020 過酷な旅路と2度目の接触
「ルーデウスッ! まだ追ってきてるかいっ?」
「はいっ、まだ追ってきてます。速度を緩めないで!」
クルトの悲鳴のような問いかけに俺は答える。俺たち『デッドエンド』とクルト達の『トクラブ村愚連隊』の一行は絶賛大ピンチの最中だ。
騎乗している大トカゲ2匹が、起伏のある大地を全力で駆ける。追ってきているのは2匹の巨大な犬型の魔物。ガブリンいわくアシッドヴォルフブルグとかいうアシッドウルフの上位種にあたる魔物だ。
本気の逃走をしているが、状況はかなり悪い。
最初は大トカゲに騎乗しての移動中にバチロウが魔物の接近を感知した。ただ感知した段階で、魔物がこちらを認知している動き、襲い掛かってくる様子であったため、俺たちは逃走を選択した。しかし、この魔物の足は相当に速い。俺たちはもちろん、大トカゲの最高速度よりも上だ。すでにクルト達には魔物の攻撃が一度掠めている。幸いにも大トカゲに固縛していた荷物が盾になって、彼らにも大トカゲにも負傷はなかったが、破損した荷物は失うことになった。
それからは魔物に追いつかれそうになると、
どうする? この状況を打破するには?
広範囲に『
大トカゲを捨てる、囮にするのは? あの魔物が俺たちより大トカゲを優先するとは限らない、俺たちのほうを先に仕留めにくるかもしれない。これもダメだ。
思いつく策では現状を抜け出すことは難しい。このまま逃走していても、いずれは魔術で捌ききれなくなるか、大トカゲの体力が尽きてしまうかもしれない。クソッ、ジリ貧だ。
今現在逃走している、この南方海岸に向かう行程ルートを選択したのは失敗だったか?
アイツの話を聞いておくべきだったか?
俺は数日前に見た
・
白い場所。
何もない場所。
これは夢だな、瞬時にそう思えるほど非現実的な空間。そして、
「やあ、ルーデウス君」
(………………、はぁ~~~~~~)
「なんだか元気がないね。お疲れかい?」
(わかんねえのか? これは会いたくもない奴に会っちまって、自然に出たクソデカため息ってやつだ)
「そうはっきり言われると、ちょっとショックだね」
(神を名乗るクセに傷つくのか? 笑える話だな)
「相変わらずつれないねえ、君は。話くらいは聞いてくれてもいいんじゃないかな」
(1年以上音沙汰なかったクセに何言ってんだ)
「それは、ほら、僕は神様だからさ。色々忙しいのさ」
(そうかい。なら俺になんか構ってないで、神様のお仕事にでも精をだしてろよ)
「……どうして君は僕のことを、そんなに目のカタキにするんだい?」
(はっ、それこそだろ? 自分は神だとか言ってるくせに、こっちの考えてることに察しがつかないあたり、お前が胡散臭い証明だろ)
「ああ、たしかにねえ」
(なあ、アンタがどこの誰で、何が目的で、どんな魔術を使って接触してきているのか知らないが、もうこういうことはヤメにしないか? 俺はアンタのことを信用しないし、話を聞く気もない。だから、こんなことしたって徒労に終わるだけだし、俺もアンタもお互い疲れるだけだろ?)
「魔術ってワケでもないんだけど……。まあ、君に信用されるのは難しいみたいだね。これでも人に好かれるほうなんだけどなあ」
(好かない奴も信用しない奴もいるってことだ。俺から言わせりゃ、話を聞いてほしいだの、自分はあなたの味方だのなんて言うやつは、こっちを騙そうとする詐欺師の定番なんだぜ)
「ふうん、なるほどねえ」
(
「そのとおりだねえ」
(ま、色々文句つけたが別に俺だってケンカをしたいわけじゃないんだ。お互いが擦れる前に、こじれる前に、憎しみ合う前に円満に別れようってことさ)
「君と交際した覚えは僕にはないんだけど」
(気持ち悪いこと言うなよ。別れるってのがあれなら、そうだな、ノータッチだ。お互い関わるのをやめるってのはどうだ?)
「僕としては、君に多少嫌われてでも話を聞いてほ」
(多少じゃなく、心底嫌ってるよ)
「はあ~、わかった、わかったよ。まさか僕のほうが言いくるめられるなんてねえ。君、案外大物なのかもね」
(褒めても何も出ねえよ)
「じゃあ君には信用されないようだから、これから君に訪れる苦難もそれに対する助言もしないでこのまま去ることにするよ」
(……ちっ、いちいち引っかかる物言いするな)
「そういうつもりでもなかったんだけどさ。どう? 今後のために聞く気に」
(ならない。やっぱりお前は胡散臭いよ)
「やれやれ、手の施しようがないね、これは」
(もういいよ、これ以上はお前としゃべる気にもならない。
今後は俺の前に現れるなよ。神を名乗る……ヒトダニだったか)
「ヒトガミだよ」
(わざとだよ。じゃあな)
「うん、またね」
(おい)
・
ああ、思い出すだけで腹が立つ。俺も大概な対応をしている自覚はあるが、なんだってアイツはこう人の神経を逆撫でするんだ。こっちを小馬鹿にする態度と言わなくてもいい余計な一言は、本当に癇に障る。絶対好きにはなれないタイプだな。
「ガァルルゥ」
今は考え事している場合じゃない。魔物の1匹が接近してくる。
キイィィィン
俺はすぐさま『フロストノヴァ』を放つ。こちらに接触させないように、かつ俺自身と大トカゲを巻き込まないように威力と範囲を抑えて。
魔物はその速度と跳躍力、俊敏な動きで俺が放った魔術を躱す。結果、距離こそ一瞬離れるが、すぐに元のとおりに追ってくる。やはり止まる気配はないな。
「ルーデウス」
大トカゲの手綱を握っているエリスが、背後の俺を見ながら呼びかけてくる。
"私がやる?" 彼女の目は俺にそう問いかけている。
俺は考える。足を止めてエリスを軸に正面から戦いを挑むか? いや、ダメだ。魔物の特性と周囲の地形を考えれば悪手だ。こんな起伏だらけで岩の多い場所では、相手の能力が十全に生きる。乱戦に持ち込まれたらエリス一人でカバーしきれない、俺自身も含めて間違いなくこちらに犠牲が出る。
俺はエリスを見ながら首を横に振る。彼女も了承とばかりに、正面に視線を向けて大トカゲの操作に戻る。
キイィィン
再び接近してきた魔物に対して魔術を放つ。
とはいえ、手がないのも事実だ。このままの状況が続けば、こちらが一方的に不利になっていくだけ。あと現状を打開しうる手となると……、魔物が躱しきれないような広範囲の魔術を放つくらいか。それで魔物に追跡できないぐらいの手傷を負わせれば上々、こちらも巻き込まれるが事前にタイミングを伝えておけば、致命傷を避けることくらいは皆してくれるだろう。ただ周囲への影響がどうなるかはわからない。最悪は周辺の魔物も呼び寄せてしまうが、そのあたりは賭けになる。
俺がいささか運が絡む策を皆に伝えようとすると、視界の端にクルト達が騎乗した大トカゲが映る。
「シッ」
クルトが石製の短剣を魔物の一匹に投擲する。短剣は魔物の前足に命中するが、刺さることはなく弾かれる。
全力逃走の大トカゲに騎乗しながら、投擲を当てるクルトの腕前には関心はするが、思わず舌打ちが出そうになる。あの魔物、魔術は避けるクセに投擲物は避ける素振りも見せない。よほど自分の硬さ、防御力を自覚してるのか。
「それならっ」
クルトがもう一度投擲する。次に手から放たれたのは短剣ではなく、小さな石礫?
投擲物が魔物に接触するやいなや、パッと赤い煙が散った。
あ、例の仕掛け玉か。
魔物の一匹は鳴き声をあげて足を止める。あの仕掛け玉、催涙弾の効果時間は決して長くはない。鼻が敏感な犬型の魔物と考えても、稼げる時間は20秒か30秒か。
「平地が見えマス!」
クルト達の大トカゲを操作しているガブリンが叫ぶ。
逃走の限界、魔物の1匹は短時間ではあるが足止めに成功、不利な地形からの脱出。俺は判断する、攻勢をかけるならここしかない。
キイイィィィィン
先程までより大きめの魔術を追ってきている魔物に放つ。案の定躱されるが、それでも多少の距離と時間は稼げる。
「平地に出たら迎撃します! 全員用意をっ!」
「わかったわ!」「了解!」「了解デス!」「ワカッタ!」
2匹の大トカゲが開けた場所に躍り出る。
「『
最後尾の俺は大トカゲから飛び降りると、すぐさま反転方向、魔物が追ってくる方向に魔術で土の壁を造り出す。壁は幅がざっと20メートル、高さは4メートル程だ。大型かつ俊敏な魔物に対して、この程度の壁は足止めにも防御にも成りえない。これは障害と遮蔽用だ。
杖を持った右手、空いている左手も前に突きだし、使い慣れた魔術をめいいっぱいタメる。
それから、
「バチロウ!」
「ワカッテル!」
さすが1年、共に旅をしている仲間だ。言葉にしなくても意図が伝わるのは頼もしい。
魔物の息遣い、駆ける足音、俺にはそこまで正確に把握はできないが…、
「クルッ!」
「『
無数の岩の砲弾が壁の上の空間に向かって射出される。
そして、その射線上に現れる魔物。
「ギャイン」
放った砲弾のいくつかが魔物に命中する。
よし! 俊敏性と跳躍力のある犬型の魔物、遮蔽物があれば跳び越えてくるだろうと予想したとおりだ。しかし狙いどおりではあるが、急所を貫いたワケではない。
「エリ」
「シィッ!」
俺が指示を出す前に、エリスは落下途中の魔物の片足を空中で斬りとばす。こっちもさすがだ。
そのまま壁のこちら側に落ちた魔物に、俺は追撃の『
ふぅ、1匹は片付けた。あとは…
「カベ マワッテクル」
魔物も頭カラッポのバカなタイプじゃないな。目の前で土壁を跳び越そうとした仲間がヤラれたのを見れば、同じ轍を踏むようなことはしないか。仕方ない。
「バチロウとクルトは
・
「神なる力ハ芳醇なる糧、力失いしかの者ニ再び立ち上がる力を与エン『ヒーリング』」
「母なる慈愛の女神よ、彼の者の傷を塞ぎ、健やかなる体を取り戻さん『エクスヒーリング』」
戦闘終了後、ガブリンと共に負傷者に治癒魔術を施す。エリスは軽傷であるが、バチロウが致命傷にはならずとも深手を負ったため、俺は中級治癒魔術を選択する。
しかし、かなり危なかったな。魔大陸で旅をしてきて、何度か命の危機に面した場面はあったが、今回は相当だった。ここまでの旅路では、なるべくリスクの低いルート、行動を心掛けてきたがどうしても不利な戦闘、負傷が避けられていない。
バチロウの治癒を終えて、俺は問いかける。
「大丈夫ですか? 傷は治療しましたが、気分が悪いとかありませんか?」
「ダイジョウブ。モウ ウゴケル」
彼は気丈に答えてくれる。傷はたしかに癒えたかもしれないが、痛みがないワケがない。エリスの方を見ると、あちらも治療は終わったようだ。どうにも前衛に負担をかけてしまっているな。
「クルトも大丈夫ですか? 何かあれば言ってください、すぐに治療しますから」
俺は見張りについているクルトに声をかける。戦闘後、自己申告ではあるが負傷はないということで、クルトは治療中の周囲警戒にあたっている。
「………………」
あれ? 聞こえなかったのだろうか、クルトが反応しない。
「クルト?」
「ルーデウス。あれって、ひょっとして……」
俺の言葉には返答せず、クルトは視線を固定したまま問いかけてくる。
その言葉を聞いて、俺はクルトの視線の先を見てみる。
生前では特に思うところもなく、ごく当たり前のように存在したもの。ただこちらに来てからは、一度も目にはしていないもの。
俺たちが魔物を迎撃した場所、その開けた地形のさらにその先。
そこにあるのは、海だった。
オリ魔物:アシッドヴォルフブルグ、アシッドウルフの上位種
次回予告 「海辺の出会い」