないほど薄い。
俺はその薄い魔力の膜に大量の魔力を込めたのだ。俺は瞬時でそれをやったが、実はこれはとても難易度が高い技だ。なにせ一枚の紙の体積に一トンの質量があると同じなのだから。
俺は表面が凍った状態から魔力を噴出することで表面の氷を破壊した。服にもダメージはない。無傷だな。
「本当に何なんだ、お前は!! なんで無傷なんだ!!」
「言っただろう? 化け物だよ」
そこに自虐とかそういう感情はない。さっきのとおり俺は化け物だということを受け入れているからだ。俺は人間ではない。化け物だ。俺に化け物と言うということは人間に人間と言うような感じだ。別になんとも思っていない。
「さて、次は俺だな」
俺は足に気を込める。そして、瞬動術で女性の懐に入った。俺は手に気を集める。俺はあの仙人から気の扱いを伝授されているので、気を使って相手を混乱させることも殺すこともできる。
しかし俺は彼女を殺したくはないのでこれで眠らせる。俺は女性の額に手を置こうとするが、それを裏拳で弾かれ、もう片方の拳で俺の顔面を殴ってくる。その拳には魔力が込められていて頭に当たれば普通の人間なら首がなくなるほどだ。
俺は頭がなくなっても再生するので大丈夫だが、痛みは伴うので頭を傾けて避けた。俺の耳の横を拳が通る。こちらももう片方の手を使い、再び額に手を置こうとする。が、それもまた弾かれる。
そして、相手からの攻撃。俺はまた避ける。この俺と女性の攻防が何度も続く。もちろん色々と攻撃の仕方を変えてだ。やっぱり強いな。俺が戦ってきた中では一番強いかもしれない。しかし、技術面ではやはり仙人のじいさんが一番だな。
「本当に本気か!? 絶対本気じゃないだろう!!」
「いや、本気だ」
力をセーブした状態でのだがな。まあ、なぜ力をセーブするかと言うとセーブしなかったらエベレスト級の山を丸々消し飛ばすからだ。さてさて、この攻防にもそろそろ飽きたな。それに気になる相手との戦闘は好きではない。
早く終わらせよう。俺の無限である魔力を使い、身体能力を強化した。なぜ強化するのか。それは吸血鬼の身体能力は先ほど述べたように山を吹き飛ばすもの。そして吸血鬼の身体能力はコントロールするのは難しい。なので俺は極限まで身体能力を抑えて、魔力によって身体能力をコントロールしている。
魔力の操作ならどこまででもコントロールできる。そう何十年と特訓してきたから。なのでこうしている。ある程度強化された身体能力で俺は一瞬で女性の後ろへと回った。
「へあ?」
女性はいきなり俺のスピードが変わり見えなくなったせいか変な声を上げた。まさか俺が自分の後ろにいるなんて思わないだろう。俺は気を込めた人差し指を女性のうなじに当てた。その瞬間に俺は女性を眠らせた。
気は何の抵抗もなく女性に流れた。どうやら気についての技術はないらしい。俺によって眠さられた女性は前へ倒れこむ。俺はすぐに抱きかかえた。
「危ない。女性の体だ。丁重に扱わないと。それにしても……やけに軽いな。言っては悪いがもうちょっと重いと思ったんだがな」
それに何か気が妙な感覚だ。何かがおかしい。何か気と体が噛み合っていない。この女性の顔を近くで見たときもそうだったが、やっぱり何か違和感がある。何かあるな。あまりやりたくはないが仕方ない。
俺は懐から一枚の長方形の紙を取り出した。その紙には文字や図形が描かれている。いわゆるお札だ。これは日本に寄ったときに学んだ陰陽道の一つだ。それを女性の額に当て、気を札に込めて発動させる。
発動させたのは呪いなどを祓うものだ。これは魔法にも効くがやはり呪い専用なので効きにくい。発動させると女性の姿がぶれ始めた。そして、ポンッという音を立てて女性の姿が変わった。女性から少女に。
「!! なっ、これは……!! って、あ」
「ふぎゃっ」
俺は驚き思わず腕の力が抜けて、女性……じゃなくて少女を落としてしまった。その際、少女はまた変な声を上げた。俺は女性の正体が少女と分かってあるショックを受けた。それは別に少女のほうに問題があるわけがない。少女になっても気になるという気持ちは変わらなかった。
受けた理由はやっぱり俺ってロリコンじゃないかと思ったからだ。それにしても何でこんな小さな女の子があれだけの戦闘力を? 見たところまだ十歳か十一歳くらいだ。いくら何でもありえない。あの動きは完全に数十年以上生きた者と同じレベルだ。
俺はすぐに少女の体を抱き上げた。どうやら起きていないようだ。落としてしまって本当にごめんなさい。
「さてとどこかこの子を寝せる場所はあるだろうか?」
辺りを見回すが、町は遠いし地面はごつごつとしている。例え森のような場所があって良さそうな場所があっても女性を寝かすには最適とは言えない。
「ないな」
仕方ない。俺は吸血鬼の具現化能力で丸太小屋を作り出した。中に入ると中にはベッドとテーブル、椅子そして暖炉があった。俺はベッドに少女を寝かせた。こうして見ると少女の服は本当に露出度は高い。服は女性の姿だったときの服を小さくした感じだ。ちょっと細かいところは違うが。俺は優しくその頬を撫でた。そして、
「はあ……」
ため息をついた。自分がロリコンだと確定したからだ。前世でも好きになったが歳は一歳年下だったが、見た目がこの少女と同じくらいだった子だった。しかも運命の人。そして、この子もこの世界での運命の人だ。見た目が幼い運命の人が二回だぞ?
これはもう自分がロリコンである証拠ではないだろうか? 認めたくはない。認めたくはないが、現実なんだ。とりあえず俺はこの少女に布団を被せる。この露出度の高い服だ。風邪を引かせたくはない。
起きるのはいつだろうか。おそらくまだ起きない。実はちょっと気を込めすぎたので当分は起きないのだ。数時間は起きないと見た。ならばその間にジュースでも作ってこようか。そうだな。りんごでも取ってこようか。
町はこの少女に会う前にいた町だ。あそこはちょっと大きな町なのでりんごはあるはずだ。金はある。食費がかからないからだ。だって食材は人間だからだ。人間は奴隷として売られるが、一ヶ月に一度とはいえ一回の食事のためにわざわざ買わない。
襲ったほうがまだいい。けど、それも今日で終わりかもしれんな。だってこれからこの子の前で人を食べているなんてできるか? 無理だな。しょうがないので血を飲むことで代用しよう。それならなんとか誤魔化せるだろう。
ただ問題なのは俺が暴走しないかということだ。俺は今まで血ではなく、肉を食べてきた。もし血を飲むことでの代用が無理で暴走すればこの子を食べてしまうかもしれん。耐えられなかったら……いや、待て。ちょっと急ぎすぎだ。これからってまだこの子の気持ちを聞いていないじゃないか。
俺はなに勝手に妄想をしているんだ? ちょっと興奮しすぎだ。冷静になれ、俺! しばらく座禅を組む。そして、精神を落ち着かせた。…………………………………よし!! 落ち着いた!! そして、考えた。
俺が人を食べるということを言おうと。これは絶対にだ。いくらこの子がその相手だとしてもこの子の気持ちだって考えなくては。前世では互いにそうだったというだけだったからうまくいったのだ。いや、互いに? だったか? どちらにせよとにかく彼女の意思が優先だ。
怖いがそうしないと。人食いであることを告げずには絶対にしない。あとは今眠っている彼女が起きてからだ。それまでに俺はりんごを買わないと。俺はちょっと急いで町へ出かけてそこでりんごを買った。三つほど。うん、とても高かったよ。
絶対に前世ではありえないくらいの値段だった。庶民だったら絶対に進んで買おうとはしないだろうな。それほどの値段だった。俺はりんごが傷まないうちに俺が作り出した丸太小屋へと帰った。
小屋の中にはまだ寝ている少女がいる。起きていないらしい。俺は早速ガラスコップを具現化し、どうにかしてりんごを圧縮して果汁を搾り出した。ガラスコップの中にはりんごの果汁とわずかだが果肉も入っていた。
残りの搾りかすは俺が食べて処理した。その後はまた具現化能力を使ってラップを出し、ガラスコップにラップをかけた。だが、このままだとぬるいままだ。俺としては冷たいほうが飲みやすいのではと思った。
なのでまたまた具現化能力を使った。具現化したのは氷だ。俺はガラスコップの周りを氷で囲う。俺の具現化能力は便利だが、弱点として本物にはどうしても一歩及ばないのだ。この氷だって実はゼロ度ではなくて五度くらい。それでも凍っているのはこの氷が水であって水ではないためだ。
さて終わったな。俺はやることがなくなり、暇になった。俺はこのままベッドの傍に椅子を置いて座った。何もすることなくしばらく。ただやることなく過ごしたので俺は眠気が誘いそのまま眠ってしまった。
俺は眠りながら考えていた。これから一緒に行動するとして、俺は食事をどうするかということだ。まず一つ目としては最初に考えていた血を吸うことだ。しかし、飲むのは少量だ。やっぱり少女がいるときに人を殺したくはないからな。
そして実はもう一つ。普通に
まあ、結局腹が減って暴走して初めて人間を食べてしまったがな。俺も野生だな。一度味を覚えてしまうとなんちゃらってやつだ。これはあれだ。人間が美味すぎるのが悪いんだ。だってそうだろう?
誰だってまずい食べ物か美味しい食べ物のどちらを選ぶかと聞けば、美味しい食べ物を選ぶだろう。さらに美味しい食べ物とそれよりも美味しい食べ物かと聞かれれば後者を選ぶ。俺のもそんな感じだ。だから人間を食べ続けたのだ。
だが、それも今日で終わりだな。今日からは別のものを食べるしかない。さっきの二つで一番効果があると思われるのはやはり血を吸うことだ。少量なので血を飲む感覚は短くはなるだろうが。
しかし、これはもう一つである普通に食事で問題がなかったらの非常用だ。こっちの普通に食事は毎日食べないとダメだと推測している。人間と同じ普通の食事だからな。人間と同じように毎日食べないとダメだろう。
む? 俺は自分の近くで、誰かの気配を感じた。しかも殺気を俺に向けていた。あきらかに俺を殺す気だ! しかも魔力だって感じるし! 俺はすぐに起き上がり、魔力の刃を展開。相手ののど元に突きつけた。
「動くな。殺すぞ?」
俺は殺気を撒き散らさずに相手だけに一点に集中して向けた。
「あっ…………あう…………」
「あれ?」
相手はあの少女だった。相手が分かって無意識に俺の殺気は消える。俺から殺気を当てられた少女は涙目になってその場に尻餅をついた。しまった。この子がいたんだった。寝ぼけて気が付かなかった。
「ぐすっ」
「!! す、すまない!! 悪かった!! 怖がらせるつもりはなかったんだ!! ただ……ちょっと殺気を向けられたので……な? そ、その自衛ということで許してくれないか? 俺はお前を傷つけるつもりはないんだ」
俺は慌てて言い訳をする。やばい!! いきなり相手の好感度を下げることをするなんて!! だが、まだ大丈夫なはずだ!!
「………………………ろ」
「な、なんだ?」
「なら、さっさと私の首元の刃をどうにかしろ!!」
「ん? うおっ!? すまん!!」
俺は慌てて未だに首元に突きつけたままだった魔力の刃を消す。殺気を当てる、刃を突きつける、刃を消し忘れる。短い間にこれだけのことを。どんどん好感度が下がっていく……。
「それでお前は何が目的なんだ? わ、私を傷つけたくないなんて言って」
少女はなぜか顔を赤くする。
「いや、目的は……あるっちゃある」
「くっ、やはり私の命か!! この嘘つき!!」
「ちょっと待て。まだお前の命が目的だなんて言っていないだろう。早とちりだ」
「ならなんだ!! 言ってみろ!!」
「う~ん、言っていいのか? こっちとしてはまだ言いたくはないんだがな」
「言え!! じゃないと殺す!!」
「一応言うが俺はお前に勝っているからな」
「……っ。な、なら、し、死んでやる!!」
おそらく少女は混乱していたのだろう。少女は自分の発言を変なことを言ったという顔をしていた。だが、その言葉は俺には効果的だった。
「なっ!? バカなことはするな!! 絶対に自殺なんてさせないからな!!」
俺は少女の両肩を掴んでそう言っていた。いきなりのことで少女はびっくりしていた。
「な、なにを言っているんだ?」
「ま、またすまん。ちょっと興奮しすぎたようだ」
俺は両肩から手を離す。しかし、うん、まあ、よかった。おかげで触れることができた。彼女の服は両肩部分には服の布がなく、肩紐のみとなっていたため肌がむき出しになっていた。
つまり俺は直接少女の肌に触れたということだ。少女の肩はやはり小さくて、ちょっとでも力を入れれば簡単に砕けてしまいそうなものだった。だから余計にこの子を守りたいと思ってしまう。
少女は見た目は俺を睨んでいるかのようだが、やはりほんのりと顔は赤く染まっているようにも見える。
「そ、それで目的とはなんだ?」
「その前に座ったほうがいいんじゃないか? 疲れるだろう?」
「む、そうだな」
少女はベッドに腰掛ける。そして、布団を羽織るようにして包まる。
「それで目的はなんだ?」
言うか、言うまいか。言おう。今言うか後で言うかの違いだ。しかも、まだ一緒に行動すると決まっていないからな。
「いいか、よく聞いてくれ」
「な、なんだ?」
俺の真剣さが伝わったのか少女は動揺する。
「俺はな、お前に一目惚れしたんだ」
「は? なんだって?」
「一目惚れしたんだ。分かるか? つまり俺はお前のことが好きだと言っているんだ。言っておくがこの好きは――――」
「い、言うな!! お、お前!! 私をからかっているな!! 人をからかって何が面白いんだ!! ふ、ふざけるのも大概にしろ!!」
「いや、本気だ。俺は本気でお前のことが好きだと言っているんだ」
冗談でそんなことは言わない。俺にそんな趣味はない。
「嘘だ!! 私とお前は初対面だぞ!? 互いのことを知らないのに好きだなんてありえない!!」
うん、確かに少女の言うとおりだ。普通ならありえないだろう。だが、
「言っただろう? 俺はお前に一目惚れしたと。俺はお前が運命の相手だと思っている。そこに初対面なんて関係ない」
「運命がこんなに簡単でたまるか!! そうだ、そうに決まっている!! だから……」
「だが、運命は単純だぞ? それにな、俺の一目惚れは神様のお墨付きだ。なのでお前が運命の相手なんだ」
「やっぱりからかっているだろう!! 神様だと? ふざけるな!! そんなのがいるなら私は……!!」
少女は俯き唇を噛み締める。その顔からは何かつらいことがあったと読み取れる。俺は椅子から立ち上がり、少女の隣に座った。ちょっと離れているが。そして、しばらく。少女は静かになった。
「……運命なんてない。あってほしくない」
「なぜ否定するんだ?」
「……お前は私のことを知っているだろう、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという名を」
「へえ、エヴァンジェリンという名なのか」
「まさか、知らないのか!? 私の名前を!?」
俺は首を縦に振る。俺は基本単独行動でいて、誰かと仕事をするときもあまり話さない。なので少女の名を知らないということはありえるのだ。
「本当か!? なら『闇の福音』は?」
「知らんぞ。というか二つ名まであるのか。お前……じゃなくてエヴァはすごいんだな」
「エヴァ!? エヴァってなんだ!?」
「いや、エヴァンジェリンって長いだろう? だから略してエヴァだ。悪くはないだろう?」
「わ、悪くはないな。って、それよりもだ!! 本当に知らないのか?」
「知らない」
「なら私と会ったのは偶然? つまり賞金稼ぎじゃない?」
「ずっと言っているだろう。俺はただの旅人だって。それにもし俺が賞金稼ぎだったとしたら、こういう風に話したりなんてしない。縛って自由を奪うか、すでに殺しているさ」
「……っ」
安心させるために言ったが、俺の何気ないように言った言い方に少女、エヴァは体を震わせた。
「だから俺がお前に一目惚れしたというのは本当なんだ」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
しばらく続く。
「正直に言うとお前のその言葉と好意はうれしい。だけど、私にはその好意を受け入れられない」
「…………一応理由を聞きたい」
俺はエヴァといたいと思っているんだ。エヴァの口からその理由を聞かなければ俺は離れないだろう。そして、その理由で納得できたら。
「私の名前を知っている者ならその理由が分かることだ。私にはいくつもの二つ名がある。その中にその理由が分かるものがある」
「それは?」
「『不死の魔法使い』」
「!!」
俺は目を見開き驚いた。驚きにはショックは含まれない。どちらかと言うと嬉しいなどの感情が占めていた。なぜなら俺はエヴァをただの人間、もしくはちょっと特別な人間だと思っていたからだ。
そして、俺は吸血鬼。人間と俺とでは寿命が違う。なので互いに好きになったとしても最後にはエヴァが老いて死んで俺は残るかと思っていたからだ。しかし、エヴァの発言でそれはなくなった。
なぜかは知らないがエヴァは不死のようだ。つまりはずっといることができるということだ。これを喜ばずにはいられない。
「分かっただろう? 私は不死なんだ。不死で何百年も生きている。これが理由だ」
「そうか」
「だから受け入れられない」
「受け入れられないのはお前が不死だからか? それだけか?」
「ん? そうだ。まあ、お前は特別に悪いやつじゃないみたいだから言うが、私は悲しいことは嫌いなんだ。例え私とお前が、そ、その、つ、付き合ってもいつかはお前は死ぬだろう? そうなると私はお前への思いを引きずりながら過ごすことになる。それはとても悲しいことでとてもつらい。私はさっき言ったように悲しいことは嫌いだ。私には耐えられない。悲しい未来になるならこのまま一人のほうがいい」
「なるほどな。それじゃその不死関係なしなら俺とそういう関係になっていいのか?」
なんだかエヴァは俺へ対してのさっきまでの感情がないので聞いてみた。
「さあな。教えるか。言わなくていいだろうが」
それを聞いて思わず小さく笑った。
「な、なんで笑っているんだ!! 変なことを言ったか?」
「いや、そんな曖昧な答えだと俺にちょっとは気があるように聞こえてな。くくく」
「!! ち、違う!! 私は別にお前のことなんてなんとも思っていないからな!! 本当だぞ!!」
よかった。なぜかは知らないがエヴァのほうもちょっとは俺に好意を抱いてくれているようだ。もしかして神様が言っていた互いにというやつか。だけど、互いに運命でも最初から俺のように好きというわけじゃない。エヴァの俺へ対しての好意はまだ気があるくらいだろう。
「何か飲むか?」
「話が変わったな。ちゃんとさっきの話、分かったか? 私はお前のことなんてなんとも思っていないからな!」
「ああ、分かったよ。それよりも何か飲むか?」
「それよりも? 本当に分かっているのか?」
「一応、飲むかと思って果物を搾った飲み物があるんだよ。味は問題ない。ちゃんと確かめたからな」
人間を食べてばかりだったが味覚はちゃんとしている。美味いものは美味いと感じる。
「……用意周到だな」
「昔は執事をやっていたからな」
「執事!? お前は本当に何者なんだ!?」
「飲むか?」
「無視か? 無視しているのか? まあ、飲むけど」
俺は溶けかけている氷に囲まれたコップを取り出す。温度差で表面には水滴が付いていた。うん、よく冷えているな。俺はラップをはずしてエヴァのもとへ持っていく。エヴァは両手でコップを受け取る。俺は立ったままだ。
「む、冷たいな」
「氷があるからな」
俺はエヴァのところからは見えにくい場所にある氷を指差す。
「……なんで床に置いているんだ? 床が水浸しじゃないか」
「この小屋は一時的なものだ。大丈夫だよ」
「一時的? どういう意味だ?」
「言葉のとおり、この小屋は使い捨てのようなものだ」
「この小屋がか? こんなに立派なのに?」
「そうだ」
この小屋は俺の具現化能力で作った家だ。この小屋が壊れても全くどこも痛まない。壊れたら何度でも具現化させればいいからだ。
「まあ、なぜかは企業秘密だ」
「ふーん、まあいいけど」
エヴァはコップに口を付け、りんごジュースを飲んでいく。
「んくんくんくんく」
よほど喉が渇いていたのかエヴァは一気に飲んでいく。美味しそうに飲んでいるので、どうやら気に入ったらしい。
「んくんく……ぷは~。な、なかなか美味かったぞ」
「そうか。よかった」
「それで私はもう出て行っていいのか? 私はもうお前を殺そうとは思っていない。ここまで優しくされたんだからな」
「まあいいけど、俺としては嫌だな」
「む、それはやっぱり私のことが、す、好きだからか?」
照れているのか頬を染めて言った。それに対し俺は、
「そうだ。俺はお前が好きだからだ。俺はお前といたいんだ」
真っ直ぐに答えた。すでに一目惚れしたと伝えたので、曖昧に言ったりはしない。堂々と言う。そんな俺の答えにエヴァは顔を真っ赤にして俯く。エヴァは長く生きたようだがこの反応を見るとそうは思えず年頃の女の子にしか見えなかった。
「だ、だが、私は受け入れられないんだぞ。分かっているのか?」
「大丈夫だよ。俺はお前と同じ不死なんだから」
「なっ!? ふ、不死だと!!」
「そう、俺は不死だよ。あとで言おうと思っていたんだけど、言うタイミングを探していたんだ」
エヴァは驚いた顔から疑うような目を向けてきた。
「まさか私と一緒にいたいからという理由で嘘をついたんじゃないのか? だとしたら私はうれしくはない。したくはないがお前を殺す。優しくしてもらったこともある。一度だけチャンスをやる。言い直すなら今だぞ」
「いや、言い直さないよ。俺が不死だということは本当だからな。なんなら俺は言い直さないから、殺してもいいぞ。別に俺は怒らないし、やり返さないから」
「い、いいのか? さ、刺して殺すんだぞ? 痛いんだぞ?」
「ああ、大丈夫だ。まあ、正直に言えば俺の言葉だけで信じて欲しいがな」
なぜならいくら傷は再生するとはいえ、痛いものは痛いのだ。俺はマゾではないので痛いのが好きではない。それにエヴァによって殺されることで痛むのは体だけではない。心も痛む。
だって好きな相手に傷つけられるんだぜ。ショックは受けるのでいい気分にはならないだろう。だから口では殺してもいいぞなんて言っているが、心の中ではどうか殺さないでくださいと言っているのだ。
「…………分かった。信じる」
「おお! 本当か!!」
殺さないと聞いて俺は喜んだ。とても喜んだ。
「なんで喜んでいるんだ?」
「ははは! だって殺されないんだからな。いや~本当によかった」
「やっぱり殺したほうがいいか……」
「なんでだ!?」
「だって不死だって嘘みたいだから」
「嘘じゃないぞ!! 本当だ。本当に俺は不死なんだぞ」
「うん、殺そう。やっぱり不死なんて嘘だな」
目が本気だ。本当に殺そうとしている。どうしてこうなった……。さっきまではそうじゃなかったのに。
「そ、そうだ! 俺の再生力を見ればいいんじゃないか? だからこうやって小さく傷を作って―――」
「意味ない。再生力が高いやつなんていくらでも見たことがあるからな」
「ぐぐ、しょうがない。分かった。殺していい。だが一思いにやってくれよ。じわじわゆっくり殺されるのは嫌だからな」
「分かった。だが、その前に言っておくことがある。これで死んだら伝えることがなくなるからな」
エヴァは立ち上がり俺と対面になる。そして内腿をすり合わせ恥ずかしそうにする。その仕草がなんとも可愛らしい。ただ不満があるとすればその可愛らしい仕草をしているエヴァにこの後、殺されるということだ。それさえなければ全くの不満もなかったのに。どうしてこうなったんだ?
「わ、私はお前に助けてもらった。あ、ありがとう」
「? 俺はお前を助けたか? ただ戦っただけだと思うが」
「わ、分からなくていい! 『エクスキューショナーソード』」
刃が展開される。ああ、嫌だな。絶対に痛いからな。
「本当にやるぞ?」
エヴァが最終確認する。これはやっぱり心配してくれているのだろう。その目にはやりたくないというのが分かる。
「ああ。やってくれ」
エヴァは構える。その構えは突きの構えだった。構えられた手は、刃は、一気に俺へ向かって放たれる。鋭い刃の先は俺の心臓へ向かってくる。刃は俺の肌を破り肋骨を砕き心臓を貫くのではなく、破壊した。
刃はそれだけでは止まらず背中まで貫いた。貫かれ傷口から血が吹き出る。とくに背中の傷口からの血が。俺の背中からの血は俺の後ろの壁を汚し、前からの血は少量だが吹き出てエヴァの顔を汚した。肺までも破壊されたので俺の口内に血がどんどん溜まっていった。刺された衝撃で血を吹き出しそうになるが、エヴァにかかるので口の端から血を流すだけで終わった。
本当に容赦なかった。普通の人間だったらもう死んでいた。即死レベルだ。刺し終わったエヴァは刃を消す。
「ふう、もう少し優しくやってほしかったよ」
「!! ほ、本当だったんだな」
「まあな。それで改めて言うがエヴァが好きなんだ。俺の気持ちを受け取ってくれ」
「~~~~!!」
エヴァは思いっきり顔を真っ赤にした。その顔を俯いて隠すつもりはないのか、俺と見詰め合ったままだ。
「む、無理だ!!」
「…………そうか」
「だが、それは別にお前が嫌いというわけじゃないからな! 私たちはまだ会ったばかりだろう? ずっと一人で生きてきたからまだ完全に信用できないんだ」
「それはつまり?」
「わ、私の旅に一緒に来ないか? い、言っておくがこれはお前が可哀想だったからだぞ!! わ、私が好きになるという保障はないが、ちゃ、チャンスをやったんだ!! 分かったな!!」
「ああ! 俺はお前と旅に同行する」
なんてうれしいことだろう。まさかエヴァのほうから一緒に行こうと誘ってくれるなんて!! ここはどこだ? 夢か? 天国か? いや、天国はなかったんだったな。それじゃここは死後の世界か?
「本当に色々とよかった」
「何が色々とよかったんだ?」
「エヴァが旅に誘ってくれたこととエヴァも不死だということだよ。エヴァが普通の人間だと思っていたからこっちも不安だったんだよ。まあ相手の同意があれば俺の眷属にしていたかもしれないな」
「眷属? どういうことだ?」
「ああ、言ってなかったな。俺は吸血鬼なんだよ」
「吸血鬼だと!?」
エヴァが驚くがその驚き方にはちょっと違和感がある。
「どうしたんだ?」
「な、なんでもない」
「そうか」
何かを隠しているようだが、まあいい。誰にでも秘密はあるものだからな。俺にもある。
「あともう一個あるんだ。これはあまり言いたくはないが……」
「別に言わなくてもいい」
「いや、これは言わなくてはならないんだ。俺とお前はこれからも行動するから」
言うものはもちろん俺が人を食べていたということだ。言わずに過ごすのはダメだろう。
「これを聞いた後にお前が俺から離れても別にいいから」
「本当に何を言うつもりなんだ? お前から好意を伝えてきたのに次は逆に離れていもいいなんていうなんて」
「それほどの内容なんだよ、今から話すことは。聞く準備はいいか?」
「お前とは会ったばかりなんだ。聞く準備なんて言われてもあってないようなものだ。それよりも言うお前のほうが準備が必要なんじゃないのか?」
俺の心を見透かしたように言ってきた。
「そうだな。エヴァと離れるのが嫌なのは俺で、離れるきっかけを作るのも俺だからな」
「そ、そうだぞ。私は準備なんていらない」
俺は大きく息を吸い、深呼吸した。俺の心にはまだ不安がある。ずっとあったのだがここにきてそれが大きくなった。長年生きたつもりだったが、心はまだ子どものようだな。
「さて、話をする前にちょっと俺の魔法を見てもらうことになる。話はそれが関係するから。多分俺の魔法と話を聞いたら俺のことを聞いたことがあると思うんだ」
「私がか?」
「ああ、多分あると思う。それじゃ魔法を使う」
俺は自分の唯一使える魔法を使う。それは変身魔法だ。姿を変えるから俺はそう名付けた。変身というと前世の朝に始まる特撮番組を連想させる。あの番組は小さいころによく見た。子どもだったということもあって、友達とごっこ遊びをした。
それは幼稚園の話。小学生になり三年生になった頃にはすでに見なくなった。それで俺の変身はそんな番組に出てくるようなベルトや何かを使うわけではない。科学ではない。これは魔法なのだ。
まあ、正直言うとちょっとあの変身をやってみたいと思う。だが、あんな振り付けはしないがな。あれは恥ずかしすぎる。俺は魔力をコントロールしていき、魔法を発動した。魔法の発動と同時に俺の体が黒い光に包まれた。その光の中で俺の体は変化していく。
変身魔法は見た目を変えるというわけではないのだ。変身魔法は体を変えるという魔法である。つまり肉体が別のものになるのだ。それが変身魔法だ。俺の全身の肌からは灰色の毛が生えて、口は大きく裂けて、歯は全て鋭くなった。そして四肢は人間のようには動かないように制限され、四つん這いでしか動けなくなる。
俺の体の全てが変わる。体の大きさも何もかも感覚も全てだ。その変身はわずかな時間。二秒にも満たないくらいの時間。変身が終わると黒い光はおさまりそこに人間の俺の姿はなく、一匹の獣の姿があった。灰色の毛を持つ狼だ。狼は俺がさっきまで着ていた服の残骸に包まれている。
「!!」
それを見たエヴァは驚く。
「ま、まさか変身したのか?」
狼になった俺に聞く。それに俺は頷いて返した。狼など基本人語を話さない生き物になるとしゃべることができなくなるのだ。しかし相手の言葉を理解することができる。俺は体に付いた服の残骸を体を震わせて飛ばす。
狼になると不便なことも多くあるが、反対に便利なこともある。主なものを言うと嗅覚、聴力、視覚だ。人型でも吸血鬼ということでそれらは高いが人型だ。人型と狼ではやはり狼のほうが高い。さらに狼と吸血鬼なのだ。さらに高くなる。
エヴァはそんな俺に対し、何かを我慢をしているように見える。トイレとかではないようだ。なんだろう。その理由はすぐに分かった。
「な、なあ、ちょっと触ってもいいか?」
どうやら触りたかったらしい。まあ、別に触られてもいいので俺は頷く。
「い、いいのか!? 触るぞ? 触りまくるんだぞ!?」
触りたいのか触りたくないのかどっちなんだ。俺はもう一度頷く。
「さ、触るぞ」
エヴァはゆっくりと手を伸ばす。その顔は真剣だ。なぜそこまで緊張しているのだろうか? まあ真剣な顔で触ろうとするその姿は可愛いものだったので、見ていてこっちも満足していた。
そしてエヴァの手が俺の体に触れた。エヴァの手が俺の毛に触れた瞬間、すぐに引っ込めた。やっぱり緊張しているのだろう。そのあともう一度触ると引っ込めることはなく、俺に触れ撫でた。
俺はうつ伏せになって撫でられる感触を楽しんだ。この誰かに撫でられる感覚は初めてだった。思えば狼になる理由なんて人を襲うためだったし、その時だって相手は男で抵抗するときにその手は撫でるではなく、毛を掴まれるだけだった。しかも乱暴に。
さらには顔を殴られたりもした。なのでこうやって優しく撫でられるのは嫌ではない。
「ちょっと硬いな。でも気持ちいい」
エヴァはそのまま俺に抱きつくように体を乗せる。……うむ、人型を止めてずっとこのままの姿で過ごそうか。エヴァに可愛がられるという人生もありでは、なんて思ったからだ。だって、ほら。この状態を見ろよ。
狼になった瞬間にエヴァから触れてきたんだ。だとしたらこっちのほうがよくないか? こっちの姿ならこうやって触れてくれるのだから。
「それにしても体は……でかいな。普通の狼よりも」
そうエヴァは呟いた。確かに俺の狼になったときの体は通常の狼よりも大きい。どのくらいかと言えばエヴァくらいの身長の子なら乗せて走ることができるほどだ。もちろんこの大きさにはちゃんと理由がある。
俺は人間を襲って食べるわけだが、その際はさっき言ったように抵抗される。殴られたり刺されたりだ。そんなことも多くあるので、体が小さいと抵抗によって付けられた傷が行動にも影響が出るし、体は小さいということは軽いということでもあるので、相手を押し倒せなかったり反対に押し返されるのだ。
そういう経験もあって俺は体を大きくした。でも、なぜ別の体の大きい動物にしなかったのかとなるのだが、それは単に俺の姓である『大神』と動物の『狼』をかけているからでもあるし、狼の姿がかっこよかったというのもある。
「ふふふ、前に一度でいいからこんなにでっかい生き物をこうやって抱きつきたかったんだ~」
エヴァは見た目相応の少女のような笑顔を浮かべていた。それを見て俺は見惚れる。それを感じて俺はやっぱりロリコンなのだと思い、落ち込む。
「なあ、ちょっとこのまま寝て……いいか? ちょっとだけ眠りたい。今日は色々と疲れた」
エヴァは口を隠すようにしてあくびをした。俺は早く話を進めたかったが、エヴァの気持ちも分かっているので、それに頷いた。エヴァはそのまますぐに寝てしまった。背中にエヴァの体温を感じながら俺もウトウトとする。
窓を見れば茜色に染まる太陽の光が差し込んでいた。部屋の中を茜色に染め上げる。この時間に寝たとなるとおそらく朝まで起きないだろう。そう決めて俺も本格的に眠り始めた。
今日は色々なことがあった。こんなにいろんなことがあったのはいつ以来だろうか? 昔過ぎて覚えていない。明日はちゃんと俺が人食いだと言わないとな。言えるか? 今日言うつもりだったのでなんだか明日言えるか不安になってきた。
だが、これからエヴァと過ごしたいのなら言わなければ。受け入れられるといいな。
翌日、まだ日が昇り始めて空が暗闇から光に染まる頃、俺はゆっくりと瞼を開き起きる。エヴァが俺の体を枕にしているということを忘れずに体は起こさない。ふむ、いつもの時間に起きたが、エヴァがまだ寝ているからどうしようもないな。
とりあえずエヴァが起きるまでこのままでいよう。朝食は……どうしようか。俺はこの前、人を食べたばかりで腹は減らない。だが、エヴァは違う。彼女は毎日食べなければならない。
だが、そのための食料はもちろんあるはずがなかった。それは俺の荷物の中にもだ。買うしかないか。だがエヴァにも好みというものがあるだろう。なので買うときはエヴァも連れて行く。
そういうわけでそろそろ起こそうか。俺は長い尻尾を振り回しうまくエヴァの体に何度も当てた。
「ん、んん~。ふわあああ~~」
それでエヴァは目を覚ましてくれた。エヴァは大きくあくびをした後、体を起こし目をこする。
「ここは……あ、そっか」
寝ぼけていたようだがすぐに理解したようだ。さて、エヴァが起きたおかげで自由になったので、俺も体を起こす。そして、伸びをしようとしたところ、
「ん~ふかふか~」
いきなりおそらく寝ぼけているエヴァがそう言いながら俺の首に抱きついた。ちょっとびっくりした俺であったが、正直に言ってとてもうれしい。好きな子のほうからそうされたのだから。だが、今の俺の身体って狼なんだよな~。今のエヴァは俺の身体が狼だからという理由でこうしているのであって、人の身体のときは絶対にやってくれないだろう。
とりあえず今はエヴァの好きにさせる。こっちとしても抱きつかれるというこの状況を楽しんでいるからな。抱きついてきたエヴァはそれだけでは飽き足らずに俺の狼の体を優しく撫でた。
「そういえばなんで家に狼が? ん? 家? 狼? 待て」
いきなりエヴァが考え始めた。しばらくすると考え終わったのか、
「~~~~~~!!」
いきなり俺から離れた。その顔は真っ赤だ。どうしたんだ?
「そ、そういえばお前は、に、人間だったな。忘れてた」
なるほど。顔が真っ赤なのはそれに気づいて恥ずかしくなったからか。まあそうだと思ったよ。いくら狼とはいえ俺だと知っていたら抱きつくはずがないもんな。ちょっとがっくりときた。いつか人の姿のときに抱きついてほしい。それがいつになるのかは分からないが。
さて町へ行くためにも人の姿になろう。俺は魔法を解除し、それとともに服を具現化した。しかしただ服を具現化するだけでは俺は全裸で人の姿になる。そこで服を俺に着せるように具現化した。ふう、どうやら成功だな。もし失敗すれば俺は一気に嫌われていただろうな。
「これでよし」
「………………………………」
「ん? そんなに見つめてどうしたんだ?」
「な、なんでもない!」
「そうか?」
なぜか頬を染めてそっぽ向いた。理由は分からないが、その姿も可愛かったのでどうでもよくなった。そういう姿を何度も見たいと思う。だが、それには次にエヴァに俺を受け入れてもらうしかない。どうにか受け入れてもらいたいが、受け入れなかったらそれまでだ。
「なあ、昨日は色々あって言えなかったんだが……」
「ま、待って。そ、その前に……」
それで終わってエヴァはそれ以上何かを言う気配はなかった。見た限り体のどこかに異常があるわけではない。どうしたというのだろうか? 相手は好きな異性である。何かあればすぐに対応する。
しかし、ここでそういうことを指摘するわけにはいかない。なにせ相手は異性だ。どこにも体に異常が見えない以上、これは異性特有の何かのせいかも知れない。だから、指摘はしないのだ。そう何か深刻な考えをしているとエヴァのお腹から小さく音がなった。
それはその音の持ち主が空腹を感じているときのものだ。ここは小さな空間で朝ということもあり静かだった。つまりはその音は俺の耳によく聞こえた。俺に腹が鳴る音を聞かれたエヴァは顔を真っ赤にして俯いた。ああ、もしかしてお腹が減っていたのか。それで待てと言ったのか。納得だ。でもちょうどいい。話した後から食料を買おうかと思っていたからな。
「は、腹も空いているみたいだし、ちょっと町のほうへ行こうか」
「……………………」
エヴァは伏せた顔をさらに伏せて頷いた。その後、俺たちはすぐに仕度をして小屋を出た。小屋を出てまず最初に目に入るのが昨日の戦闘の跡だ。町からは遠かったので人が集まってはいなかったが、ここを誰かが通ればオカルト的なことを言うに違いない。
これは後で処理したほうがいいな。具体的には俺の魔力でまっ平らにするということだ。不自然にはなるだろうが、変なオカルトが流行るよりはいい。そう戦闘の跡を見ながら考えているとエヴァが立ち止まって自分の手を見て目を見開いていた。しかも震えている。どうしたんだと思い、声をかける。するとエヴァが震えながらゆっくりとこっちを見た。
「わ、私はいつからこの姿なんだ?」
「? この姿? 何を言っているんだ?」
「この姿だ!! この姿!! お前と会ったときはもっと大人だっただろう!!」
ああ、なるほど。どうやらエヴァは幻術が解けていたことに今、気づいたようだ。気づくのが遅かったな。てっきりもう気づいていたのかと思っていたのに。
「すまん。実は昨日お前を気絶させたときにちょっとな」
「ちょっと? ちょっとなんだ?」
「呪いでもかかっているのかと思って、その術式を破壊したんだ。本当にすまん!」
俺は頭を下げる。
「う、うう……まさかこの姿を見られたなんて! しかも相手は…………なのに!」
エヴァの呟きが聞こえるが後半の一部は聞き取れなかった。
「ん? でも待て。ならお前は私のこの姿を知って上で、そ、その、す、好きと言ったのか?」
「ああ、そういうことになる」
本当にね! おかげで俺がロリコンだと証明されたよ。だが後悔はしていない。相手は見た目はアレだが好きな相手なのだからな。しかし、う~ん。この考え方って典型的なロリコンの考え方だな。互いに好きだからそんなの関係ないみたいな考え方だ。
まあ、俺はもう化け物で人間ではない。人間が作った法律とか関係ない。化け物にそんなもの通用しない。だってそうだろう。俺は吸血鬼という種族なのだ。人間とは違う。例えば犬に法律が適用されるのか。そういうことだ。
それにそもそも年齢だってそうだろう。ただ見た目がロリというだけだ。そういうわけで問題ない。………………ないよな?
「そ、そうか。そうなんだ。こ、この姿で……」
なぜか頬を染めて指を弄りながら言った。まあ、可愛いので気にしないが。そして町へ向かうこと約数十分。よくやく町へと入った。町の人々は通りを歩く俺たちに注目する。それはエヴァを連れてきているからではなく、俺がその注目を浴びているのだ。
俺は日本人である。姿は前世と変わりない。日本人、いやアジア人と言った方がいいか。俺はここヨーロッパでは、まして貿易がある地域ではなく、大陸の中央にいるのだ。アジア人はここでは珍しいのだ。
そんな俺のすぐ後ろを歩くエヴァが珍しがらなかったのは、彼女が長年生きてきたからだろう。俺も長く生きて大抵のことを珍しく思うことはなくなった。それに色んな意味で注目されているのだ。しかも、ここでのような物珍しそうな視線ではなく、憎しみなどがこもったもので、だ。
俺はそんな視線を気にせずに歩いていく。そして、一軒の定食屋の前で止まった。今の時代にも前世であったような定食屋はあるようだ。
「ここでいいか?」
隣に来たエヴァに問いかける。それに対してエヴァは頷いて答えた。中へ入ると丸テーブルと椅子が四つのセットがいくつも置かれていた。朝ということもあってすでにいくつかのテーブルは埋められている。だが、いくつか空いている。
だが、まずはカウンターに行くべきだ。一応、何度かこういう人間の店に来たことがあるのでこういうのは慣れている。よかった。カウンターにはトロンとした瞳と穏やかな雰囲気を持つ女性がいた。
「何にいたします~?」
なんだかこの口調に恐怖を覚える。それは俺をこの世界に転生させた神と同じ口調だったからだろう。あの人は怖かった。今思えば怖かった。あの時は死んだ後ということもあったから感じなかった。そんな俺の変化をエヴァは察したのか、首を傾げて俺を見る。俺は気を取り直して女性に向かう。
「おすすめを二つ」
一応メニューがあるのだが、この店はもちろんのこと初めて来た店なので、味のことなどをよく知らない。だからおすすめという当たりもはずれもないものにした。さてさてこれから人間の食べ物を食べて人間を食べたいという衝動がなくなればいいのだが……。
俺たちは開いているテーブルに座った。もちろん俺はエヴァの隣だ。エヴァは幻術を使っていないので本来の姿で座っていた。ただおかげで首だけがテーブルから覗いている形になっていた。つまりエヴァの背丈に椅子とテーブルが合っていない。
その姿に思わず笑いそうになるが、笑ってしまえば絶対に本気で怒るだろうし、これからの仲が悪くなる等デメリットばかりなので何とか我慢した。
「そういえば、お前」
「なんだ?」
「お金を持っているのか? 言っておくが私は持っていないぞ」
「大丈夫だ。ちゃんとある」
何かを買うというのは全くしない。なぜなら具現化能力で十分だからだ。服や布団、日用品。さらには家さえも具現化することができる。食事は一ヶ月に一回。しかも人間という
つまりはお金を使うことなんて滅多にない。お金は有り余っているのだ。でもなぜこんなにお金があるのか。それは
そういうことで有り余っている。それにこういうところで金があるということを示しておくことも重要だろう。人生というのはただ相手のことが好きというのだけではダメだからな。養うことができなければ幸せにすることができないのだ。
「そうか。あと聞きたいことがある」
「なんだ? 好みの女性のタイプか? なら俺の隣に座っている人だと言うが」
「~~~っ! な、なにを言うんだ!!」
エヴァが今にも掴みかかってきそうな勢いで体を乗り出して言って来た。その顔はお前はトマトにでもなったのかというくらい真っ赤だった。おかしいな。俺は正直に答えたのになぜそんなに怒るのだろうか。
「そうじゃなくてお前の名前だ! お前だけ私の名前を知っているのに私はお前の名前を知らないなんて不公平じゃないか」
「ん、そういえばそうだった。エヴァに言ってなかったな」
全くなんということだ。まさか昨日のアレからずっと俺の自己紹介をしていなかったなんて。なんて失礼な。
「俺の名前は大神慎也だ」
「オオカミ? 狼が名前なのか?」
「ああ、いや、違う違う。そうだったな。いつも偽名ばっかりだったから忘れていた」
ここは日本じゃなくてヨーロッパのどこかだ。つまりは姓と名は反対で言うのだ。
「シンヤ・オオカミというべきか。あとオオカミは狼じゃないな。俺の国の言葉で大いなる神と書く」
「くくく、夜の生き物である吸血鬼のお前が大いなる神、ね。笑えるじゃないか。本当に」
エヴァは声を何とか抑えて小さく笑う。そんなに可笑しかったのだろうか。だが、エヴァのいうとおりでもあるな。化け物である俺の姓に神という漢字がある。何の冗談だろうか。もしも俺がエヴァの立ち位置ならば同じく笑っていたかもな。
そうしてしばらくしていると料理を二つ持った店員がこちらへと向かってきた。先ほど注文したものだ。料理が置かれると店員にお金を払った。どれも美味しそうである。俺は早速食べてみた。うん、美味いな。隣のエヴァも満足そうに食べている。
食べている間は特に話もせずに食べることに集中した。食べ終わるとまだ食べているエヴァを見て待つ。小さい体のせいか一回に食べる量は少ない。ちまちまと食べる姿は小動物に見えてしまうな。そのままじっと見ているとエヴァが食事を止めて、
「な、なんだ? 何か変なところがあったか?」
「いや、ただ見ていただけだよ」
「な、ならあまり見るな! 食べにくいだろう!」
それもそうだ。あんまりじっと見ていると食べにくいだろう。俺はじっと見るのを止めて、横目でばれないように見ることにした。どうやら俺に見ないという選択肢はないようだ。俺はエヴァにばれないように食べ終わるまで見ていた。
エヴァも食べ終わると俺たちは席を立ち、店を出た。だが、俺の足取りは重くなっていた。なにせこれから俺が人間を食べていたということを言わなければならないからだ。彼女はそんな俺を受け入れてくれるだろうか。不安でたまらない。正直に言って受け入れられなかったとき、つまり振られたときはそのショックで何年か寝込むぞ。女々しいようだがそれだけエヴァのことが好きだということだ。
「どうしたんだ? 元気がないな」
そんな俺の様子を察したエヴァが若干心配そうに見た。正直に言ってまだ会ったばかりなのに心配してくれたのでうれしかった。おかげでちょっとは不安が薄らいだ。
「大丈夫だ、とは言えないな。ほらこれからお前に言わないといけないことがあると言っただろう。それだ」
俺は正直に言った。隠すことはない。
「そう……だったな。い、言っておくが私は別に聞かなくてもいいんだぞ? そんなにつらそうにして言わなくていい」
「……お前は優しいな」
「!! べ、別に心配して言ったわけじゃない!! た、ただの一般論を言っただけだ!」
「まあ、それでもありがとうな。でも、俺はこのことを言わなければならないんだ。絶対にな。これを言わずして好きになってもらうつもりはない」
「……もう……………………………………なのに」
エヴァの口から言葉が漏れるが、よく聞き取れなかった。何を言ったのだろうか。少し気になった。
「なんて言ったんだ?」
「ひ、独り言だ。気にするな」
「そうか。とにかく話は小屋で話そう。町中じゃ無理だからな」
そういうことですぐに小屋に戻った。エヴァは小屋に戻るとベッドに腰掛ける。俺は椅子に座った。座ったのはいいがしばらく重い空気と沈黙が続いた。それはもちろん俺のせいである。エヴァが離れることを嫌がっているからだ。そのためこうなっている。そんな中エヴァは何も言わずにただ待ってくれていた。
俺はそれがうれしかった。エヴァの真意は分からないが、それは自惚れだがちょっとは好意を抱いてくれるのだと思った。その勝手な思い込みだったが、それで決意できた。俺は大きく息を吸う。そして吐く。
「準備ができたみたいだな」
エヴァの唇が弧を描き笑う。
「ああ、できた」
もう俺は大丈夫だ。言える。
「まず俺が見せた魔法があっただろう?」
「あったな。あのでっかいもふもふの狼だろう?」
「あ、ああ、そうだ。その狼だ。エヴァは狼のことで話を聞いたことはないか?」
「話? ちょっと待て」
エヴァは顎に手を当て考え込む。おそらく心当たりはあるはずだ。俺は約四百年間ずっと一ヶ月間隔で人を襲ってきた。そして、襲った人間を食べた。そんな人食い狼は恐怖の代名詞となるほど恐れられているのだ。
そして、恐怖の代名詞である俺にはエヴァが持っていたように二つ名もある。二つ名はいくつかあるのだが、その中には『フェンリル』という二つ名もあった。神話に出る怪物の名前を付けられたことはうれしいという気持ちもある反面、恥ずかしいという気持ちもあった。
だって神話に出てくる名前だ。この時代では狼は忌み嫌われているようだが、俺はこの時代よりも未来の時代を生きていた。狼に対しては嫌うどころか大好きだ。そして、神話の狼であるフェンリルもまた神話のないよう関係なく狼であるため好きだった。
自分で付けたわけではないが、なんだろう。中二病のような感じがするのだ。だから恥ずかしい。他の二つ名もやっぱり恥ずかしいものがある。
「ま、まさか! 『
「ぐはっ!」
俺はその二つ名を聞いて血を吐いたように激しくリアクションする。は、恥ずかしい! 恥ずかしすぎる!! ちなみになぜ恐怖を与える俺が『夜輝く』なのかは簡単だ。皮肉と憎しみが込められているからだ。そして、なぜ灰色の毛並みなのに銀なのか。それも先と同じ理由だ。
これらの由来がなんとも中二病らしくて余計に恥ずかしかった。とはいえ、そう恥ずかしいのは俺だけらしく、エヴァはただ真面目に驚いているだけだ。俺は深呼吸する。
「そ、そう。それだ。その、よ、『夜輝く銀狼』だ」
「なるほど。まさかそうだったとは……。私も人間だった頃に聞いていたな。夜はでっかい狼が襲ってくるから早く寝なさいと言われたものだ」
エヴァが昔を懐かしむように微笑みながら言った。そういう姿を見て俺はドキッとする。可愛過ぎる!
「ん? 人間だった頃? エヴァは人間だったのか?」
「!! そ、そんなことを言ったか?」
「言った」
「い、今はお前の話だ! 私のは今度だ!」
今はと言ったので言わないということではない。つまりこれはちょっとは俺のことを思っていると思っていいだろう。なぜなら嫌いな相手に自分の過去を話すことはないからだ。
「分かった。それで俺が言いたいことが分かっただろう?」
「お前が言いたいことは分かった。それは人を食べてきた、ということだろう?」
「……そうだ。これまでに何千もの人間を食べてきた」
無意識に声が震えていて、いつの間にか顔を伏せてエヴァと目を合わせようとはしなかった。
「それは……自分の意思でか? それとも」
「いや、自分の意思で食べてきた」
嘘を付かずに正直に言った。隠すことはしない。全てを話してエヴァに受け入れてもらうか受け入れてもらわないか決めてもらう。だが、
「なぜ?」
「俺の体は約一ヶ月に一度だけしか食事を取らない。その食事が人を喰うということだ」
「……なるほど。生きるためだったのか」
俺の頭の中はエヴァに受け入れてもらえるのだろうかでいっぱいで、エヴァの声から何も判断できなかった。
「これが俺がお前に言いたいことだ。これで終わりだ」
言う必要なことは全て言った。あとはエヴァの返答次第。しばらく、ほんのしばらく沈黙が続いたのだが、そのほんのしばらくは俺にとって一時間以上でも経ったのではないのかという時間だった。
エヴァがふうと息を吐いた。思わず体がびくりと震えかけた。勝手にエヴァが何かを言ったと勘違いしたからだ。エヴァが何か言うのは今からのようだ。
「お前が人を食べたということは分かった。でも、私はそんなお前を受け入れる」
「!! ほ、本気なのか? 人を食べるんだぞ? そんな俺を受け入れるのか?」
受け入れると言われてうれしかったのだが、それでも聞き返してしまった。普通なら受け入れない。いや、まあ、普通なら受け入れないのにそれを言う俺も俺なのだが。
「受け入れる。私だって生きるために人をたくさん殺してきた。だからだ。逆にお前はこんな人を殺してきた私を受け入れてくれるか?」
「俺は受け入れる!」
俺は即答した。ほとんど反射的にだ。
「ならいいじゃないか。私はお前を受けれるし、お前は私を受けいれる。それだけでな」
エヴァはそう言いながら微笑んだ。その表情を見た俺の鼓動は大きく早くなった。体中が熱くなった。どうやら見惚れていたようだ。ああ、これはもうダメだ。やっぱり俺はエヴァのことが好きだ。まだ会ったばかりだというのにここまで好きになるなんて。俺の心は単純ということか。そんな単純な自分に思わず笑ってしまう。
「あっ、でも食べるなら私の目の届かないところで食べてくれ。受け入れるとは言ったが、私はそういうのは見たくない」
「分かっていると言いたいのだが、多分大丈夫だ」
「ん? それは私にその光景を見せて慣れさせるから問題ないと言っているのか?」
エヴァが常人ならその場に倒れてしまいそうな殺気と睨みを俺に向けてきた。俺はそれらを何ともないように受け流す。
「ああ、違うんだ。まだ不確かだが人間が食べている食事を食べることで代用できるかもしれないんだ。だから大丈夫なんだよ」
「む、なら最初からそれをすれば人間を食べずに済んだんじゃないのか? なのになぜ人間を?」
「それは何と言うかな」
頭をかいてちょっと考える。
「吸血鬼にとって人間は本能的に食料、もしくはそこらへんにいる動物と変わらないんだ。人間だってそうだろう? 人間も動物を食べる。それだけだ」
「…………………………」
「納得してないって顔だな」
「当たり前だ。人間は動物じゃない!」
エヴァが怒る。俺はエヴァが怒る気持ちは分かる。俺だって今は吸血鬼となったが、前世では人間だったからな。俺がエヴァの立場で俺が言った話を聞いたら怒っていただろうな。
「だが、俺は吸血鬼だ。化け物だ。人間と同じ姿をしているが、それだけという話で別の生物なんだ。お前は人間だったらしいから何か思うところはあるだろうが、我慢してくれ。それに俺だって別に人間を無意味に殺したりなんてしない。昔は執事をやっていたと言っただろう?」
「言った……ような気がする」
「言ったんだ。執事をやったということは人間に仕えていたということだ。だから俺は人間をただの動物とか思っていない」
いくら昔のこととはいえ、人間だった頃を忘れられないし人間だった頃の考えが染み付いている。吸血鬼としては人間を動物程度に思っているが俺自身はそうは思っていないのだ。
「そう、か。ちょっと……安心した。でも代用できなかったらどうするんだ?」
「………………そのときはそのときだ。どうにかする」
「不安だらけだ」
うん、エヴァの言うとおりだな。不安だらけだ。
「それじゃ話も終わったことだし、旅の仲間として改めて自己紹介する。私の名前はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」
「俺の名前は大神慎也だ。これからよろしくな、エヴァ」
「う、うん、よろしく……し、慎也」
「!!」
いきなり名前を呼ばれて俺のテンションと鼓動が一気に跳ね上がった。うれしさのあまり俺は拳を天に向かって突き出しそうになる。今の俺なら神さえも倒すことができる! それほどのうれしさだった。