酒場と思われる広間には木製のテーブルが並んでいる。店の規模はそこそこで、カウンター席を除けば4~5人掛けのテーブルが10席程度。
俺はそのうちの一つに座っている。しかし、エリス、クルト、バチロウ、ガブリン、テルセナは俺と同じ席ではなく、すぐ後にあるテーブル席に一同で腰を降ろしているという状態だ。
俺と同席しているのは、対面のパウロ。
他のテーブルにはパウロの知人と思われる人達が席を埋めている。その中には先程麻袋を担いでいた二人もいるし、ビキニアーマーのようなモノを纏った戦士風の女や前髪で目元まで隠れた女性、幾人かの男は帯剣もしている。なんというか、見かけも年齢も性別さえ様々な集団のようだ。
ただ言うまでもないことだが、全員が俺達に対していい目を向けていない。直接的な衝突とはならなかったものの、先程のこちらの行動は敵対的に映っただろうし、それは仕方がないか。
そして、パウロの後方の席にはギースがいる。
……なるほど。この様子を見ればギースの立場におおよそ見当はつく。どおりで俺とエリスのフルネームを知りたがったワケだ。
だが、そうなるとパウロを含めたこの集まりがなんなのか分からなくなってくる。俺とエリス、おそらくギレーヌも対象とした捜索隊にしては少々規模が大きすぎるように思えるし、先程の人攫い紛いの行動はどういったことだろうか。
「おいルディ…、ルディ?」
パウロに呼ばれ、考え事を止めて目の前に意識を移す。
「え~と。父様、お久しぶりです」
「まあ、なんだ。ルディ…、よく生きていてくれたな」
俺の挨拶にパウロは疲れた声で返す。
う~ん、なんだか雰囲気が随分と変わっているな。頬はげっそりと窶れ、目の下には隈があり、無精髭を生やして髪も整っていない。息は酒臭く、全体的にやさぐれているといった印象だ。ブエナ村にいた頃の、記憶の中のパウロとは似ても似つかない。
「ええ、まあ…」
イマイチ理解が追いつかない今の状況に、俺は曖昧な言葉で返す。
…ふむ。まあ、わからないなら訊けばいいだけの話か。別に答えてくれないということもないだろう。
「その、父様はどうしてここに? それと手紙は読んで頂けましたか?」
「手紙? 何のことだ? それに、どうしてって伝言を見ただろう?」
「伝言、ですか?」
伝言? はて、それこそどういうことなんだろうか。そういったモノは見た記憶がない。
あと手紙は読んでくれていないのか…。届かなかったか、もしくはこのミリシオンにいるパウロとはタイミング悪く行き違いになったか。魔大陸のほぼ北端に位置するリカリスの街から出した手紙だから、元々届くかどうかは微妙なところではあったが。
パウロが俺の表情を見て顔を
なんだ? 俺は感情と考えが顔に出るらしいが、先程の伝言とやらに疑問、手紙について落胆したことが何か気に障ったんだろうか。
「なあルディ。お前、今までどうしてきた?」
「どうといわれても、大変でしたよ」
事情を聞きたいのはこちらなのだが。そう思いつつも、俺は今までの道程を話す。
ロアの街近郊で空から降り注いだ光の奔流を浴びたこと
気づけば魔大陸で目が覚めたこと
スペルド族の、とある男に助けられたこと
ミグルド族と呼ばれる魔族の集落で援助を受けたこと
その後、助けてくれた男に大きな街まで案内されたこと
街で冒険者となったこと
現地の別の冒険者パーティと協力関係を築いたこと
冒険者として依頼を受けて、生活費と旅費を稼ぎつつ旅をしたこと
魔物や野盗と戦い、時には人助けも行いながら魔大陸を渡ったこと
海を渡り大森林に辿り着いたこと
大森林は雨季だったため獣族の村にしばらく滞在したこと
雨季も明けて大森林を発ち、街道を通って南下したこと
そして、このミリシオンに着いたこと
思い返せば、大変なことも多々あったが同時に充足した日々でもあった。
初めて訪れる土地、場所で様々なことを経験してきた。出会い、別れ、狩り、討伐、金策、交流、トラブルに対応、祭りをやっていた街もあったな。もちろん楽しいことばかりじゃなく、キツいこと、厳しいこと、辛いこともあったが、それも赤毛の少女や信頼できる仲間と共に乗り越えてきた。
1年半。酸いも甘いも、山も谷もあった期間。そして本気で生きてきた時間。
一通りの旅順を説明したあと、俺はつい熱を持って語り出す。とても一言では片付けられない、どれをとっても濃い内容のエピソードを。
「それで、海岸で魔物に襲われていた奇抜な恰好の幼女を助けて…」
「もういい」
パウロはいかにも苛立ったような声で俺の言葉を遮る。
「お前がこの一年半の間、何も考えず気楽に過ごしていたって事はよくわかった」
……は? 何を言っているんだ?
「僕も大変だったと言っているんですが」
「どこがだ?」
「え?」
聞き返されて、俺は変な声が出る。
「お前からは、大変さなんて微塵も感じられねえ」
……この男、俺の話をちゃんと聞いていたのか? 魔物や野盗との戦闘、金だって自分達で稼いできたと言ったハズなんだが。まあ、たしかに苦労した部分だけでなく、結果と成果も併せて武勇伝の如く語ったところもあったかもしれないが。
「なあ、ルディ。一つ聞きたいんだが」
「なんでしょうか」
「お前はどうして魔大陸で、他に転移した奴らの情報を集めなかったんだ?」
……返答できない。
考えてみる。ロア近郊で浴びた光の奔流。アレが何なのか、どういった理由で起こった現象なのかはわからない。ただ転移したのは俺、エリス、ギレーヌ、だけじゃないよな。あの時、上空から降り注いだ光は地を駆けて一気に広がったような光景だった記憶がある。
そうか。パウロの言い方からして、被害者は俺達以外にもいるのか。
「すみません、余裕がなく思い至れませんでした」
「余裕がない? どこぞのトチ狂った魔族に助けられて、金も武器も援助してもらって、道中見ず知らずの魔族や獣族を助ける余裕はあっても、他に転移されたであろう人達を気にかける余裕は無いってか」
……この野郎。今言っただろうが、思い至れなかったと。
いや、違うか。この男は言い方からして、他の転移者に気を配らなかったことに腹を立てている感じだ。俺の先程の言葉は、俺達以外にも被害にあった人間がいるということに今考えが至ったことについてだ。それに武器はまだしも、金銭は援助してもらったとはいえ手紙代と数日分の宿代で消える程度のモノ。スペルド族についてだって、もう一度きちんと説明すればいい。
……ふぅ。落ち着け、問題はない。ちょっと頭を冷やせば簡単に解決できることだ。
「父様、何やら誤解があるようですが。はじめに助けてくれた魔族はスペルド族ですが、僕は本物だと思っていますし彼は優しく頼りになる人でした。それと援助してもらったとはいえお金はそれほど莫大なモノではありません。言ったとおり生活や旅にかかる資金は自分たちで稼いだものです。
それから僕達以外の転移に巻き込まれた人達に関してですが…」
「うるせえ、黙れ」
「……なにを」
「ゴチャゴチャうるせえっつってんだろがっ!」
…………
「ハッ! スペルド族? 今時、そんな与太話を鵜呑みにするなんざガキだけだ。馬鹿かよ、騙られてんじゃねーよ!
金を自分達で稼いで旅をした? お前の仲間ってのは後ろの奴らだろ? ガキしかいねえじゃねえか、そりゃさぞかしラクで楽しいお使いとオママゴトだったんだろうよ!」
あざ笑うかのように暴言を口にする目の前のパウロ。
ペッ
さらには酒瓶を手にとって煽り、唾を吐く。
……こいつ。あからさまに馬鹿にする仕草には、さすがに怒りが込み上げてくる。
「おい、パウロ。ちょっと待てって」
俺達の様子を見かねたであろう新入りが、パウロの背後から声を上げ歩み寄ってくる。
「ちったぁ落ち着けよ。まずは一端冷静になってよぉ、それから話を…」
「触んじゃねえっ!」
ガツッ
止めに入ったギースをパウロが乱暴に振りほどく。
「だいたいなんだ、そこの連中は。ガキしかいない上に、魔族まで混じってよ。旅? 冒険? 人助け? ヒーローごっこじゃねえんだぞ、冗談じゃねえ。お前の頼れるお友達ってやつはそんな気色が悪くて幼稚なヤツらなのかよっ」
……コイツ。どこまで。
「本気で言っているんですか? ギースさんも魔族と聞きましたし、ロキシーだって魔族なんですよ」
「いいんだよ、この野郎は。こいつは弱えが、実績はある。ロキシーだって水聖級だか水王級だかの使い手だ。それに比べてどうなんだってことだよ」
そりゃ二人に比べれば、クルト達は経験も実力も足りていないかもしれないが。
……くそっ。正直、もう目の前の男はぶん殴ってやりたい。いや、落ち着け。ここで感情のままに行動すれば、きっと取り返しがつかなくなる。修復できない親と兄弟との亀裂、生前で学んだだろ?
「父様、そうは言いますが彼らだって…」
「しかも女まで侍らして何様だ? 獣族の娘に、そっちの赤髪はフィリップの娘か? ハッ、可愛い可愛いお嬢様と愛人も引き連れてデート気分でナニやってるって話かよ。ああ、わかるぜ。俺も昔は女を何人か連れて冒険者をやってたからな。それはそれは楽しい旅行に決まってるよなぁ!」
……テメエ。エリスまで。
……もうダメだ。思考が止まる。頭が真っ赤に染まっていく。
「女の事で、貴方にとやかく言われたくないですよ」
「…あぁ?」
パウロの目が座る。
それがどうした。こっちはとっくにハラワタが煮えくり返ってんだ。
「テルセナ…、ああ、獣族の子とは別にそういった関係ではありませんが。ただ貴方が俺に女性関係で指摘できることはない、と言っているんです」
「んだとっ」
「母様の妊娠中にリーリャに手を出したのは誰ですか?」
「それは、今関係ねえだろうが」
「俺が間に入って取り持たなければ、アイシャは無事生まれてこれたんでしょうか。いえ、それどころか妊娠中のリーリャが大雪の外に追い出されれば…」
「関係ねえっつてんだろうが! 黙れよ、ルディ!」
言うことなんか聞くかよ。先に人種やら女やら関係ないことを持ち出してきたのはテメエだろ。
「そこの女の人は、なんなんですか?」
「あぁ? 今度はなんだってんだ、ヴェラがどうかしたのか?」
「近くにそんな美人でスタイルの良い女性がいるって、母様やリーリャは知ってるんですか?」
「…知らねえよ。知ってるわけねえだろ」
パウロの顔が悔し気に歪む。だが知ったことか、止まれない。
「じゃあ、浮気し放題ってわけだ。随分と色気のある格好させちゃって。この様子では、俺に新しい弟か妹が出来る日も近いですかね」
「ガキのくせに、ふざけた事言ってんじゃねえぞっ! ルディ!」
ドカッ
頬に衝撃が走る。殴られた。
すぐさま予見眼を開きつつ、椅子と一緒に倒れないように踏ん張り立ち留まる。
ダッ
バキッ
右頬に風圧を感じる。
同時に、拳が目の前の男の顔面を捉える。
パウロは吹き飛び、奴の後方のテーブルをなぎ倒す。
ダッ
ガツッ
ベキィ
踏み込み、再度放った拳を不完全ながらも防御するパウロは、腐っても元S級冒険者といったところか。
だが間髪入れずに脇腹を蹴り上げ、今度は壁際まで大きく吹き飛ぶ。
ダダッ
仕留める気か、限界だ。
「待ってっ!」
静止をかける。
動きが止まる。
当然のことだが今、パウロに殴り返して追撃の蹴りを見舞ったのは俺じゃない。予見眼のおかげでなんとか目で追えたが、俺自身はあんな動きはできない。
「弱い」
怒気を孕んだ声。
「弱いわね。アンタ、ほんとにルーデウスの父親なのっ!?」
仁王立ちで、その赤い髪を逆立てる勢いで、叫ぶ。
「ルーデウスはすごいのよっ! 私を守って! みんなを守って! 強くって! 頑張って! 魔術をいっぱい使って、お金だって稼いで、みんなに教えて、さくせんを考えて、たくさん助けて、ルーデウスはすごく、すごいのよっ! アンタはなんなのっ、勝手なこと言って。アンタなんか魔大陸で3日も生きていけないわよっ」
静寂。周囲から音はしない。
彼女の本気の怒りは凄まじい、誰もが震えあがる。先程の露出度の高い戦士風の女も目元の隠れた女性も、周りの全員が恐怖と狼狽で目を逸らす。視線を外さないのは俯きながらも様子を伺っているギースと、
「もうやめて!」
両手を広げ、壁際で倒れているパウロを庇うように立ちはだかる一人の少女。
この子は…、どこかゼニスを彷彿とさせる顔立ち。髪色もそうだ。鼻のあたりはパウロに似たんだろうか。数年前の記憶ではまだ赤ん坊ではあったが、間違いないと思う。この少女はゼニスの子供で、俺の妹にあたるノルンだろう。
「これ以上おとうさんをいじめな」
「なによっ、文句あるの!」
「ひっ…」
トサッ
自らが言い切る前に、エリスに言い返されて腰を抜かす妹。
涙目でその場にへたり込んでしまっているが…。床に染みが広がっているな。まあ、怒りのあまり殺気すら放っているエリスに凄まれれば、年端のいかぬ少女には無理のないことだと思う。
この子は別に悪いワケではないし、俺も特に悪感情を抱いてはいない。ただ俺にできることはないし、するつもりもない。本人だって望まないだろう。
「痛ぅ…。てめえ、ルディ。ここに来たってことは、ザントポートにも足を運んだんだろうが」
壁際で上体を起こしながら、パウロが声を絞り出す。
……はぁ。エリスの烈火の如き怒りを見たせいか、逆に俺の頭は落ち着いてきたな。
「ええ、それが何か?」
「なら知ってるだろうが!」
何のことだ? ザントポート?
「ザントポートというと、獣族の子供達が大量に攫われた件についてですか?」
「はぁ? なんだ、それは。違えよ、獣族のガキなんか知らねえよっ」
どうやら違うらしい。ただ、どうにもこの男の言い方は癪に触る。この場にはテルセナがいるし、アンタの元パーティメンバーのギレーヌだって獣族なんだぞ。
「ザントポートにもウェストポートにも、伝言は残した。冒険者ギルドだ。お前、冒険者になったんだろ? なんで知らねえんだよ…」
伝言って、さっき言っていたことか。それにザントポートの冒険者ギルドっていうと、…俺達は訪れていない。魔大陸から渡ってきた時は
このあたりの説明は、まだしていないな。簡単な旅全体の行程は話したが、詳細は語る前に先程の大立ち回りだ。
……どうしろってんだ。
「ルディ。転移したのはお前達だけじゃねえ。ブエナ村の奴らも、ロアの街の住人も、フィットア領の大半が転移災害に巻き込まれたんだよ!」
……は?
えっ、いや、今なんて言ったんだ?
「お前が気楽に遊んでいる間に、何人も死んだんだぞ」
……なんだそれ? なんなんだそれは?
何人も? ブエナ村が? ロアの街が? フィットア領が? 転移災害? 死んだ?
「って事は、シルフィは!?」
俺がそう言うと、パウロはまた苛立たしそうな顔をする。
「ルディ。おまえ、自分の母親より女の心配か?」
ぐっ。それは、そうかもしれないが。
「母様も見つかってないんですか?」
「ああ。まったく見つからねえよ! リーリャもな!」
パウロの悲痛叫び、叩きつけるような言葉。
俺は頭をぶん殴られたような気分になる……けど、倒れるな。
放心したって何も解決はしない。事実は受けとめろ、でも思考を止めるな。
「俺達は転移した奴らを探すために、こうして捜索団を組織している」
そうか、ここにいる人達はその転移災害とやらの捜索団なのか。何万人も対象としている捜索活動、これだけ大がかりな集団になるのも納得だ。
……ふぅ。大丈夫、今のところ頭はきちんと働いている。情報を処理できている。
「先程街の中で捜索団の方が、その、人攫いのような行為をしていたことも何か関係が?」
「奴隷になった奴もいるんだよ」
奴隷、か。たしかにあの時の光の奔流がどのくらいの速さで広がっていったのかはわからないが、おそらく俺とエリスと同じように突然のことだったのだろう。着の身着のままの状態で、見ず知らずの土地に飛ばされて…。言葉が通じるかどうか、治安がどういう場所かもわからない。周囲に知人がいるかどうかも、かなり絶望的だろう。なるほど、そうやって奴隷にされるわけだ。
「ルディ。お前はとっくに事情を察して、すでに動いてくれてると思ってたよ」
……無茶、言うなよ。どうやって事情を知れっていうんだ。
ああ、そうか。そうだな。もしかすると今まで旅してきた魔大陸の街にも、フィットア領から転移した人がいたのかもしれない。その人達から話を聞けば、完璧には無理でも自分達の状況と照らし合わせて今回のことはある程度推測できたかもしれない。
いや、でも、思い返すとそんな情報はあったか? 俺もクルトも行く街々で冒険者ギルドがあれば必ず訪れていた。心象を良くするという目的ではあったが、ギルド職員や受付とは積極的にコミュニケーションだってとっていた。その中に転移とか遭難とか、そういう情報はなかったように記憶している。結局は俺達一行がロクに滞在できなかった魔大陸南端のウェンポートか、海を渡った後のザントポートでもない限りは…
あ、…ある。情報はあった。いつだったか、商隊とはじめて並んで行軍した時だ。たしかラクロの街に辿り着く前か。あの時、商隊のオッサンが言っていたボロきれを纏った痩せた盗人。あれはおそらく街郊外に転移してきた人間なんじゃないだろうか。周りに人里もなく、頼れるモノがなく、仕方なく目に留まった商隊の荷物を漁っていたんじゃないのか?
そうすると商隊のオッサンが言っていた商隊仲間の話。五体バラバラな遺体や白骨死体は転移被災者の成れの果てだったということかもしれない。
……情報はあったが、あったけれど。クソ、頭の中がショートしそうだ。
「それが、
「…………」
フィットア領、大規模災害、犠牲者に捜索団。パウロの変わり果てた姿を見るに、それがいかに大変で懸命なことだったのかは想像がつく。
俺は知らなかった。知らなかったが…。外での喧騒は子供を狙った人攫いだと勝手に勘違いをして安易に動いて、さっきは売り言葉に買い言葉で挑発するような物言いをして。パウロが怒るのも無理はない、か。
「心底ガッカリしたぜ、お前には」
パウロが俺に向ける眼差し。
……この目は、知っている。記憶にある。かつて見たことがある目だ。
失望、諦め、役立たず、無価値。 そして、屑。
生前、親が、兄弟が俺に向けてきた目と同じだ。
「…………」
耐えきれず俺は思わず目を逸らす。
しかし、パウロから視線を外せば、今度は別の目が視界に入る。
周囲の視線。
能天気に、被害者の心情も考えず、捜索団の苦労も知らずに発した言葉の数々。挙句の果てには妨害行為にまで及んだ俺に対して、責めるような目で見ている。
……ああ、これはダメだ。
あの時の目だ
全裸で校門に磔にされた次の日
教室に入った時の全員の視線
・
・
・
・
・
「ルーデウスッ!」
…………
……え?
「ルーデウス、大丈夫!?」
気づけばエリスが俺の両肩を掴んで、顔を覗き込んでいる。
……俺は、意識がとんでいたのか? ……エリスの顔、近いな。
「大丈夫だから」
……俺を真っ直ぐに見つめる彼女の瞳。ああ、強くて、カッコよくて、頼りになる目だ。パウロの、周囲の、落胆と非難の眼差しとはまるで違う。
「私がルーデウスを守るから」
いつだって俺を助けて、俺を支えてくれて、俺を守って、俺を信じてくれる赤毛の少女。
……ああ、本当に俺は彼女に救われているな。
「チィ。なんだよそりゃ、こっちの気も知らねえで。やっぱり女とヨロシクやってただけじゃねーか。女に守ってもらって、女に慰めてもらってよ」
俺達に恨めしそうな目を向けて暴言を吐く。
……この人は、
「ルディ。お前なら、この1年半で他の被害者を、ゼニスを、リーリャを、アイシャを…、家族を救ってくれるモンだと思ってたのによぉ」
……もういい。
「先程も言いましたが、僕らも自分達のことで手一杯だったんですよ。何も知らない場所にとばされて、誰も知っている人がいなくて。それでもなんとかここまでやってきたんです」
「てめえなら、もっとうまく出来ただろーが!」
「できませんよ。どれだけ過大評価、いえ、僕のことを見誤ってるんですか」
……はぁ。くそ、俺も性格が悪い。
「ああ、そうですね。だいたい5年ぶりくらいですから仕方がないのかもしれませんね。7歳の時に、貴方に殴られて、気絶させられて、縄で縛られて身動きできないように拘束されて、以後も家族とは手紙も接触も一切禁止にされて、エリスの家に運ばれて以来ですからね」
「……それは」
ただの皮肉だ、言わなくてもいいことなのに。
……ふぅ。
「まあ、それはそれとして。
僕はエリスに、仲間に、支えられて協力しあって、それでようやくここまでこれた人間です。貴方が子供だ、魔族だ、女だと馬鹿にした彼女らがいなければ、今、僕は生きてここにはいないでしょう」
「…………」
「災害や他の被害者に気が回らなかったのは事実ですし、こちらに落ち度があるのはわかりますが。でも…、それでも! 俺が必死でやってきたこれまでのことに、貴方に文句を言われる筋合いはありません」
「………………」
言いたいことは言った。場は静まり返っている。
「「「 ……………… 」」」
周囲を見回しても、全員顔を伏せて黙っている。
……でも、もういいんだ。周りの視線も、目の前の男も。
「エリス、行きましょうか?」
「…うん、わかったわ!」
俺の言葉に彼女が快く返事をしてくれる。
「みんなも行きましょう」
「…もういいのかい?」
ここまでクルト達は一言も間に入らず、黙って事の成り行きを見守ってくれている。彼らだって人間語をほとんど習得しつつあるので、自分達がどのように言われていたかわかっていたのに、だ。
「ええ、かまいません」
「ん、わかったよ。…じゃあ、まずは宿探しかな。いいかげん日も落ちかけてきたしね」
白髪の少年は問題ない、気にしていないという
俺達はゾロゾロと店を出ようと動き出す。クルトが先頭で、バチロウ、ガブリン、テルセナと続き、エリス。最後尾の俺は店の敷居を跨ごうとしたところで足を止める。そして、振り返る。
未だ倒れている男に向かって、
「一つ、訊きたいことがあるのですが」
「……なんだよ」
視線をこちらには向けず、伏せた目で答える。
俺の言葉に返事をする気はあるのか。
「ブエナ村にいた頃も、そして今日この場でも。結局貴方は僕のことを大人として扱っていたんですか? それとも子供として見ていたんですか?」
「………………」
しかし、返答はない。
「センパイっ!」
ギースから咎められるような声。咎められるような声だが…、その目は非難といった感じではなく心配や案じるような視線。
そうだな。ギースも斜に構えて皮肉屋を気取っているようだが、根はいい奴だからな。…その対象が俺でなかったとしても、別にいいさ。
俺はそれ以上何も言わない。
ただ最後に
・
何をやってるんだろうか、俺は。
馬鹿なんじゃないのか、俺は。
生まれ変わって、転生したということに気づいて。
今度は、今度こそは本気で生きて行こうと決めたのに。
前世と同じ轍は踏むまいと、思慮深く行動しようと、周りと軋轢を生まないようにと。
要領良く物事を進めた、効率良く色んなことを身に着けた、ずる賢く立ち回った。
生まれ変わる前からのトラウマも、ロキシーの助けもあって外で活動できるようになった。
ブエナ村では多少調子に乗っていたかもしれないが、それでも概ね問題なかったはずだ。
ボレアスの屋敷では大変な目にあったことも少しはあったが、それでも上手くやれたし充実していた。
魔大陸で目が覚めて、現実を突きつけられた。
この世界は楽園ではないし、ゲームでもなかった。
生前の知識と記憶を持っていたとしても、ご都合主義もチートなんてものもなかった。
死、飢え、恐怖、悪意、無知。
乗り越えるために頭を使って、力を身につけて、人に助けられて、生きた。
エリスと仲間と共に。
好きな子と友達と一緒に。
転移災害。フィットア領の大半を巻き込むような大規模災害。
大量の被害者。生死、行方不明、関係者の辛苦、救助者の苦労。
俺だって被害者だ。どれだけ大変なのかはわかる。
あの男が変わり果てた姿になっているのも理解できる。
でも
"ガキのくせに"
"気色が悪い"
"女なんか"
"気楽に" "
声が頭の中で反芻する。
許せるか。許せない。拒絶する。
憎いとか嫌悪とかそういった感情じゃない。
俺が本気で生きてきた時間で得た何かを、ただ否定されたくない一心で。
受け入れることは絶対にできない。
ああ、でも
俺はまたくり返すのか。親と、家族と、上手くやれないのか。
生前で学んだんじゃないのか。今度は上手くやるんじゃないのか。
生前? 今度は? 生まれ変わっても、俺自身は変われないのか?
今からでも、なんとか…
いや、駄目だ。絶対に駄目だ。
上辺だけ、外ヅラだけでも取り繕って、受け入れるような真似なんてしたくはない。
俺自身が、生まれ変わる前も後も関係なく、あの人の言葉を受け入れることは絶対に嫌だ。
生まれ変わる前、生まれ変わった後、生前の記憶、転生後の生き方。
ああ、感情がぐちゃぐちゃだ。
思考も滅茶苦茶だ。
振り返れば。最後にした質問はなんなんだ、あれは。
あれは自分に対する問いを人にぶつけただけだ、自傷行為をなすり付けただけだ。
原因は俺だ。俺の事情だ。
生前は無為に過ごした時間が長かった。その全てが無駄とは思わないし得たものがないわけではないが、人生経験を積んだとは思わない。
俺は大人なのか、それとも子供のままなのか。
過ごした年数はそれなりに長い。でも俺自身が俺自体を理解していない。
俺が一番、俺をわかっていない。
ああ、情けなくて、辛くて、悔しくて、わからなくて。涙が出てくる、泣けてくる。
ああ、やっぱりぐちゃぐちゃだ。
感情も、思考も、顔も、目も、鼻も…
・
・
………ん?
……んん?
…気づけば、横になって。顔をグシャグシャにして。
…柔らかい何かに顔を
…俺は泣いていたのか。
「ルーデウス、大丈夫?」
すぐ近く、頭の上からエリスの声が聞こえる。
同時に自身が柔らかく温かく包まれていることも認識する。
そうか。俺はエリスに抱かれ、彼女の胸で泣いていたのか。
「大丈夫よ」
抱きしめる彼女の手が、俺の背を優しくさする。
何度も、何度も。子供をあやす様に。
あったかくて、落ち着けて、すごく安心できる。
「ルーデウスは一人じゃないから」
彼女が与えてくれる安寧、心地良さ。
このまま身も心もあずけて、ずっと甘えていたい。
けれど、
「私はルーデウスと一緒にいるから」
愛情がこもった言葉に、一度ギュっと抱きしめ返す。
そして、名残り惜しいが少しだけ体を離す。
「グズッ、ン゙、ん゙。
…ありがとう、エリス。…もう大丈夫ですよ」
彼女の目を見て言葉をかける。
「そう? それならいいけど…」
彼女も俺の目をまっすぐに見て答える。
「…いつもすみません。…こうやって守ってもらって、慰めてくれて」
「ううん、そんなことない。いつも頑張って私を助けてくれるのはルーデウスのほうだわ」
食い気味にそう言葉を返す彼女。
「…僕がエリスにできたことなんて、大した事ありませんよ。それよりもエリスがいなかったら、僕はここまでの何処かで折れて立ち上がれなかったでしょうから」
「私だってルーデウスがいなかったら、たぶん、生きてないわ。ルーデウスがそばにいてくれたから、支えてくれたからここまでやってこれたんだって…」
…………
「……はは」
「……ふふっ」
互いに笑みがこぼれる。
赤毛の少女と見つめ合って、二人とも似たようなことを考えていたんだと理解する。
ひとしきり二人で控えめに笑いあった後、場は静寂に包まれていることに気づく。
……感情も思考も滅茶苦茶だったけれど、俺もだいぶ落ち着けてきたな。
横たわった状態のまま、周囲を見回す。ここはどこだろうか? 周りに灯りはないが、どこかの室内なのは間違いない。
「エリス。僕らが今いるここは…?」
「宿よ。クルト達が探してくれて、えっと、あー、なんて名前の宿だったかは覚えてないわ」
宿、か。室内の雰囲気や調度品を見るに、ごく平凡な宿なんだろう。俺達はこんな状態、同じベットで向かい合って横になっているが、決して連れ込み宿とかではないと思う。そういう所に俺は一度も行ったことはないので、よく知りはしないが。
「クルト達は?」
「ゴメン、わからないわ。たぶん他の部屋で休んでると思うけど」
ふむ。そうなると、あれから俺達は普通に宿を探して、宿泊の手続きをとって、今こうしているということか。
なんだか、店を出てからの記憶が曖昧だ。エリスに手を引かれて歩いたことは微かに覚えているが。俺はいつから泣いていたんだろうか。
「…ねえ、ルーデウス」
「なんでしょうか?」
先程と同じように、俺をまっすぐに見て彼女は言う。
「アイツが言ったことは、許せないわ。ルーデウスがどれだけ頑張ってきたか、私は知ってるわ。他の誰かがルーデウスのことをわかってなくても、気にかけてなくても、私はルーデウスを見ているわ。
だから。ルーデウス、私の家族になりなさい」
…………
「え、ええっと。エリス、意味を理解して言ってますか?」
「もちろんよ」
ああ、これは違う。これはそういうことを考えているわけじゃなく、たぶん言葉どおりの意味だ。
家族。エリスと俺が、家族になる。
そうだな。あの店で見聞きしたことは事実確認をしたワケではないが、おそらく本当のことなんだろう。大規模転移災害、ブエナ村もロアの街も巻き込まれている。サウロス、フィリップ、ヒルダ、ゼニス、リーリャ、アイシャ…。エリスの家族も、俺の家族も安否と行方がどうなっているかわからない。
だから、家族。お互いが大切で大事で、かけがえのない対象であることの証明として、特別であることの証として。
「そ、その…、エッチなのはもう少し待ってほしいけど…」
「…………」
違った。彼女の言葉にはそういうことも含まれていた。今すぐというわけではないようだが。
服を着ているとはいえ、同じベッドで抱き合うような恰好。正直、少し、意識してしまう。
彼女の様子を伺う。顔を赤らめて、でも目を逸らすこともなくまっすぐに見つめて。可愛いと思う。
「…ルーデウス、ダメ?」
俺が答えないでいると、今度は途端に涙目で心細そうな表情になる。
ああ、俺ってやつは。こんなに可愛くて、カッコよくて、純粋で、温かくて、信用できて、頼りにしてくれる女の子を不安にさせてなにをやっているんだ。
俺はすぐにでも返事を…、 返事が…、 できない。
こんな良い子の相手が俺でいいのか?
俺はこの世界で生まれ変わってもうすぐ12年だが、生前の人生を含めれば過ごした年数はもっとずっと多い。その中には彼女に言えないような、誇れないようなこともあった。周囲の人間に卑下されるようなこともやってきた。
俺は彼女から見えているような男ではないのかもしれない。実際、俺は俺自身を理解していないと、ついさっき感じてもいる。
でも、俺は目の前の彼女をとても愛おしいと思っているわけで。
彼女のことが好きだと認めていることも事実なわけで。
だから、俺は彼女には。
彼女にだけは
「…エリス、その前に聞いてほしいことがあるのですが」
「? なあに?」
この赤毛の少女にだけは誠実でありたい
「" 転生 " って言葉の意味、わかりますか?」
本作ではルーデウスがヒトガミから転移災害について何も聞いていません。これまでの旅路では微かにそれらしき情報があった程度となっています。
エリスが同席して、かつストッパー役のルイジェルドがいないとこういった感じになるかなと考えて描写しました。ぶっ殺してやるわ!
アニメ、2026年中にあの名シーンはこなさそうですね。残念です、見たかった。
でも、日記の内容をがっつり映像化されるのも、見たくはないと思いつつも見てみたい。怖いけれど辛いだろうけど、見てみたい!
次回予告 「ルーデウスの告白」