ミグルド族の里を出発してから幾度かの戦闘を行った。
大王陸亀は簡単だった。大きさに見合ったタフさはあるのだが、そのせいか動きが遅い。魔術で牽制して、エリスが頭をかち割って戦闘終了。肉が食べられるということで確保したが、その他の部位の処理に困った。死体を残しておくとゾンビになるということで、甲羅以外を焼いて処分した。サイズがサイズなだけに死骸処理のほうが労力が大きかった。
アシッドウルフは口から酸を吐く狼だ。1匹だったのでエリスが倒した。鋭い踏み込みから一閃、一撃で首が飛んだ。
そして現在、パクスコヨーテの群れとの戦闘中だ。数は10匹以上。エリスと俺で対峙し、ルイジェルドは後方でもしもの時のカバーとして待機だ。
ここで対多数戦闘の難しさを知る。
パクスコヨーテ1匹より、エリスのほうがずっと強い。しかし3~4匹に囲まれれば致命傷こそ受けないが、多少の怪我を負ってしまう。俺は魔術を飛ばしながら、そんなエリスが囲まれないように立ち回る。周りが片付くとエリスはさらにガンガンと前に出る。俺も遅れないように前にでるが、いかんせんエリスのほうが足が速い。前衛と後衛で距離が離れフォーメーションが意味をなさなくなる。
「エリス、あまり前に出ないで」
「っ、わかったわ!」
エリスはこちらが指示を出せば従ってくれるが、逆に指示を出さない時はただひたすらに前に突き進む。人に合わせるという概念がないのだ、彼女には。
この問題は
エリスが最後の1匹を切り飛ばす、戦闘終了。
いくつかの小さな傷を負ったエリスに治癒魔術を施す。
そして死骸処理に入る。パクスコヨーテは毛皮が売れるということで、皮を剥ぐのだ。
「こんなに数がいるとは、運がいいな」
ルイジェルドはナイフを取り出しつつ、そう言った。彼にとっては魔物の数が多いというのは、獲物が多いということに他ならないらしい。
「ルイジェルドさん、ここまでの戦闘をどう見ますか?」
俺も土魔術で作り出した短剣で死骸を処理しつつたずねる。
「ふむ………、個々の技能は問題ではあるまい。魔物の頭数が少ないのなら、おまえたちがそう遅れをとるとは思えん」
高評価、しかし条件付き。
「数が多いときは…、戦わなければよい」
んん?
「おまえはエリスを守るために戦っているのだろう? ならば必ずしも相手を全滅させるだけがすべてではない、違うか?」
たしかに。相手に勝つつもりで考えていた、だが違うのだ。
重要なのは生き残ること。
「そう…ですね。相手が多ければ戦闘を避ける、隠れてやり過ごす。それでも襲ってくるなら、足止めの魔術を広範囲にばらまいて逃げればいい」
「そうだ。時には戦士として命をかけて戦うこともあるだろが…。
しかし、己の戦士…騎士といったか。その矜持と目的を見失わなければ大丈夫だ」
なんともありがたく重い言葉だ。
そうだ、目的はエリスを無事に帰すことだ。
「それにアレはおまえの言葉にはしっかりと耳を傾けている、戦いの最中であっても」
ルイジェルドは暖かく見守るような目で、そんなことを言う。
いかん、なんだかむず痒くなってきた。
「当然よ! ルーデウスはいつも間違ってないんだから!」
どこから出てきたのか、突然エリスは誇らしく叫ぶ。
いや一緒に死骸処理をしていたんだから、近くにいるのはあたりまえだけども。
「そうか」
なんだかエリスからの評価が天元突破している気がする。
それにルイジェルドもミグルド族の里以来、俺のことを子供ではなく戦士として扱っているようだ。
俺自身は大したことはやっていないのだが、ホントに。
そして野営。
夕飯は大王陸亀の肉だ。食べきれないので、大半はルイジェルドの指示で干し肉にした。
大王陸亀の肉。ハッキリ言うとおいしくない。ミグルド族の里長からもらった香草といっしょに焼いたせいか生臭さはないのだが、いかんせん硬い。
これは干し肉も期待できそうにない、旅は過酷なものになりそうだ。
思えばアスラ王国の食事は良かった。パン食が中心だったが、肉、魚、野菜、デザートと申し分なかった。
エリスを見てみる。お嬢様育ちの彼女はさぞ大変だろうと思ったが、彼女は平気な顔をしてもっちゃもっちゃと食っていた。
「エリス、その…大丈夫ですか?」
「? 平気よ。
それに…ふふっ、こういうもくもぐ、ギレーヌみたいね!」
ギレーヌ? ああ、そうか。ギレーヌの冒険者時代の話のことか。エリスはギレーヌによく懐いてたみたいだし、家庭教師をしている時もよくそんな話をギレーヌがしていたことを思い出す。
食後に、ルイジェルドはエリスに剣の手入れの方法を教えていた。一応、俺も聞いておく。
もっともエリスが使っている剣は、特殊な金属を特殊な鍛造法で作り出したものだから、錆びるということはないそうだ。だが手入れの必要性がないわけではない。血糊をそのままにしておくと、錆はしなくとも切れ味が落ちる。それに他の魔物が寄ってくる原因にもなるらしい。
ルイジェルドは戦士として己の武器を管理するのは当然、とも言っていた。
俺の杖、
そんなふうに俺が杖の手入れをしていると、エリスが伺うように話しかけてきた。
「杖、どう?」
どう、とは。実に言葉足らずな質問だが、ここは素直に答える。
「ええ、いい感じですよ。使い心地も性能も申し分ないです、エリス」
「そう? んふふ、それならいいわ!」
彼女は顔をほころばせた。実際、使った感触は文句なしに大変良い。
するとルイジェルドが訪ねてきた。
「それほど大きな魔石はなかなかお目にかかれん。名のある業物か?」
「ええ、これは誕生日にエリスからもらった杖です。銘は
エリスがドヤ顔まっしぐらな表情で、腕を組んでうんうんと頷いている。
「そうか。龍族が好みそうな銘だな。ただエリスの剣も含めて盗みには注意しておけ」
「はい、そうします」
余談だが杖というものは、柄の部分も重要ではあるが先端に取り付けた魔石の大きさと質が価値の大部分を占める。なので普段は杖先端の魔石部分には布を巻いて、周りには高価なものだとは悟られないようにしている。まあ物の価値がわかる者がこの杖を見れば、柄の部分だけでも高級品であることは判断できるのだが。
「話はかわるが、お前たちは町に着いた後はどうするつもりだ?」
「ええ、ミグルド族の里でもらった金銭があるので、当面宿代の心配はないと思います。まずはロアに手紙を書いて、それから情報を集めますね」
「情報?」
「はい。日銭を稼ぐ方法と商隊の情報です」
「なるほど、商隊に便乗して先に進むつもりか。しかし、この魔大陸では町から町に移動する商隊はそれほど多くはない。あと手紙も中央大陸までは確実に届くかどうかわからんぞ」
「それでも打てる手は打ってみます。手紙は最悪届かなくても、損失は手紙代ぐらいですし」
「日銭を稼ぐなら冒険者になる、というのもある。俺も詳しいわけではないが、低ランクの依頼ならそれほど危険もないはずだ」
「冒険者! やりたいっ!」
エリスが急に会話に入ってきた。
「たしかにそれもアリですね。では冒険者になって日銭を稼ぐ、という選択肢も入れておきましょう」
「え~っ、決まりじゃないの?」
「いいですか、エリス。魔物をバッタバッタと倒すような依頼は、おそらく高ランクの冒険者がやることです。冒険者になったばかりの者がすぐにできることではないでしょう。それに迷宮に入るような危ないことは極力避けようと思っています。僕たちの目的は、あくまでロアに帰ることなんですから」
「う~~ん…、わかったわ」
「ただ、元々帰るにも時間がかかりますし、冒険者登録しておくのは悪くないでしょう。ランクは地道にあげればいいですしね」
「やった!」
上げて落として、また上げる。なんだかエリスを飴とムチで躾けているようだ。
その後はエリスが冒険者になったらどうするか、どうしたいのか、夢と希望がたっぷり詰まった話を俺とルイジェルドは聞きながら眠りについた。
リカリスの町まで、あと2日ほど。
距離は順調に稼いでいる。
引き続き魔物は出てくるが、順次狩っていった。一度だけパクスコヨーテ相手に危ない場面もあったが、ルイジェルドに助けてもらった。予想はしていたが、やっぱり強い。ひょっとしたらギレーヌより上か。正直自分とはレベルが違うので、正確には測れない。
エリスはルイジェルドにあれこれ教わりつつ、剣を振っている。ルイジェルドも教えがいがあるのか楽しそうだ。
「精進すれば一流の戦士になれる」
「ほんと!? やった!」
飛び上がるエリス。嬉しそうだ。
道中では様々なことを彼から学んだ。地理、方位、経路の決め方、索敵、休憩のとり方、夜襲への備え、etc。
今日は二人に頼み込んで、野営中の調理を担当させてもらった。
はっきり言って大王陸亀の焼き肉はおいしくない。なので土魔術で鍋を作って、煮込み肉にしてみた。うん、柔らかくはなった。ただ香草以外の調味料がないので、味が良くないことはかわらなかった。
リカリスの町まで、あと1日ほど。
ルイジェルド曰く、明日には到着できるようだ。
魔大陸特有の大きな高低差、岩場ばかりの道も慣れてきた。
今日も元気に魔物は討伐。いやいや、狩りは危機感を持って慎重に。油断、慢心、ダメ、絶対。
エリスは引き続きルイジェルドに教わっている。傍から見ていてもエリスの動きは良くなっているように見えた。実戦慣れしてきたのだろうか。元々エリスは魔大陸にくる前に剣神流上級になっているし、最近の様子を見ていると、接近戦では魔術込みでも俺に分が悪いように思えるほどだ。
そして今日も調理担当。煮込み肉は失敗だった、今度は蒸し肉だ。
水はつくれる。蒸し窯もつくれる。レッツ、クッキング!
ただこの調理方法は時間がかかりそうなのが難点だ。煮込みよりもさらに時間がかかる。待っている時間が暇だったので、二人の様子を見てみる。
「………ため、それも…だろう」
「………絶対…るわ」
何やら今は素振りや手合わせではなく、お互い正座で座学をやっているようだ。ルイジェルド正座できたんだ…、剣神流を習っているわけでもないだろうに。
魔大陸にきた晩から考えれば随分と二人も打ち解けている。やだ、ジェラシー感じちゃう。
ちなみ蒸し肉はなかなかにうまくできた。蒸したことで肉の柔らかさと香草の香りがなんとか料理として最低限レベルまで押し上げられた気がする。二人にも好評だった。
リカリスの町まで、あと500mほど。
俺とエリスの前には、白い三叉の槍を携えた無骨な男。エメラルドグリーンの髪、額の赤い宝石、白磁のような肌。この3日間、いや魔大陸で目が覚めた晩から今まで頼りになった人物。
その名はルイジェルド・スペルディア。
「ここまでだな」
「…はい」
「…うん」
俺もエリスも覇気はない。
ようやく目的地だったリカリスという町のすぐそばまで来たというのに。
「俺はここまでしか同行できんが、…あとはうまくやれ」
「………はい」
「………うん」
胸に穴が穿たれたような、そんな感覚。
たぶん俺は、寂しい。出会ってから数日しか経っていないというのに。前世でだってこんなことはなかった。
「そんな顔をするな。お前たちは戦士…と騎士なのだろう」
涙が溢れそうだ。
「だから泣くな。おまえたちにとって、これは長い旅路の一部にすぎない」
あぁ、別れるのが悲しい。
俺はどうしてこの目の前の実直な男を警戒していたのだろう。彼は色々と教えてくれた、俺たちを後ろから守ってくれていたというのに。
「ルイジェルドさん、ありがとうございました!
…そしてごめんなさい。俺ははじめあなたのことを…」
「それ以上言うな。言う必要はない」
言葉を遮られる。
「ルーデウス、いいか。それは必要なことだ。お前が魔術の腕だけで考えなしの男なら、俺は戦士として認めていない。お前にはお前の、俺にはないものを持っている」
「………はい」
ああ、何が悪魔のスペルド族だ。彼はこんなにもやさしい。
「エリス。お前には一流の戦士になれる素質がある」
「………うん」
「だから顔を上げろ。お前が守りたいもの、お前のすぐ傍でお前を守ってくれる者のために武器を振え」
「…わかったわ!」
彼は小さな荷物を肩にかける。これからミグルド族の里に帰るのだろう。
「それに俺は、これが今生の別れになるとは思っていない。
ルーデウス、お前の騎士の心構えとやらには正直感服したぞ。
エリス、15の約束とやら無事果たせるといいな」
「ん?」
「なっ!? ルイジェルド!!!」
彼は去り際に、むず痒くなるようなお褒めの言葉と爆弾を投下した。
「…ふっ。
ではな、また」
彼はそう言って、後ろ向きに手をあげながら離れていく。
なんだよ、かっこいいじゃないか。
「ありがとうございました!」
「また会うんだからねっ!約束よっ!」
俺もエリスもめいいっぱい手を振って言った。
残った俺とエリス。
別れは悲しい。
でも前を向いて歩かなくちゃ。
俺はエリスの手をとる。
あれ? 以前はこうやって手を握ったことはあったはずだったけど、魔大陸にきてからはあったっけ? ロアにいた頃は、主にエリスに引っ張られる形だったけど。
まあいい。
「さぁ、いきましょう」
これからリカリスの町に入る。
ルイジェルドは旅には同行しません。ここからどうなるか。
20250510:句点、読点、改行を修正しました。内容に変更はありません。