ザッバァァーーーン
忌々しい嵐め、波飛沫がこんなところまで届きやがる。強風に乗って身体を濡らす水霧がどうにも癪に触る。
「クソッたれめ」
誰に対してでもなく悪態をつく。この仕事自体貧乏クジであることに間違いはないが、ここまでうまくことが運ばないことに腹がたつ。加えて今は奴らに気取られないために岩陰に隠れ、地を這って汚れ、身体を濡らしながらの襲撃準備に苛つくなってのは無理な話だ。
元を辿れば組織がヤラかしたこととその不始末がコトの発端だ。
組織はなんでも扱う密輸を生業としてる。禁制非禁制を問わず食料、装飾品、鉱石、クスリ、動物、それこそ人間もだ。上層部が獣族のガキがいい儲けになることに目をつけることは悪くはない。しかし、
聖獣を攫った情報が入った時には駒が足らなすぎて手の打ちようがなかった。おまけにその商品運搬の仕事が俺にまわされる始末。ちくしょうめ。
聖獣を獣族に戻して大森林の勢力とは手打ちの布石としつつ、他の商品運搬の仕事をこなす。そんな最上の結果はどうあっても無理だ。できることは運搬を失敗して、組織の他の人間に商品も仕事も引き継いじまうこと。聖獣から手を引けば大森林とコトを構えても、組織にスケープゴートと尻尾切りにされるのは引き継いだ奴だ。俺じゃあない。
商品を乗せた密輸用の中型船でザントポートを出航して、適当な頃合いで港に戻る。体調不良でも持病でも適当ないいわけをして仕事を他の派閥の奴に引き継ぐ。組織と大森林がどういう決着になるかはわからないが、俺は状況が落ち着くまで身を潜める。そう計画してたのによぉ。
実際はザントポートを出航して嵐に遭遇しちまった。さらに強風と荒波で船が故障する運の無さ。嵐と潮の影響で船は大きく流され、魔大陸のこんなところに辿りついちまう。本当にツイてねえ。
船の故障は沈没するようなものじゃなく自走できないワケでもない小規模なモノだったのが、微かにある救いか。ただ故障を直すための部材が手元にはない。密輸船であり商品積載量確保のために予備を搭載していなかったのは痛かった。だが運搬の仕事を失敗するためにもウェンポートには船では寄港できない。陸から町に入って組織には秘密裏に修理部材を調達、その後は修理した船でザントポートに戻って引き継ぎを行う。余計な時間がかかったせいで運搬失敗の失態はより大きくなるし、上層部には色々言いワケも苦しくなるが、これしかない。
今朝方、嵐が落ち着いてきたのを見計らってウェンポートへの調達隊をようやく送り出せた。しかし送り出しはしたが徒歩では結構な時間がかかっちまう。"足"があれば大幅な時間短縮が見込める。その"足"のために餌を撒いて獲物がかかるのを待ってたんだが。
餌に喰いつたのは魔族と思わしき3人。確実に移動と積載の手段を持っている商隊ではないことに落胆したが、ヤツらが向かった先に目当ての"足"があるのが伺える。建物の隙間から、この魔大陸では重要な移動手段である大トカゲが見える。
しかしあの建物は何だ? 土壁じゃなくて石でできてるのか? よくわからねえ。それにこのあたりに村や集落があるとは聞いたことがない。ウェンポートが比較的近いとはいえ、こんな辺鄙な場所に居を構える奴がいるとも思えないが。みすぼらしい造りからすると漁師の道具倉庫とか休憩所かなんかかもしれないな。まあいい。
手下共の準備が整い次第、襲撃開始だ。
・
憔悴した表情の子供達。薄手の布一枚を羽織っただけで、その下には何も着けていない半裸以下。隠しきれていない身体からは青黒い痣をはじめとした傷痕がいくつも見える。それと場にそぐわないやたらとデカい犬が愛嬌のある顔でこちらを見ているが、まあそれは置いておこう。
「彼らは?」
「わからないんだ。言葉が通じないみたいで」
俺の質問にクルトが答える。頭に生やした獣耳、羽織った布の隙間から見える尻尾、ギレーヌやボレアスの屋敷で働くメイドさん達と同じように見える。おそらく彼らは獣族であり、扱う言語が違うのだろう。
「探索中に彼らを見つけてさ。この姿を見たら、ほおってはおけなかったんだ。
…………ごめん、ルーデウス。負担になることはわかってる」
続けてのクルトの簡潔な説明。なるほど、探索中に彼らを発見して保護したということか。
それに負担になる、か。たしかに俺達は旅の途中であり俺自身が本調子じゃないことを含めて余裕があるワケじゃない。クルト達3人の必死ながらも心苦しそうな表情を見れば、彼らも理解しているのがわかる。
……ただ、俺の仲間は冒険者として冷静な判断ができつつも、基本的にはお人好しなところがあるしな。俺も今は保護されているような状態だ。大丈夫さ、クルト。その意志を無碍にするつもりはない。
「わかりました。では彼らに治療と衣服の用意、それから暖かい食事ですね」
「ルーデウスゥ!」
俺の返答に喜々とした表情になるクルト。案外チョロインだな。俺だって決して褒められた性格をしているワケじゃないが、そこまで人でなしのつもりはないんだぜ。
獣族の子供達を改めて観察してみる。彼らは重症を負っているようには見えないが、全身ボロボロな姿は実に痛々しい。子供達のうち、二人の少女なんかは普段であれば半裸の姿に興奮するところだが、正直そんな気もおきないくらいの見た目をしている。
しかし、この子達はどういう経緯でこんな状態になったんだ? 昨夜までの嵐の影響で災害に見舞われたか。いや、獣族って通常大森林に住んでるはずだし、それもおかしい話か。そうなると考えられるのは、海での遭難者か? 衣服を纏ってないのは、海中での泳ぎには濡れた衣服が邪魔
だったと考えれば辻褄は合うが……。まあ、わからないなら訊けばいいだけの話か。
俺は久々に使う言語を思い出しながら子供達に話しかける。
「 あー あー えーと、僕の言葉は通じていますか? 」
「「「 !? 」」」
獣族の子らが息を飲むのがわかる。よかった、俺の獣神語はちゃんと伝わるようだ。かつて勉強したことは無駄じゃなかった。
「 言葉が通じているようで何よりです。えー、君達はどこから来ましたか? 」
「「「 ………… 」」」
俺の言葉に全員が見合わせる反応をする。うーん、仕方ないことだがまだ警戒されているか。
獣族の子らとの会話を試みていると、今度はクルト達が驚きと感心を見せる。
「ルーデウスは彼らの言葉ガわかるのデスか?」
「ええ、まあ。たぶんコミュニケーションはとれると思いますよ」
「「「 ………… 」」」
この反応、なんだか出会った頃に魔術を見せたことを思い出してなつかしい。
「ふふん、ルーデウスはすごいのよ!」
そしていつものエリスの反応、ありがとう。
って身内で盛り上がってる場合じゃないな。彼らをほっとくのは良くない。
「 えー 僕達は旅をしている冒険者です。君達を助けたいと思います。
あなた方はどこから来ましたか? どうしてそのようなことになっているのですか?
事情を聞かせてくれるとありがたいです。 」
ゆっくり丁寧に語りかける。一気に知りたいことを並べたが、こちらが情報を欲しているのは伝わるだろう。
問いかけてから少し待っていると子供達のうち、少女の一人が警戒しながらも話しかけてきた。
「 あ、あたしはミニトーナって言うニャ。あたし達は大森林で生活してるニャ。っと言うかここはドコニャ? 」
うお、語尾がニャ! 本物のニャ! エリスの物真似とは違う本物のニャに衝撃を受ける。
いやいや、今はそれよりも会話と情報収集だ。話しかけてきた猫耳の子は、受け答えから見てしっかりとした意志があるように伺える。他の子供達はいささか憔悴しきってる感じがするが、この子は折れていないな。
「 僕はルーデウスと言います。ここは魔大陸の南海岸沿いでウェンポートにほど近い位置ですね。クルト達…ああ、僕の仲間があなた達を保護したと聞きましたが、それまでの経緯をお聞きしても? 」
「 あたしは大森林の村で暮らしてて、それから… 」
猫耳ミニトーナの説明を聞く。
彼女の話を要約すると、彼女は大森林で暮らしていたが、ある日森で遊んでいるところ突然男達がやってきて拘束された。訳も分からぬまま連行されて暗い場所に閉じ込められた。もう一人の女の子も一緒に捕まったし、他の子達も似たようなものだろうということ。
しばらく暗い場所に閉じ込められた後は、今度は船に載せられどこかに運ばれた。船の中では男達に殴られたり蹴られたり色々と酷い扱いを受けた。船は途中から激しく揺れて中は酷いあり様だった。
揺れが収まって少し経ち、隙を見て自分達を閉じ込めていた部屋から抜け出した。途中で聖獣様を見つけ、布一枚を羽織って船から脱出。幸いにも船は陸から近い場所に停泊していたため、泳いで陸まで辿り着いた。
そしてしばらく陸を彷徨っていると男3人と遭遇した。正直逃げようとしたが、それだけの体力ももう残ってない。ただ男3人は言葉こそ通じなかったが、これまでに会った奴らと違って何やらこちらを丁寧に扱ってくれる。他にできることもないので、男3人に誘導されるまま付いて歩いてきた。
ということらしい。
なるほど。災害被災者というワケではなく、人攫いの類から逃げ出してきたということか。野盗、いや海賊か? 話を聞く限りその人攫い集団も規模が大きそうだな。船の激しい揺れというのは昨夜までの嵐のことだろうし、その混乱に乗じたとしても彼女達は武器一つ持っていない子供達であり、よく無事に逃げ出せたものだ。
「 話はわかりました。僕たちはあなた達を助けるつもりです。ひとまずは怪我の治療と衣服を用意しますので。 」
「 あ、ありがとうだニャ。助かるニャ。 」
話がまとまると獣族の子供達は安堵した表情を見せる。彼らからすれば人攫いからの逃亡という体力も気力もギリギリの状態だっただろうし、ようやく一安心といったところだろう。
しかし、ここから遠くない位置に人攫い集団がいることは注意しなければならないな。この拠点、岩小屋も近いうちに移動したほうがいいかもしれない。それと先程の話にあった聖獣って……ひょっとしてあのデカい犬のことか? 聖獣なんて呼ばれているが扱いは大トカゲと一緒でいいんだろうか?
ひとまず、まとまった話をエリスとクルト達にも共有する。サイズ的にクルトとガブリンが岩小屋に自分たちの替えの服をとりに行き、俺は彼女らの治療にあたる。先程話したミニトーナ含めて女の子にはエリスの服の予備のほうがいいと思うのだが、彼女は俺から離れる気配がない。ああ、そうか。彼女はまだ獣族の子供達を警戒しているのか。
俺は治療の準備をしながら獣族の子らに話しかける。
「 しかし、よく人攫い達から無事に逃げ出せましたね。嵐の混乱があったとはいえ、話を聞く限り結構大きな犯罪集団に思えますが。 」
猫耳のミニトーナが饒舌に答える。
「 そうなのニャ、すごく運がよかったのニャ。船の揺れが収まって、しばらく経ったら何故か見張りの男達が全員いなくなったのニャ。 」
ん?
「 あたし達を閉じ込めてた暗い部屋のカギも空いてたニャ。きっと閉め忘れたニャ。アイツら間抜けニャ。 」
おい。
「 船の中でも聖獣様を直ぐに見つけられたニャ。でもあたし達以外で捕まった連中は見つけられなかったニャ。とりあえず聖獣様を逃がそうってみんなで話して、そのまま逃げてきたニャ。船から出る時もアイツらは追ってこなかったし、たぶん気づかれなかったニャ。 」
おいおい。
「 そうだ! 頼みがあるニャ。あたし達以外にも捕まってる連中を助けてほしいニャ。アイツら間抜けだから… 」
少女の言葉は途中から頭に入ってこない。
話を聞く限り大森林で生活している獣族の子供を大量に攫って、かつ船まで用意している連中だ。ただの野盗やゴロツキではない。相当大きな集団だし、統率された動きには手慣れた組織だと想像できる。
見張りが途中からいなくなる? 捉えた牢のカギを閉め忘れる? 複数の子供とデカい犬が逃げ出して気づきもしない? そんなワケがない。
おそらく彼女たちは、泳 が さ れ た。
人攫いの集団は何が目的でそんなことをしたんだ? さらに人を攫うため? 物品の略奪? 子供達はまだしも扱いにくそうな大型の動物も囮にする理由は?
いくつか疑問が浮かぶが、これ以上考えている時間はない。
「周囲警戒!!」
俺は声を張り上げる。
バチロウは一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに周りの警戒に入る。
エリスは、すでに剣を抜き放って戦闘体勢。
獣族の子供達は驚いているようだが、それは今はいい。
クルトとガブリンが慌てて岩小屋から出てきて声をあげる。
「ルーデウス? 一体何が…」
「クルトとガブリンは撤退の準備を! 急いで!」
「っ! 了解!」「わかりまシタ!」
これでいい。確証はない。過度な心配かもしれない。取り越し苦労に終わるかもしれないが手遅れになるよりも…
バスッ
近くの地面に1本の矢が刺さる。
くそっ。杞憂でないことがこれで確定した。
ヒィーーーン バスッ
風切り音の後に今度はさらに近くに矢が1本刺さる。
なんだ? 随分散発的な攻撃だ。何故一気に射撃してこない? 相手は少数……違う。これは軌道調整のための試射だ。ああ、そうだな。今はバチロウが察知できないぐらいの強風下だ、試射ぐらいするよな。
「伏せて!」
エリスの叫び声に俺は慌てて身を屈める。
ヒィィーーーーーンン バスババババスッ
多い! 突き刺さった音だけでも10以上の矢で攻撃されたのがわかる。相手は何人いるんだ。
俺は顔を上げて状況を確認する。
近くのバチロウは無事、負傷なし。隣のエリスも無事、というか落ちている折れた矢を見るに彼女は伏せずに剣で叩き落としたのか。獣族の子供達は、くそ、負傷した子がいる、足に矢が刺さっているのが見える。
襲撃者は……離れた小高い岩陰にちらほらと射手らしき人間が見える。パッと確認できただけでも7~8人。倍以上いると考えたほうがいい。それに弓に矢をつがえている。次の射撃がくる。
これ以上、後手にまわるのはマズい。
「『
高く広い土の壁を魔術で造り出す。これで弓矢は防げるだろうが、自分達の視界も塞いでしまった。定石なら次は近接戦を仕掛けてくるはず。
「ルーデウス! 用意できまシタ」
後方の岩馬小屋から、2匹の大トカゲに騎乗したクルトとガブリンが撤退準備が整った旨を伝えてくる。この短時間で準備完了できるあたり、俺達もこういうことには手慣れている。
「撤退します、馬小屋まで後退!」 バチロウとエリスに伝える。
「 君達もすぐに逃げる用意を。後ろの大トカゲに… 」 なんだ?
獣族の子供達に逃げる旨を伝えようとするが何やらモメているのが見える。何をやってるんだ?
「 トーナ! やめて! 」
「 離すのニャ、アイツらぶん殴ってやるのニャ! 」
先程話したミニトーナをもう一人の女の子が止めているように見える。
「 テルセナだってわかるのニャ。アイツらがあたし達に何したか……殴らないと気がすまないニャ! 」
「 わかるけど! 助けてくれた人達も言ってるし、今は逃げよう。トーナ、お願い! 」
応戦しようとするミニトーナを犬耳のテルセナと呼ばれた子が止めようとしているのか。
負けん気が強いのは結構だが、今はそんなぬるいことを言ってられる状況じゃない。
相手は明らかにこちらを殺傷しに来ている。一度攫った子供達をワザと逃がして、殺害止む無しの姿勢で襲撃してくるのは意味がわからないが。
「 二人共、すぐに逃げます! 襲撃者を相手にする余裕はありません。 」
「 で、でもアイツらは… 」
ああ、もう。言い争ってる暇はないってのに。
「クルト! その子をふん縛ってでも大トカゲに乗せてください!」
「了解!」
仲間とのスムーズな意志疎通に比べ、獣族の子供たちとのやりとりに苛立ちを感じてしまう。こんなことをしている時間なんてない。せっかくクルト達が手早く撤退準備をしてくれたのに、こんなことをしていれば…
「おいおい、逃がすわけねえだろうが」
こうなるよな。
魔術で造り出した土壁の両脇から襲撃者が何人も姿をあらわす。男達の手には剣、ナイフ、斧、全員殺傷力のある武器を所持している。殺意があるのが見て取れるし、先程の射撃と合わせて統率された動きには脅威を感じる。
近づいてくる連中の中で、リーダー格と思わしき顔に傷痕のある男が声を発する。
「魔術を使ったところを見ると、お前達は冒険者かなにかか?
冒険者なら売りモンになりそうもないか……。まっ、いいさ。
ひとまずはおとなしく死んでくれ」
次回予告 「余裕なき撤退戦」