力を望むものよ、旅をせよ。
力を欲するならば、魔大陸にゆけ。
剣で、技で、その身に宿した武をもって、
強大な敵を打ち倒し、己が血と肉とせよ。
さすれば力を示しものよ、さらなる力を与えられん。
「………先生!?」
ラクロの町、祭りの中の試合会場。
俺たちが人込みの中をなんとかいくぐってたどり着いた、試合舞台で見たもの。
敗者と思わしき倒れた男。そして勝者と思われる立っている人物。
骨太で肉厚な体、くすんだ金髪、欄々とした眼差し、2本の中型サイズの剣を持つ男。
その様子を見て、クルトが困惑と驚きの声をあげた。
「はは、このようなところで再会するとは思ってもなかったよ、クルト」
「俺もびっくりですし、また先生に会えてうれしいです!」
今は俺たちが確保した宿の1階、ロビー兼酒場となっているテーブルで師弟が再会を喜び合っている最中だ。あれから試合後の彼に接触し、こうして旧交を深める場として、こちらに来てもらった。それにしても、この人がクルトの師匠か…
「君たちはクルトの連れか。ん? そっちの二人はどこかで…」
クルトの師匠がガブリンとバチロウを見て言う。
「ハイ、ワタシたちは同じ村の出身ですカラ、見かけたこともあるカト」
「オボエテル クルトニオシエテタ」
「はは、そうか。クルトの幼馴染ということかな。そちらの少年と少女は初対面だと思うが…よし、改めて自己紹介しよう」
彼は立ち上がって腕を組んで仁王立ちになる。どこかでよく見るポーズだな。
「我こそは! 北神カールマンが直弟子、孔雀剣のオーベール!」
なんかすごそうな肩書と二つ名、実は有名人なのか!?
「の三番弟子、ロドリゲス!」
一気にグレードが下がったな。
その後は改めてこちらを紹介、ガブリンとバチロウの『トクラブ村愚連隊』のメンバーに続いて、俺とエリスの紹介をする。
「それにしても先生はすごいですね! 今日の試合も勝ったんでしょう」
「はは、そうだな。相手もなかなか圧のある相手だったが、我が北神流の技で勝たせてもらった」
クルトは師匠との再会が本当に嬉しそうだな。なんだか尻尾をブンブンと振っている幻覚が見えそうだ。
「しかし、クルト達はどうしてこの町に? ビエゴヤ地方からここまでかなりの距離があるが…」
クルトが自分たちのこれまでの経緯を説明する。3人で村を出てリカリスの町で冒険者になりパーティを結成したこと、町で冒険者として活動したこと、俺とエリスに出会ったこと、そして今は魔術師勧誘という目的があり、魔大陸南端ウェンポートを目指して旅をしていること。
「そうか。この魔大陸で旅をしてきたというなら、皆一端の冒険者なのだろう。それに………なるほど。手練れの剣士もいるようだしな」
ロドリゲスはエリスを見て言う。やっぱりわかる人にはわかるのか。
「…フンッ」
返事は素っ気ないものだがエリスはロドリゲスから視線を外さない。あ、なんかこれライバルっぽい空気が流れてる感じがする。
「ロドリゲスさんはどうしてこちらに? この魔大陸の出身には見えないのですが…」
俺は当初から抱いていた疑問を問いかける。彼の容姿、髪色はどう見ても人族のように思える。
「たしかに私は魔大陸の生まれではない。こちらに来たのは武者修行でな。師オーベールから剣を学び、そこで伝承の話を聞いて腕試しと修行のためにこうして、もう何年も旅をしている」
腕試しと修行のために、わざわざ危険な魔大陸にくることも驚愕だが…
「伝承とは?」
「伝承というのは武を学び、さらなる力を求める者に伝わっている話でな。内容は…」
ロドリゲスがその伝承を聞かせてくれる。内容はシンプルなものだが、武とか力とか、いかにもって感じだ。ふむ、剣士や武芸者にウケそうな話だな。俺より強いヤツに会いに行くってか。
「…へぇ」
こっちの赤毛剣士にもウケはいいようだ。
「この伝承はどうやら世界各地に広がっているようでな、この魔大陸に来るまでも何度か聞いた。地方によって多少話の内容が変化して伝わっているようだが…。
ただ、ついに! その伝承の真実の一端を掴んだかもしれん」
「それは!? どういうことなんですか、先生!」
クルトはもうお師匠様にベタ惚れだな、目をキラキラさせてる。
「うむ。力を持ち、力を授ける魔王というのが別の地方にいるらしくてな。この町の闘技大会の勝者には、その魔王御前試合に招待されることになってるのだよ」
ふ~む、多少胡散臭くはあるが、まあ伝承なんてそんなものか。要は今開催している大会は、その魔王様直轄試合とやらの予選的な位置づけってことか。
「…くっ」
うちの赤毛剣士は、その大会自体に参加できないことが悔しそうだが。
「ところでクルト達がウェンポートに向かっている理由は聞いたが、ルーデウス君とエリス君はどういう理由だ? いや、そもそも君たちも魔大陸出身者には見えないが…」
う~ん、返答に困るな。どう説明しようか。気づいたらアスラ王国から魔大陸に移動してました、なんて突拍子もない話を信じてもらえるだろうか。
「それは…正直自分たちでも、ちゃんとわかってはいないのですが、実は…」
「ああ、なるほど。いや、皆まで言う必要はない。悪くない、悪くないぞ。思い人との逃避行! 若き溢れんばかりの情熱と衝動とはそういうものだ。はっはっは」
いや、何をどう勘違いしてんだよ。俺たちを駆け落ちカップルとでも思ったんだろうか。ルイジェルドやミグルド族の里長もそういう傾向があったが、オッサンのほうが色恋話が好きなんだろうか。
「そ、そうよっ!」
違うから。あと今手を握ると誤解に拍車がかかるから。顔を赤くしながらそう主張してくれるの正直嬉しいけど。
「いえ、そういうわけでは…」
「はっはっは、いやはや青春とは眩しいものだな!」
このおっさん人の話聞かねえな。まあ何年も旅してるって話だし、魔大陸に来てからも長いのだろう。事情を説明してどうなるものでもないか。
「先生! 今は大会中ですが終わったら手合わせをしてください!」
「ああ、私もそう思っていた。クルトの成長を確かめたいしな!」
多少、人の話を聞かないところもあるが、この人も良い師匠をやってる。なんだか微笑ましい。
俺はいつロキシーに再会できるだろうか。このまま順調にアスラ王国に向かえば、おそらくシーローン王国を通ることになる。その時に会えるだろうか。あ、その際にはミグルド族の里の両親のことも伝えないと。
その後は、せっかくだからと一緒に夕食をとった。食事中、ロドリゲスはこれまでの武者修行や師のもとで学んでいた頃の話をしてくれた。エリスとクルトの剣士組だけでなく、俺も含めた全員で話を聞き入った。一人の武芸者の半生を綴った伝記というか自叙伝のようなものは、剣士でなくとも、一冒険者としてもとても興味深いものだった。話が終わると、彼は明日も試合だからと夜も深まる前にその場は解散となった。
翌日、俺とガブリンは早朝から試合会場に向かう。
朝も早い時間のせいか、まだ人通りは多くはない。しかし道行く中で周りの様子を見れば、今日も活気と賑わいの一日になる予感がする。何かの荷物を慌ただしく運ぶ人々、露店は店員が忙しそうに開店準備、酒場のような店からは料理の仕込み中なのかいい匂いが漂ってくる。
しばらく歩いて目的地に到着。昨日は人だかりでまともに見渡せなかったが、けっこう広いな。会場は真ん中部分の地面がくり貫かれ、直径25メートル程の円形舞台が設置してある。舞台は柵に囲われており、その周りは傾斜をつけた観客のための場所となっている。柵には対に設置された出入り口と思われる門とそれに繋がる通路もある。全体的にはクレーターの中心部にバスケットコート大の舞台が設置された構造になっており、古代コロッセオ闘技場の超簡易版といった感じか。
運営と思わしき人間に声をかけ、依頼の具体的な内容の説明を受ける。集められた治癒術師は会場内の待機テントで待機、運営の指示に従がって試合の競技者に治癒魔術を施す役割とのこと。うん、問題はないな。治癒魔術が緊急で必要になる場合もあるので、基本的には待機テントから動けないが、この位置なら試合も見れる。けっこう役得な依頼かもしれない。ただ、俺とガブリン以外の術師と思わしき人間が見当たらない。試合開始にはまだ時間もあるし、あとで集まるのだろうか。
試合が始まるまでの間、運営の人間を捕まえてこの闘技大会について、雑談を交えて話を聞いてみた。
闘技大会は全6日間、元の参加者は70名近くおり、昨日までの試合で勝ち残ったのは8名。それを今日と明日の最終日で優勝者を決める方式らしい。試合は賭けの対象にもなっており、運営はそちらも取り仕切ってるようだ。そして、このラクロの町の祭りも闘技大会に合わせており、明日で終了となる。最終日の夜は盛大に最後の宴が催されるとのこと。
あれ? 70名の参加者を昨日までに8名まで減らしたってことは…、ここまでの4日間で60試合以上をやった計算になるな、あくまで単純なトーナメントの場合だが。…いい予感がしない。
満員御礼の観客席から歓声と怒号が響き渡る。湾曲した剣を持つヘビ男と小柄な斧使いの勝負は佳境に入っただろう。エリスよりは下だろうが、実力伯仲の戦士の戦いは手に汗を握るものだ。それはいいのだが………、俺は自分がいる待機テントを見渡す。俺とガブリンを入れても待機している術師はわずか4名。結局観客が会場に入り、試合開始直前となってもやってきた魔術師は二人だけだった。
試合が始まる前に挨拶も兼ねて声をかけてみた。この二人は冒険者というわけではなく、この町で治療院を営んでる方とのこと。さらに話を聞くかぎりでは、実は昨日まではこの人達に加えて、依頼を受けた冒険者が入れ替わりで治癒に当たっていたらしい。しかし、1日あたりの試合数とそれに伴う負傷者の治療で大半は魔力枯渇状態となり、リタイアとなった。まあ、試合のスケジュールを聞いた時点で予想はしていたが、魔力は個人差はあるが一日で完全に回復するとは限らないし、明らかに魔術師が足りていない。そしてこの場に勧誘できそうな人物はいない。
なかなかうまくはいかないな、どうやら今回の作戦は失敗だったようだ。仕方ない、万事がうまくゆくことなんて滅多にないことだし、割り切ろう。
「ルーデウス、次はロドリゲスさんの試合のようデス」
「おっと、これは見逃せませんね、解説のガブリンさん」
俺とガブリンは開き直って試合を楽しむことにした。もちろん、仕事はしっかりこなす前提で。
ロドリゲスが入場してくる。上位8名だというのに歓声はあまりない。まあ見た目から人族だし、ここではアウェーといったところか。彼は昨日の宿での様子とは違い、真剣な表情をしている。腕と頭部には、よく磨かれた小手と額と頬をカバーした面あて。体と脚部は革製の防具を身に着けている。これが本気モードの姿か。
対する相手は鬼のような見た目と青い肌、そしてなによりもデカイ。あの大男だったブレイズより、さらにひと回り大きい。武器は俺ではとても持ち上げることもできなそうな大きな棍棒。この戦士には歓声がすごいな、地元の英雄…、いや単に賭けの対象としてかもしれないが。
試合が始まった。
すぐさま大鬼の戦士が仕掛ける。見るからに重そうな攻撃、しかしロドリゲスは冷静に対処する。 棍棒の振り下ろし、躱す。 横なぎ、躱す。 突き、2本の剣で受け流しながら捌く。
おそらく一発で致命傷となるであろう攻撃を見事にいなしていく。大鬼の動きも鈍重というものではないが、ロドリゲスの回避と防御が冴えている。スピードはエリスのほうがありそうだが、技術は彼に分があるか。俺も剣術は何年も修練してきたが、自分より上のレベルのことは漠然としたことしかわからない。
何度目かの攻撃を凌いだあと、両者の距離が再び離れる。観衆は静粛、聞こえるのは両者の息づかいのみ。ロドリゲスを見る。息を整えつつも苦悶の表情。先程から見事な回避を見せているが余裕はないのかもしれない。
今度はロドリゲスから仕掛けた! 間合いを一気に詰めて、下からの斬り上げ。大鬼が棍棒で防ぐ。続けての横なぎの一撃、これを大鬼が弾いた。強く弾かれたためか、ロドリゲスが後方にふき飛ばされ、地面にうつ伏せに倒れる。
大鬼がすぐさま距離を詰める。あ、まずい。ロドリゲスは体勢が悪い!
体勢の整わないところに大鬼が大上段から棍棒を振り下ろした。
結果はロドリゲスが勝った。
すごい。自分でも陳腐な語彙力だと思うがそういう表現しかできない。
あの時、大鬼が振り下ろした棍棒が当たると思った瞬間、ロドリゲスは体勢が整わないまま、四つん這いの恰好で大鬼の脇を抜ける形で攻撃を躱した。そのまま大鬼の背後に廻ると自身の武器を大鬼の首元に寸止めして、勝負ありだ。
あの四つん這い状態での動作、クルトが時折体勢が悪い時に見せる動きに似ている。北神流の技なのだろうか。変則的だとは思うが、使いどころを間違わなければ効果的なのかもしれない。真似できる気はしないが。
しかし、本当にすごいものを見せてもらった。自分ではガラではないと思いつつも、目にした好勝負にたしかに興奮している自分がいる。スポーツや格闘技で観客が熱狂するのも今ならわかる気がするな。
「すごい勝負でシタネ」
「ええ。まさに手に汗握る勝負ってやつですね」
登場した時は大して注目も歓声も受けることはなかった。しかし今は勝者に惜しみない拍手と賞賛の歓声が向けられている。わずかにある怒号は賭けに負けた人たちだろう。
「ロドリゲスさんはクルトの師匠なだけあってすごく強かったデス。…エリスより強いんでショウカ?」
ガブリンの発した言葉は純粋な疑問なのだろう、俺も同じことを考えていた。
俺たちの一行はエリスが常に近接戦闘のエースを張ってきた。タンクのバチロウ、サブアタッカーのクルト、前衛サブアタッカー兼サポートから治癒魔術を習得したことで後衛サポート寄りになったガブリン。そして後衛アタッカー兼サポートの俺。エリスは前衛アタッカーとして攻撃、さらにはタンク以上に前に出て相手を引き付ける。危険度は高いが仲間内の力量的にどうしてもそういった役割になる。そして彼女の力と活躍は俺たち全員がこの目で見てきている。
エリスとロドリゲス、より強いのはどちらか? 正直、俺ではわからない。でも、ああ…俺でもなんとなくわかってしまうこともあるな。
ロドリゲスの試合の後は2試合、結局計4試合が行われ本日分の日程は消化となった。もちろん俺とガブリンは依頼である治癒の仕事はきちんとこなした。
今日の仕事が終わり、日が沈んだ頃に宿に戻る。観戦組の3人も戻ってきていたのでそのまま夕食となった。
食事中、魔術師勧誘の目論見が外れたことを報告しつつも、話題の中心になるのは当然クルトの師匠の試合だった。やれあの技がすごかっただの、やれ師匠はやっぱり強いのだの大いに盛り上がった。ただエリスだけはなんだか物静かだ。決して不機嫌というわけではない。………わかりやすいなあ。
食事も終わって部屋に戻る。『デッドエンド』の俺とエリスが寝泊りする部屋に、先に食事を切り上げたエリスがいるはず、…いないな。
ビュッ!
俺は宿の外に出てすぐに風切音を耳にする。
何の音かはすぐにわかった、これまで何千何万と聞いた音だ。
ビュッ!
俺がやってもこんな音は出せない。
ぶおん、とか ブーン、とかそんな音しか出せない。
ビュッ!
旅の野営中や宿泊先の宿でもこの音で朝、目が覚めたこともある。
誰が出せる音か、誰が出している音か。わかっている。
「…ルーデウス?」
彼女は剣を振り続けながら、背後から近づいた俺を察知する。こっちを見もしてないのに、まったく達人級の剣士ってやつは…。
「食事もそこそこに鍛錬とは。随分と精がでますね」
「………」
彼女は答えない、ただ黙々と剣を振っている。ま、こんな言葉は今は雑音にしかならないか。
ヒュッ!
風切音が鋭さを増す。空気を切り裂く音が一段階、短く、より高音になる。
ヒュッ!
いつもの戦闘中に見せる裂帛の気合でも怒気でもなく、ただ静かな闘志が彼女の背中から伺える。
「僕は止めませんよ」
「………」
彼女は黙々と剣を振り続ける。
「ただ…、そうですね。試合中に乱入することはやめてください、問題になっちゃいますから。『デッドエンド』の名を墜とすことになりますしね」
「………しないわよ」
その間は肯定と同義だと思う。
「だから試合が終わってからにしましょう。たしかクルトが手合わせすると言ってましたし」
彼女は剣を振るう手を止めない。
「もちろん僕も付いていきますよ。治癒はあったほうがいいでしょう」
風切音が止まる。
「ルーデウス」
「何ですか? エリス」
「ありがと」
「いえいえ、僕らは仲間ですから。それに付き合いも長いですし、これぐらいは、ね」
「…ふふっ」
俺の位置からでは、剣を持っているエリスの背中しか見えない。でも、きっと今彼女はカッコよくて可愛い笑顔をしているだろう。ふふっ。
鋭い風切音が再び響く。
静かな闘志と共に武器を振るう剣士。それを黙って見守る魔術師。
こうしてラクロの町、祭りの最終日前夜は更けていった。
ロドリゲス参上! アニメ版ではミリス大陸でしたが、本作では原作web版と同じように魔大陸での登場です。そして、本作ではクルトの師匠設定ということにしました。この人も魔大陸で旅してるあたり大したものだと思います。
物理のみの戦闘シーン。なかなか描写が難しいですね。
オリ町:ラクロの町、治めてる魔王は誰かはわからないが、あの有名な暴力魔王様と懇意にしてるとかなんとか…
次回予告 「力を望むもの 情景」