「い、いやあぁあっぁああぁあああああ」
切り裂くような悲鳴。
虚を突かれた俺達は微動だにできない。
「……殺す」
いち早く動き出した赤毛の狂犬。
幅広の刀身をホルダーから抜き放つ。
「ちょ、待ってくれ。誤解だ、俺ぁ別に悪気があったワケじゃ…」
弁明するサル顔の同行者。
必死に言葉を並べて言い逃れようと足掻く、が
「フンッ」
ザッ ザッ ザッ
まるで聞く気もない様子で、殺気を放ちながら近づいてくる。
これ以上はマズイ。
「エリス、やめてください。今のは新入りに敵意があったようには思えません」
「…………」
「センパイッ!」
俺の言葉に静止する赤毛の少女。
サル顔からは神や仏を拝むような目を向けられる、が
「ただ敵意がなくとも新入りが悪いのは事実なので、剣ではなく拳でお願いします」
「わかったわ!」
「センパイッ?」
はぁ……。言葉にしたとおり、新入りにこちらを害そうとする意図があったようには見えなかった。ただ魔術訓練中は近づくなと言っておいたのに、無視して近寄ったこと自体は奴に非がある。多少過剰ではあるが、
「クルト」
「あぁ、ごめん。俺が不注意だったよ」
謝罪する白髪の少年。いや、彼だけを責めることはできないか。サル顔にはもっと念を押しておくべきだったし、俺も含めた周囲の人間も注意を払えなかった。
「テルセナ、大丈夫ですか?」
「は、はい。ひっぐ、あの、すみません。ぐすっ、あたし、取り乱してしまって…」
未だ涙目ではあるが、犬耳の少女もある程度は落ち着きを取り戻したようだ。
彼女に大事がなくて安堵すべきか、余計な心的負担をかけてしまったことを申し訳なく思うべきか、それとも自分の差配の至らなさを悔やむべきか…、まあ全部だろうな。
全体の警護と警戒役のエリス、同行者の見張りに就いているクルト。二人を除いた俺、バチロウ、ガブリン、テルセナでの魔術指導と訓練。その合間、一息ついている際中に唐突にサル顔は俺達に近づき、そしてテルセナに触れた。
触れたといっても、肩をポンッと叩くような動作だ。サル顔にしてみれば軽いノリでの挨拶や慰労的なモノだったのだろう。新入りは以前から訓練の様子をよく見学していたし、怪しい動きもこれまでなかった。だから俺達もクルトも警戒が薄れていたというのは今となっては言い訳になってしまうが…。
真っ青な顔で涙を流しながら取り乱すテルセナ、突然のことに呆然とする一同。そしてエリスが怒髪天というのが先程の流れだ。
一行に加わったばかりの犬耳の少女テルセナ。わかってはいたが彼女は対人恐怖症、特に異性に対してはそれが顕著だ。接触もしくは至近距離まで接近を許すのはエリスをはじめ俺達だけといった具合。これは今後仲間内でフォローを徹底していかなくてはならない事案だろう。
思い返せば魔大陸ではじめて会った時、彼女は今はいない親友と常に一緒にいた。その後の渡航を含めた逃走中もずっとだ。当時俺は気づけなかったが、彼女の症状はあの頃からだろうし自覚もあったのだと思う。
トラウマ、ストレス障害、PTSD。そういった精神の病を治療できる魔術があればいいのだが、残念ながらこの世界に存在するとは俺は聞いたことがない。
ズルズル ズルズル
「い、痛ぇ……」
顔を腫らしたサル顔が赤毛の少女に引きずられて去ってゆく。奴自身の自業自得な部分もあるが、俺達にも責任がないとはいえない。…あとで治療してやるか。
「不躾者はいなくなったようですが、テルセナはもうしばらく休んでいてください」
「い、いえ。あの、あたしのほうこそ迷惑をかけてごめんなさい。あたし頑張りますからっ。だから指導をお願いします!」
性別こそ違うが、自分と似たような傷をもつ少女。気丈に振舞うその姿は尊敬の念すら覚えるな。
俺はあの時、折れて、立ち直れなかったっていうのに…
・
・
全裸にされて… 不快な視線… 気持ち悪い嘲笑…
……ふぅ。精神を治療できる魔術があるのなら自分自身に使いたいくらいだ。
「ルーデウスさん?」
「なんでもありませんよ。では訓練を続けましょうか」
バシャアァァ
ふむ。発動自体は問題はないし安定していると思う。
「どうですか、バチロウ。体の具合は?」
「ダメ カラダ オモイ ツギ タブン イシキナイ」
俺の質問に四本腕の少年が答える。そうか、やはりダメか。
今の『
かつて読んだ魔術教本には、魔力総量は生まれつき決まっていて変動しないと記載してあった。しかし幼少期の俺は魔術を使えば使った分だけ魔力量が増えたし、緑髪のあの子も同じ感じだった記憶がある。だから魔術教本の理論は信憑性の薄いモノだと考えていた、でもバチロウの魔力総量は増えてはいない。
やはり適齢期や成長期という問題なのかもしれないな。エリスやギレーヌの時も考えたが、魔力量が成長できる年齢は10歳前後までかもしれない。種族によって寿命は異なるからはっきりと断定できる数値ではないかもしれないが。
「バチロウ。魔力量は増えていないかもしれませんが、水魔術は火魔術と並んで冒険や旅をする際に便利に使えるものです。忘れないよう、これからも定期的に訓練は続けましょう」
「ン ワカッタ クンレン ダイジ ヤクタツ」
こういう素直で愚直なまでの真摯さは彼の美徳だな。
「母なル慈愛の女神ヨ、彼の者の傷ヲ塞ぎ、健やかナル体を取り戻さン『エクスヒーリング』」
お、これは……いや、失敗か。でも
「ガブリン、今のは惜しかったように見えましたが」
「エエ。もう少シ、あと僅か、そんな気がしマス」
自らの手を見つめながら、そう呟く鳥頭の少年。発動の手応えを感じているのだろう。
「中級治癒魔術。習得できればガブリンにとっても僕達にとっても、大きな力となるのは確実でしょう。でも」
「ハイ、理解してマス。焦らズ、逸らズ、心と呼吸ヲ落ち着けテ、一度ヲ大切に、デスネ」
過去魔術指導の際に俺が言った言葉を反芻する鳥頭の少年。何でも器用に手早くこなせる彼ではあるが、生徒としても優秀だ。治癒術師としての伸び代はまだまだ有ると思う。ただ攻撃魔術に関しては、習得できる気配も手応えも無いのは相変わらずなようではあるが。
「汝の求める所に大いなる大地の加護あらん、頑強なる盾となり我が前にそびえ立て『
「…………」
犬耳の少女の前には何もそびえ立たない。
う~ん、やっぱりダメか。テルセナはどうにも土魔術が苦手なようだ。
元々風系統と水系統はある程度習得済み。指導をはじめてから十数日で火系統は初級なら一通り扱えるようになった。治癒と解毒は発動には至っていないが、俺から見て習得できる気配があるし、本人もそう感じている。でも土系統に関しては発動のそぶりも気配も予兆もない。
う~~ん、これはアレだろうか。かつて緑髪の子が火魔術の習得に苦労したように、犬耳の少女は土に何か苦手意識を持ってるってことなんだろうか。
……土に苦手意識ってどういうことだ? 全然予測がつかないぞ。
う~~~ん、本人に直接話を聞けば何かわかるかもしれない。でも今は苦手なことに正対させて克服させようとするよりも、得意としてる分野を伸ばすことのほうが正解な気がする。この子の精神衛生上その方が良いだろうし、自信にも繋がるしな。
「今後はしばらく中級の風魔術と水魔術を中心に取り組みましょうか。中後衛からの攻撃と補助。クルト達は元々そういった役割を求めていたようですし、テルセナの適正にも合っているように僕は思います」
「わ、わかりました。頑張ります、ルーデウスせ、さん」
早計であるとは思うが、犬耳の少女の完成形は攻撃寄りのオールラウンダーといったところか。ドルディアである彼女には秘伝魔術もあるし、苦手な系統があったとしても実に将来有望だと感じる。
それに大変な目にあったばかりだというのに、訓練に励む健気な姿勢は芯の強さも伺える。先生呼びが出そうになるところは勘弁してほしいが。
各々が自らの課題に取り組み、俺が監督するという
「イテテ。しっかし、お前ら随分と…おっと、待ってくれ。懲りた、これ以上は近づかねえから安心しろよ。俺ぁここで見てるだけだ」
右手を照準した俺、剣の柄に手をかけたクルトとエリスを見てすぐに無害なことをアピールするサル顔。まあ、これまでのように距離をおいて見学するだけならかまわないか。
「この後は
感心とも呆れとも取れる表情でそう言葉にする新入り。
「この街道は食料の調達も容易ですし野営準備も手間取らないので、普段よりは訓練に注力しているとは思いますが。でも冒険者として生きていくためには、このくらいのことは普通では?」
「そうだね。いつ強い魔物や手練れの襲撃者と遭遇するかわからないんだ。自分たちの力は鍛えておかないと」
俺の言葉にもう一人のリーダーである白髪の少年が同意を示す。
「お、おおぅ。いや、まあ正しいことだとは思うけどな。 ホントにパウロの息子か? 真面目すぎんだろ」
ゴニョゴニョと歯切れも悪く、要領の得ない言葉。何が言いたいんだコイツは?
「はぁ~~。腕のたつ奴、索敵が得意な奴、治療も魔術もそうだ。それでいて全員が狩りや調理みたいな雑事もできるし、頭脳担当が複数いても揉めることもねえし、リーダーシップをちゃんととれる奴もいるし…。おまけに鍛錬と自己研鑽を欠かさないってか。なんつーかガキだけって点を除けば、お前ら至極真っ当な集団って感じだよな」
こちらを持ち上げるような内容だが、どこか諦観と愚痴が含まれた口調だ。過去に苦い経験でもあるんだろうか。ただ、やっぱりコイツが何を言いたいのかはわからない。
このギースと名乗った不審者が俺達に同行してから半月が経過している。当初は斥候、スパイといった襲撃への手引き役というものを警戒していたが、そういった様子はこれまでのところまるでない。
では何が狙いだ? 直接的にも間接的にもこちらに危害を加えるような動きはないし、コイツは基本的に俺達の言うことには従う。怪しい要素っていうと、うーん。
いや、一つ確かなことがある。サル顔は積極的に俺達とコミュニケーションを取ろうとしてくることだ。先日も…
「あ~、こりゃ七大列強ってやつだな」
「「七大列強?」」
「この世で最も強いとされる七人の戦士のことさ」
街道途中で見かけた石碑。物知りであるガブリンも地元出身であるテルセナも知らなかったようだが、サル顔は石碑と七大列強とやらについて饒舌に解説していた。
新入り自身も様々な地域に足を運んだ経験があるようで、質問すれば何でも快く答えてくれる。一行のちょっとしたツアーガイド役って感じだ。
「はぁ? お前らCランクなのかよ。もうちょいありそうなモンだけどな、ホントかよ?」
「そうよ、文句ある?」
「エリス、そこは噛みつかなくても。それにエリス達は申請してないだけで…」
元冒険者、いや休業中の冒険者だったか。クルトとエリスと一緒に冒険者稼業についてや経験してきたことを語り合ったりもしていた。
「っつー感じでよ、下茹ででもいいけど事前に塩で揉み込むのも悪くないぜ。臭みもとれるし肉も柔らかくなるしよ」
「そうデスネ、手法として優れているト思いマス。ただワタシ達は水は確保できマスが塩となるト大量には…」
「まあよ。旅してるってなると、限られた食材と調味料でやらなきゃならねえのは辛いところなんだよな。ま、普通は水だって限られてるはずなんだが、お前らはなあ」
ガブリンと食材や調理方法について、熱く議論を交わしていたりもしていた。
「5歳と10歳と15歳の誕生日に祝うっていうのがあるわ」
「かぁ~、いいよな人族って。そんなふうに祝ってもらってよ。俺の種族じゃ誕生日って概念がそもそもありゃしねえし。嬢ちゃんのトコはどうなんだ?」
「あ、あたしの村だと毎年誕生祭っていうのがあって…」
エリスも交えてではあるが、テルセナとも種族の文化について会話が弾んでいたな。
「ココ イイ ミドリ タクサン」
「ああ、わかるぜ。魔大陸ってヤツは木も草もほとんどありゃしねえ。ここらの景色とはまるで違うよな」
「コトリ モ イル タノシイ」
「あぁ~。兄貴、言いにくいんだが。さっきコック長に聞いたんだけどよ、今日の晩メシは小鳥の串焼きって…」
口下手なバチロウとも上手くやりとりしていた。
思い返すと、気が良くて、おしゃべりで、お節介で、物怖じしない、ただのお調子者のオッサンって気がしてくるな。同行初日に強めに脅したのは少々やり過ぎたかもしれない。油断するつもりも警戒を解くつもりもないが、もう少し柔和な姿勢で対応してみるか。
ただ、もし何かの意図があって俺達に近づいてきたとしたら…、未だコイツの目的が見えていない。
・
バシャ
「っし、これで5匹目だ。全員に1匹ずつ行き渡らせるにはあと2匹だぜ」
「「おおっ」」
サル顔が竿を引くと、その先に中ぶりの川魚が姿を現す。見事なモノだな、俺もクルトも思わず感激の声が漏れる。
「これが前にルーデウスが言ってたツリってやつなんだね。こんな短時間でこれだけ獲れるだなんて凄いな」
「いえ、クルト。普通はこれほどポンポンと釣果が上がるワケではないですよ。それに渓流釣りは海釣りよりも難易度が高いハズなんですが」
少々興奮しているせいか、思わず生前の知識を口に出してしまう。あくまで知識であって経験ではないが。……口に出したことも誤魔化せる範囲か、問題はないだろう。
「言ったろ? 俺ぁ何でもできる男よ、戦うこと以外はな」
得意気にそう言う新入り。実際大したモノだと思う、猿似のドヤ顔は少々ウザく感じるけれども。
サル顔が同行をはじめて一か月近く、最近はこうして野営の準備を手伝ってもらっている。調理や夜間の見張りのような致命的に成り得ることは別だが、薪拾いや今回のような食料調達なんかは本人の希望と言葉のとおり積極的に手を貸してもらっているという状況だ。まあ、見張りは相変わらず付けているが。
「しかし、このペースではガブリンは釣りに参加も見学もできないかもしれませんね」
「おお、たしかにコック長にとっては残念かもしれねえな。今日は特に調子がいいみたいだし、っよ。おっし、これで6匹目」
言ってる傍からかよ。コイツ実は正体が灰色の属性盛り野郎とかないよな。
大森林を抜けるまであと僅か、青竜山脈に近づいたことで渓流や小さな滝壺のような場所が街道脇に散見されるようになった。せっかくだからと本日の食料調達は川魚にしようということになり、加えて女性陣の要望もあって水浴びも同時進行だ。
今の割当ては俺とクルトとサル顔が食料調達、バチロウとガブリンは周囲の警戒索敵、女性陣が水浴びといった感じだ。
この後の割当てでサル顔、ガブリン、見張り役のエリスが食料調達担当となっていたが…
「明日か明後日には大森林を抜けられそうですし、山脈麓の宿場町を越えても2、3日で谷を通過できるという話ですから。残っている保存食を考えると、これ以上食料を確保しても無駄になってしまうかもしれませんね」
「う~ん、それなら新入りさん。今、俺達にツリを教えてよ。ガブリン達には後で伝えるからさ」
今回の食料調達は見張り役のクルトはまだしも、俺も釣りには参加していない。新入りが一人でテキパキと釣り竿を作って一人でガンガンと釣り上げていたため、何もせず見学しているだけで終わってしまいそうなのが実情だ。
「あ~、二人とも見てたと思うけどよ、道具を作るのはそんなに難しくないぜ。木の枝と糸と金属の針がありゃいい。リーダーならすぐ作れんだろ。ただ、実技を教えることは無理だけどな」
「? なぜですか?」
「もう終わりだからだよ、っと。ほい、7匹目だ」
凄すぎだろ、言葉がでねえ。
焚火や屋外での調理もそうだが、見ているだけでも釣りも結構楽しいな。正直、俺は釣果が全然上がらないようなら、魔術を使って川水ごと魚を打ち上げようかと考えていた。風流も雰囲気もまるでないけれども。
こういったアウトドアは生前もほとんど経験もないし、いや、たしか小さい頃に少しだけやったことがあったような…
「ほいよ、グレイラッドセンパイ。獲物まとめておいたぜ」
「ありがとうございます、新入り。これで今日の…」
え?
思考が止まる。しかし、すぐさま予見眼を開き、右手を不審者に照準する。
「っ!?」
俺の動きを見てクルトも抜刀し、奴を見据える。
「おっと、俺ぁ敵意があって言ったワケじゃないぜ。わかるだろ、ルーデウス・グレイラッドセンパイならよ」
コイツ、どうやって知った? はじめから知っていたのか? グレイラッドだけか? ボレアスは? 疑問が次々と浮かぶが…。
「たしかにあなたが敵になる可能性は低いでしょう。僕らを害するつもりなら、ここでそれを言う必要はありませんから」
加えるなら此処まで来れば言う意味もないし、襲撃の可能性は限りなく低いってことだ。今いる現在地は青竜山脈間近、麓の宿場町まで目と鼻の距離。
此処で襲撃する? いや、逃げ場があるこんな位置よりもっと前、人里から離れた場所で襲ったほうが襲う側にとって都合が良いに決まっている。
宿場町で拉致しよう動いてくるか? 曲がりなりにもこちらは冒険者だ。それに町中なら警備警邏の人間がいるハズ。わざわざリスクの高い方法をとるとも考えづらい。
青竜山脈で仕掛ける気か? それもないだろう。山脈は聖剣街道が続いており、一直線の谷になっているという話だ。遮蔽物の無い直線の空間、魔術の恰好の餌食になるのは目に見えている。
「ふーん、センパイは否定しないんだな」
「…何をでしょう?」
「"グレイラッド"って姓にだよ。センパイとエリスのお嬢が親戚ってことは聞いてたからよ、それならお嬢と同じかと思ってな。ちょいとした引っ掛けってやつだ」
カマかけ? ちぃ、癪なことを。しかし、ギースの口ぶりからするとエリスから情報が漏れたのか? 彼女だってそれほど迂闊に口にするとは思えないが。いや、ボレアスの名は出てきていないし、どういうことだ?
「わけわかんねえって顔だな。いいぜ、冒険者の先達としてセンパイとリーダーに指導してやらぁ。タネばらしと回答も含めてな」
「…………」「…………」
俺もクルトも黙って耳を傾ける。
「二人ともパーティのトップとしてよくやってるとは思うけどよ、ワキが甘いぜ。
まずリーダーからだがよ、お嬢が人前で冒険者カードを見せたのは失敗だったと思うぜ。センパイとお嬢が公開したくない情報があるっつーのはわかってたんだろうし、同席してんなら手を掴んででも止めなきゃよ。ま、チラッと一瞬しか見えなかったから全部読み取れたわけじゃねえけどな」
「あの時に…」
ギースの言葉に白髪の少年が絞り出すように声を上げる。
そういえば以前この男はクルトとエリスを交えて、冒険者稼業についてあれこれと話していたな。おそらくその時にそういった一連のやりとりがあったんだろう。それとコイツの言葉を信用するのなら、ボレアスの名前までは読み取れなかったってことか。
「お次はセンパイだ。さっきの引っ掛けもそうだけどよ、名前を隠したいんなら冒険者カードやら他のことにも気を配らねえとな。あと突発的な事態も苦手だよな、ちょっと顔に出過ぎるから感情も考えも読みやすいぜ」
「なるほど、勉強になりますよ」
注意が足りないこと、瞬間の反応と判断が悪いこと、自覚はあるな。事前にわかっていれば心構えなり、予見眼を開くなり対応はできるんだが。
「んで、お待ちかねの今になって今回みたいな行動にでた理由だがよ。意地ってやつだな」
「……は?」「……えぇ?」
俺もクルトも間抜けな声がでる。
「だってよ、悔しいじゃねえか。とっくに解散しちまったけどよ、俺ぁ前のパーティじゃあシーフをやってたんだ。斥候、索敵、マッパー、調理、交渉、差配、調整、釣りや採取みたいな食料調達だってそうだ。俺ぁ何でもやってきたし、やれることならそこらの奴らに負けてるつもりはねえ。
でもよ、お前らはそういったことが一通りできた上で、俺にはできねえ戦うことだってできるだろ? おまけにどっちも練習とか訓練とかも欠かさねえしよ。どんだけ真面目で真っ当でまともだって話だよな。
だから、まぁ、ハシっこいつーか、狡いっつーか、搦め手とか目敏い分野じゃお前らに負けてねえっていうチンケなプライドがそうさせったって感じだな」
ギースの心情吐露。
わかる、分かる気がする。でも、それは違う。
俺は一人で何でもできるワケじゃない。それはこの旅で十分思い知らされた。生きていられることも、前に進めることも、心を保っていられることも、周りに助けられながらギリギリ成立させてるだけだ。
でもきっとギースの目にはそう写っていない。あの頃の俺のように、周り全部がやたらと輝いて見えて、自分が劣っているんじゃないかと暗く沈んで。それらを覆い隠すために、さらに自分の考えと殻に閉じこもってしまう。その結果が今回の行動ってことか。
この男にかける言葉が見つからない。あの時の俺に兄の言葉が届かなかったように、今の俺ではギースに何を言っても届くことはない気がする。
「ま、俺のケチなこだわりとちっせえ意地ってやつだ。センパイもリーダーも気にすんなよ」
俺は何の因果か、たまたま生まれ変わりという違う視点を持つことができた。
……いつかこの男に言葉を届けられる時がくるんだろうか。
・
見ていただけだったが和気藹々と楽しんだアウトドア。それがいつの間にか何とも言えない空気となっている。獲物をまとめ、道具を片付け終えた時、不意にギースが俺達に語りかけてくる。
「あ~、二人とも。雰囲気ダメにしちまって悪かったな。その詫びってことで二人に提案があるんだがよ」
ん? なんだ?
「食料も無事調達できたしよ、俺達には自由に動ける時間ってやつがあるよな?」
「ええ、時間はあると思います」
新入りの言う通り、必要な分の獲物はごく短時間で確保できたからな。次の担当割当までは特にするべきこともないし。
「俺ぁマッパーでルート選定者でもある。マッピングやルート選定っていうのは迷宮攻略だけじゃないんだぜ。秘境や地理的難所だって対象だ」
んん? なにが言いたいんだ?
「俺の見立てだと、あそこにある崖はちょいと傾斜はあるが登れないってことはねえ。そっから続く段差はうまいこと側面に回り込めるように続いてる。その後はさっき見た限りじゃあ藪の中を伏せて進むことになりそうだが…」
おい、まさか。
「なあに、滝壺なら水の匂いで嗅覚は効かねえ。物音だって誤魔化してくれる。手練れの剣士っつても、こっちだって殺気を出すわけじゃねえし。気づかれることはねえさ」
おい、コイツ、まさか。
「見たくはねえか?
この男、なんて提案をしてきやがる!
「やっぱりよぉ、冒険者ならロマンを追い求めてこそじゃねえかと俺ぁ思うぜ。理想郷をその目で確かめてみてえって心情は二人ならわかるだろ?」
「た、たしかに理解できる話ではありますね」
「ルーデウス!?」
その凶悪な悪魔の囁きに俺は全く抗うことができない。
「センパイは話がわかるよな。リーダーはどうなんだよ、興味がないってことはないだろ?」
「それはないわけじゃ…。違う! 新入りさん、俺達の仲間は…」
「あ~、わかってるよ。嬢ちゃんの事情は俺だって痛い目にあったし、だいたい察してる。でもよ、考えてもみろよ。俺達ぁ見るだけだ。別に触れるわけでも、傍まで近づくわけでもねえ。問題はないんじゃねえか?」
「そ、それはそう…。いや、そうじゃなくってさ」
その善良な天使の呟きに白髪の少年も陥落寸前といったところか。新入りの戯言は実際には問題しかないワケだが。
「無理は体によくないぜ、リーダーさんよ。正直になってラクになっちまえよぉ」
「いや、でもさ…」
おい、サル顔。早くその白髪の助兵衛を説得しろよ。
「俺達3人で絆を深め合う、素晴らしいことだとは思わねえか?」
「そ、それは…。だけどさ…」
ちぃ、粘るな。手を貸すか? 俺はさっさとこの白髪のむっつりを墜として、俺達3人で理想郷を追い求める旅に出かけたいんだが。
ん? 俺達3人で?
「俺ぁパーティメンバーの身体的特徴を把握しとくのもトップとしてひつ ぅごぉ!?」
サル顔に近づき、右手で首根っこを掴む。
「セ、センパイ?」
「理想郷を求めて絆を深める、素晴らしい提案ですね」
「お、おう。センパイもそう思うだろ。ならなんでそんな顔してるんだ?」
「ほう、僕は感情が顔に出るそうですが。新入りから見て、今の僕はどう見えているんですか?」
「透きとおるような笑顔なのに、目が全く笑ってねえよ!」
そうか、腹に据えかねると俺はそんな表情になるのか。
「3人で理想郷に辿りつく。つまり僕以外の誰かも黄金郷を目撃するということでしょう?」
「ああ、そうだけどよ。でも裸見るくらいなら別に…」
「このまま魔術を放ちましょうか? 新入り」
「い、いや、待てってセンパイ。俺ぁお触りしようだとか、手を出そうとかじゃなくてだな…」
「僕に
「………………」
俺も男だ。人並に下心はあるし、少しだけヘンタイなのも自覚してる。しかし男であるからこそ、俺以外の人間がエリスの裸体を見るなんて到底許せる行為じゃないんだぜ。
「ハァ、わかった、わーったよ。これ以上、言わねえし行動もしねえよ」
ふん、諦めたか。だけどちょっと反省の色が見えないな。ミリシオンまで残り僅かではあるが、今後悪巧みをしないようにお仕置きが必要かな。
俺はサル顔の首根っこを掴んでいた右手を離し、同時に左手でヤツの脇腹に触れて使っておく。
「ったく、おっかねえな。 ホントにパウロの息子かよ? 真面目すぎんだろ。いや、ゼニスに似たのか?」
「ルーデウス、信じてたよ!」
急に元気になったな、この白髪の迷い人。
「あ~ぁ、お嬢のほうがベッタベタかと思ったがよ、センパイだって大概じゃねえか」
……ふむ。
「ええ、否定はしませんよ。
ところで新入りは敵意はなくとも悪意はあったようなので、しばらく苦しんでください」
「あぁん? なにを… ウオオエェェ」
ふむ。こういった感じなら使い道はあるか、開発した新たな魔術『
その後、一応ギースには治癒魔術を施し担当割当が交代となった。
周囲の警戒索敵、水浴び、新入りがほぼ全部調達した川魚の調理、そして焚火と夕食。
微妙に距離をとりながらも、ニヤニヤと気持ち悪い笑顔でこちらを伺うギース。
赤い顔でやたらとキラキラとした目で俺と赤毛の少女を見守るテルセナ。
頬と耳を朱に染めながら、妙にモジモジとしおらしくもいじらしい普段と様子の異なるエリス。
くそっ、チクったなサル顔。さっきの仕返しってことかよ!
・
ドルディアの集落から出発して1ヵ月。同行者を得て1ヵ月弱。大森林を抜けて青竜山脈麓の宿場町に到着した。
宿場町は小さいという規模ではなかったが冒険者ギルドはなく、俺達は冒険者として依頼を受けることも犬耳の少女の登録をすることもなかった。
宿場町を発ち、青竜山脈へと入っていく。ここは馬車二台がすれ違える程度の広さ、それが山を真っ二つに割っている谷底の道だ。
山脈は3日で抜けた。変わらず警戒はしていたが、特に問題は起きなかった。
聖剣街道の終わり。
ミリス神聖国首都ミリシオンを見下ろせる場所まで、俺達はついに辿り着いた。そして、
バチロウとテルセナが異常を感知した。
軽い感じの投稿話になるはずが、色んな話やセルフパロを盛り込んでいたらそれなりの文字数になってしまいました。
ギースのタネばらしの際のセリフは嘘が含まれてます。当然彼ははじめから全部知っていますし、ボレアス云々も理解した上でのセリフとなっています。このあたりは今後の投稿話で少々触れることになるかと思います。
小文字表示をはじめて使いました。これ便利ですね。
ああ、アニメはエリスのパートが終わってしまいました。いや、まだ他にもシーンはあるし、あの名場面がいずれくるはず。
ウソじゃないわ、無職転生のアニメは生半可じゃないもの! 最近おかしなテンションですみません。
次回予告 「人助けとミリシオン」