誰か勘違いモノの執筆の参考になるものをご存じの方はいませんか!?
それは、たぶん……最悪の話しかけられ方だった。
「なに、君はそうとう“キレる”と聞いてね。興味が湧いたのだよ」
……は?
一瞬、聞き間違いかと思った。いや、そうであってほしかった。
だが目の前に立つアグネスタキオンは、実に悪びれもなく、淡々と、そして笑顔で言い放ったのだ。
「“キレる”と聞いてね」って、どういうこと?
え、私って、そんなにキレてる感じに見える?いや、確かに人並みに怒ることはある。
購買の自販機でコーラが全滅してて、しかも「カロリーオフ炭酸(無果汁)」がズラッと並んでたときは、内心かなりイライラした。
でも、別に表に出した覚えはない。ないはずなんだ。あれは……表情筋の震えと、缶を持つ指の小刻みな痙攣で済ませた。ギリギリセーフ。
「いや、私がキレるなんて誰から聞いたんだ? そのようなところを見せたことなどないと思うのだが」
私は可能な限り冷静なトーンで返したつもりだった。
だが、タキオンはそれにすら満足げに頷いていた。
やめてくれ。なんで納得してんだ。
「聞くまでもない。君の実績――紛れもないデータがそれを示している」
データ!?
私は一瞬で、脳内の警報をフル回転させた。
(えっ、なに? 私の“キレる”データって何!? あれか? この間、購買でバナナが売り切れてた日にドアをちょっと強めに閉めたのを誰かが見てたとか?)
「……データか。ところでそれ、実際に自分の目で確かめでもしたのか?」
抑えきれない動揺を飲み下しながら、私はなんとか理屈っぽく返した。
その“データ”とやら、どうせ伝聞情報だ。
誰かの「ハヤヒデさんって実は怒るとやばいらしいよ」みたいな軽口が独り歩きしてるだけに違いない。
タキオンは一瞬考え込んだ様子を見せて、それから頷いた。
「……なるほど。確かに、科学者の端くれとしてソースも確認しない姿勢には問題があったかもしれない」
いや、なんか反省された。
反省されても困る。
というか、「キレる」って噂を信じて突撃してくるのどうかしてるし、それを「科学者の端くれ」とか言われても意味がわからない。
おまえ、なに調べようとしてるんだよ。何の研究だよ。
「ただ、好奇心は止められない。ならば君が“キレる”かどうか、自分の目で見てみたいのだよ」
やめてくれ。
やめてくれったらやめてくれ。
え? 今なんて?
「キレるかどうかを、見たい」って言ったよね?
何その発想、マジで何?
「怒ってる人間ってどんな表情するのか観察したい」みたいな、猟奇系心理実験?
いやほんとに、学園が止めてくれ。
この子をこのまま放っておくと、間違いなく誰か泣くぞ。
私か、彼女か、第三者か――とにかく誰かが泣く未来が見える。
「何を言っているのか、私にはさっぱりだ。言われてできるものではない。常にそれは外部から誘引されるものだ」
私は一応、理屈で返した。
なんかこの会話、論理っぽいものを装ってないと危ない気がする。
「キレてください」と言われてキレる人間は、そもそもキレてない。
怒りとは、唐突に訪れる不条理の副産物であって、コマンド入力で発動するスキルじゃない。
私がそう返すと、タキオンは「ふむ」とか言いながら顎に手を当てた。
「つまり君は、自分からポテンシャルを発揮することはしないと? 随分な機会損失ではないか?」
うるせえよ。
ポテンシャルとか言ってるけど、絶対怒る方の話だろ!?
何を“キレ散らかす才能の浪費”みたいに言ってんだよ!
こっちは可能な限り温厚に生きてるつもりなんだよ!
「不思議なことを言うな」
精一杯、知的風味で返してみた。
するとタキオンは、ちょっと嬉しそうに口元を緩めた。
「君ほどの能力を活かす機会は最大限あるに越したことはないだろう。私自身、平均よりかはキレるという自負があるのだがね」
おまえもなのかよ。
なんだこの学園、私が引きこもっている間に「キレる自慢」が通貨みたいな文化になってしまったのか? 何を基準にしてんだ? 怒鳴った回数? 備品を壊した数?
「まぁ多少、実験室を焦がしたりはしたがね」
うん、やべえよこの人!? 怒り狂って放火未遂まで起こしてるじゃねえか。
ちょっとじゃなくない? ねえ?
「究極的な手段としては否定しないが、それによる損失もまたある」
私は可能な限り慎重に言葉を選び、やんわりと伝えた。否定すると焼かれそうだったからだ。
タキオンは「減るものでもないのに、損失?」と首を傾げた。
いや、減るんだよ、信頼とか、物理的な備品とか。
「周囲との信頼を失うリスクがあるという意味だ」
これだ。これを言えばきっと分かってくれる。
「……ああ、なるほど。思い当たる節がある」
……分かってしまった。
この人、たぶんもう色々失ってる側だった。
「そんなことをしていると、悪名が轟くばかりだぞ」
ほぼ忠告のつもりで言った。
というか「悪名」という表現に私なりの優しさが込められていたのだが、当の本人はむしろ誇らしげだった。
「とはいえコラテラルダメージというやつだよ。“果て”を見るために必要な犠牲に過ぎない。それに負傷者を出したこともない。その程度のものくらい許されるだろう」
果てを見るな。
もっと手前で止まれ。
できればドアの向こうくらいでいいから立ち止まってくれ。
「自分のことくらい、自分の中でコントロールするべきだ」
いまや私の言葉は、諭す姉のテンプレと化していた。
タキオンと私に血縁はないけれど、あの時だけは、なんかもう親族代表の気持ちだった。
「必ずしも同意を得られていないままのことがあるのは申し訳ないと思っているよ。でも私だって全部が全部不同意ってわけじゃない」
どのへんが“不同意じゃない”の!?
なにその“過半数は信頼関係でカバーしてるからセーフ”みたいな社会的暴力理論。
「……同意する人間がいるのか?」
一応、聞いてみた。心の底から聞いてみた。
「トレーナー君はよく協力してくれるよ」
その一言を聞いた瞬間、私は思わず口が開いた。
「……世の中には好き者もいるものだな……」
これは、もう本心だった。
いや、なんだ? トレーナーはどういう趣味なんだ?
トレーナーがタキオンにキレる――ドS。
逆にトレーナーがタキオンにキレられる――ドM。
いや違う、タキオンが第三者をキレさせようとするのに、トレーナーが協力してるのかも――いや、それにしても頭おかしい。
(……おい、どれだ?)
もはや興味本位とかではない。
社会的な懸念のレベルで気になってきた。
どっちにしても怖い。
どっちにしても関わっちゃいけないゾーンの人たちだ。
「まったく同意だね」
即答かよ。
なんでちょっと笑ってんだよ。こっちは困惑してるんだよ。
なんで“狂気の肯定”みたいなノリで返してくるんだよ。
こっちはもう内心、道徳の教科書開いて祈る勢いだったぞ。
タキオンは楽しそうに笑っていた。
しかもなんか話題を変える気配がない。これはまだ続く。まだ終わらない。
「ところでシャカール君を知っているか」
「小耳にはさんでいるくらいだ」
「彼女も相当キレるよ、知っているかい?」
ああ、うん。知ってるよ。
あの人もだいぶ怒りっぽいタイプだっていう話は聞いてる。
無愛想で、機嫌が悪いと壁とかに視線で穴開けてるって噂もある。
「私としてはぜひ彼女と比較させてほしんだが、どうだろう?」
(比較って……どっちがより怒りっぽいかってこと!?)
おいやめろ。なんでそんな戦闘力みたいに“怒りメーター”を比較するんだ。
何をどうしたらそんな発想になる?
「怒り狂う速度対決」とか、もうそれ学園でやることじゃないぞ。
むしろ教育委員会に怒られる側だぞそれ。
「……断る。そういう無益な優劣競争には、もう飽きている」
(飽きたことにして逃げろ、私)
いや、実際飽きたわけではない。というか参加したことすらないけど、そう言えばなんかそれっぽく聞こえる気がした。
「なるほど、彼女ですらすでに比較の次元にはいないと」
いや、まあ確かにシャカール君よりは温厚だとは思うけど。そもそも比較の俎上に載せる時点で納得してないからな。
「まあそれもあるが。私は……平穏を望んでいるだけだ。衝突は、極力避けたい」
これは本音だった。
私は争いたくない。戦いたくない。波風を立てずにバナナとコーラがあればそれで充分なんだ。
だが――
「随分な自信だね。いや、事実か。そして衝突を避けたい、か――だが、私はむしろ衝突の中に真実が存在することもあると思う」
おまえ……戦闘民族か……?
「真実」ってそんなバトルで見つけるタイプのものだった?
論理的対話の果てにたどり着くのが真理じゃなかったっけ?
それともこの人、真実のありかが殴り合いの先にあると信じている原始宗教的思考の持ち主なのか?
(やめてくれよ……なんでそんな戦闘民族みたいな思想で堂々としていられるんだ)
私はもう、そういうのには疲れているんだ。
いや、始まってもいないけど、精神的には疲れきっている。
虫と格闘し、生徒会長に勘違いされ、今度は実験室焦がすタイプの科学者に「君は怒りの資質がある」みたいな目で見られている。
「私はもう、そういうのには疲れているんだ。穏やかに、静かに暮らしたいだけだ」
そこそこに生きたい。
怒らず、怒られず、怒らせず。そういう物騒なワードから距離を置いた場所で、そこそこに暮らしたい。
……という思いを込めたのだが。
「ふゥん……沈黙の一年は、それに関係するのかな?」
(……関係するに決まってんだろ)
さすがに口には出さなかった。
でも、せめてこれだけは伝えたくて、簡潔に答えた。
「そうだな」
タキオンは「ふむ」とか「なるほど」とか言いながら、何かを脳内で組み立てている様子だった。
やめてくれ、勝手に構築しないでくれ。君の中での私の人物像、明らかに“怒りのエネルギーで生きる謎の生命体”になってないか?
「でも今君は、その静かな暮らしを捨てて“三冠”に手を伸ばそうとしている。どういう心変わりがあったんだい?」
そう聞かれた瞬間、私は笑いそうになった。
……いや、違うな。笑いそうじゃなくて、泣きそうになった。
待ってくれ。なんで、どうして、誰が、何を、いつ、どこで。
あと“どうして”をもう一回言ってもいいか? それくらい聞きたいことが多い。
なぜだ。なぜ“私が三冠路線を目指している”ことになっているのだ。
おかしいだろう。私はただ復学しただけだ。
誰にも「皐月賞を狙います」なんて言ってないし、ダービーの場所すらGoogleマップで調べた程度だぞ。
(というか“静かな暮らしを捨てて”って、なんか詩的にまとめてるけど、あれ、ただの引きこもりだったんだが)
心当たりがないことはない。
一人だけいる。“勘違いの震源地”が。
──あの、生徒会長である。
あの人との会話のあと、廊下を歩いていたら何人かに「あのビワハヤヒデが……」みたいな目で見られた。
翌日には、学園掲示板に「三冠候補、静かなる始動」って書かれた謎のポスターが貼られていた。
犯人は誰だ。あれは誰の指示で印刷された。ていうか勝手に始動するな。私はまだ準備体操にも入っていない。
でも、いまこの場で「そんなつもりじゃなかったです」なんて言ってしまえば、
「なるほど、謙遜というやつだね」とか返される未来が見える。
ならば……こう返すしかない。
「別に“手を伸ばす”だなんて大層な話じゃない。ただ……必要に迫られたというか、“流されるまま”というか……気づけば、そういう場所に立たされていただけだ」
うまく言った。我ながらこれは傑作だ。本音と建前のフュージョンが成功した瞬間だった。
実際、「気づけば立たされていた」というのは事実だ。
たぶんもう、あの掲示板の前で「えっ」って言ったときから、私はすでに“路線”に乗っていたのだろう。
自分では回していないはずのエスカレーターが、いつの間にか自分の脚を運んでいた。
目的地は「三冠」。案内は誰だ。誰が運転してるんだ。
「なるほど、環境的因子が主体性に作用したわけだ。興味深い。君がさっき“常にそれは外部から誘引されるものだ”と言っていたことと合致するね」
うわ、納得してる。
これ以上ないってくらいの顔で、納得してる。
違うんだよ。いや、合ってるかもしれないけど、違うんだよ。
こっちはただ、「復学しなきゃ」と思っただけで――
そこから何故か虫と格闘し、生徒会長に勘違いされ、今は科学者に“観測”されている。
体感としては、人生というゲームで勝手にクエストが発生して、「三冠路線に進め」がメインストーリーになってる感じだ。選んだ覚えはない。ていうか、キャンセルボタンどこだ。
タキオンは、もう完全に納得していた。
「環境的因子が~」とか言いながら、目がキラキラしていた。いや、もはやギラギラしていた。
あれは完全に、「面白いサンプルを見つけたぞ!」の目だ。
おい待て。私は実験対象じゃないぞ。
ただの一般的なウマ娘――いや、ちょっとだけ留年してて、ちょっとだけ模試満点取って、ちょっとだけ三冠候補って噂されてるだけの……って、あれ?
……普通じゃないかもしれないな、これ。
「そうだな。あくまで私は、そういう反応に“なってしまう”だけで、自分から選んだわけじゃない」
精一杯、冷静を装った。
“なってしまう”――そう、すべては外からの風圧とか、慣性とか、そういう作用でこうなってしまったのだ。
自分の意思で「私は三冠を目指します!」なんて言った覚えは1ミリもない。
けど、周囲がそう決めた。勝手に決めた。空気で決めた。
「“なってしまう”……?」
案の定、タキオンはその一言に反応した。
いや、反応っていうか、もはや考察モードに突入していた。
目がね、また光ってたんだよ。研究者特有の“何かに気づいた”光。
やばい。今、私の中に新しい観測項目が生まれた音がした。
そして案の定――
「複雑な環境にいたんだねえ」
そう言われた瞬間、私は思った。
(うん、まあ……引きこもってたから、複雑な環境にいたと言えばいたんだけど……)
別に複雑な家庭事情とか、壮絶なバックストーリーとか、そういうのじゃない。
ただ、学校に行きたくなくて、外に出るのが面倒で、気づいたら一年経ってた――それだけの話だ。
でも、確かにその状態を第三者が言語化すると“複雑な環境”って表現になるのかもしれない。
そう言われると、なんかこう……それっぽい。思ったより重厚な人生を生きてきた気がしてくる。
でもね、タキオンさん。
複雑にしたのは誰かって言われたら、はい私です。完全に私のせいです。
だから、答えはこうなる。
「……それは否定しない。しかし……そういう“複雑な環境”にしたのは主に自分自身のせいだと思っている」
私はふと、チラッとだけタキオンを見た。
……ニコニコしてた。
この人、なんか嬉しそうにうなずいてるけど、たぶんいま論文の1ページ目の文章考えてる。
「ほう? どういうことか気になるが……まあ、他人の家庭環境にまで首を突っ込むのはデリカシーがなさすぎる」
いや、今まさに思いっきり突っ込もうとしてたよね!?
しかも私が止める前に自分で自制するタイプ! こっちが準備してたツッコミの着地点を先に潰してくるのやめてくれ!
「引くのか」
一応、言ってみた。
そしたらタキオンは肩をすくめて、あっけらかんと言い放った。
「私だってそれくらいの良識はあるよ。……ああ、時間だ。次の予定があるからお暇するよ」
いや、急に現れてキレるかどうか聞いてきて、勝手に納得して満足して帰るって――
なんの夢だったの!?
ねえ、私、これ夢だった? コーラ飲みすぎて寝てた??
「良識、か。随分と狂っているようにしか見えなかったが。私には気が済むまで問答を吹っかけてくるたちのように見えた」
そう、これは控えめなツッコミ。
最後に私の尊厳を少しだけ取り戻す一撃。
するとタキオンは、またもや“そう、それが私だ”という顔で笑った。
「いつの時代も求道者は狂っていると見られてしまうものさ。私は自分の道に準じているだけなんだがねえ」
いや、道っていうかだいぶセンターラインから逸れてるぞそれ。
「それに、これまでの会話で十分君がキレることは分かったから、これ以上の問答は必ずしも必要じゃない」
……え?
なにが分かったって?
(ええ! “キレる”ことが分かったとか、もしかしてイライラしているところ見せちゃったか!?)
やばい。やばい。
あの眉間の皺、さっきの小さなため息、もしかして……気づかれて!? いや、でもお前のせいだからな!? 常人はみんなああいう反応になるから!
「では、また近いうちに」
「……ああ。気が済んだのなら、もう何も言うことはない」
──満足げに去っていく背中を見送って、私はひとつ深いため息をついた。
その姿は、まるで学会帰りの研究者だった。
でも私は……私は……
「……私、そんなにキレやすいように見えるか……?」
嵐であり荒らしのような女だった。どっと疲れたよ、本当に。
こういう時はコーラでも飲んで一息つくに限る。自販機に買いに行こ……あれ?
今日もコーラは売り切れていた。
かみ合わない会話を考え続けていると脳が腐りそうよ
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