俺は左目に魔力を込める。
前方を見渡すが人影はない。振り返って後方も確認するが特に異常はない。
「クルト、街道の前方後方どちらも怪しい影は見あたりませんね」
「了解。ガブリンはどう?」
「暗がりニ潜んでいる様子ハ確認できまセン」
見通せる範囲の前後の視界、見通しの悪い側面の木々の陰、四方に不審な点は見られないか。
「バチロウはどうでしょうか?」
「テキ キコエナイ」
「テルセナはどうかな?」
「えっと、周りからは木と草と土の匂いしかしません。あ、でも風下は、その、自信ないです。すみません」
俺とクルトの問いかけに四本腕の寡黙な少年と犬耳の少女が答える。
これまで散々頼りにしてきた聴覚による索敵、新たに加わった嗅覚でも感知はできないか。
そうなると、あとは…
「クルト、エリス。どう見ますか?」
「う~ん。身のこなしは悪くなさそうだけど、剣の腕自体は大したことないと思う」
「そうね、3秒で首を落とせるわ」
「おいおい、怖えって! なんでそんなケンカ腰なんだよ!? さっきも言ったが俺ぁ、野盗でも盗人でもねえって!」
目の前で騒ぐ男。さて、このサル顔の言うことはどこまで信用できるのやら。
魔物に襲われる恐れのない街道、木の実や野生の鳥獣といった自然の恵みに溢れた森林、馬と馬車での快適な移動、そして目の前に佇む不審者。魔大陸を旅してきた身としては、これまでの経験とは何もかもが異なる感覚に戸惑うな。
ドルディアの集落を発って6日、俺はここ数日の旅路を思い出す。
・
雨季が明けた大森林、2ヵ月滞在したドルディアの集落を発つ時がきた。
族長のギュスターヴと俺は互いに礼を述べる。
「この度は本当にお世話になりました。聖獣様のこと、子供達の件、我らドルディアはこの恩を永劫忘れることはないでしょう」
「僕らも僕らの都合で行動したところもありますので。それに馬車も金銭も用意して頂いて、むしろこちらが礼を言わなくてはならないですよ」
「はは、皆様方にして頂いたことに比べればこの程度のことは大したことではありません」
続けてギュスターヴはテルセナを含めたクルト達『トクラブ村愚連隊』の面々に声をかける。
「テルセナ。色々思うところもあると思う。今回のことは我ら大人の不甲斐なさが招いたこと、本当に悪かった」
「族長……」
「これからお前は旅立つが、それでもこの大森林が故郷であることは変わらない。旅の間の羽休めでもかまわない、いつでも遠慮せず戻ってきなさい」
「あ、ありがとうございます。……ぐすっ」
「クルト殿。テルセナのこと、どうかお頼み申し上げる」
「こちらこそお世話になったのに、テルセナを仲間に迎えることを許してくれてありがとうございます。彼女のことは責任を持って預からせてもらいます」
ふ~む、なんだか嫁に出す娘親と義理の息子の挨拶のようでちょっと微笑ましい。
でも、こういう丁寧できちんとしたやりとりと挨拶は一族の長を務める者としてさすがだと思うし、クルトもパーティのリーダーとしてしっかりとした返答をしていることに感心する。かつて家庭教師として赴く際に、問答無用で気絶させられ、縄で縛られ、別れも告げられず、ケチな手紙一枚添えて以後の連絡も禁止にしてきたどこかの村の下級騎士の家とは随分と違うよなぁ。俺もこういったところは見習わないと。
「ルーデウス殿!」
ギュエス?
「トーナのこと、いや聖獣様のことも子供達を取り戻したことも色々と。その…、自分は口が達者ではないので上手く言葉にはできないが。ルーデウス殿に最大限の感謝と敬意を。ありがとう」
以前見た殺気だった表情とはまるで違う、柔らかい笑みで感謝を口にする戦士長。この人もちょっと不器用なところがあると思う、でも性根はまっすぐで決して嫌いにはなれない性格なんだよな。
「僕のほうこそ。尊敬する剣の師匠のご家族が同じくらい尊敬できる人でよかったと思っています」
俺は本心からそう返答する。
「エリス殿にも感謝を。戦士としてまたいつか手合わせ願いたいものだ」
「フン、その時は私が勝つわ。それまでにギレーヌにもっと鍛えてもらってアンタより強くなってやるんだから!」
多少物騒な物言いではあるが、ギレーヌの件で揉めたエリスとギュエスもわだかまりはもうないようだ。
「ウォン!」
二人の会話を見守っているといきなり押し倒される。視界には白い影と爪と牙。
魔物! なワケないよな。
「ハッ、ハッ、ハッ」
「これは聖獣サマ、また会えぇ て僕もぉ うれしいでぇ すよ」
ベロベロと顔を舐められてるせいでおかしな言葉遣いになってしまったが、この白くて大きいモフモフにまた会えて悪い気はしない。
「ウォン」
んん? つぶらな瞳でこちらに訴えかけるように吠えられるが…
「聖獣様もルーデウス殿との別れを寂しがられております」
ギュエスが聖獣の言葉を伝えてくれる。
「ウォオン」
「聖獣様は"貴公とは再び会うことになるだろう、それまで息災で"と仰っておられます」
……そっか。俺もこの愛嬌のある顔と仕草との別れには少々寂しさを覚えるが、いつか再会できるのなら嬉しいと思う。だがそれとは別に、
すっかり失念していたが聖獣の言葉って明らかに獣神語じゃないよね? 犬語? ワンワン語? あの短い泣き声にどう意味を持たせたら、こういった翻訳になるんだろうか。謎だ。
「それでは皆様、御達者で。また会えることを願っております」
「ええ。こちらこそお世話になりました」
最後に改めて族長ギュスターヴと別れの挨拶を交わす。そして俺達は乗り込んだ馬車を発進させる。
「御達者でー」
「ありがとうございました~」
「皆さん、またいつでもお訪ねください」
「英雄達に幸あらんことを!」
「このご恩は忘れません、ありがとうございました」
「お兄ちゃん達、またね~」
雨季が終わって草葉が現した地面、木の上や渡し橋にも獣族の方々が詰め寄り別れの挨拶を送ってくれる。人数は数える気もおきないくらいだ、すごいな。これはギュスターヴの集落だけでなく、近隣の集落の人間も総出で見送りに集まったんじゃないだろうか。
「「「 こちらこそ、ありがとうございましたー 」」」
俺も仲間も手を振って答える。
こうして俺達は2ヵ月滞在した雨季の大森林、ドルディアの集落に別れを告げて新たな旅路に出発した。
・
聖剣街道。
ミリス大陸中央にあるミリス神聖国首都ミリシオンから大森林を通り大陸北東端ザントポートまで続く長い街道。はるか昔に聖ミリスが大いなる力を振るい、その際に出来た道という逸話がある。この街道は現在でも聖ミリスの魔力が残っており、その影響で魔物は出没せず、雨季の洪水などの例外を除けば通常の雨風で通行に支障が出るようなこともない。
「…というのガ、ワタシが聞いた話デス」
「なるほど。この街道にはそういった逸話、成り立ちがあったんですね」
ガブリンの地理講義に得心がいく。俺も以前ドルディアの集落で大森林の地理について簡単に教わったが、ギュスターヴからは"魔物が出ない大陸中央まで続く街道"としか聞いてなかった。しかし実際にこの街道を利用してみて実感したのが、魔物の気配がしないだけではなくやたらと道の状態が良いということだ。雨期明け直後だというのに水溜まりもぬかるみも全くない。
魔力というのは様々な要素に影響があるとロキシーに教わったことを思い出す。自身が使用している魔術もそうだし、杖に使われている魔石もそうだ。さらには動物を魔物に変化させるのにも関係しているらしいし、魔力というのは実に影響力の幅が広い。
「あの、あたしも村にいた頃に聞いたことがあります。この道はどれだけ雨が降ってもすぐに乾く水はけの良い不思議な道なんだとか。人族がよく利用するからあたしの村の人間は行商のために赴くこともあります」
俺達と同じく野営の準備をしているテルセナがそう付け加える。現地人、いや元現地人からの話でも不可解で謎めいた現象なのが伺える。
「おっと足りねえなぁ。この逸話は…」
「なんでも聖ミリスが振るった大いなる力というのハ、魔大陸ニいた魔王をミリシオンから一刀両断する程の力だったト。どこまで尾ひれガついているのかは不明デスガ」
「はぁ…」
ガブリンのさらなる詳細講義の内容はスケールが大きすぎて実感が持てない。たしかに聖級以上の魔術なら周囲の地形に影響を与えるほどの効果を及ぼすが。ミリス大陸の約半分、さらには海を越えて魔大陸まで一撃って…。金髪戦闘民族じゃあるまいし、聖ミリスという奴の力の規模は想像がつかないな。ところで、
「新入り。何か言いかけたようですが、なんでしょうか?」
「い、いや。別になんでもねえよ」
…ふむ。街道でこちらを待っているかのように俺達に接触し、さらには突如同行を申し出てきた怪しいサル顔。やはり油断はならないな。
まあいい。保険もかけてあるし、この不審者のことはひとまず置いておいて野営の準備をさっさと進めるか。
「ではテルセナ。教えた通りにお願いします」
「わ、わかりました。頑張ります」
俺達の目の前には薪が組まれてある。つい先程街道近くから落ちた枝葉を集めたものだが、これも聖ミリスとやらの影響のせいか雨季後でも湿っているということもなく、すぐに利用できる。
「すぅぅ はぁ~~~~。
汝の求める所に大いなる炎の加護あらん、勇猛なる灯火の熱さを今ここに『
ボオォッ
「「 おおォ 」」
犬耳の少女から放たれた火の玉が着弾し、問題なく薪を燃え上がらせる。そして鳥頭の少年と赤毛の少女からも歓声の声があがる。
うん、良い感じだ。ちゃんと狙ったところに命中させられているし、詠唱も発動も問題ない。
「いいですね、『
「あ、ありがとうございます。でもルーデウス
新たに仲間となった犬耳の少女は相変わらずの引っ込み思案な発言だな。もう少し自分に自信を持ってもいいと思うんだが。いや、それよりも
「"先生"呼びは勘弁してくださいよ。そんな柄でもないですし、年も僕とそう違いはないでしょう?」
「うぅぅ、でもちゃんと魔術を教わったのはルーデウスさんが初めてなので…。ダメですか?」
うう~~ん、この子はなんというか実に庇護欲を駆られるな。それにしても女の子の口から自分が"初めて"、なんて聞くと別のことが頭をよぎる俺は汚れた思想の持ち主なんだろうか。
……この話題はちょっと洒落にはならないか。おかしな妄想は止めておこう。
ガバァ
いきなりエリスに腕を掴まれて無理矢理引き寄せられる。痛ってえ。
「ダメよ! ルーデウスの一番弟子は私なんだからっ。私が呼んでないんだからダメにきまってるわ!」
凄む赤毛の狂犬。
「ご、ごめんなさい」
あっさりと白旗をあげる犬耳の負け犬。
え~っと、一番でなければ先生呼びが許されない道理は意味がわからないし、そもそもこんなことで揉めなくてほしくはないんだが。それに一番弟子ってなるとブエナ村の緑髪のあの子になるし。あれ? エリスにこの話ってしたことなかったっけ?
「フフ、ではワタシも先生とハ呼べませんネ。ワタシもルーデウスに教わって魔術を身につけましたが、何番目の弟子ニなるのかわかりまセン。でも彼のおかげでパーティに貢献できていますカラ、心の中だけデ先生、いえ、心中で師匠と呼ぶコトにしマスネ」
「それならいいわっ」
ああ、それならいいんだ。エリスのこだわりがよくわからん。それにしてもガブリンも赤毛の少女の扱い方が手慣れてるな。
「お~い。それなら俺達の中で俺だけルーデウスを師匠って呼べないじゃないか」
「オデ ハ ヨベル」
クルトとバチロウ、戻ってきたか。
「お疲れ様。狩りの成果は……あったようですね」
俺の言葉に二人はその手に持つ獲物を見せつけてくる。バチロウは野兎と思われる獲物が3羽。クルトは布に包んだ野鳥の卵がいくつか。
「もっと獲れそうだったんだけどさ。昨日狩って保存食にした分もまだ消化しきれてないし、これぐらいでいいかなって」
「ええ、十分だと思います。
ここは本当に自然の恵み豊かな場所だよな。白髪の少年と四本腕の少年が獲物を獲りに森に入ってから大した時間も経っていないのに、この成果とは。魔大陸の環境とは雲泥の差だ。
「じゃあ火の用意もできてるようだし、夕食の準備に取り掛かろうか。皆もいいよね?」
クルトの言葉に全員が同意する。
「おおっと、俺ぁこう見えても料理に関して…」
「まずは兎ヲ解体して肉と内臓に分けマショウ。肉は保存しておいたギムコの実をすり潰して
ガブリンの調理構想、さしずめビジエ肉のピカタともつ煮込みってところか。内容を聞くだけで腹が空いてくるな。しかし、
「新入り。どうかしましたか?」
「いや。わりぃ、なんでもねえ」
…ふむ。毒や睡眠薬を混入するかもしれないし、調理中も気は抜けない。
「でハ、今日の調理はエリスに手伝ってもらいまショウ。あとはテルセナに火の番ト必要に応じて水を用意してほしいのですガ、いかがでショウカ?」
「いいわっ。ルーデウス、美味しいゴハン作ってあげるから!」
「ええ、楽しみにしてますよ。エリス」
上機嫌となった赤毛の少女にそう言葉を返す。ホントにガブリンの手綱捌きは見事だな、見習いたいくらいだ。
「あ、あたしも大丈夫です」
持ち回りとは異なる突発的な配置ではあるが、これで本日の調理担当が決まったか。
「では、あとは念のため周囲の警戒といったところですが…」
「おお、タダ飯喰らいもなんだし俺ぁ目も鼻も…」
「バチロウとルーデウスがコウイキ警戒で、俺がここの守りに着くよ。バチロウなら近づいてくる魔物でも人間でもだいたい察知できるし、ルーデウスも魔…術があるしね」
「ワカッタ」
「僕も異存はありません。
ではクルト、この場はお任せします。問題が生じたら手筈どおりに」
「了解」
クルトの見張りに関しての差配、そして懸念が起きた時の対応確認。
「新入り。何かありますか?」
「いや、なんでもねぇ…」
…ふむ。周囲近辺に潜んでいる様子は今のところはない。だけど狼煙、音、灯りの点滅、なんなら伝書鳩のような動物の使役、遠距離の連絡というのは不可能というワケじゃない。気は引き締めておこう。
・
・
・
ガツ ガツ モグ モグ
バクバク モギュモギュ
焼き料理はしっかりと火が通りつつも、卵に搦めたせいか非常にふっくらとした食感。それでいて肉の旨味と風味が噛むほどにフワッと広がる。すげぇうまい。
煮込み料理は蕩けるようなモツと山菜の舌触りが心地よく、出汁が効いた煮汁も絶品。ちょいと後をひく辛味もクセになりそうだ。めちゃくちゃうまい。
これはイカン。箸が、いやスプーンが止まらないってやつだ。この味なら食い意地の張った神狼だって無言でむさぼり食うだろうな。
「ルーデウス、どう?」
赤毛の少女が俺の顔を覗き込みながら尋ねてくる。
「ぅぼぐ ゴクン。 失礼。
すごく美味しですよ、エリス。ピ…肉の焼き料理も内臓の煮込みも文句ナシです」
「そ、そう? えへへ、ヨシッ!」
俺の返事にニヤニヤと表情を崩し、ガッツポーズをとる赤毛の少女。俺は果報者だな。
「エリスは随分ト上達しまシタ。特に解体と包丁捌きハもう教えルことはありまセンネ」
おっ、料理の師匠からお墨付きが出たか。
「ルーデウスは包丁の扱いハまだまだデスガ、味付けト調理方法の着眼点ハ非常に良いデス」
鳥頭の少年は俺にも高評価をくれる。
「それも師の教えが優れているおかげですよ。ね? エリス」
「そうね。ガブリン、ありがと!」
感謝の言葉を送る俺とエリス。ガブリンは少々照れくさそうだ。
「ガブリン オデ マダ ゴウカク クレナイ オデ ガンバル」
「あ、あたしもこれから勉強します」
元々器用ではないバチロウとパーティに加わったばかりのテルセナが意気込む。
焚火と美味い飯と和やかな会話。もう幾度も経験してきたが、こういう雰囲気は実に旅の野営って感じがして良いよなぁ。
「あ~~、ちょっといいか?」
団らんの最中、唐突に声を上げるサル顔。
「なにかな? 新入りさんの口に合わなかった?」
クルトが率先して答える。彼の人間語も随分とサマになってる、上達が早い。
「いいや、料理はなかなかのモンだと思うぜ、クルトリーダー。
そうじゃなくてガブリンコック長に訊きてぇことがあるんだが、いいか?」
なんだ、そりゃ? このサル顔、随分とヘンな渾名をつけてくる。少し馴れ馴れしいと思わなくもない。
「ハイ、なんでショウカ?」
「この肉、ギムコの実を使って調理したんだろ? この辺りでコイツを手に入れようとしたら、ザントポートあたりで買うか魔大陸から持ち込むしかないと思うんだけどよ。どっちだ?」
サル顔の質問、ガブリンは返答せずに俺とクルトに目線を送ってくる。
…ふむ、このぐらいの情報ならかまわないか。
「僕達は魔大陸から海を渡ってこの大森林に来たので、その時に入手したモノです。それが何か問題でも?」
俺が代表して答える。
「いや、他意はねえんだ。ただリーダーとコック長とバチロウ兄貴は俺と同じ魔族に見えたからよ、それでな」
兄貴て。バチロウはたしかに俺達の中で一番大きな体躯をしているが、新入りよりは絶対に年下だぞ。
それよりもコイツの言葉を信用するのなら、このサル顔もクルト達と同じく魔族、魔大陸出身者なのか。多少毛深いところとお猿顔ってところを除けば、人族とあまり差異は見られない。まあ、ロキシーみたいな例もあるか。
「俺ぁヌカ族っていう、まあ生き残りもほとんどいねぇから聞いたことはねえかもしれないけどよ。リーダー達は魔大陸のどの辺りからここまで来たんだ?」
…ふむ。
「俺達はビエゴヤ地方のリカリスの町からだね」
「はぁ!? リカリスって、そりゃほとんど北の端じゃねーか! マジかよ? それじゃあ魔大陸を縦断したってことか? はあ? どうやりゃガキだけでそんな荒業ができんだよ!?」
クルトの言葉にサル顔が心底驚愕したという表情で答える。これは演技ではなさそうだな。
「どうもなにも僕らは普通に旅をして、魔大陸を渡りましたけど…」
「はぁぁぁ~~。スゲェなお前ら。いや、ほんとに凄ェ。たしかに戦闘はできそうだし、ここまで見ててもサバイバル知識も技術も経験もあるとは思ったけどよぉ。ガキだけで魔大陸を縦断って……凄えんだな、お前ら」
驚き過ぎたのか語彙が貧弱になってる新入り。あと、なんとなく落ち込んでるように見えるのは気のせいだろうか。
「んじゃ、獣族のテルセナ嬢ちゃんは魔大陸を渡った後に一行に加わったって感じか? なんか最近になって一緒に行動し始めたって雰囲気だったしよ」
「えっ、えっと。はい、そうです」
犬耳の少女がビクつきながら答える。テルセナは嬢ちゃん呼びか。
……なんだか会話の流れに意図的なモノを感じる。
「エリスお嬢とルーデウスセンパイは人族だろ? 魔族に獣族に人族って、お前ら随分とバラエティに富んでるよな」
お嬢はまだしも、センパイって何の先輩だよ?
確かに新入りの言う通り俺達は種族を問わない一行だ。傍から見れば特異な集団に映るのかもしれない。
「そういや人族なら種族に由来しない姓を持ってんだろ? お嬢とセンパイのフルネームはなんつー名前なんだ?」
「フフン、エリ」
「姓は特にありません。それが何か?」
ちぃ。コイツ、狙いはコレか?
「いやいや、人族で姓を持ってねえってこたぁないだろ。別にいいじゃねえか名前くらい教えてくれたってよ」
「いいえ、僕とエリスは姓を持っていません」
「…………」
エリスも俺の意図を汲んでくれた、いや、会話を任せてくれたか。
しかし、偽名くらいは考えておくべきだったかもしれない。失敗したな。
俺はこの1年半、魔大陸で目が覚めてから"グレイラッド"の名を一度たりとも名乗ってはいない。姓を名乗らないのは目立ちたくない、悪意のある連中に目をつけられたくないという理由からだ。
この世界は人攫いや誘拐の類が頻繁に横行している。つい最近のドルディアの件もそうだし、魔大陸はそもそも治安がかなり悪かった。そしてエリスは実際過去に誘拐されたことがある。
正直"グレイラッド"だけなら大した問題はない、アスラ王国では比較的多い姓だという話だ。ただ"ボレアス"はマズイ。この名は世界有数国家であるアスラ王国の四大貴族を冠する名称だ。魔大陸も大森林も中央大陸西部にあるアスラ王国とは物理的な距離は離れているが、聞く人が聞けば気づくだろう。そしてそれが良からぬ人間だったのならば……余計なリスクを負うことはできない。
これがアスラ王国近郊や保護してくれる人間か組織が近くに存在しているのならば、逆に"ボレアス"の名前を使ったほうが良かったかもしれないが。
このサル顔、新入り、ギースと名乗った男が"ボレアス"を大貴族や国とのコネクション作りに利用する程度ならばよいが、コイツが悪意のある人間の一人だったとしたら…。野盗の斥候、犯罪組織のスパイ、アスラ王国の敵性国家による諜報員。可能性はいくらでもある。
……仕方がないか、こちらから牽制しておこう。
「ところで新入り、僕からも訊きたいことがあります。僕達が冒険者であることは伝えてあったハズですが、冒険者には余計な詮索や相手を探るような真似はしないという暗黙の了解があるのを知っていますか?」
あくまで冒険者同士の話ではあるが、事実そういった傾向とマナーというものは存在する。
「おう、センパイ。これでも俺ぁ元冒険者だ。ま、正確に言やぁもう長いこと活動はしてねえ絶賛休業中の身ってやつだがよ」
そうなのか? いや、言葉が事実とは限らない。
「では、わかっているでしょう? 新入りの行為は暗黙の了解やマナーに反していると」
「マナーって、センパイは随分お行儀が良いんだな。ああ、別に馬鹿にしてるワケじゃねえ。ただ俺ぁ一緒に旅する間柄として、ちょっとした世間話ってやつを…」
粘るな。もう少し強くでるか。
「続けて質問することになりますが。新入りが僕らに同行してから、エリスかクルトが必ずあなたの近くに待機していたことに気づいていますか?」
「……まあよ、見張られてるってのはわかってるよ。だが俺ぁ何度も言ったが、野盗や盗人ってワケじゃないぜ。実際ケンカは弱えしな」
「その野盗でも盗人でもないという言葉を僕らが信用する根拠がありません。それに腕っぷしがなくとも、やり様はいくらでもあるでしょう? アンタは舌も頭も回るようですし、ね」
先程の会話の誘導もそうだが、実際コイツは頭がキレるタイプなのは確実だ。
「あ~~、そりゃ冒険者として用心深いのは良いことだと思うけどよ、ちっとは肩の力を抜いたって…」
「ちなみに敵対行為や僕らに不利益となる行動が発覚すれば、二人は即座にアンタの片足を斬り落とす手筈となっています」
「…は? 片足を落とすって、お前…」
すでに白髪の剣士はコイツの視界に入らないように背後に回り込んでいる。赤毛のほうは抜刀こそしていないが、微かに腰を浮かせていつでも飛び出せる姿勢だ。
「魔大陸出身というのなら想像は付くんじゃないですか? 僕らがあの危険地帯を渡るにはどうしてきたのかを」
「…………」
「ギース、僕らに
「………………」
悪いな、サル顔。俺の言葉の大半は嘘だ。
本当の手筈は斬り落とすのではなく、叩き折ること。切断してしまうと中級治癒魔術で治せるかどうかは怪しいが、骨折ならば問題なく治療ができる。敵対行動が誤解だった場合でも最悪取り返しがつく。
あと魔大陸を旅していた間、拘束や行動制限を相手に強いる時はだいたい土魔術での石枷という手段をとっていた。まあ突発的な事態に対してはその限りではなかったが。
そして大半ではない、僅かな真実。それは即座に行動に移すということ。大事なのは自分と仲間達の安全だ。即断即行、躊躇いはしない。
「…………ハァ、わかった、わーったよ。これ以上、咎められるような行動はしねえよ」
ふぅ。折れてくれたか。こういった脅しは普段することもないし、なかなかに気疲れするな。
「ったく、おっかねえな。お前ら本当に大した一行だよ。旅の知識と実績だけじゃねえ。今みたいな堂に入った凄みは、とてもガキ共だけの集団とは思えねえぞ?」
「…………」
スマン、それについても虚偽が混ざってる。まあ誰にも、本人である俺にも
「ま、俺も命は惜しいしよ、仲良くやろうや。敵意がないのは本当のことだからよぉ」
「ええ。あなたが食料も野営道具も持っていないということで同行を許可しましたが、その言葉が本物であることを僕も祈ってますよ」
はぁ、これでひと段落ってところか。俺達も進んで血なまぐさいことをやりたいワケじゃないし、周囲の仲間達も安堵の表情をしてるな。
ん? 仲間の顔色を伺ったことで思い出したが…。
俺はつい先程疑問に思ったことをサル顔に問いかける。
「新入り、これこそ他意はないのですが。どうして僕の呼び名は"センパイ"なんですか?」
「ああ、そりゃセンパイは"先生"って呼ばれたくはねえんだろ? だから、まぁ、適切な呼び名もなかったから、思いつきってやつだな」
そんないいかげんな理由なのか。
「一応、他にも候補はあったんだがよぉ。センパイが"センパイ"って呼ばれるのが嫌ならそっちにするけど、どうする?」
「それは?」
「"ご主人様"」
絶対に却下だ。猿顔のオッサンにそんな呼ばれ方されても気持ち悪いだけだ。
ドルディアの集落を発って、大陸中央のミリス神聖国首都ミリシオンに向かう俺達一行。
街道の途中で出会い、唐突にミリシオンまでの同行を申し出てきた奇妙で不審な男、ギース。
はてさて。この旅路、いったいどんなことになるのやら。
オリ食材:ギムコの実、022話にて記載
本話、聖剣街道でのエピソードは1話で完結するつもりだったのですが、長くなったため2話に分けることにしました。後編にあたる次話は文字数も少なく、軽い感じの話になりそうです。
アニメがまたはじまりましたね。エリスの描写、やっぱりカッコイイなぁ。
無職転生のアニメはすごいんだから! ……おかしなテンションでスミマセン。
次回予告 「ぶらり聖剣街道 仲良く道連れの旅」