なんで?
どうして?
理解が追いつかない。
なぜ、この人がここにいるんだ?
蒼いオウムのような兜が外されて現れた顔は、俺が知っている人間。
この世界に来てから、生まれ変わってからエリスの家に赴くまでの7年間毎日見ていた…
「母さ…」
「テレーズ!!」
…………えっ?
「テレーズ! テレーズ!」
保護した少女が、俺と仲間を押し退けて倒れた甲冑姿に縋りつく。
「目を覚ましてください、テレーズ!」
その身も上等な服も、血や泥で汚れることを構わず必死に呼びかける姿。
テレーズ?
「私を一人にしないで。お願いですから……うぅ」
そして懇願、いや哀願と言うべきか。
しかしテレーズって、ゼニスじゃないのか?
たしかによくよく観察してみれば…、シャープな輪郭、切れ長に見える目元、全体的に凛とした顔立ちだ。髪も瞳も色合いは同じだが、ゼニスはもっと、こう、柔らかいというか、緩い感じの顔だった記憶がある。非常に似ていると思うが別人なのか。
「ルーデウス? どうしたの、早く治療しないと!」
白髪の少年の言葉。
いかん、たしかに考えごとをしている場合じゃないな。すぐに治癒魔術を施さなければ。
俺は中級治癒魔術の詠唱をはじめる、同時に倒れたゼニス似の人間の様子を伺う。外傷は脇腹の裂傷以外は目立ったところは見られない。傷はそれなりに深そうだが、これは傷自体よりもバチロウと同じく黒ずくめ達が短刀に塗っていた毒にやられたと見るべきか。
魔術を発動して傷を治療する。うん、キレイに治療できた。
しかし地面を濡らすこの出血量、これは負傷してから時間が経過しすぎている。治癒と解毒を施しても危ういかもしれない。
「よし、解毒は無事に終わったよ。そっちは……傷の治癒も終えたようだね」
外傷とは別に毒の対処を担当していたダークブラウン髪の少年が俺に話しかけてくる。
「はい。しかし、正直…」
「ああ、血を失い過ぎてる。助かるかどうかは…」
「そ、そんな。ううぅ、お願い目を覚まして、テレーズ!」
涙と血に濡れた顔で悲観に暮れる身なりの良い少女。しまったな、身内であろう子供の前で配慮に欠ける会話だったか。
俺と少年は、その場を少しだけ離れる。そして赤毛の少女と犬耳の少女に問いかける。
「エリス、テルセナ、他はどうですか?」
二人とも黙って首を横に振る。そうか、救える可能性のあるのは一人だけだったか。
襲われていた少女を助けるため、一戦交えた黒ずくめ達との戦闘。その際にバチロウが負った傷と毒の治療を終えて場に安堵の空気が流れる中で、赤毛の剣士は倒れた甲冑姿の一人がまだ息があることに気づいた。そして、急いで甲冑を外して状態を確認し治療に動いたわけだが…
「ルーデウス。その、私がもう少し早く気づいていれば、よかったんだけど…」
申し訳なさそうな顔で赤毛の少女はそう呟くが、
「いえ、エリスはよく察知してくれました。僕も他の人間もバチロウの治療を終えたことで緊張の糸が切れてましたし、実際他のことに気が回っていませんでした」
「そう?」
「ええ、エリスは良くやってくれていますよ。僕も仲間も助かってます」
「それならいいわ、……ふふ」
言葉にしたことはご機嫌取りというワケじゃない。彼女には普段から助けられている。赤毛の少女は俺や仲間の緊張が緩む時でも、今回のように警戒や残心ということを怠ることはほぼ無い。魔大陸で目が覚めて1年半、エリスは戦闘能力だけじゃなく、こういった方向でも成長しているんだなと思う。
「クリフ君もありがとうございます。本当に助かりました、君の中級以上の魔術でなければバチロウの解毒もできませんでしたし、あの甲冑の女性も…」
「助けられたんだから助け返すのは当然さ。それとさっきの解毒魔術は上級だ。僕は天才だからね、覚えておいてくれ」
おおぅ、キラッと歯が光るような仕草とセリフ。少し前まで下半身を濡らし泣いていた人物とは同一とは思えないな。
「ところで…」
「おーい、センパイとお嬢と黒茶毛の坊主。治療が終わったんならよ、この場は早く離れたほうがいいんじゃねえか? 黒装束の奴らが戻ってこないとも限らねえし、ゼ 鎧の女も落ち着ける場所まで運ぶべきだと思うんだがよ?」
俺が訊ねようとしたところに新入りに声をかけられる。たしかにギースの言う通りだ。テレーズと呼ばれた女性には俺達にできる範囲のことはやったし、あとは安静にして見守るしかない。それと保護した少女も安全な場所まで連れていく必要もある。
ひとまず置いてきた馬車まで戻らないとな。
・
ガラガラ ガラガラ
急ぎつつも極力揺らさないように馬車を走らせる。御者台にクルトとギース、荷台には俺とエリス、バチロウ、ガブリン、テルセナ、クリフ君、保護した少女、そして甲冑を外された状態で寝かされている成人女性。1頭引きの馬車としては積載量はギリギリといった状態だ。
あの場の死体は置いてきた。黒ずくめ達は当然だが、治療して意識のない女性と同所属と思われる遺体もだ。馬車の積載量ということもあるが、なにより
「繰り返しお訪ねしますが、こちらの女性はテレーズという名前なんですね? そしてあなたの知り合いであることは間違いありませんね?」
「…………」 こくり。
「あと、できれば君の名前も訊いておきたいのですが…」
「………………」
これだ。ここまでに俺は保護した少女に何度か声をかけてみたが、返事はほとんど得られない。一応、頷いたり首を横に振ったりという動作で意志の疎通ができていないワケではないが、思った通りには情報が取得できていない。まあ、知人が倒れ意識不明。その上で死体の処置まで子供に判断させるのは酷という話ではあるが…。
結局、遺体は俺達ではどう処理すれば良いのか判断がつかなかったので、そのまま放置してきた。全員甲冑を纏っているし、すぐに魔物や鳥獣に食い散らかされることはないと思いたい。
「…………」
少女は心配そうな表情で意識のない女性を見つめている。俺もゼニス似のこの女性には興味はあるが、少女から情報を得ることは難しそうだな。ふーむ、情報取得先を替えてみるか。
「クリフ君。キミはあの黒ずくめ達を知っている様子でしたが…」
「センパイ、やめとけ」
ダークブラウン髪の少年に質問しようとするも、御者台で馬の手綱を握る新入りに止められる。
「黒茶毛の坊主もだ。もしセンパイ達に命を助けてもらった恩やら借りが少しでもあるっつーならよ、話さないほうがいいぜ。巻き込みたくはねえだろ?」
「それは……、確かにそうかもしれない」
今度はギースとクリフ君のやりとり。どういうことだ? ゼニス似の女性のことはまだしも、今回の一件についてサル顔も何か事情を知っているのか?
「新入り?」
「センパイも皆もよぉ、自分達が動いた手前、事態を把握しときたいと思うかもしれねえが世の中には知らないほうがいいってこともあるぜ。特にデカい街、デカい組織には色んな事情ってやつが絡んでくるからな」
ギースが言わんとしていることは理解できなくはない。助け出した少女は上等な衣服を身に着けているし、現在は外されているが意識のない女性の甲冑も立派なモノだった。黒ずくめ達の統一された装備、それに繋がりがあるであろうダークブラウン髪の少年。詳しいことはわからないが、それなり以上の規模と相応に深い裏事情やしがらみがあるのは今の段階でも推察はできる。
「えっと。ギースさん、でしたか。あなたは…」
「おっと。俺のことは新入りでいい、名前を覚える必要はねえ。
見りゃわかるだろうが俺ぁ関係者ってわけじゃない。ただミリシオンには何度か訪れたことがあるし、少しの間なら滞在したこともある。だから、あの街にいれば聞こえてくる噂や事情を多少知ってるってだけだ」
再びギースとクリフ君のやりとり。ふ~む、ここまで同行した旅路の様子を考えると嘘は言っていないだろう。事実を全て隠さず話しているとも思えないが。
「それよか黒茶毛の坊主よぉ、向かう先は西門でいいよな? 俺達は近づけねえが、そっちの女は早く安静にできる場所に運んだほうがいいだろ? 門が見える場所まで近づいたらお前ぇが運ぶ必要があるけどよ」
「ええ、それでお願いします」
三度目のやりとり。俺が、俺達が理解できないところで話が進んでいく。
ただ同時にギースから俺に目線が送られてくる、"俺に任せとけ、センパイらは心配しなくてイイぜ"ってところかな。…サル顔のおっさんと視線だけで意志の疎通ができるのもどうかと思うが。ただまあ、今までのことからもギースに俺達一行を害する意志はないと思う。ここは任せてみるか。
「では新入り、引き続き馬車の手綱と行先は任せます」
「おうよ、了解だぜ」
ガラガラ ガラガラ
とはいえ馬車が目的地の西門とやらに着くまでには、もうしばらく時間がかかりそうだ。
俺は考えてみる。
ふ~む。魔物が多く治安の悪かった魔大陸、大森林での大量拉致事件、危険なことはこの1年半で幾度とあったが、こうした陰謀めいたというか政治的な要素が絡む事案というのも初めてだな。
「そういえば、森の中を走ってる時に見た雷雲は君達の仕業なのか?」
考え事をしているとダークブラウン髪の少年が唐突に問いかけてくる。
う~ん、今回の件の事情がわからない中でどこまで情報を開示するのかは難しいところだ。いや、周りを見渡せばギースを除いた仲間達全員が俺を見ている。既に答えを言っているのも同然か。みんな謀り事とか腹芸とか得意じゃないからな、仕方ない。
「ええ、クリフ君。あの雷雲は僕が魔術で創ったモノですが、それがどうかしましたか?」
「君、凄いねっ。あんな規模の魔術は見たことがないよ。上級以上だとは思うけど、一体なんて言う魔術なんだ? 属性は? 水? 風? それとも混合魔術?」
空気を読まない赤毛少女の平常運転が聞こえるが問題はない。これまでに仲間内で名前は呼び合っているので、既にそれは割れている。問題はやっぱりどこまで俺達の情報を明らかにするかだ。冒険者ということは助けた時に自分達から話しているし、黒ずくめ達にも知られてしまっているが…。
「ああ、心配しないでくれ。この場で見聞きしたことは誰にも話すつもりはないよ。当然、…あの人達にもだ。命を助けてもらった恩を仇で返すような真似はクリフ・グリモルの名に誓ってしないと約束する」
ふむ。
「僕は今日冒険者登録をしたばかりだけど、君達は相当高ランクな冒険者なんだろ? 魔術だけでなく少し見ただけでも剣士の人達も、あの人達と互角以上に戦えてたようだしさ」
…ふむ。
「僕は…、自分でも浅はかな考えだったと思う。将来はもっと別の道を目指しているのに、やってみたいというだけで冒険者の真似事をして、死ぬような思いをしてさ。今回の件で痛感させらたよ、本当に。
だからさ、聞いてみたいんだ。僕にはやれない、目指すこともできない冒険者の活躍ってやつを。知り合いの先輩から冒険者の話は聞いていたけど、実際体験した今なら凄さがより理解できるからさ!」
……ふむ。この少年は随分グイグイと来るな。演技しているようには見えないし、この短い会話ですらない一方的な語りだけでも彼の性格がある程度把握できる。それにあの場にいた理由も推察できた。
視界の端の新入りは"やれやれ、しょうがねえなぁ"って顔をしている。…サル顔のおっさんの表情だけで考えが読み取れるのもどうかと思うが。
「わかりましたよ、クリフ君。僕達も君の上級解毒魔術でバチロウを助けてもらいましたし、交友を深めるのも悪くないでしょう」
俺の返答でダークブラウン髪の少年の表情が明るくなり、この場の空気も緩む。まあ、最低限の身元情報"ボレアス"の名前だけは出さないように注意すればいいか。
ガラガラ ガラガラ
「…話には聞いていたけど魔大陸っていうのは、それ程過酷な場所なのか」
「ハイ。食材や燃料ヲ調達するだけデモ命の危険が付きまといマスネ」
ガブリンによる魔大陸講座。
「でも魔大陸は広くてさ、違う場所に行けば魔物も調達できる物資も変わってくるから新しい発見があって面白いよ。行く先々の街も…」
クルトが体験談を語る。
俺達が乗った馬車はすっかり和やかな交流会になっている。今の状況を見れば、先程の俺はダークブラウン髪の少年に警戒しすぎていたかもしれないな。それに気づけば女性陣も保護した少女ともポツポツと会話をしている様子が伺える。
……こういった交友も冒険者ならではってところか、悪くない。
「センパイとリーダー。そろそろ西門が見えてきたぜ」
荷台にいる俺と業者台から身を反転して会話に参加していたクルトにギースから声がかかる。馬車正面に視線を移せば、木々の隙間から立派な外壁と壮大な門が見える。あれが目的地の西門とやらか。
「うぅ、もう着いてしまったのか…」
ダークブラウン髪の少年がわかりやすく意気消沈する。交流の時間が終わりを迎えて非常に残念そうだ。
「そちらの女性は早く安静にできる場所に連れて行ったほうが良いでしょう。僕達もクリフ君との会話は楽しくはありましたが…」
親睦の機会も大事ではあるが、さすがに人命に比べるまでもない。
「おぅ、黒茶毛のクリフっつー名前だったか。確認するが俺らに敵対する気はないよな? 不利になるような情報も漏らす気はねえんだよな?」
「? ああ、さっきも言ったけど君達のことは誰にも話す気はないよ。誓っていい」
「それならよぉ、状況が落ち着いてから後日合流してメシでも喰いながら話せばいいんじゃねえか? センパイとリーダーもミリシオンに到着してすぐに街を発つつもりじゃないんだろ?」
ダークブラウン髪の少年に対して脅しの様にも聞こえる確認後の提案。新入りの慎重でありながらも状況を正確に見据えた良いアシストだ。
「たしかにその通りだね。それなら明日か明後日にでも、何処かのレストランで…」
「おいおい、黒茶毛の坊主。俺らを見りゃわかんだろ? 南側以外は自由に足を踏み入れねーよ。冒険者ギルドは知ってんだろうから訪れるなり伝言を残しとくなりで、互いの都合についてやりとりすればいいんじゃねえか?」
さらに手際良く話を進めていく。ギースのこういった調整とか段取りの能力は非常に高いと思う。以前彼自身が言った言葉、シーフというやつか。さすがだな。
木々のおかげで西門からはギリギリ視線の通らない位置。
「あ~、クリフ君。大変だとは思いますが…」
「くっ。ああ、何とか門まで運んでみせるよ。心配しないでくれ」
小柄な少年が成人女性を必死な様子で背負っている姿は少々思うところもあるが…。さすがに馬と馬車を譲渡するワケにもいかないし、俺達では西門とやらに近づけないようなので仕方がない。この場からは門まで200m程度、なんとか頑張ってもらおう。
「そ、それじゃあ皆さん。明日以降に必ず冒険者ギルドに伺うから話はその時にでも」
「うん、また会えるのを楽しみにしてるよ」
「その時は是非解毒魔術についてモ話を聞かせテくだサイ」
「クリフ タノシイ オデ タノシミ」
「わかったわ」
クルト達も含めて、一時の別れの挨拶。テルセナは1歩引いているが、表情から見て拒絶しているワケではないだろう。
クイッ
突然横から服を引っ張られる。視線を向けてみれば
「…………あの」
保護した少女。女性陣とは少し会話をしていたようだが、こうして彼女から直接話しかけられるのは初めてだ。
「えっと、どうかしましたか?」
「…………惑わされないでください」
んん? 何の脈絡もなく言われる忠告とも請願とも受け取れる言葉。何のことだ?
しかし、俺が訊き返す前に少女は立ち去ってしまう。先程別れの挨拶をしたクリフ君と、いや正確には彼が背負っている意識不明の女性と共に西門に向かって歩み進んでいる。
う~ん。
・
ガラガラ ガラガラ
3人を降ろし人口密度が下がった馬車が進む。馬の手綱は引き続きギース、向かう先はミリシオンの南門という場所らしい。
「新入り。西門には僕達は近づけないということでしたが、南門はいいんですか?」
「あ~、そのことなんだけどな…」
俺の問いかけに何故か言い辛そうな反応をするサル顔。
「いいか? 俺ぁテキトーな男だが今から言うことは
いつになく真面目で神妙な表情。普段はどこかおちゃらけて余裕のある姿勢を崩さないギースのこういった顔は珍しい。
「俺達みたいな魔族ってやつはな…」
そこから語られたギースの話はいわゆる人種問題ついてだった。
魔族、魔大陸生まれの大多数、過去の人魔大戦で負けた側の勢力。その魔族は魔大陸以外の世界各地で差別や迫害を受けること。場所によっては禁忌であるとされ討伐されることもあること。これから向かうミリシオンでは魔族排斥派と迎合派で分かれているミリス教が普及しており、大半の現地人がミリス教徒であること。
そして西門には近づけず南門に向かっている理由は、街の西側は神聖区とされ足を踏み入ることができるのは貴族か神殿関係者のみであり一般市民の立ち入りが禁止されているらしい。特に魔族は進入しようとするだけで即処断されるとのことだ。一方で南側は冒険者区とされており、街の部外者が出入りする一般的な区域であること。その外門が南門だという話だ。
「「「 ……………… 」」」
黙り込むクルト達3人。
「魔大陸から出て外の世界に踏み出したばかりのリーダー達にはキツい現実ってやつかもしれねえけどよ、こればっかりは受け入れるしかないぜ」
「……わかったよ。話してくれて感謝するよ、新入りさん。事前にわかってれば心構えも準備もできるからさ」
「強ぇな、リーダーは。俺ぁガキん時に初めて魔大陸の外に出たときは絶望しかなかったんだが…。
まっ、気にし過ぎんなよ。注意して生きていかなきゃいけねえのは事実だけどよ、世界にはそういった慣習がない所だってたくさんあるし、気にしない連中だって大勢いる。センパイとお嬢と嬢ちゃんだってそうだろ?」
突然話を振ってくるギース。でも、
「ええ、もちろん」
「そうね!」
「は、はい。あたしはむしろ他の人達のほうが苦手で…」
当然のように全員ノータイム回答。これまで命を、背中を預けて旅をしてきたんだから、今更な確認だな。
しかし、人種差別か。かつてロキシーからも少し聞いたことはあるが、そういった問題はやっぱりこの世界にもあるんだな。生前は自分には関係のない、どこか遠い場所の話だと意識すらしていなかったが…。
赤みのある肌と額の角を持つ白髪のクルト、青い肌と四本腕のバチロウ、黄色い体毛とクチバシを持つ鳥のような頭部のガブリン。当たり前だが嫌悪感なんて全く抱かない。ロキシーも髪のことを気にしていたみたいだが、俺は素直に綺麗な髪色だと思ったくらいだ。
逆に今までに嫌悪した相手というと、魔大陸南端と大森林で敵対した
ふ~む。ひょっとして先程別れた身なりの良い少女が言っていたのは、このあたりのことなんだろうか? 人種の違い、これから向かうミリシオンの文化、政治や派閥なんかを搦めた社会構造の問題。辿り着く前からこんな感想を抱くのも何だが、色々とメンドクサそうな場所みたいだしな。
少女に"惑わされるな"なんて言われた時は直近で出会った人物を思い浮かべてしまったけれど…。自信家でありながらも素直な感性と情熱を併せ持つダークブラウン髪の少年。少々不審なところが残ってはいるが、基本的には俺達にアドバイスをしてくれたりサポートにまわってくれる新入り。この二人に惑わされるなんてことは、ちょっと考えにくい。
いや、惑わされるっていう言葉で思いつくのはもう一つ心当たりがあるな。夢の中の…
「ルーデウスどうしたの? 馬車から降りないの?」
赤毛の少女に声をかけられる。気づけばエリスが、いや俺以外の全員が馬車から降りている?
「馬車にまだ何かあるのかい? 馬と馬車はこのまま馬屋に預けようと思ったんだけど」
今度はクルトの言葉。あれ? いつの間にかもう南門とやらを通過してる? ミリシオンに辿りついていたのか。
「すみません、少し考え事をしていて…」
俺は慌てて馬車から降りる。いかん、考え事に集中しすぎていたな。
「おいおい、しっかりしてくれよ。センパイ」
ギースに窘められるが彼の言う通りだ。初めて訪れる街、新たに足を踏み入れる場所。もう少し気を引き締めていかないとな。
・
ミリシオン南側冒険者区と呼ばれる大通り。宿屋、雑貨店、露天商がいくつも並んでいる。脇道を覗けば武具防具等の専門的な店も構えられている。そして、外門入口からでも遠くに見える銀色に輝く冒険者ギルド本部。
そのひと際目立つ冒険者ギルドを除けば基本的には雑多な雰囲気だ。ここは街の部外者が最も集まりやすい区域だという話だし、そこは他の街と異なるということはないようだ。ただやっぱり規模はかなり大きいと感じる。これで東西南北に分けられた区画の1つだというのだから、さすがミリス神聖国の首都なだけはあるな。
俺は通りを歩く人間、店々の客や店員を観察してみる。大半が人族だな。あとは獣族と思われる容姿が少々散見されるぐらいで…、いや、あそこの露店の客は猪のような頭部だし魔族かもしれない。しかし、割合的には相当少ないのだろう。ミリス教に魔族排斥派、か。
「ルーデウス、どうする? 日ももうすぐ傾くだろうけど、いつもどおりにギルドに挨拶と宿探しの二手に別れるかい?」
クルトからの相談。う~ん、どうしようか。今回はテルセナの冒険者登録もする必要があるからな。いつもの俺達に加えて犬耳の少女もギルドに一緒に行くべきだろう。
「では、僕とクルトとテルセナは…」
「避けて!!」
会話を断つ、赤毛の少女の叫び声。同時に彼女の手で通りの端側に体が引き倒される。
「どけっ!」
ダダダッ ダダダダッ ダダダッ ダダダダ
目の前を猛烈な勢いで通り過ぎる2頭の馬。
「………………」
突然のことに唖然としてしまうが…、エリスが助けてくれたのか? みんなは? 周りを見渡せば各々何とか避けたようで全員無事なことが確認できる。
しかし、今のは一体なんだったんだ? 大通りとはいえ、街中をあんな速度で馬を走らせるなんて…。俺は通り過ぎた2頭の馬の後ろ姿を見るが、ちょうど脇道に入っていく様子だ。ん? アイツら妙な麻袋を担いでいる?
「おいおい、今日2回目だぜ」
「騎士団の連中は何やってんだよ。ちゃんと取り締まってくれよ」
「またぁ? 人攫いもいい加減にしてほしいモンだね、まったく」
周囲から聞こえてくる声の数々。そして感づく。先程の麻袋、人間一人を覆い包むにはやや小ぶりな大きさだった。……子供か。
はぁ~~、本当に嫌になるな。何時であっても、何処であっても、この世界には子供を狙った人攫いや誘拐の類が横行しすぎている。
「クルトッ!」
「ああ、わかってる!」
白髪の少年の間髪入れずの返事。彼も事態を把握している。
「バチロウ、追跡できますか?」
「ン タブン デモ ウマ オト タクサン」
馬の駆ける足音、多い? 音の反響? そうか、建屋が密集している場所だと音による索敵は正確性を欠くことになるのか。
「あ、あの! あたし馬のニオイならわかります。追えると思います」
犬耳の少女の言葉。なるほど、たしかに嗅覚なら少々の障害物は関係ない。
とはいえ向こうは馬を使っているし、時間をかけすぎている。
「エリス、僕に掴まって!
クルト、僕達は先行します。すぐに奴らを追ってください!」
「…っ!」「それはいいけど…」「おい、待てって…」
赤毛の少女は瞬時に思い出したようだ。クルト達も見ればすぐに理解できるはず。サル顔が何か言っているが時間がない。
エリスが俺に抱き着く。人攫い達が入っていった脇道、おおよその方角にあたりをつけて即座に魔術を使う。
『
ギュン
かつて魔大陸で初めて訪れた大きな街でひったくり犯を追った時と同じように、土魔術を利用した大跳躍。周りの建屋を優に飛び越え、強烈な向かい風を受けながら飛翔する。
奴らどこだ? 速度と風圧、視界が狭まる中でも必死に探す。
あれ? 左手前に馬2頭、例の麻袋も見える。思っていたよりも近い、まだ直線距離で100mも飛んでいない。奴らが馬の速度を落としている、あの辺りが人攫い達のアジトなのか? それとも追跡を撒くための中継地点? いずれにせよ、このまま捉えられそうだ。
ゴオォォォ
風魔術で無理矢理の軌道調整。
ゴオォォオオオ
もう一度、ブレーキと着地を兼ねた風魔術を放つ。狭い路地裏だがなんとか上手くできたな。
「はあっ? いきなりなんだテメエら、一体何の用だ!」
突如近くに降り立った俺達に奴らが啖呵をきってくるが…。馬の足は完全に止まっている。それどころか二人とも馬から降りているし、一人は麻袋を担いで建屋に入ろうとしているところだ。
「何だって訊いてんだろうが! 痛い目にあいてえのか!」
麻袋を担いでいない一人がナイフを取り出す。
威勢のいい言葉を並べているが…。男の構え、重心、よく見れば武器を持つ手も震えている。
なんだかなあ、気が抜けそうになる。少し前に対峙した黒ずくめ達や、過去にやり合った
「…フンッ」
赤毛の剣士もつまらなそうに息を吐く。俺が察したくらいだから彼女にとっては
「おい、誰か、団長を呼んでくれ!」
麻袋を担いだ男が建屋内の奥に向かって叫ぶ。
団長、ね。情報を簡単に垂れ流すことといい、移動と輸送手段である馬をアジトと思われる場所のすぐ隣まで着けることといい、コイツら犯罪集団としても3流以下だな。
クルト達、追いついたか。まあ、大した距離でもなかったしな。
「くそっ、子供がなんで俺らの邪魔をするんだよ…」
狼狽える人攫い達。
コイツらの力量は大したことはない。奥に何人潜んでいるかは知らないが、こちらの人手も足りている。あとは攫われた子供の身柄、麻袋をどう無事に確保するかだろう。
「随分と騒がしいじゃねーか。何やってんだ、まったくよぉ」
「団長!」
建屋から一人の男の影がフラついた足どりで出てくる。コイツが親玉か…
………………は?
なんで?
どうして?
理解が追いつかない。
なぜ、この人がここにいるんだ?
人攫いを追ってアジトと思われる建屋から出てきた団長と呼ばれた顔は、俺が知っている人間。
この世界に来てから、生まれ変わってからエリスの家に赴くまでの7年間毎日見ていた…
「父様?」
今さらながらギースが呼ぶ渾名は以下のとおりです。
ルーデウス(センパイ)、エリス(お嬢)
クルト(リーダー)、ガブリン(コック長)、バチロウ(兄貴)、テルセナ(嬢ちゃん)
クリフ(黒茶毛の坊主)
次回予告 「親子と家族」