旅の唄 ~赤毛の少女と共に~   作:シロとクロ

27 / 31
027 脱出魔大陸 後編

 

「……ハァ ……ハァ」

 

 浅く弱い呼吸。

 

「……ゴホッ、ゲホッ。……ハァハァ」

 

 血色は悪く、青白い顔色からは生気はほとんど感じられない。

 

「……ルーデウス、ごめんなさい…」

 

 赤毛の少女が弱々しく俺の名を呼び、謝罪の言葉を並べる。

 

「エリスは何も、何も悪くないですよ」

 

 俺は自分の無力と不甲斐なさを痛感しながら、それでも衰弱した彼女の手をとり、なんとか答える。

 

「……私、このまま 死んじゃうのかなぁ…」

 

「…………」

 

 生来の活力は見る影もなく、力のない瞳でそう嘆く少女。

 俺はかける言葉が見つからない。

 

 

 

「 船酔いで死んだら笑えるニャ。大げさすぎるのニャ 」

 

 猫耳ミニトーナからの無慈悲なひと言。

 犬耳テルセナから言葉を訳し伝えられたであろう彼女は、実に率直すぎるツッコミを入れた。

 

 う~ん、しかしエリスが船酔いするというのは意外だ。大トカゲに騎乗しての移動では全然平気だったようだし、馬に対しても苦手という話は聞いたことがない。陸上騎乗と海上乗船では事情が何か違うのだろうか、乗り物酔いをほとんどしたことがない自分にはわからない感覚だ。

 

 エリスは船に乗ってからはずっと青い顔をして苦しんでいる。同性のミニトーナとテルセナが船酔いの酷い彼女に付き添って介抱し、近くに控えたガブリンは治癒魔術をかけて症状を和らげる係となっているが…

 正直、自分でエリスの介護をしたいとも思う。しかし、俺には俺の担当がある。先程まで籠っていた船倉での作業は俺にしかできない役割だ。ここは彼女らに任せよう。

 

 俺はエリス達の元を離れる。

 

 

 

「ふぅ」

 

 空を見上げる。休憩がてら甲板に上がってきたが、今はまだ快晴に近い空模様は幾分と気分をリフレッシュさせてくれる。

 

「ルーデウス、お疲れ様。作業は順調かい?」

 

 休んでいると、今度はクルトが話しかけてきた。

 

「ええ、クルト。悪くはないですよ。このペースならザントポートに着くまでには仕上がると思います」

 

「そっか。ただあまり無理も無茶もしないでくれよ。一応ここまでは予定どおりに来れたんだしさ」

 

 そう、ここまでは順調な行軍だ。俺達一行は現在、人攫いの集団から逃れるため、こうして保護した獣族の子供達と一緒に船で海を渡っている。

 

 聖獣が元居たという大森林の集落を逃亡先と決めてから、奴らに発見されないようにウェンポートまで最短で辿り着いた。そして、すぐに公的な大陸間渡航船に乗れたことは運が味方したといっていいだろう。それこそ俺達がウェンポートに到着した直後の船を逃せば、次の便は7日後という話だ。状況によってはウェンポートで何日か潜伏する可能性もあると踏んでいたが、俺達の到着と出航のタイミングはまさに神懸かっていたと思う。

 ただ時間的にあまりにもギリギリであったため、馬屋(トカゲ屋)に預けた大トカゲはそのまま置いてきてしまった。そして人族、魔族、獣族合わせて10人、さらには大型動物である聖獣の運賃。手持ちの金銭はほぼ使い果たした。大トカゲを払い下げられればまた懐事情も変わってきたんだろうが…、いや、その程度の金銭を惜しんで7日間も潜伏するリスクは犯せない。ウェンポートの関所兼船着き場で即乗船を決断した俺とクルトの判断は間違ってないはずだ。

 

「あれ? バチロウは?」

 

 俺は姿の見えない仲間について尋ねる。

 

「バチロウは獣族の子供と一緒にセイジュウサマのところにいるよ、貨物倉庫って場所。さっきまで俺もそこに居たんだけど、ちょうど交代で外に出てきたんだ」

 

 渡航にあたり聖獣は残念なことに運搬物という扱いだ。そのあたりは船と運航のルールなので文句を言っても仕方ない。檻の中の聖獣を不憫に思ったか、それとも獣族の聖獣を崇拝するという特性のためか、ミニトーナとテルセナ以外の獣族の男の子達は檻の中の聖獣を甲斐甲斐しく世話している。クルトとバチロウは彼らの護衛といったところか。

 

「この船は物資の運搬が主目的らしいですし、僕達以外の乗客はあまりいないので危険はあまりなさそうですが」

 

「まあ、そうなんだけどさ。一応やるべきことをやらずに危険な状況に遭遇したくないし、後悔もしたくないからね」

 

 クルトはこういうところがしっかりしてるよな。裏のない素直な性格でありつつも用心を怠らず現実がしっかり見えている。

 

「それよりも海も船もはじめてだけど凄いよね。見える範囲全部が水に覆われてるのもスゴイし、そこを移動してるのもいまだに信じられないくらいすごいよ!」

 

 語彙が貧弱になってるぞ、クルト君。こんなふうに無邪気にはしゃぐ様子なんかはまだまだ少年って感じなんだが。

 

「それに今ルーデウスは、この船ってやつを造ってるんだろ? やっぱりルーデウスの魔術は凄いねっ」

 

 今度はキラキラとした期待に満ちた眼差しで持ち上げられる。ヤメテよね、本気で造形しても俺が船大工に勝てるワケないだろ!

 

「あ~、何やら期待させてしまってるようですが、この船よりももっとずっと小型で簡素な造りの船ですよ? 先日の岩小屋『岩小屋仮設避難所(ストーンシェルター)』のような原始的なモノです」

 

「それでも全然凄いと思うけどね。俺はガブリンやバチロウと違って魔術を覚えられなかったし、冒険者として旅をしてきてルーデウスぐらい魔術を使える人間は見なかったし…、やっぱりルーデウスは別格なんだなぁって」

 

 何だか今日のクルトはやたらと褒めちぎってくるな。それに逃走経路も計画の中盤に差し掛かり、俺の負担を考慮してか随分とこちらを気遣ってくれる。

 

「そういうクルトこそ "凄い" ですよ。『トクラブ村愚連隊』、僕とエリスの『デッドエンド』、今では獣族の子供達と聖獣を含めた皆を引っ張る姿勢は大したものだと思います。全体に目を配ることはなかなかできることじゃありません。そういった点は僕はクルトに任せっきりにしていますから」

 

「いやぁ、それこそ自分にできることをやってるだけさ。今回みたいな作戦を立てたり戦闘指揮なんかはルーデウスに頼ってるしね」

 

 なんというか。

 

「こうして言葉にしてみると、お互いが労いと慰労で終わりがありませんね」

 

「あははっ、たしかにそうだね」

 

 船上の欄干に体を預けながら二人で笑い合う。俺もクルトもパーティのリーダー役、同じ立場の者同士。そういった意味では責任、負担、苦労、充足、喜び、通じるモノが確かにある。

 ……婦女子諸君、ボーイズラブ的なモノはないのでご注意を。

 

 

 

「あれ? あそこに見えるのも船じゃないの?」

 

 クルトが俺の背中越しに指を差して言う。振り返って見てみると……、たしかに甲板の後方はるか先、水平線に重なるほど遠方に何かがあるな。かなり距離があるせいか米粒程の影が見えるだけで、はっきりとした造形はわからないが。

 

「う~ん、海上に何かがあるのは僕も見えますが。……海の魔物って可能性もありますね」

 

 少し前に魔界大帝キシリカ・キシリスに出会った時のように、海にだって魔物はいる。あの時はうまいこと食料の確保になったし、後でおいしく頂けた。しかし、俺達は海や乗船中に遭遇する魔物についてはほとんど情報を持っていない。アレが魔物ではないとは言いきれない。

 

「クルト、船員の方に知らせましょう。この甲板にも…」

 

「君達、その必要はない」

 

 俺がクルトに非常事態の可能性とその連絡を提案しようとした時、背後から聞きなれない声で呼び止められた。

 

「ふむ……、多少離れているが、あれは船であることは間違いない」

 

 服の上からでもわかる偉丈夫、赤が混じったような金髪、顎と鼻下に携えた立派な髭。遠方に見える影が船だと言ったのは、この船の船長だ。出航後に俺達乗客に一度挨拶をしてくれたが、名前はバルバトスだったかフラウロスだったか。

 

「魔物ではないんですね? え~、船長さん」

 

「ああ、断言してもいい。……私バルバロスの名に誓ってね」

 

 名前を覚えていなかったことを見透かされてるな。

 それに船長らしい威厳のある態度、かつ落ち着いた様子でそう言われると妙に説得力がある。そうか、魔物ではないのか。

 

「だが、おかしいな。この航路に他の船が運航しているという話は聞いていない。陸からの距離を考えれば、漁船ということもまずないだろう」

 

 船長の言葉に嫌な予感が頭をよぎる。だが確認しようにも遠すぎるし、現状ただの乗客である俺達ではできることが、あるな。……使ってみるか。

 

 俺は右目を閉じ、そして左目に魔力を込める。

 

 遠い。通常の視界とそう変わらない。

 魔力の込め方を変える。

 

 まだ遠い。船だというのははっきりとしてきたが…。

 もう少し眼底のほうに魔力を込めて。

 

 近っ! 見えるのは視界いっぱいの木面(もくめん)、船体の外壁だろうか?

 少しだけ魔力を絞って。

 

 悪くない。船首をこちらに向けた船体が良く見える。

 しかし、最悪だ。

 

 手に入れてから初めて意図的に使う魔眼"千里眼"。

 初開眼で視界に収めたモノは、船首に立ち睨むようにこちらに視線を向ける人物。

 見たくもなかった傷痕の男『傷の男(スカー)』だ。

 

 

 

「くそっ」

 

 思わず悪態をつく。

 なんで? どうして奴らがここにいる? ウェンポートまでは直接発見されていないハズだ。俺達は時間のロスなく渡航船に乗った。ウェンポートで俺達の足取りを調査したとしても、追いつくにはもっと時間がかかるはずなのに。

 

「ルーデウス? どうしたの?」

 

 クルトが突然様子が変わった俺に尋ねてくる。

 

「今、魔眼の力を使って確認しました。あの船は"奴ら"です」

 

「えっ!? ……本当に?」

 

 俺の返答にクルトが息を飲む。気持ちはわかる、俺もつい数分前まではこんな状況になるとは考えていなかった。

 

「君達はあの船に何か心当たりでもあるのか?」

 

「ええ、まあ…」

 

 突然慌てだした俺達を見て船長が尋ねてくるが…、どうする?

 

 船長に頼んで船の速度を上げてもらうか? しかし俺達はただの乗客だ、客の都合で航行予定を変更するとは考えづらい。金銭を渡せばいけるか? いや、まて。今はそもそも金を持っていないじゃないか。俺の杖(アクアハーティア)なら……。

 

「そういえば君達は先程"デッドエンド"と言っていたね。ひょっとすると君達がその『デッドエンド』なのかな?」

 

 ……嫌な汗が背中を流れる。

 

 追われてる立場でありながら、第三者の耳があるかもしれない場所でパーティ名を口にしたのは迂闊だった。この船長、人攫い達と繋がりがあるのか? それとも懸賞首や指名手配のように俺達を売り渡す気か? しかし、それならばどうやって俺達の情報を得たんだ?

 いや、今考えるべきはそこじゃない。この状況をどう切り抜けるか、だ。仲間の現在位置はだいたい把握している。だが今はエリスが戦力としてあまり期待はできない。この船上では逃げる場所もない。いっそ船長を人質に獲るか? こういった手段はできればとりたくなかったが…、どう行動するのが正解だ?

 

 俺がどう対応するか考えを巡らせていると、船長が口を開く。

 

「何やら誤解を与えたようだね。ふむ…、航行予定にはなく、また漁船でもないあの船は大方海賊船か密輸船といったところだろう。海を荒して汚す、船乗りとして許しがたい存在だ」

 

 え?

 

「そして『デッドエンド』という冒険者の噂。私が聞いたのは、その一団は古い強者の名をあやかりヒーローごっ…失礼。人助けを率先して行う子供の冒険者集団という話だ」

 

 は? ナニソレ? でも、そう言われるとたしかに思いあたるフシはある…。俺達の一行は旅の間、筋の通らない無法は行っていない。エリスやクルト達は根がお人好しなところがあるので人助けをやったことは何度もある。旅の途中からは控えたとはいえクルト達の特戦隊的な名乗り。俺達って世間からそういう目で見られてるのか。

 

「最近はウェンポートでもザントポートでも違法な密輸や人身売買が横行している。そういった状況を加味すれば…。ふむ、君達の置かれている状況はおおよそ推察できる」

 

 マジかよ。この人、マッチョな見た目に反して頭の回るキレ者だ。

 今の海賊船や密輸船に憤る言葉、嘘をついてるようには見えなかった。この人なら信用できるか? 事情を話せば協力してくれるかもしれない。

 

「バルバロス船長、お話ししたいことが… ?」

 

 俺が協力を取りつけようと話しかけたところで、船長が手を掲げ遮られる。

 

「だが我々には海賊の一団と一戦交えるような戦力はない。なにより、大事な乗客や積荷を危険に晒すわけにはいかない。だから私にできることは迅速かつ安全に君達をザントポートまで送り届けることだけだ」

 

 それは願ってもない提案。俺だってこの船で海上戦をけしかけるつもりなんてない。

 

「それで十分です。しかし、よろしいのですか? 後からアイツらに目をつけられかもしれませんよ?」

 

「関係ないさ。良からぬ連中が文句を言ってきても、我々はただ自分の仕事を真っ当に遂行したにすぎないからね」

 

 ああ、くそっ。クールでクレバー、それに熱い漢。カッコいい大人だな、この船長。

 

 俺は途中から人間語で話していた船長との会話内容をクルトと共有する。追手の件、海での無法者に腹を立てていること、最速でザントポートに向かってくれること。その後は二人で頭を下げて船長に礼を言う。

 

「任せたまえ、あのような連中には決して追いつかせないと約束しよう。

 私バルバロスと、この船ロンバルディア号の名に誓ってね」

 

 

 

 

 

 

 奴らにここまで追跡されていたのは予想外だったが、船長の様子からザントポートまではまず安全だろう。ウェンポートを発ってすでに3日目、ザントポートまではあと3~4日ってところか。それまでに俺はこいつを完成させなくてはならない。

 

 船倉の中、目の前の石の製作物。

 

 軽量化かつ強度を保つため内部はハニカム構造、荷物を乗せても水に浮くことはすでに魔大陸で実験済み。現代のブロック工法を参考にして複数のパーツに分割し製作、最終的には現地で接合する必要はあるが陸上を人力で持ち運び可能にした形状と大きさ。動力は俺の水魔術だ、帆もオールも必要ない。

 完成形はクルトに言った通り、決して見栄えの良いモノではなく粗雑な外観だが…。10人+1匹が乗船できる大きさ、(いかだ)よりは上、クルーザー未満。まあ小型の漁船並みってところか。降雨を考えれば(ほろ)もあったほうがいいんだろうが、それは現地でいいだろう。

 

 大森林雨季の洪水は獣族の大人でも長距離を移動するのは難しいという話だ。この船で洪水を渡り始めれば奴らは振りきれるはず、俺達が目指す逃亡先まで辿り着ける。

 

 

 

 俺は手を動かしながら考える。

 

 それにしても『デッドエンド』か…。元々は魔大陸に来たばかりの頃に出会ったルイジェルドの二つ名。ただその名前も畏怖や敬意とは程遠い、恐怖と暴力という意味で世間に認知されていた。

 ルイジェルドは狂暴な種族として広く知れ渡っているスペルド族。しかし実際は優しく、強く、頼りになる兄貴分のような漢。短い間ではあったが助けてくれた彼には恩も感謝もある。

 

 そんな彼に報いることができればと思い、今日まで『デッドエンド』の名を墜とす行為は極力避けて少しでも汚名返上できればと考えていたが…。

 

 度々人助けを行う子供の冒険者集団。過去の強者の名を踏襲し語っていること、船長は濁したがヒーローごっこのような名乗り。これらは子供らしさに拍車をかけているんだろう。なんだかクルト達と混同された、ごちゃ混ぜになった感があるが…。でも多少幼稚であっても悪いイメージではないと思う。

 

 想像していた形とは違ったが、これも恩返しにはなってるのかな。汚名返上というよりは別イメージを同名上書き保存って感じになってしまったけれど。

 

 エリスの体調が戻ったら、このことを伝えよう。

 彼女はどんな反応をするだろうか。ふふっ、実に楽しみだ。

 

 

 





 オリキャラ:バルバロス、大陸間渡航船ロンバルディア号の船長

 遅筆で本当に申し訳ありません。最近の自分の文体を見直し、書いては修正、書いては矯正を繰り返し、結局直ったとも思えず。色々読みづらい文章、文体もあるかもしれませんが、読んでいただければ幸いです。

 現在の獣族の子供と聖獣の保護、逃亡のエピソードは次話で完結予定です。

 次回予告 「逃亡の果て」



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。