ザアァァー ザアァァー ザアァァー
ザアァァ ザアァァ ザアァァ
魔術は初級、中級、上級、聖級、王級、帝級、神級の7段階に定義される。
治癒や神撃、結界といった専門性や特殊性のある魔術は別として、魔術師として一人前以上と言われるのは、自身が得意としている系統を上級まで習得した人物を指すことが一般的だ。あらゆる地域に普及している魔術教本も上級まで記載されていることが多く、一つの指標として考えられている要因であり背景でもある。
上級より上、聖級はそれまでの魔術とは異なり習得できる機会は限られてくる。ラノア魔法大学のような名門の機関で学ぶか、聖級以上の魔術師との個人的なコネが必要だ。
さらなる高み、王級ともなれば難易度は飛躍的に跳ね上がる。世界中で見ても王級以上の魔術師は両の手で数え切れてしまう程度しかおらず、希少な存在であるのは間違いない。使い手も人間的に素晴らしく、知性に溢れ、慈愛の精神と包容力を持ち、可憐な容姿も合わさって天使と形容しても差し支えない、いや、まさしく地上に舞い降りた女神、蒼い髪と瞳の現地神、水王級魔術師ロキシー・ミグルディア、それが僕を救ってくれた、僕が尊敬する、僕の師匠なんです! ギュエスさん、ちゃんと聞いてますか?」
「あ、いや、うむ。しっかりと聞いてます」
「う~ん、もう一度はじめから説明したほうが…」
「い、いえ、もう十分です。ルーデウス殿が師を敬愛して止まないのは十二分にわかりましたので」
この戦士長は本当にわかっているんだろうか。休憩中のこの短時間では足りないな。ロキシーが如何に偉大な人物であるかを語り尽くせないのが、実に口惜しい。
「ルーデウス、いつかちゃんと紹介してくれるのよね?」
「ええ、もちろん。今はシーローン王国に滞在しているらしいので当分先になるでしょうが」
「それならいいわ。ふふ、私にとってのギレーヌにあたるルーデウスの師匠、会うのが楽しみね!」
「ええ、素晴らしい人物なのは保証しますよ」
俺も彼女には是非とも我が神を紹介したい。ロキシーとエリスでは性格も考え方もまるで違うが、相性が悪いってことはないと思う。きっと手のかかる妹分とか教え子のような感じで、うまくやれるんじゃないかな。もちろん小っちゃい方が姉であり教師、最近発育著しい子が妹兼生徒だ。
そんな感じで赤毛の少女と会話を楽しんでいると、先程まで説いていたギュエスが声をかけてくる。
「歓談中のところ水を差して申し訳ないのですが…、ルーデウス殿は少しでも休まれたほうが良いのではないかと」
「? 休んでますよ。さすがに昨日今日と歩きっぱなしですから、足は十分休めてます」
「いえ、そちらではなく。その、魔力の方は大丈夫かと」
ああ、そっちの意味か。
「このペースなら問題ありませんよ。ギュスターヴさんの集落に向かった時と違って、夜間はしっかりと休ませてもらってますし。予定どおりこのまま夕方までに最後の集落まで辿り着けると思います」
「そ、そうですか。魔術も
ギュエスは感心を通り越して呆れているようだが、俺が言った言葉自体は事実なので特に否定もしない。
「それにこの気温ですからね、黙って休息するよりも会話をしていたほうが幾分気も紛れます」
「それは、たしかに。申し訳ない、事前に聞いていたのに松明も防寒具ももう少し用意しておくべきでした」
「いえいえ、歩き始めればすぐに気にならなくなりますから。というワケで戦士団の方々が問題なければ、そろそろ出発しましょうか?」
「わかりました。こちらは問題ないので皆に伝えてきます」
白い息を吐きながらの俺の提案に、戦士長のギュエスも了承する。
「よっ、と」
腰かけていた木の枝から地面に、いや土ではない床に降り立つ。っと滑るから注意しないとな。
「 では出発しましょう。石船の運搬は引き続きお願いします。 」
俺は床の淵に立って、杖を掲げる。
「『
パキパキキィパキィ
地面を覆う水が急激に冷やされ氷になる。しかし魔術は止めない。固まった箇所に歩を進め、さらに前方、その先にある水も氷に変える。
魔術、前進、魔術、前進。このサイクルを続けていれば、出来上がるのは氷の道だ。
「相変わらず信じ難い光景です。洪水を凍らせて渡るなど…」
「まあ、流れが緩いところに限られますけどね。流石に激流となっている箇所は、この魔術では温度を下げても凍り付かせる前に水が流れてしまいますから」
ギュエスに説明したとおり、この方法は洪水の流れが比較的穏やかなことが条件となる。一応、流れが速いところでもより上位の魔術で凍らせることはできるが、効果範囲、消費魔力、出来上がった氷部分への洪水による負荷を考えると、通常の移動手段として確立できるのはこのあたりが限度だろう。
「それでも凄まじいと思いますが。戦士団の中にも魔術を扱える者はいますが、この規模の魔術を長時間行使するなど真似できる戦士はおりません」
「フフン、ルーデウスはすごいのよ! どう? わかった?」
突然の赤毛少女の割り込みだが、タイミングもセリフも平常運転である。
「ええ、エリス殿。ルーデウス殿が特別な魔術師であることは十分理解しました。雨季の洪水を凍らせるなど御伽噺でしか聞いたことがありませんから」
う~む、二人にプッシュされて少々むず痒くもあるが、でもやっぱり
「フッ、全ては師の教えの賜物です」
「あ、ハイ。それも十二分に理解しましたので…」
さて、気を取り直して。今日中に立ち寄る予定の集落まであと半日弱といったところか。
ギュスターヴの集落を出発してすでに1日半、メンバーは俺とエリスを除くと獣族の戦士が30人程だ。これは当初依頼を受けていた石船での送迎よりも遥かに多い人数となる。
移動は魔術を使って洪水を凍らせて歩いて渡るというもの。あくまで洪水の流れが緩いところ限定ではあるが、この方法なら人数に制限はない。
凍らせた通路、氷道は幅がざっと10mといったところ。特別に効果範囲を広げたりも狭めたりもせずに魔力を無駄に消費しないように心掛けている。それとこの魔術ならエリスから貰った俺の杖、
流れが急激なところは運搬している石船を使う。獣族の方々による案内で流れが穏やかな場所を選んで進行しているが、どうしても避けられない急流箇所は存在する。そういった場所に出くわした時は、俺が石船を使ってピストン運送だ。だいたい100~300mといった距離を石船で3、4往復。少々時間はとられるが安全性を考えれば、この程度は問題にならない。
石船の運搬は獣族の方々に任せている。大森林に来た時と違って石船はパーツごとではなく完成状態ではあるが、そこは屈強な戦士団。さながら短漕艇、カッター船を陸上運搬する軍人のように頼もしくパワフルに運んでくれる。いや、普段より着込んでいるとはいえ基本薄着の獣族なら、神輿を担ぐ漢衆といった表現のほうがしっくりくるか。別にセイヤッソイヤッと掛け声をかけたりはしないが。
「しかし、やっぱりちょっと寒いな」
歩を進めながら独りごちる。この移動方法の唯一の欠点は、かなり冷えるということだ。すぐ近くに氷が張る程の冷気を発生させ、さらに造った氷道を渡り歩いているのだから冷え込むのも当然なのだが。
「ルーデウス、大丈夫?」
赤毛の少女が心配した様子で、こちらの顔を覗き込みながら尋ねてくる。
「ええ、しばらく歩いていれば寒さも気にならなくなると思います。というかエリスこそ平気ですか?」
「問題ないわ!」
力強く言い切る彼女ではあるが、先程から手を開閉したり掌に息を吹き込んだりと横から見ても凍えているんじゃないかと思うぐらい…。いや、違うか。剣士として護衛として瞬時に動けるように手が
「エリス、いつもありがとう」
「うん、う んぅ?」
俺は心からの感謝を伝える、彼女はよくわかってないようだが。
当初、族長ギュスターヴと戦士長ギュエスに依頼を受けたのは石船を用いての戦士団精鋭数人の送迎。目的は奴らの組織とザントポートの役人達に子供達に手を出させないために脅しをかけること。そして、その内容は犯罪組織の人間を何人か処理、暗殺するという後ろ暗いものであった。
しかし考えてみれば大森林に来た時とは違って人手は確保できるし、今回は追われているワケじゃない。そこで提案したのが魔術で氷の道を造って、戦士を大量かつ一気にザントポートへ投入。奇襲をかけて子供達を奪還、そのまま大森林に引き上げるという電撃戦だ。
このプランを提案した時、はじめはギュスターヴもギュエスも懐疑的ではあったが、氷道製作を集落近辺で実演してみせたらすぐに納得してくれた。
それからはドルディア側の二人も含めてプランの詳細を詰めた。
まずはザントポートへ向かう救出部隊のメンバー選出。運び手となる俺は当然メンバー入り。それからギュスターヴの集落の戦士団約半数にあたる戦士20名を連れていくことになった。当然その中には戦士長であるギュエスも含まれる。ただクルト、ガブリン、バチロウはメンバーから漏れた。これは電撃戦である今回、獣神語、人間語どちらも習得しきれていない彼らでは咄嗟の意志疎通ができないというのが理由だ。バチロウは特に残念がっていたが…、そういえば彼は案外子供好きなんだよな。人一倍子供達を救出したいと願っていたし、魔大陸で聖獣とテルセナ達を保護した時もなんだかんだと子供達と一緒にいて護衛しようとしていたし。
話が逸れた。エリスに関しては、彼女も獣神語を習得していないため本来はメンバーから外れる話の流れだった。ただ彼女は救出部隊への同行を頑なに譲らなかった。
「ルーデウスの護衛はどうするのよっ! 私がルーデウスを守るから!」
あの時のエリスの言葉が忘れられない。
正直、彼女はちょっとズルいと思う。あんなふうに、あんな言葉を言われたら…。胸の奥が持っていかれる感じ、せつないのとはちょっと違う、でも同時に安心できるというか安寧があるというか。
はぁ……。まっすぐで、カッコよくて、可愛い赤毛の少女。俺もすっかり、だなぁ。
さて、メンバー選出後は行軍ルートとスケジュール。これはギュスターヴ達の話をそのまま受け入れる形ですんなり決まった。
行軍ルートはギュスターヴの集落より北側であり、ザントポートに向かう途中に立ち寄れる集落を通過していくというもの。これは子供達奪還の協力の呼びかけと、その日の寝床を貸してもらうためだ。人手は多いほうが良い。それに夜間にしっかりと休むことが大切なのは戦士団も理解しているし、俺も十分骨身に染みている。
犯罪集団の子供達を対象にした人攫いは大森林全体に被害が及んでいるため、各集落は協力してくれるだろうと出発前からそう踏んでいたが…。実際、昨日寄った2箇所の集落では休息の場と寝床を快く貸してくれたし、それぞれの戦士を計10名程追加で貸してもらっている。今日立ち寄る集落でもおそらく問題なく協力をとり付けられるだろう。
そして明日ザントポートまで辿り着き、奇襲を仕掛ける。片道3日、順調にいけば計6日間に及ぶ作戦計画だ。
あとはギュスターヴの集落について。居残り組のクルト達は直接子供達の救出に動くわけではないが、客観的に見れば彼らも相当に大変だ。雨季の大森林では集落に魔物が頻繁に侵入してくる。しかし、襲われることを未然に防ぐ見回りと警邏役である戦士団の半数は救出部隊として連れ出している。残った戦士団とクルト達はロクに交代要員もいない中で集落を守らなくてはならない。一応、雨季でも行き来が可能な近くの周辺集落に応援を呼びかけてはいるが、それでもギリギリの人数だろう。おそらく体力的にはこちらよりもキツい状況になると予測できる。
「クルト達も集落の防衛に頑張っているでしょうし、僕達もしっかりと自分の役目を果たして子供達を救い出しましょう」
「うんっ、そうね!」
・
ザアァァ ザアァァ ザアァァ
雨、そして暗闇。日が完全に沈んだとはいえ、夜もまだそれほど深くはない。しかし、大きな町といえども外壁の外側には光源が存在しないため、身を潜めるのは容易だ。
外門からは死角、外壁に併設された見張り台からもギリギリ視線が通らない辺りの木々の陰で準備を整える救出部隊。
「ではルーデウス殿、手筈通りに」
「わかりました。子供達の救出、お願いします」
戦士長であり部隊長でもあるギュエスの最終確認。
「エリス殿もルーデウス殿の護衛、頼みます」
「わかったわ」
突入手順、各々の役割。やるべきことは整理できている。
「それでは… 皆、出るぞ! 」
ギュエスの掛け声と共に、全力で駆け出す。木々の隙間から40名近い人間がザントポート外壁に向かう。
見張り台、動きは…まだ確認できない。夜間かつ雨で視界が悪いせいか、こちらの初動はまだ察知されていない。
ダッ ダダッ ダッ ダダッ ダダダッ
バシャ バシャ バシャ バシャシャ
息を潜めていた場所から大した距離でもない、外壁外苑にすぐに辿り着く。
見張り台、動き出したな。慌ただしく動く影と篝火が揺れているのが確認できる。でももう遅い。
『
ザントポート外壁の高さは5~6m程度。身体能力の高い戦士団の人間ならば一人補助に入れば順々に壁を越えられるだろうが、より速く短時間で突入するため俺が魔術でアシストする。先端を平らにした『
ダ ダダッ ダダッ ダダッ
戦士団全員が土階段を駆け上がり、外壁を越えてゆく。よし、最後の一人も無事登りきった。
俺は同じ要領で土階段を魔術で崩す。外壁上が騒ぎ出したが、対象は俺達ではなく突入部隊のほうだろう。すぐに反転して2人で並んで走り出す。
「はぁ、はぁ、はぁ… ふぅー」
はじめに身を隠していた木々の陰まで到達し、呼吸を整える。警備、守備兵は追ってきてはいない。
「………………」
周囲を警戒しながらザントポートを観察するが、やはりこちらに兵を割いている様子はない。
よし、まずは作戦の第1段階は成功したと見ていいだろう。第2段階と第3段階はギュエスと戦士団に託すことになっている。事が上手く行くことを祈ろう。
子供達救出のための第1段階。それはザントポートの町に手早く突入すること。道中で寄った集落の協力により獣族の戦士は40名近くになっている。隠密に町に侵入することは無理だ。それならば電撃戦に相応しく一気呵成の突入という方針で先程の手筈となった。
第2段階は子供達の探索と救出。ただ子供達が港に停泊した船に囚われていることは事前に情報を掴んでいる。雨季により出航できない船着き場に停泊した船の群、しかし当然見張りや最低限の世話のために人の出入りのある船。見つけ出すことはそれほど難しくはないはずだ。救出はギュエス達の力量にかかっているが、そこは彼らを信じよう。
第3段階は助け出した子供達と共に町を脱出すること。外門を通るか外壁を越えて飛び降りるかは現場の判断になるが、先程のザントポート守備兵の対応の遅さを見るに役人側はそこまで脅威になるとは思えない。子供達を連れていることになるとはいえ屈強な戦士40名の前に、どれ程の気概を見せるかも怪しいものだ。普段は賄賂を受け取ったりしているらしいし、警備体勢も杜撰だったしな。
第4段階は町を出た救出部隊が俺達と合流、そのまま大森林に逃げ込む予定だ。犯罪組織にせよザントポート役人にせよ追跡、討伐部隊を組むとなるとそれなりに時間はかかる。問題が起きなければ大森林、さらにその先の集落まで逃げ切ることはできる。
「………………」
外壁越しでは分かりづらいが、先程の突入以降、町で騒ぎが起きているようには見えない。順調ならば戦士団は港に着いている頃だ。首尾よく子供達を発見、救出できれば良いが。
計画の第2段階と第3段階で俺が参加せず待機している理由。それは万が一にも奴らに捕まったり、行動不能になることを避けるためだ。戦士団と子供達は合わせれば100名近くにもなる。そして電撃戦である今回は、奪還後は即座に大森林に逃げ込むことを想定している。氷道は俺にしか造れない。もどかしいが
あと他の理由を付け加えるのならば2点ある。ひとつは俺もエリスもザントポートの町はほとんど知らず、土地勘がまるで無いということ。一応、魔大陸から海を渡った時に町に足を踏み入れてはいるが、あの時は追跡から逃れるため船を降りて即町を出ることになった。正直、街並みなんかは全く覚えていないに等しい。エリスは当時体調不良もあったし、俺達二人はザントポートに関してはほぼ初見と言っていいだろう。
もうひとつは獣族、ドルディアは夜目が効くということ。戦士団は突入する際に灯りを携帯していない。夜もまだ浅いため町の中には所々で明かりはあるだろう。しかし人族に必要なその光は周囲から目立つし、良い的にもなってしまう。ドルディアの戦士のみで行動すれば明かりは必要ない。暗闇でも問題なく行動できるという利点は可能ならば活かしたい。
「戦士団も子供達も無事だといいんですが…」
「…………そうね」
俺の発言にエリスは視線をこちらに向けずに答える。ホルダーから剣を抜いた抜刀状態、瞬時に動けるような中腰、注意深く辺りを見回して周囲索敵。護衛と警戒をしてくれてる赤毛の剣士に余計なかけ声だったか。
彼女は俺を守るために、今ここにいる。邪魔はできない、言葉は不要だな。
ふぅ。かつて魔大陸に来た頃、ルイジェルドやミグルド族の里長には自分は騎士でありエリスを守るだなんだと言った記憶がある。でも今は俺が彼女に守られている。すっかり立場が逆転して、いや違うか。俺は言葉にしただけで彼女に対して実際に大した事はできていない。当初から、あの頃から俺の身も心も守り続けているのはエリスのほうだ。
まっすぐで、純粋で。ギュスターヴやギュエスが俺達を英雄と呼ぶこととはまた違った意味で、赤毛の少女は俺の
・
・
・
遅い。突入してから彼是1時間は経過している、しかしザントポートに変化は感じ取れない。囚われている船の索敵、救出、子供達を連れての離脱。順調に遂行できていれば1時間もかからないハズなんだが。
何か問題が起きたのか? 自分が動けない分、どうしても気が逸るし焦燥感にとらわれる。
戦闘は、当然あるだろう。子供達を助ける際には武力で奴らを制圧することになるし、犯罪組織であれ役人であれ途中で邪魔をしにくれば力づくで排除するのは当たり前だ。
ただ救出作戦中、ザントポート側の人間に対してはできる限り大怪我を負わせない、最低でも命を奪わないという方針もある。これはギュスターヴ曰く、首尾よく子供達の奪還が上手くいったとしてもザントポートの被害が大きくなれば禍根が残る。ドルディアを含め大森林の勢力はザントポートと、その管轄であるミリス神聖国との付き合いがある。雨季後に話し合いの場が設けられるとしても、落とし処の準備、こちらが不利になる材料は極力避けたいとのことだ。まあ、犯罪組織に関しては遠慮なく力を振るうつもりではあるらしいが。
まだ、町には変化が見られない。
今回の作戦に2度目のトライはない。奴らは本来ならリスクを分散させるために捕虜をいくつかのグループに分けて収容する、というセオリーを無視している。1箇所に固めているのは管理がしやすいためだろう。ザントポートの警備も俺達が来ることを全く想定している様子はなかった。作戦は全て奇襲であるということが前提だ、このチャンスを逃せば"次"はない。
「来た!」
唐突にエリスが声を上げる。敵!?
視界に入るのは外壁の上から地面に飛び降りるいくつもの影。
違う、これは敵じゃない。戦士団と子供達だ。
次々と影がザントポート外壁から姿を現し脱出する。数は10や20じゃない、もっと多い。俺とエリスはすぐさま木々の陰からは出ないようにしつつ、彼らに近づく。
「ハァ、ハァ、ルーデウス様、エリス様、お待たせした」
ん? ギュエスじゃない? この人はたしかアバラーヤ…、いやアバラーイさんだったか。戦化粧のような独特の入れ墨とヘアバンドのような鉢巻が特徴の救出部隊の副長的な立場の人だ。
「無事救出できたようで何よりですが…、ギュエスさんは?」
「戦士長は数名と共に奴らの足止めをしております。子供達は奪還できたのですが、裏組織の対応が思ったより早く。戦士長は後で追いつくので我らに先に行け、と。ルーデウス様と合流して大森林の石船まで退けと言われました」
副長の言葉に驚愕する。おいおい、それはフラグってやつじゃないか。
「それと追手の中に話に聞いた顔に傷痕のある男がいました。奴がまた強く…こちらに負傷者が何人か出ております。戦士長が奴を足止めしてくれなければ、犠牲も出ていたかもしれません」
『
どうする? 俺は…、ギュエスの援護には向かえない。土地勘も無いし、運び手である俺が動くワケにはいかない。エリスだって同じだ。しかし、ギュエスや戦士団の幾人かを置いて行くのも…。何かできることはないのか、俺はどうするべきだ? くそっ、この場でいつまでもグズグズしてもいられないし…。
「ルーデウス様、戦士長は言われたことは必ず為す方です。信じましょう」
それしか、ないのか。
「……わかりました。ギュエスさんと無事に合流できると信じます。石船まで退きましょう」
思えば、魔大陸ではじめに『
……何もできないっていうのは、とても歯がゆく、落ち着かず、不安になる。できることは、信じることだけか。
俺は副長をはじめとした戦士団、子供達を見回して声を上げる。
「追手がいつ来るかもわかりません。疲れもあるとは思いますが、すぐに出発しましょう」
俺の役割は彼らを無事に獣族の集落まで送り届けること。今は自分の役目をきっちりと果たすことを考えよう。
でも…
ギュエス、死んだら元も子もないんだぜ? 俺もエリスも戦士団も、それにあの子だってそんなことは望んじゃいないハズだ。必ず、必ず生きて戻れよ。
・
ザアァァ ザアァァ ザアァァ
「はぁ、はぁ」
体が重い。
「はあ、はぁ、ぐっ…、ハァ、ハァ」
血を流し過ぎた。
「…………」
後ろを振り返るが奴は確認できない。追跡を振り切れたか?
「ハァ…、ハァ…」
しっかりしろ、意識を手放すな。
「ハァ……、ハァ……」
雨と暗がり。すでに灯りもロクにない路地裏だが、この先はもっと入り組んだ地形だ。そこまで辿りつければ、まず奴は追ってはこれないはず…
「ハァ……、ハァ……、ハァ…………」
重い体を引きずり歩を進める。必ず生き残る。
「困るな」
「っ!」
突然の背後からの声に心臓が跳ね上がる。
「ハァ…、ハァ…、…………くっ」
振り返り顔を上げ、なんとか相手を確認する。
「逃げてもらわれては困る」
闇から姿を現した者、奴らの中でも最も手練れの男。
その男が殺意を隠そうともせずに言葉を続ける。
「千載一遇の好機。傷痕の男『
この猫ヤロウが。ふざけんな、獣の分際で。
「『
会話で時間を稼げ。呼吸を整えろ。そして考えろ、この場をどう切り抜ける?
「テメェ、頭おかしいんじゃないか?」
「…………」
奴らの本隊を追った時に打ち合ったが、こいつの腕前は確かだ。
「敵陣に、こっちの縄張りに残って抵抗してよぉ。自殺願望があるとしか思えないぜ」
「……足止めのために残った連中はすでにザントポートから脱出させている。自分もお前を仕留め次第離脱する、ルーデウス殿が用意してくれた真っ当な場を汚すつもりはない」
誰だよ、ル-デウスって。いや、どこかで聞いた気も…。
愛刀の直剣は手元には無い、すでに投擲で手放しちまってる。
「はっ、そんなに俺を殺したいのかよ。執拗に俺を狙いやがって。
……獣族の戦士様って奴は武器も持たない人間を相手にするつもりか?」
「…………」
考えろよ。油断しろよ。
「俺は、この傷と出血だ。もう長くはないだろう。アンタは手負いの相手をいたぶる高尚な趣味を持ってるのか? ……それともラクにしてくれるのか?」
「……そうだな」
阿呆が。獣が狩人様の言葉を信用するんじゃねえよ。
「無駄に痛めつけるつもりはない」
抜き身の幅広の剣を怪しくギラつかせながら、男がゆっくりと近づいてくる。
よし、かかった。
「無理に長引かせるつもりもない」
いいぞ。そう、そのまま近づいてこいよ。
……ギリギリまで引き付ける。悟らせるな。
「だが油断をするつもりは微塵もない。
エリス殿から聞いている。背中に小剣を隠し持っているんだろう?」
ちくしょうが! だから誰だよ、エリスって奴は!
「クソが、テメェはここで殺す。ルーなんたらもエリスって奴も俺が後で殺してやる!」
背中の予備武器である隠し小刀を抜き放つ。
結局、最後にモノを言うのは剣の実力ってことかよ。
「それはできん。お前はすぐに物言わぬ死体になるからな。
聖獣様に行った許されざる蛮行の報いのため
我が娘トーナの魂の安らぎのため
『
舐めるなよ獣ごときが!!
・
ダダッ ダダダッ ダダッ ダダダッ ダダダダッ
バシャシャ バシャシャ バシャシャ バシャシャシャ
俺とエリス、戦士団に救出した子供達。100名近い人数で雨と闇の中、樹木の多い山だか丘だかよくわからない起伏を越えて走り続けている。
この道はかつて犯罪集団に追われて大森林を目指した時、猫耳の少女が案内してくれたことを思い出す。
「…………」
今はいないその少女の父親、ギュエスが未だ戻ってこない。
ギュエスと共にザントポートで奴らの足止めに残った幾人かの戦士はすでに戻っている。彼ら曰く、戦士長は自分達にも先に離脱しろ、と命令したらしいが。
『
もうすぐ石船を置いてある場所に辿り着く。子供達を連れてるせいか以前よりゆったりとしたペースではあるが、ここまで休みなく走り続けてきた。
石船に、洪水に辿り着いたとしてどうするか? ギュエスを待つのか? 子供達の中には衰弱が激しい子もいる。怪我は治療できるが弱った体はすぐには回復できない。そういった子は戦士団の人間が背負って運んでいるが、いつまでも雨ざらしの中には置いておけない。早く休める場所まで連れて行ったほうが良い。
ギュエスを待つのか、子供達を優先するのか。ギュエスを待たなかった場合、彼は氷道なしで洪水を渡らなくてはならない可能性もある。仮に集落を目指す組と洪水手前で残る組の二手に分かれたとしても、ザントポートから大規模な討伐隊が追ってきたとしたら残る組には逃げる先がない。
残るべきか、行くべきか。クソッ、こんなことに頭を悩ますなんて本当にクソだ。
ああ、この丘を越えれば石船が置いてある洪水手前だ。
くっ、丘を越える。決断はしなくちゃいけ な い?
「ルーデウス殿、エリス殿、無事でしたか。皆も無事なようで何よりだ」
「ギュエスさん!?」「ギュエス!?」「戦士長!?」
石船の前で何の気もなく平然と俺達を迎える戦士長ギュエス。俺もエリスも副長アバラーイも驚きの声を上げる。
「えっと、ご無事なようで何よりだとは思いますが…、え? どうして?」
「? 自分こそ皆さんが驚かれているのが、よくわかりませんが…」
俺の質問に当の本人はあっけらかんとした表情で答える。
「いや、だって、足止めのため残るって。なんで? どうやって先にここに?」
「? 後で合流すると伝えさせたはずですが。それに自分は闇も木々も苦にはしません。本気で
はあ? 何それ? 俺の心配は全然杞憂だったってことか?
「いや、それよりもルーデウス殿、そしてエリス殿」
「なんでしょう?」「何?」
「感謝致します。ドルディアの戦士として、父親として、この度の作戦に協力して頂いたこと、心からお礼申し上げる」
急にギュエスが姿勢を正して、俺とエリスに頭を下げる。
……父親として?
「やったのね?」
赤毛の剣士の質問に彼は口を開かない。ただ黙って、頷く。
「あの男は私がやりたかったけど、仕方ないわね。譲ってあげるわ。ううん、譲ってあげたわ!」
「それは申し訳ない。いや、申し訳なかった。……ありがとう」
おかしな口述に合わせ、礼を述べる獣族の戦士であり父親。エリスと合わせて二人で口角を上げる。
そうか。あの子の仇、とれたんだな。
「…………」
空を見上げる。
ザアァァ ザアァァ ザアァァ
天真爛漫で無鉄砲なミニトーナの姿が思い浮かぶ。ここは、この場所はあの子が命を落とした場所だ。
良かった、と思う。安堵、達成感、言葉で形にはできない感情が確かにある。
復讐だなんて言えば良いことではないように聞こえるかもしれないが、仇をとる、無念を晴らすというのは故人にも残された人間にも必要はことだと実感できる。
…………ふぅ。
「でも、まだ子供達を連れた現状であり作戦の途中です。最後まで気を抜かずに行きましょう。そして、胸を張って帰りましょう。ドルディアの集落まで!!」
オリキャラ:アバラーイ、ドルディアの戦士、救出部隊副隊長、自身の愛刀は蛇腹剣ではないしザビマルとか名付けてはいない
現在のドルディア集落のエピソードは次話で完結予定です。
次回予告 「ドルディア集落でのハードライフ 仲間」