バキィ
「ぐっ」
防いだ腕に激痛が走る、思わず声が出る。
くそっ、こんな奴らにやられるなんて。
相手の数は多い。でも数だけだ、所詮は最下級の魔物。
距離さえとれば、魔術さえ使えれば僕が負けるはずないんだ。
「苛烈なる炎の精霊にして地獄に轟く黒の落とし子よ、今こそ大地に這い上がり…」
後退しながら詠唱を始める、けど。
魔物が追ってこない? 詠唱もすぐに終わる、お前達の命は残り僅かな時間だ。でも、薄気味悪い下品な笑みを向けるだけで立ち止まっているのは、どういうことなんだ?
構うもんか、このまま魔術で焼き尽くし
ドガァ
「ぐあっ」
後ろ!? しまった、隠れていた奴がいたのか?
背中に走った痛みと衝撃で思わず倒れ込む。痛い、苦しい、呼吸ができない。でも早く立ち上がらないと。しかし、すぐに奴らが駆け寄ってくる。数だけは多い醜悪な魔物が群がってくる。
「ギィイアア」
「ガャァア」
服を掴まれ、髪を引っ張られ、体が押し潰される。
まて、まってくれ。
バキィ ドカァ ボグゥ
全身の痛み。必死に足掻くも多数に押さえつけられた体は碌に動かすこともできない。
嘘だ、こんなのは…
「か、神なる力は…」
ドカァ ガツッ ベキィ バキィ
絶え間なく、容赦なく振るわれる暴力。
詠唱ができない、抵抗も意味を成さない。痛みを通り越して感覚がなくなってきた。
こんなはずじゃなかったのに。
冒険者。時折帰省した孤児院出身の先輩から聞いた、その冒険譚と活躍談。僕の将来への道は決まっているし、僕自身も異論はない。でも幼い頃から話に聞いていた、その冒険者活動を一度やってみたかった。僕にはそれができる実力が十分あるはずなんだ。
ゴブリン討伐。暴行の手を休めることはない、この醜い化け物なんか簡単に討ち取れると思っていた。はじめはよかった。平原では発見できなかったゴブリンを、森の中で運良く見つけることができた。上級魔術で視界に入る魔物の半分は燃やすことができた。でもコイツらは森の奥からどんどん湧いてきた、見えていなかった奴らの仲間が集まってきた。それからは…。
薄暗くボヤける視界に、目の前の化け物が大きな石を振りかざしているのが見える。コイツはすぐに僕に向かってソレを振り下ろすだろうな。
僕は こんなところで おわ る の か
バシュ
「ギィァ?」
あ なん だ…? 目の前のゴブリンの肘から先、持っていた石ごと消失している。
吹き飛んだ?
「シィィ!」
ズパッ
次はゴブリンの首から先がなくなる。血が吹き出す。
斬り飛ばされた?
「やぁっ!」
ザグッ
四肢を押さえつけられていた力が緩む。
誰かが魔物と戦っている?
「エリスとクルトはそのまま周囲の魔物を減らしてください。ガブリンは子供の治療を、新入りは他の魔物が寄ってこないか周囲警戒。バチロウは僕らの
・
キイイィィィン
よし、氷漬けだ。これで周辺の魔物は全て片づけたハズだ。
「ルーデウス、こちらに来てくだサイ。ワタシではこの少年ヲ全快にハできまセン」
戦闘終了後、ガブリンに呼ばれる。子供が魔物に襲われていたので助けに入ったが、初級治癒魔術では治療しきれない重症なのか。
「ルーデウス」
子供の治療のために近寄った俺に、鳥頭の少年は訴えるような目で
なんだ…? ああ、そういうことか。傷付いた子供の様子を見るに、中級治癒が必要なのも間違ってはいない。目利きも確かだし、同時に優しくて気遣いができるあたりはさすがガブリンだな。
「テルセナ! 僕はこの少年の治療にあたりますので、所々で炎上している草木の消化活動を頼めますか?」
「わ、わかりました」
「エリスは彼女の護衛をお願いします」
「……わかったわ。 クルト! バチロウ! そっちの護衛お願い」
「了解」「ワカッタ」
人払いはこれでいいだろう。まずは初級治癒では癒しきれない箇所への中級治癒だな。
俺はすぐに詠唱を開始し、少年に治癒魔術を施す。見ただけでの判断ではあるが、片目眼底と頬骨の陥没、肘あたりの開放骨折、脇腹の内出血。よし、すべてキレイに治療できた。
「君、大丈夫ですか? 怪我は癒えたと思いますが、気分が悪いとかはないですか?」
「あ、ああ。助かったよ、ありが…… っ!」
治療を施したダークブラウン髪の少年が、上体を起こして礼を言おうとしたところで気づいたのだろう。慌てて下半身を隠そうとするが…。冒険者でもなんでも命の危険に直面するような経験がある者から見れば、決して気にする必要はないことだと思うのだけれども。まあ、この少年は荒事に慣れてるようには見えないし、こういった反応になるのも自然かもしれないな。
「『
バシャアァァァァ
「わ、わぷっ」
「落ち着いてください。傷は治療できましたが、君は血や泥で汚れてるので
バシャアァァァァ
念のため、もう一度魔術を使う。よし、これだけ全身水浸しになれば先程まであった下半身の染みも有耶無耶になったろう。あとで服を乾かす必要はあるが。
「…………う、ぐずっ、うぅぅ」
気を使ったことが仇となったか、それとも別の想いか。今度は助けた少年が啜り泣く。う~ん、どうしたものか。
「おい、黒茶毛の坊主。気にするこたねえぜ。おめえ死体を見たことあるか? 死体ってのは人間の穴っつー穴から体液がダダ洩れになるんだぜ。だからよ、死にかけるくらいボッコボコにされればそんくらいは人としての当たり前の生理現象ってやつさ。なあ、センパイ?」
サル顔め、俺に振るか。まあいいけど。
「はい。僕も冒険者活動…ではありませんが、以前剣術を習っていたので手合せやら激しい打ち込み実践やらで似たような経験はありますね」
「そうなの? ルーデウス」
白髪の少年が反応する。クルトか…。ガブリンあたりなら理解しての発言だと思うが、彼だと素なのか話に乗っかっているのか判断ができないな。まあ俺の応対は変わらないが。
「ええ。剣術を習っていたのがエリスの、仲間の女の子の家だったので、隠すのが大変でしたよ」
俺がおどけた調子で発言すると、周囲から笑い起こる。
「…………ふふ」
助けた少年からも控えめな笑みがこぼれる。うん、こんなことで少年の心の傷や恥とはなってほしくないし、少々道化を演じるぐらいかまわないさ。
……ただ念のために言っておくと、洩れ流したことはない。ちょっとだけ漏れたことが何度かあるだけだ。
少年が立ち上がる。
「ん、ん゙。僕の名前はクリフ・グリモル。危ないところを助けてくれて感謝するよ、ありがとう」
呂律もしっかり回っているし体は大丈夫そうだな。背格好からして俺より少し年下だろうか?
「あっ! あとさっき泣いたのは、いや泣いてないけど。涙が流れたのは、その、だけじゃなくて、自分の不甲斐なさというか、思い上がりを思い知らされたっていうか…。そういうことだからさ、勘違いしないでくれよ」
ツンデレの才能に溢れた奴だな。でも根は真面目で悪い奴ではなさそうだ。
「クルト、僕らも自己紹介をしましょうか」
「そうだね。でもその前にテルセナ達を呼び戻そう」
消化活動にあたっていたエリスとテルセナを呼び戻す。火は概ね鎮火できているな。
「じゃあ、改めて。俺達は『トクラブ村愚連隊』と『デッドエンド』っていう冒険者パーティなんだ。俺がクルト…」
「ナニカ イル!」
白髪の少年の言葉を、索敵に優れた四本腕の少年の警告が遮る。
同時にこの場にいる1名を除いた全員が身構える。
「え? えっ?」
クリフと名乗った少年は戸惑っているようだが、他の人間はバチロウの視線の先に集中している。
「スコシ トオイ キンゾク ブツカルオト」
金属がぶつかる音…剣戟音? 戦闘が起きているのか?
「テルセナは何か嗅ぎ取れるかい?」
「い、いえ、ここは魔物の血と焼け跡のニオイが強くってあたしには…。向こうは風上なのに、すみません」
ふむ。犬耳の少女が仲間に加わってから、彼女の索敵能力の高さはこれまでに幾度か見せてもらったが…。嗅覚による感知は条件が整えばバチロウ並みの索敵距離を誇るが、逆に状況が悪ければ極近距離にしか働かないみたいだな。いや、それでも俺達よりよっぽど察知はできるのだけれど。
そして、この森の中では木々が邪魔で俺の左目"千里眼"も上手く活用できない。バチロウが感知した戦闘音というのが、どういう状況なのか読み取れないか。
「ヒメイ ナキゴエ? キコエル コドモノ」
ダッ ダダッ
目を合わせることもなく俺達は走り出す。テルセナと新入りは1歩遅れたが、それでもしっかりと付いてくる。
っと、一声かけておかないと。
「クリフ、君! 君はどこかに隠れるか避難していてくださいっ」
走りながら後方に向かって叫ぶ。一人立ち止まっている少年は呆気にとられているようだが、ちゃんと伝わったと思いたい。
・
森の中を7人で駆ける。
「お前らホント大概だよなあ。ハァ、ハァ、どんだけお人好しなんだって話だぜ!? 馬と馬車を放置してまでよぉ」
ギースが走りながら声をかけてくる。彼の言葉は尤もだとは思うが仕方ない。俺の仲間はそういうヤツばかりだからな。
それに向かう先では子供が巻き込まれているのは確実だ。状況は不明だが、もしこれが人攫いや誘拐の類だとしたら俺達の一行に許せる人間はいない。つい最近の苦い記憶ってやつがあるし、元被害者だっている。
…先程の俺より年下と思われる少年、去り際に示唆しておいたが少し心配だな。
魔術師風のローブと転がっていた杖、燃えた痕跡を考えると彼も冒険者だったのだろうか?
「新入り! 新入りは戻って、先程の少年を保護してくれませんか?」
「あぁん? センパイ、そりゃどういう…」
「時間がなかったので魔物の死骸を焼却できませんでした。あの魔物と捕食関係にある別の魔物が血の匂いを嗅ぎつけて寄ってこないとも限りません。はぁ、はぁ。それにこのあたりの治安はわかりませんが、子供が一人では犯罪者から狙わねかねません」
「…ありえねえ話じゃねえか。わーったよ、それじゃ俺ぁあのガキ連れて馬車まで引くぜ? ゼェ、ゼェ。元から、戦闘じゃあ、役に立てそうにねえし、よ」
「ええ、お願いします」
駆けながらの苦しい会話の中で、俺の提案を新入りが承諾する。
「ただよ…」
ん?
「センパイらも無理すんなよ。危ねえと思ったら、ちゃんと引けよ?」
「ええ、はぁ、はぁ。わかりました」
それを最後に新入りの足が止まる。先程の場所に戻るために反転して歩き出す。
ギース。俺達に接触してきた目的は未だ明らかになっていないが、それでも同行した1か月でこちらを害する意志がないのはわかった。信用、とまでは言わないが子供と馬車を任せられるぐらいには付き合いを深めつつある。
「アト スコシ スグ ツク」
バチロウの説明、それに周りの木々がきれる? 戦闘は森を抜けたこの先か。
・
森を抜ける。
視界に写るのは横転した馬車と、生死不明の倒れた騎士風の人間が数人。その奥には身なりの良い少女と黒ずくめの男達が5人。
そして状況は、今まさに黒ずくめが手にした短刀で少女を手にかけようとしているのか!?
ダッ
エリスとクルトが飛び出す。俺を含めた他の仲間も全力で駆け出す。
作戦も何もない、仲間に声をかける時間すらない。
黒ずくめ達もとっくに俺達に気づいている。しかし、足りない。注意を完全にこちらに向けさせないと。
奴らと少女との距離が近すぎる。射線も被る。それなら、
「『
両手を使って殺傷力の低い水魔術を、奴らの手前と奥にいる二人に向かってそれぞれ放つ。
バシャ ザパッ
手前の黒ずくめは余裕を持って躱し、奥の奴は水弾自体を真っ二つに斬り落とす。
恰好から見て取れたが、ただのゴロツキや野盗じゃない。しかし、これで奴らの注意はこちらに向いた。
ダダッ
そして、俺の牽制の間に既にエリスが肉薄している。彼女の足は俺達の中でも群を抜いて
「子供をっ!」
簡潔で最短の指示、彼女なら伝わるハズだ。
赤毛の剣士が奴らと接敵。一人、二人三人、流れるような身のこなしで奴らの短刀を躱して進むが、4人目に捕まる。
ザシュ
瞬間、彼女の後方から飛来した石の短剣が4人目の肩口に刺さる。エリスはそのまま黒ずくめを拳で押しのけて5人目、少女の目の前まで迫る。すぐさま上段からの斬り下ろし。
ブンッ
いつもより大振りに見える斬撃を5人目は簡単に横へと躱すが、少女と距離ができた。
「『
少女には当てず、相手だけを多数標的とした巨大な水流弾。
ザッバァァア
ちっ、一人も巻き込めないか。負傷したヤツも含めて黒ずくめ達は全員、俺の水魔術から逃れている。
ダダッ ダダダッ
ただ魔術を避けるために大きく飛び退いたが故に、さらに少女との距離が開く。その空間にクルトが割り込み、俺達も続く。
これで位置関係は完全に入れ替わった。俺達の背には救出対象の少女、そして対峙する黒ずくめ達という配置。
ふぅ。ひとまず保護対象の窮地は脱したが、ここからどう動くべきか。
「…………何者だ?」
黒ずくめの一人が問いかけてくる、が。
「……子供を襲う輩に憤りを感じる者の集まりですよ」
さすがにバカ正直に答えるワケがない。コイツらだってこちらが訊ねても、正体や襲う理由を懇切丁寧に答えてくれるワケではないだろう。
ジャキ
黒ずくめの男達が武器を握り直す。戦闘は避けられない、か。
手練れ。統率のとれた動き。暗色で統一された軽戦士、いや暗殺者のごとき装備。
気は抜けない。
・
キィン ギイィン
黒ずくめ二人の攻撃を赤毛の剣士が幅広の刀身で逸らし、受け流す。
ガァイン
軽快な足捌きから反転。三人目の攻撃を防ぎ、そのまま強く弾く。
「『
バシャァァ
弾かれ数歩後退した黒ずくめに魔術を放つが当たらない。
くそっ、今のタイミングでも避けるのか。
眼前に広がる戦闘、現状は分が悪い。
保護対象である少女の護衛についた最後尾のガブリン、その前方でサポートを試みる俺とテルセナ。さらにその前方では前衛のクルトとバチロウが
ただし前衛組と黒ずくめ達の足が止まらない。位置関係が常に変動し、攻撃と防御は目まぐるしく入れ替わる。
乱戦。魔術師にとって最もやり難い状況だ。
魔眼"予見眼"で1秒先を読み取ろうとしても、この乱戦状態では絶えず未来が分岐する可能性があるのかブレが多い。それでも何とかタイミングを見計らって魔術を放つが、奴らは近接戦闘をこなしながらでも対処してくる。俺が味方への誤射を恐れて、殺傷力が低く飛翔速度も落とした魔術しか使えていないというのも要因ではあるが。
この状況、おそらく黒ずくめ達の思惑に乗ってしまっている。
奴らは複数でこちらの前衛を挟むように動き回りながらも、俺とテルセナが魔術を放てないように味方を射線に被せるような巧みな位置取りを行う。それでも俺は無詠唱魔術と魔眼で多少は援護を試みることができるが、テルセナは先程からほとんど魔術を使えていない。
そして、この持久戦は既に奴らのほうに天秤が傾きつつある。エリスとクルトは未だ無傷ではあるが、バチロウは先程から負傷が増えている。今はまだ致命傷や深手ではないようだが、小さな手傷であっても血と体力は徐々に失われる。時間の経過は奴らに有利に働く。
奴らもそれがわかっているから、俺達後衛に無理に仕掛けてこない。現状の戦況を維持して、こちらの前衛を確実に削り取るつもりだ。
「ルーデウス、ワタシも前に出ましょうカ?」
背後からガブリンの声。彼も状況を理解しているからこその提案だと思うが、
「いえ、やめてください」
即座に却下。黒ずくめ達の力量、目の前の攻防の様子。後衛組の誰が前に出てもエリス達の足を引っ張るだけだ。
とはいえ、今のままではマズイことは変わらない。
現状を打開するにはどうするか。考えろ、頭を使え。
状況を変える… 足を止められれば… しかし、この乱戦… 動きを止めるには… 効果範囲と射角… 狙わせるには…… 餌が必要だ。
「テルセナ」
横に立つ犬耳の少女の名を呼ぶ。そして考えた作戦を伝える。
「できますか?」
「は、はい。わかりました」
作戦手順はそれほど複雑ではない。彼女の役割もシンプルだ。やってくれると信じよう。
よし、いくぞ。覚悟を決めろよ、
「”雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!”」
俺は一歩前に踏み出し、杖を掲げ、叫ぶように声を張り上げて
「”我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!”」
視界の端のエリスとクルトが驚愕した表情でこちらを見る。当然だ、守られるべき後衛がこんな目立つ行動にでれば誰だって驚くに決まってる。
「”神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ!”」
上空には雷雲が渦を巻きながら形成されていく。
「……水聖級魔術?」
黒ずくめ達だって気づく。その脅威と、
「”ああ、雨よ!”」
「……奴を先に仕留めるぞ」
優先排除対象を。
「”全てを押し流し… 」
来る。乱戦状態ではブレが多く確度が低かった予見眼。しかし、俺を狙ってまっすぐ襲ってくるのなら、1秒先にすぐ目の前まで接近してくる奴らの姿がはっきりと映る。
俺は一歩横に動いて、彼女の射線を空ける。
「…吹き抜けん『
ゴオオォォォ
俺が詠唱している間から準備をしていたテルセナが風魔術を放つ。発生させた突風は射線に入っていない後衛3人以外の動きを止める。
一瞬でも動きを止められれば。ブラフで造りかけた『
「『泥沼』!」
俺を狙った手前の黒ずくめ二人が直径3m程の泥沼に膝上まで浸かる。よし、このまま
「
ズバァァ
っと、エリスが先に仕留めたか。
赤毛の剣士は一振りで泥沼にハマった黒ずくめ二人の首を容赦なく斬り飛ばす。彼女も『
なんにせよ、これで戦況は大きくこちらに傾いた。
「くっ……」
黒ずくめ達も多少狼狽しているのが見て取れる、が。
ジャキ
再び武器を握り直す。引く気はないのか。
俺が向こうの指揮官なら、この時点で撤退の判断を行う。5人中2人を損失、戦闘継続できる状況ではない。それでも引かないのは、引けない理由があるからか。つい先程こちらが二人仕留めたことにではないだろう。
背後の保護対象の少女。余程、この子を殺傷したいのか。
この子供は身なりがかなり良い。倒れた馬車、複数の倒れた騎士風の人間。貴族の令嬢や要人関係者といったところか。いずれにせよ奴らの手にかかるような真似は…
ドサッ
え?
唐突にバチロウが片膝を着きながら、前傾に倒れ込む。武器も手からこぼれ落ちている。
「ウグゥ……」
四本腕の少年の苦悶の表情と呻き声。
一体どうしたんだ? 何があった? 深手を負っているようには見えない。負傷は増えていたが、流血もそこまででは…… 違う! 毒か? 奴ら短刀に毒物を塗っている?
加えて感づく。奴らがつい先程まで維持しようとしていた持久戦、この毒の効果も見越してのことだったか。
すぐに解毒魔術を施しに行きたいが、残った黒ずくめ達が邪魔だ。
くそっ。有利になったハズの戦況だが、途端に天秤の傾きが怪しくなった。バチロウが戦闘不能だとしても人数の上では、まだ俺達に分がある。しかし、こちらには時間的猶予がない。俺かガブリンが一刻も早く治療に向かう必要がある。
奴らの狙いが背後の少女だとしたら、護衛は外せない。
俺が前に出る。奴らの人数も減っている、ここは勝負を仕掛けるしかない。
腹を括り、飛び出そうとした瞬間、
「待ってくれっ!」
突如かけられる声。
「待ってほしい! クリフ・グリモルだ!」
声の出所に視線を向ければ、先程助けたダークブラウン髪の少年?
「僕はクリフ・グリモルだ。どうか待ってほしい」
何をやっているんだ、この少年は。 それより一人か? 森から出てきたみたいだがギースはどうした?
「………………」
いや、黒ずくめ達も動きを止めて少年に注視している? どういう…
「待って!」
今度は俺が静止をかける。
危ない、ギリギリだった。赤毛の狂犬が動きの止まった黒ずくめに今にも斬りかからんとするところだった。気づけたのは運がよかっただけだな。
ダークブラウン髪の少年も一瞬こちらを見るが、すぐに言葉を続ける。
「彼らは僕の命の恩人だ」
明らかに俺達に話しかけてはいない。
「ついさっき、魔物にやられていた僕を助けてくれた冒険者の人達なんだ。だから、ここは引いてくれないか?」
余計な情報は言わないでほしい。しかし、この感じ。コイツら知り合いなのか。
「………………」
黒ずくめ達は何も言わないが…
ジャキ
どうやら少年の説得は失敗したらしい。戦闘継続、か。
「センパイ! リーダー!」
今度は聞き覚えのある声と呼び名。ギースが森から姿を現す。
「ミリシオンの衛兵を呼んできた! ぜえぇー、ぜえぇー。ここで人が襲われてるってよぉ! ぜはぁー、ぜはぁー。すぐに駆けつけてくれるぜ!」
は? たしかに此処はミリシオンから程近い場所だが、いくらなんでもこの短時間で往復できるとは…。馬を使ったとしても…。
いや、なるほど、そういうことか。そう考えるとサル顔は少々演技過剰に見えるな。
俺は息を吸い込み、そして声を張り上げる。
「全員、今は耐えてください! 耐えきれば僕らの勝ちです!」
俺が発した言葉も冷静に考えればおかしい内容だ。バチロウのことがある以上、こちらが時間を稼ぐような指示は奇妙と言っていい。
それでも、奴らに揺さぶりをかけることができたのであれば。
「……ちっ、引くぞ」
踵を返して逃走にかかる、3人の黒ずくめ達。
狂犬が追いかけそうになるも、静止をかけておく。
奴らは背後を見ることもなく、あっという間に木々の陰に消え去っていった。
ふぅ。ギースの
いや、まだだ。急いでバチロウの治療もしなければならないし、ダークブラウン髪の少年からも事情を訊く必要がある。……話してくれればだが。
「はぁ~~~~」
俺は安堵のため息を吐き出す。
いずれにせよ。
これでミリシオン近郊で遭遇した、突発的な救出と連続戦闘もひと段落ってところか。
本話中にミリシオンに辿り着くことができなかったため、本話タイトルは前話次回予告から変更しました。申し訳ありません。
次回予告と文字数についての投稿者の考えを活動報告に記載させて頂きました。大した内容ではありません。あとがきに載せるには文字数がちょっと多いため、そちらに記載したというだけです。
誤字報告いつもありがとうございます。一部修正が漏れていたことに気づいて、最近再修正をかけました。なるべく誤字脱字文法誤りを減らしたいと考えていますが、なかなか減らず。読者様のご助力に感謝しております。
奇しくもアニメと似たようなタイミングでルーデウスの『
しかし、エリス、エリス成分が足りない…
次回予告 「ミリシオンへ」