旅の唄 ~赤毛の少女と共に~   作:シロとクロ

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 R15、高ヘイト、不快な言葉や表現あり


033 ドルディア集落でのハードライフ 仲間

 

 神の使いが住まわし深緑の大地

 

 風が移ろう時の狭間、驚天動地の大厄難が訪れん

 天が災いを呼び、悪意が無道を尽くし

 脆き調和は刹那に傾く

 

 地は崩れ、人が害され、心は抉られ、御身が奪われる

 

 大地に無明の闇が溢れる時

 大いなる雫と大いなる流れの中に立つ影あらん

 

 百の声を聴き千の音を掬う、豪の者

 救いの手を差し癒しを与える、識の者

 気高き魂と仁愛の情を併せ持つ、勇の者

 焔の戦気を纏い果敢な刃を振るう、激の者

 魔の瞳と全の術を以って万象を操る、賢の者

 

 彼の者、聖身を取り戻し、聖心を人に授け

 使いの(しもべ)を聖臣へと解放する

 

 彼の者と聖臣となった(しもべ)は不変の意志を掲げ、共に立ち向かう

 戦い、傷つき、抗い、倒れ、貫き、血を流す

 

 災い去り悪意が討ち払われた闘争の果て

 使いの(しもべ)は希望と誇りを取り戻し、彼の者は大英雄とならん

 

 そして、深緑の大地に悠久の調和と繁栄が照らされんことを…

 

 

 

「という内容みたいなのですが」

 

 獣神語で語られたその唄を、俺は魔神語に翻訳して彼らに伝える。

 

「「「 ……………… 」」」

 

 言葉を失う男3人。

 気持ちはわかる。遠慮でも謙遜するでもなく、ただただ呆気にとられる。

 

「いいわね、悪くないわ」

 

 そんな中、そのあまりにも耳ざわりの良い言葉や飾り立てた表現を一人素直に受け取る赤毛の少女。

 

「ハッハッ、さすがエリス殿。私も皆様方の成した偉業を讃える唄としては、非常に良い出来だと思ってますぞ」

 

 族長ギュスターヴがエリスの言葉に機嫌良く同意を示す。大分酔ってるな。

 

 

 

 俺達は今、族長の家屋1階の集会場で宴を楽しんでいる。宴といっても集落全体で盛り上がるような大規模なものではなく、俺達5人と親交のある者達が集まった身内の宴会のようなものだ。

 

「気高き魂とか情とか勇って。うわぁ、すごく恥ずかしいな」

「識の者。ワタシにハ美辞麗句に過ぎる叙述デスネ」

「オデ ソンナニ タクサン キコエナイ」

 

 クルト達3人は自分達を表現した部分に思い思いの感想を述べる。彼らの特徴や性格を短い唄の中で上手く表していると思う反面、難しい言い回しがあまりない獣神語でよくこれだけ尊大な歌詞が書けるものだなと感心する。

 

「僕なんて"賢の者"ですよ、なんですか賢き者って。全く以ってガラではないんですが」

 

 それに"魔の瞳"はわかるが、"全の術"ってのも誇張表現に過ぎる。治癒と解毒は中級までだし、神撃や結界魔術なんかは扱えもしないってのに。

 

「いえいえ、私も救出部隊副長として凄まじい魔術を間近で見せてもらいましたし、そもそも此度の作戦はルーデウス様の発案だと戦士長より聞いてます。賢の者、賢き者、賢者、大いに結構ではありませんか!」

 

「そのとおりね!」

 

 作戦中同行したアバラーイの言葉を肯定する赤毛の少女。エリス、そこは乗っからなくてもいいから。

 

「ルーデウスさんのは、やっぱり凄い思います」

 

 拙い人間語でテルセナに追い打ちをかけられる。いや、ほんと…

 

「 杯が空いてるようですね。さ、どうぞ。 」

 

 集落では世話役のような立ち位置のラクラーナさんに酌をされる。いや、ほんと…。ちょっと距離が近くてドキリとしてしまう、あと何かいい匂いもする。

                                      「…むぅ」

 

「クルト殿、ガブリン殿、バチロウ殿、エリス殿、ルーデウス殿。

 聖獣様を取り戻して頂いたことに加え、子供達の多くも無事戻ってくることができました。ひとえに皆様方の尽力のおかげです、改めてドルディアを代表してお礼申し上げる。

 雨季もありザントポートとの話し合いもまだ済んでいない故、大したことはできませぬが酒と肴、そして唄でどうか気兼ねなく英気を養って頂きたい」

 

 赤い顔、崩れた表情でギュスターヴが族長として改めて挨拶を述べる。

 はぁ…。ま、いいか。今日は作戦成功の祝いの宴会だ。既に酒もそれなりに入っているし、細かいことは気にしないでおこう。

 

 

 

 子供達の奪還作戦。俺達は先日のザントポート奇襲により子供達を無事に取り戻した。戦士団に負傷者は出たし、子供達の中にも衰弱している子はいたが幸いなことに犠牲者はゼロ。禍根を残さないためザントポートの役人にも死者は出さないという方針であったが、それもこちらが把握している範囲では達成できたと思っている。

 犯罪組織に関しては傷の男(スカー)をはじめ幾人か死傷者は出したが、正直奴らの被害なんかは知ったこっちゃない。元々大森林の勢力と敵対してるし、ドルディアに限っても既に奴らの手で何人も被害者が出ていたワケだしな。

 

 奪還後はザントポートに向かった時と同じ手法、同じ経路を使ってギュスターヴの集落まで戻ってきた。途中に立ち寄った集落、さらにこの近辺にある集落にも戻せそうな子供達は既に各集落に戻している。ただ、遠方だったり、まだ体力が回復していない衰弱した子供達なんかは、こちらの集落で引き続き面倒を見ている。

 

 ギュスターヴの集落は作戦中最も多くの戦士を駆り出したため、クルト達を含めた残った人間は魔物からの防衛なんかで皆疲弊した状態ではあった。ただ、それも順次、交代、治療、休息をうまく回して随分と落ち着きを取り戻した。ギュエスなんかは帰還後も自分は戦士長だからと休まず働いているが…、今日の宴会も彼は見回りの遅番と夜番があるからと参加していない。働き過ぎじゃないかな、少し心配だ。

 

 雨季が終ればザントポ-トとの交渉の場が早々に設けられる予定だ。ザントポートの役人達はミリス神聖国との条約で禁止とされている獣族の誘拐と奴隷化を完全に見逃している、それも賄賂を受け取ってだ。大義名分はこちらにあるし、今回の件で雨季であっても役人達にとって安全、楽観はできないということを示した。今後も武力行使を辞さない気概と覚悟を見せれば交渉は有利に進められると思う。

 

 いずれにせよ帰還してから、子供達への対応、集落の平常化、今後の展望についての話し合い等で10日程かかった。ようやく状況も落ち着いてきたので、作戦成功と慰労のためとして、こうして宴が催されたというワケだ。

 ただ誰も言葉にはしていないが、この宴会は俺達の送別会も兼ねているのだと思う。俺達がこの大森林に来て早1ヵ月半以上、雨季ももうすぐ終わる。俺は…、俺とエリスはアスラ王国に帰らなくてはならない。ドルディアの集落はすっかり馴染んだし思い入れもあるが、ずっとはここにはいられない。雨季が明ければ集落を発ち南下して先に進むことは、既にギュスターヴをはじめドルディアの方々には伝えてある。

 

「エリス、久しぶりの酒の席ですが楽しんでますか?」

 

「うん! ルーデウスは?」

 

「僕も楽しんでますよ。……やるべきことをやって、為すべきことを為して飲むお酒というのは、存外悪くないですね」

 

「……そうね!」

 

 言いたいことは理解されなかったようだが、今が楽しめて充足しているのは彼女にも伝わったと思う。

 

 

 

 

 

 

 ザァー   ザァー   ザァー

 ザァァ   ザァァ   ザァァ

 

 

 

「神なる息吹は滋養の源、病患いしかの者に再び目覚めの力を与えん『アンチドーテ』」

 

 俺は自分自身に解毒魔術をかける。

 ……ふぅ。頭痛も吐き気も随分ラクになったな。昨夜は飲み過ぎたようで、起きたら二日酔いが酷かった。成長しているとはいえまだ子供の体だし、深酒はほどほどにしておこう。

 

「はぁ~」

 

 雨の屋外で一人、何の気なしに息を吐く。今は昼前ってところだろうか。

 今日は俺とエリスの『デッドエンド』、クルト達の『トクラブ村愚連隊』は見回りに参加しない休養日となっている。まあ、だからこそ昨夜に宴会がセッティングされたんだろうが。

 

 エリスは借りている家屋の『デッドエンド』の部屋には既にいない。休養日ではあるが俺よりもずっと早くに起きだして、戦士団の訓練に参加すると言って外に出て行った。俺はつい先程まで寝台で寝ていたので、半分寝ぼけた状態で彼女がそう言うのを聞いただけだが…。エリスはホント元気だよなぁ。それに彼女は結構酒に強い。俺よりも全然量を飲めるし、飲んでる最中も多少上機嫌になるだけで潰れるようなことはない。二日酔いになっているのも見たことはないし、赤毛の少女は案外ザルというかウワバミなんだよな。

 

「んっ、ん~~~~」

 

 背伸びをして歩きだす。眠気覚ましに散歩でもするか。

 

 

 

 木の上の通路と木々を繋ぐ渡し橋を練り歩く。

 

 集落の中なので当然ではあるが、歩いていれば獣族の人達とすれ違う。何かの食材を運ぶ者、洗濯物を抱えて四苦八苦している者、獲物を獲るための仕掛け罠らしきモノを運搬している様子、母親とその子供が手を繋いで歩いている姿。見回り中の戦士団のグループなんかも見かけた。そして皆が俺に挨拶をしてくれ、俺もその都度挨拶を返している。ああ、こういうのってなんだか良い感じなんだな。

 

 しばらく歩いて、人気(ひとけ)のない場所に辿りつく。ここは集落の外れに近い位置であり、あまり人が通ることのない落ち着いた場所だ。

 

 空の様子を伺ってみる。

 

 ザァァ   ザァァ   ザァァ

 

 雨脚に勢いが大分なくなってきている。下の洪水も明らかに水位が下がっているのが見て取れるし、雨季が終わりに近いことを実感する。俺達がここにいるのもあと僅か、か。

 

 残りの滞在が少ないということで思い出したが、そういえば集落に来てから聖獣には一度も会っていない。以前ギュスターヴから聞いた話では、聖獣は聖木だか聖域だとか呼ばれる場所に普段はいるらしい。しかし、俺はその場所自体何処にあるのか知らされてないので、今まで聖獣を見る機会さえなかった。大森林に来る時の白くて大きくて愛嬌のあるモフモフ、このまま再会せずに集落を去るのは少し寂しい気もするな。

 

 ん?

 

 前方少し離れた位置に人影が見える。あの白髪と犬耳は、クルトとテルセナか?

 

 ふむ。集落の中なので二人を見かけるのは特別なことじゃない。クルトも俺達と同じく今日は見回りは休みとなっているハズだし、テルセナも普段はエリスと共に戦士団の訓練に参加しているらしいが休む日だってあるだろう。ただ、なんというか、二人の距離が少々近いように見える。

 

 幸いにもこちらには気づいていないようだ。俺はすぐさま木の陰に身を潜ませる。

 

 ふ~む。二人の様子を伺うと真剣でありながらも楽しそうに会話している感じだ。何語で話しているんだろうか、獣神語だろうか? いや、テルセナは人間語をかなり習得してきているし、クルトもどちらの言語の習得具合も悪くないから人間語でやりとりをしているかもしれない。

 

 それにしてもクルトとテルセナか。まあクルトも多少子供っぽいところはあっても、お年頃ってヤツだし、彼は美少年といっても差し支えないくらいの容姿をしている。テルセナは恥ずかしがり屋でシャイではあるが顔立ちは可愛く整っているし、何より大人顔負けの山脈の主だ。そう考えると美男美女のお似合いの二人に見えてくるな。

 ただ俺達はもうすぐドルディアの集落を離れることになる、必然別れはすぐにやってくるんだが…。ひとときの恋、一夜のあばんちゅーる、俺には経験はないがそういうことなのだろうか?

 

 そんなことを考えていると、白髪の少年が大きな身振り手振りで犬耳の少女に何かを訴えかけている様子が伺える。

 あ~~、今まさに口説いてる最中って感じか。……これ以上の盗み見は良ろしくないな。

 

 俺は木の陰からそっとその場を離れる。

 

 ふぅ。別に興味が無いワケではないが、仲間に対してこれ以上の出歯亀をするほど俺も良識がないわけじゃない。普段は俺とエリスに対してもクルト達は茶化したりイジったりすることもほとんどないし、共に旅をしている間柄でもプライベートとパーソナルな事情ってヤツは守られて然るべきだと思う。

 ま、刃傷沙汰のような大きなトラブルにならない限りは何も言わないさ。邪魔者は黙って去るとしよう。

 

 

 が、その刃傷沙汰になりそうな光景が目の前に見えているのだが。

 

 今日も普段通りに朝から昼過ぎまで見回りの手伝いを行った。昨日は悪気は無かったとはいえ逢瀬の現場を盗み見してしまったため、気になってクルトの顔色を観察してみるが特段変化は見られなかった。不可解ではあったが、それはいい。問題はその後だ。

 見回り後、これまたいつもどおりにガブリンと魔術訓練をしようとしたところ、どうやら彼は本日予定があるとかで参加しないということだ。一人で訓練をしてもいいが、少々味気ない。この集落に滞在する期間も残り僅か。この光景をしっかりと目に焼き付けておこうと昨日に引き続き集落内を散歩、散策することにした。そして、なんとなく昨日の人気(ひとけ)のない場所に来てみたワケだが…。

 

 鳥頭の少年と犬耳の少女が肩を並べて歩いている。

 

 いや、別に寄り添うって程ではないし、手を繋いだり腕を組んでいるワケではない。あっ、ガブリンが木に成っている果物のようなモノを指差し、二人で楽しそうに会話が弾んでいる。ふむ。料理好きの彼のことだから食材とか調理に関する話題かもしれないな。

 

 さて、現実逃避はいいとして。これはあれか、あれってヤツか。ずばり三角関係ってヤツなのか!?

 

「う、う~ん…」

 

 俺にはこういった色恋の込み入った事情なんてわからない。生前も含めてロクに経験はないし、持っている知識なんかはゲームと漫画と映画とラノベで得た程度のモノだ。

 俺はどうするべきか? どう動くべきだ?

 

 しかし、これは考えてみると、ある意味時間が解決してくれる問題なのかもしれない。雨季の終わりはもうすぐだ、タイムリミットは間近に迫っている。

 

 よし、見なかったことにしよう。

 

 ただ、もし本当に刃傷沙汰になりそうな時は魔術を使ってでも二人を止めよう、血が流れる前に。俺にできるのはそのぐらいかな。

 

 

 が、その翌日にさらに絶句するような光景を見ることになったワケだが。

 

 本日の見回りは『トクラブ村愚連隊』とは別行動だった。子供達奪還作戦後はクルト達と必ずしも同じ見回り組に配置されるワケではない。彼らも獣神語を習得しつつあるし、奪還作戦中は俺とエリスがいなくとも問題なくコミュニケーションがとれていたようだしな。だから(くだん)の当事者二人の空気がどういったモノかは俺にはわからない。

 

 見回り後の魔術訓練は、今日は俺のほうから辞退した。ガブリンは不思議がっていたが…。俺は間違いなく気になっているし、もし話を聞いてしまえばそちらに肩入れしてしまうかもしれない。こういうのはフェアであるべきだと思う、経験の乏しい俺ができる精一杯の判断だ。

 そして今日も今日とて、例の人気(ひとけ)のない落ち着いた場所に散策にかこつけて来てみたのだが…。

 

 四本腕の寡黙な少年と犬耳の少女が隣同士並んで座っている。

 

 近いが肌が触れあっているわけではないようだ。会話が弾んでいるようにも見えない。ただ並んで座って静かに過ごすその様子は、先日までとはまた違った良い雰囲気ってヤツじゃなかろうか。

 

「う、うぅ…」

 

 バチロウ。お前は口は達者でなくても朴訥であっても、誠実で真摯で正直で純粋な奴だと思っていたのに。いや、他の二人がそうではないとは言わないが。

 

 これは三角関係ならぬ四角関係? それとも三角"錐"関係ってことなのか? わからない、俺には全然わからない。前世から続く恋愛どころか対人能力そのものの低さが、こういった形で効いてくるとは思わなかった。

 

 ん? まてよ。コレって"一輪の花に群がる悪い虫たち"って構図だと考えていたが。そうではなく、逆に"3匹の若き雄を見境なく狙う肉食獣"って可能性もあるかもしれない。

 犬耳の少女。これまで、全く、1ミリもそんな感じには見えなかったが、ひょっとしたらものすごくビッ〇ということなのだろうか? やっぱり俺にはわからない。

 

 あれ? でもそう考えると次に狙われるのは、俺、なのか?

 

 いや、いやいや、いやいやいや。ああ、でもそのたわわに実った2つの果実は曜日に関係なく俺を狂わせる。ああん、ダメよ。あたいには赤毛の旦那と交わした15の約束ってヤツがあるの、堪忍しておくんなまし。

 

 

 が、俺の身には何も起こらなかったワケだが。

 

 ふ、ふふ…。いいよ、いいさっ! 所詮はそういったドキドキワクワクのめくりめくピンクなイベントが訪れない星の下に生まれてきたのさ。俺はまっすぐに、ひたむきに、ただ約束を守ることだけを胸に秘めた一途な男なんだよ。ちくしょう。

 

 はぁ、少々体がだるい。昨夜は期待やら葛藤やら何かが色々溜まって寝付きが悪かった。見回りも無事終わったし、気分転換に散歩でもするかな。

 そして、自分自身で勝手に傷つけたメンタルと重い体を癒すため、こうして落ち着いた場所まで歩を進めてみたわけだが…。

 

 赤毛の少女と犬耳の女狐が抱き合っている。

 

「うそ、だろ?」

 

 同性同士、スキンシップの一環でジャレあっているという感じではない。犬女が寄りかかりエリスが力強く抱きしめている、俺にはそう見える。

 

 ウソだよな? 目の前の出来事は夢だよな?

 ホントになんなんだ、どういうことだよ!? 俺にはワケがわからない。

 

 頬を熱い液体が伝う。次から次へと流れる雫が止まらない。

 エリスと犬女はこの集落に来た時から随分と仲がよいとは思っていた。それは犬女が友人を亡くしたばかりで赤毛の少女が慮って犬女に寄り添っている、そう思っていた。でも実際には二人の仲はもっと深く進行していた、ということなのか。

 そういえばボレアスの屋敷には獣族のメイド達がたくさんいた。エリスの家系が獣好き、いわゆるケモナーの血筋だというのは知っている。フィリップとは直接そのあたりの話をしているし、サウロスは実際に手を出しているところを見たこともあるし…。

 

 エリス、俺は君にとってどういう存在なんだ? 俺は君のことをこんなにも…。

 

 胸を穿つ大きな喪失感と敗北感。悲しみに潰されそうになりながら、俺はその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ルーデウス。大丈夫? お腹痛いの?」

 

 赤毛の少女が俺なんかに心配そうに声をかけてくれる。

 昨夜の俺は一睡もできなかった。ただただ辛くて、悲しくて、両の目から涙が止まらず枕に顔を一晩中埋めていた。彼女はそんな俺にお構いなしにぐっすりと寝ていたようだ。今も心配そうではあるが、普段と特別何かが変わったという感じはしない。

 いつも通りの赤毛の少女。どうなんだろうか? 彼女にとっては同性相手っていうのは、そういった経験にカウントされないってことなんだろうか。それとも俺はエリスに釣り合わない、都合が良いからひとまず傍に置いておく本命にはなりえない軽い存在なんだろうか?

 

「本当に大丈夫なの? 今日はお休みしたほうが良いと思うけど…」

 

「ありがとう、エリス。大丈夫ですよ、少々寝つきが悪かっただけで体調は問題ありませんから」

 

 それでもいいかもしれない。彼女の傍にいられるなら、例え1番になれなくても。俺は…

 

「おはよう、ルーデウス! エリス! 今日は見回りに行く前に……どうしたの?」

 

 クルトが元気の良い挨拶と共に『デッドエンド』に割り当てられた部屋に入ってくるが、俺達の様子に戸惑っている。

 

「なんでもありませんよ、クルト。

 さ、今日も見回りの勤め頑張りましょうか」

 

「ああ、うん。それならいいんだけど。っとその前に知らせたいことがあるんだ」

 

 クルトがこれまた朝から上機嫌にそう言うと、部屋に鳥頭の少年ガブリン、四本腕で寡黙な少年バチロウ、そして犬耳の少女テルセナが入ってくる。ん、なんだ?

 

「テルセナが俺達に加わってくれたんだ!」

 

「………………は?」

 

 白髪の少年の言葉がよく理解できない。

 

「上手く伝わらなかったかな。ん、ん゙。では改めて。

 テルセナが4人目のパーティメンバーとして『トクラブ村愚連隊』に入ってくれたんだ!」

 

 ……マジかよ。

 

「えっと、詳しく話を聞かせてもらっても?」

 

「ああ、もちろん。テルセナは魔術を扱えるし、戦闘経験だってある。戦士団の訓練にも参加していて、ちゃんと動けてる。ギルドに冒険者登録はしてないから、それはこれからになるんだけど。彼女は事情もあるし、まあ、だから最近はずっと勧誘というか説得というか、そういう話を彼女としてたんだよ」

 

 マジなのかよ。ってことは最近の逢瀬と密会は、その勧誘とか説得の現場を俺が偶々目撃してたってことなのか。

 はぁ…、俺はなんという勘違いをして、ここ数日を悩んだり苦しい思いをしていたんだろうか。やっぱり賢き者なんてガラじゃないよなぁ、自分で言うのもなんだが。

 

「そういう事情でしたか。たしかにテルセナは僕から見ても魔術のセンスがあると思いますね」

 

「い、いえ。ルーデウスさんの魔術に比べたら、私なんて全然ですから」

 

 犬耳の少女は相変わらずの引っ込み思案な言葉だな。

 

 自分の言葉通り彼女は魔術のセンスを持っていると思う。これまで見た限りでは、まだ本格的に習ったわけでもないのに魔術の種類、発動の安定性、共に悪くない。魔力量も少ないって感じはしない。その才能がどれだけ大きくて、どこまで伸びるのかは俺だって予測がつくワケではないけれど。でも、しっかりと教えを受ければ少なくとも一端以上の魔術師にはなれるだろうとは思っていた。

 

 あれ? 教えを受ける、ということで思い出したが…。

 俺は犬耳の少女に問いかける。

 

「クルト達のパーティに加わるということですが。以前、テルセナはザントポートの学校に通う予定だと言っていたと思いますが、そのあたりはどうするんですか?」

 

「「「 っ!! 」」」

「い、いえ、あの、他の子たちと一緒に学校行くのは、ちょっと難しくて…」

 

 んん? なんだろう、何か事情でもあるんだろうか。

 

「そういえばテルセナはこのギュスターヴさんの集落ではなく、元々住んでいるのは近くの集落だとか。こちらに戻ってから家族には会ったんですか? この話はされたんですか?」

 

「「「 っ!!! 」」」

「い、いえ、その…、あの、家に連絡は届けてもらったんですが…、やっぱり家族には合わせる顔がないというか、その…」

 

 家庭に事情があるってことか? でも何も告げず、会いもせずってのもなぁ。

 

「僕の立場で言うのも何ですが、冒険者としてクルト達のパーティの一員となれば当面はこの辺りには戻ってこれないでしょう。一度元の住まいに戻って家族や知人に顔を見せるのも悪くないかと」

 

「「「 っ!!!! 」」」

「う、うぅ、その…、えっぐ、知っ…る、人…は、会いたくなく…て、えっぐ、けが…て、あた…、かぞく…、そういうふ…に、えっぐ、みられたくなく…て…」

 

 あ、あれ? なんで俺がテルセナを泣かせてる感じになっ

 

 バシィィ

 

「バカッ!」

 

 えっ? え? エリスに頭を叩かれた? いきなり? なんで?

 

「ルーデウス! ちょっと向こうでお話しようか」

 

 今度はクルトに首根っこを掴まれて、部屋の外に無理矢理連れ出される。 は? どういうこと?

 

 

 

 ドサァッ

 

「ルーデウス、さすがに言っていいことと悪いことってあると思うんだ!」

 

 部屋の外、乱暴に放り出される。そして今まで見たことがない剣幕で白髪の少年に言い迫られる。

 

「え? えっと、どういう、ことでしょうか?」

 

 怖い。これまでずっと人当たりもよく上手くやってこれたと思っていた仲間から、明白に怒りの感情をぶつけられていることが。

 

「だからっ、その、テルセナだって色々辛い目っていうか、大変だったんだからさ。少しは気に掛けるっていうか、ハイリョってやつをさ…」

 

 んん? そりゃ確かに彼女は親友を亡くしたし、大変だというのは理解できるが。でも、それで俺の発言に何か問題があったようにも…

 

「……ルーデウス、君、ひょっとしてわかってなかったの?」

 

 俺の表情から察したのか、今度はクルトが呆れと落胆が混ざった口調で語りかける。

 

「テルセナをウェンポート近くの海岸で助けた時、彼女達がどういう状態だったか覚えてる?」

 

「ええ。それは、まあ。覚えていますが…」

 

 あの時のことを思い出す。布1枚被っただけの半裸以下、体のいたる所に見えた青黒いアザ、衰弱した様子。テルセナと今はもういない猫耳の少女を含めた子供達の痛ましい姿。

 

「テルセナが、彼女がこの集落に来てからも他の獣族の子達と関わろうとせずに、可能な限りエリスと一緒にいたこともわかってる?」

 

「ええ。それも、おおよそは分かってましたが…」

 

 そう。テルセナがエリスとよく一緒に過ごしていたことを知っていたからこそ、今朝までの勘違いをしていたワケで。

 あれ? でも言われて気づいたが、クルトの言う通り犬耳の少女が他の獣族の子供達、いや子供だけじゃなく獣族全体の人達とエリス抜きで一緒にいるところを見てはいないような…。

 

「ハアァ~~」

 

 クルトの大きな溜息。なんだ? 俺は何を見落としているんだ?

 

「ルーデウス、いいかい? 彼女達は攫われて、船で運ばれてる間にあの集団から暴行を受けてるんだ」

 

 それは分かっている、と思う。体中の青黒いアザはそれが原因だろうし…。

 

「わかってないって顔だね。もう一度言うよ。彼女達は船の中で暴力を、暴行を、乱暴されているんだぞ、あの集団の()()()()

 

 ……あ、あーー、そういう、ことか。彼のアクセントの付け方で、ようやく察した。分かってしまった。彼女達は…。

 

 ミニトーナがやたらと奴らに敵意を持っていたこと、それにそのミニトーナとテルセナの会話も合わせて思い出す。そういうことだったのか。

 

 犯罪集団『傷の男(スカー)』の船の中には50人近い子供達が乗っていた。聖獣と共に逃げ出した、正確には泳がされた子供達の人数は少ないけれど、船の中の出来事ならこの情報はおそらく子供達の大部分に知れ渡っている。なんなら直接目撃しているかもしれない。そして、人の口に戸は建てられない。なるほど、彼女が他の獣族に一人で近づかないのも分かる話だ。

 ・

 ・

 ある意味、あの頃の俺の状態に近いんじゃないかとも思う。校門で…、晒されて、その後も…。

 

 そうなると、エリスがここに着いてから犬耳の少女と一緒に居たのはケアという部分もあっただろうし、テルセナ自身が同性であり手練れの剣士でもある赤毛の少女に安心できていたっていう推測もつく。

 ただ異性である俺やクルト、ガブリン、バチロウの接近をテルセナが避けていないのは、どういうことだろうか。ああ、彼女を直接保護したという実績が上回っているのかもしれないな。

 

 はぁ。状況は理解できた。理解できたが故に、俺が先程犬耳の少女にかけた言葉の数々はなんて意地悪で残酷な行為だったかと自覚する。

 

「わかったみたいだね。それならルーデウス、今からやることは…」

 

「大丈夫です、クルト。自分が何をしなくちゃいけないのかは分かっています」

 

 

 

 

 

「先程の発言はごめんなさい」

 

 両手両膝額を地面にこすり着けて、心から謝る。

 

「えっぐ…、うっ…、い、いえ…えっぐ。ルーデ…さんがわるい゙わ゙げでは…えっぐ、ひっぐ…」

 

 犬耳の少女は泣き止まない。

 

「悪意があったわけではありません。でも、僕の言葉でテルセナを傷付けてしまったのは事実です。申し訳ありませんでした」

 

 謝罪の言葉を続けると共に、俺は行動に移る。より誠意を見せるために。

 その場で一度立ち上がり、上着とシャツを脱ぎ捨て、ズボンを足首まで下げる。

 

「ル、ルーデウス!?」

 

 テルセナに寄り添っているエリスが驚きの声を上げる。傍にいるクルト達も戸惑っているようだが…、彼らは知らないのだろうか? イヤ、今は関係ない。今はテルセナに誠意を見せることが何より重要だ。

 

 俺はそのまま仰向けに倒れ、犬耳の少女に割れてもいない腹を見せつける。

 

「本当にすみませんでした」

 

「ぞ、ぞこまで…して頂かなくても…」

 

 少しは伝わっただろうか? いや、まだ足りない。

 

「ドルディアでは仰向けで腹を見せることが最上級の謝罪と聞きました。それに罪人に対する最大級の屈辱的な罰として裸に剥いて冷水をかけることも知っています。さあ、どうぞ」

 

 傍からではふざけているように見えるかもしれないが、俺は大真面目だ。

 

「え゙、え、ぞんな、ルーデウスさんにそんなことできませんよ…」

 

「かまいません。僕は…、僕も自分の察しの悪さや愚鈍さに辟易しています。さぁ、遠慮なくやってください」

 

 繰り返すが、俺は大真面目だ。

 

「えっと、その…、ええっと」

 

 犬耳の少女は非常に困惑した様子でオロオロとしている。彼女は元々遠慮がちな性格だし、こういった行為は気が引けるのかもしれない。仕方ない。

 

「エリスッ!」

 

「あ、うん。えっと、えー、なんじの求める所に大いなる水の加護あらん、せいじょうなるせせらぎの流れをいまここに『水弾(ウォーターボール)』」

 

 バッシャアァァァァ

 

「えっと、これでよかったの?」

 

 はい。

 

 

 

 

 

「うええぇ」

 

 ずぶ濡れになって感触が非常に悪いズボンを穿き直す。シャツと上着はどうしようか? 後で魔術を使って乾かしたあとにするか。

 

 一応、あの後テルセナからはお許しの言葉を頂けた。まあ、俺と俺の頼みで手伝ってもらったエリスとの行為に困惑というか狼狽していた状態ではあったが。

 何にせよ、この件はここで区切ったほうがいいだろう。これ以上蒸し返しても犬耳の少女をまた傷付けることになるだけだろうし。彼女だってもう『トクラブ村愚連隊』の一員であり俺達の仲間なんだから。

 

 ……ん? えっ? ふと気づく。

 

 扱える全ての魔術を把握しているわけではないが、テルセナは魔術師であることは間違いない。そして、クルト達は後衛を務められる魔術師の人材をずっと求めていた。それが目的で魔大陸のリカリスの町からここまで俺達と旅をしてきた。でも、今それが達成されたってことか?

 

 リカリスの町で協力体勢をとってから1年半近く共に過ごしている。でも、雨季の終わりはすぐ目の前だ。心の整理はついてないが、確認はしておかなくちゃいけない。

 

「クルト。テルセナが加入したことで目的が達成されたと思うのですが、その、これからどうする予定なんですか?」

 

「ああ、そのことなんだけどさ。これからもルーデウス達と一緒に行くつもりなんだけど。どうかな?」

 

 あ、あれ、そうなんだ。恐る恐る訊ねたのに、白髪の少年のざっくばらんとした回答に拍子抜けする。

 

「ここはいい所だし族長さん達も良くしてくれるけど、居続けるわけにはいかない。ザントポートも一応解決したとはいっても、まだしばらくはゴタゴタすると思う。でも俺達はまだまだいろんな所に行って、冒険者としていろんなことをしてみたいって考えてる。

 ルーデウス達はもっと南に行くんだろ? だからさ、どうかな? 前みたくどこまでかはわからないけど…。あ、このことはパーティの皆で決めてたことだから」

 

 クルトもパーティのリーダーとして色々考えているんだな。まあ、彼は以前からこういうことはしっかりとしてるか。

 

「話は分かりました。僕に、僕達に異存はありません。ではクルト、これからもよろしくお願いしますね」

 

 俺は手を差し出す。

 

「ああ、よろしくっ!」

 

 クルトはその手を力強く握った。

 

 

 

 こうして大森林にて俺達に新たな仲間、

 テルセナ・アドルディアが『トクラブ村愚連隊』のメンバーとして加わった。

 

 

 





 本話は一部に非常に不快な表現、情報が記載されております。お気を悪くしたこと、気分を害したこと大変申し訳ありません。

 次回予告 「ぶらり聖剣街道 道連れの旅」



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