チィ。頬と脇腹、ズキズキと痛みが残ってやがる。見栄を張ったが、治癒魔術を掛けてもらったほうがよかったかもしれない。
「クソがっ」
杯を手に取り、雑に呷る。痛みを忘れるため、そしてついさっきの不愉快な出来事を払拭するため。
ゴッ ゴッ ゴクッ ブハッ
乱暴に喉に通して胃まで落とす。だけど消えない。痛みも、脳裏にチラつくアイツの目も。
……ちくしょう。
「パウロ」
不快な気分で独り呑んでいるオレに声がかけられる。この声は、ギースか。
「お~ お~ 随分と呑んだくれてるじゃねえか」
普段どおりのギースのふざけた態度だが、今はどうにも神経をイラつかせる。
「ハッ、悪いかよ」
「別に酒自体が悪いとは言わねえけどよ。でもまぁ、納得だな」
「あぁ? 何がだよ?」
「実の息子に言い負かされて、その相方にも手痛く反撃にあえば酒に逃げたくもなるよなぁ。典型的なダメ親父ってヤツだ」
「んだとっ!」
茶化すような言動のギースに腹を立てるが、コイツはどこ吹く風とも言わんばかりに平然と俺の隣に腰を降ろす。
「クソッ、だいたいてめえは何やってんだっ? 1年前に不意にいなくなったと思ったら、いきなりアイツと一緒にオレ達の邪魔してきてよ。どういうつもりだ、あぁ?」
「荒れてんなぁ」
とぼける様に肩をすくめるコイツに、オレは益々苛立つ。
「それにさっきの騒ぎの後も、フラッと行方をくらましやがって。コソコソと何考えてやがるっ?」
「わかった、わーった。言ってやるし聞いてやるから、少し待ってろよ。今、俺も酒を頼むからよぉ」
くっ、コイツは相変わらず余裕こきやがって。俺の言葉をのらりくらりと躱す腹積もりだろうが、絶対に問いただしてやる。
「ぷはっ、うめえ。やっぱ大森林じゃこういうのは飲めねえからな」
「ギース!」
「わかってるよ、うるせえなぁ。じゃあ話してやるよ。俺とセンパイ…ルーデウスとエリスお嬢達の、ここひと月の話ってやつをよぉ」
この小生意気なサル顔が語ったのは、ルディ本人とアイツと一緒にいた連中との出会いと旅の話だった。
大森林の聖剣街道で合流したこと。それまでの経歴を語ったり語られたりと交流したこと。野営準備や食料調達に協力したこと。街道を南下してミリシオンまで辿りついたこと。その間にも魔物に襲われていた少年を助けたり、暗殺者たちの手から子供とその護衛を救出したりと、人助けとなる行動をしたということだった。
「ケッ、やっぱり気楽に旅してただけじゃねーか、ルディの野郎。おまけにフィットア領の人間は助けようともしないクセに見ず知らずのガキ共に手を貸したりしてよっ」
「さっきの騒動でも俺ぁ言ったが、まずは落ち着いて話を聞けよ、パウロ。今言ったのは聖剣街道での話だ。当然だろ? 旅するだけなら、あの街道は大した危険なんかありゃしねえ。その上で魔物や襲撃者に襲われてた輩を助けに動いたんだ。別になにも間違っちゃねーだろ」
そんな言い分は…。ちっ、正論か。
「聖剣街道ではそうかもしれない。だが、それ以前の魔大陸を渡ってる間についてはどう言い訳するつもりだ? アイツがちゃんと動いていれば、今頃魔大陸での救助活動だって、ゼニスもリーリャもアイシャだって…、戻ってきてたかもしれねえのに!」
「ハァ~~~~」
これ見よがしに溜息をつくギース。この野郎…。
「ギース、オレは
「聞いてるよ。聞いた上で
「あぁ? 何がだ! こっちは1年半、家族を、被害者を必死に探してきたんだ。てめえみてえに傍観者を気取ったり、アイツのように遊んでたわけじゃねえ。そんなオレがおかしいっていうのか、間違ってるっていうのかよっ!」
「ああ、間違ってる。お前ぇはいつだって間違ってるぜ」
木製の杯を置いて、ヘラヘラとした表情から途端に神妙な顔になるギース。
「パウロよぉ、まず前提からしておかしいぜ。お前ぇは娘と、ゼニスの下の子供と一緒に災害に巻き込まれたらしいが…。お前ぇはすぐに全体の状況を把握できてたか? アスラのフィットア領の大半が巻き込まれたっつーことも、被災した人間が世界各地に転移でとばされたっつーことも、ちゃんと理解したのはいいとこ地元に戻ってからだろ?」
「それは、…そうだが」
「ザントポートに情報が届けば、当然ウェンポートにも情報は行き着く。ウェンポートに届けば魔大陸に情報が拡散すると勝手に判断してるみてえだがよ。魔大陸は人族の領域じゃないんだぜ? 世界の真逆の地域で起きた災害なんざ優先的に出回るモンでもねえよ。そんな土地柄でもねえしな」
「…………」
「先行者が伝言を残しておくなり捜索するなりで多少情報が拡散したところで…」
「先行者?」
思いがけない言葉にサル顔に訊き返すが、
「あ~、そりゃ後で説明する。
とにかくよ、魔大陸自体には情報がまず出回ってねえ。ルーデウス達が最短で情報を仕入れてもせいぜいウェンポートかその周辺程度だろ? そこからできることなんざ捜索団の人間と大差ねえだろ。それともお前ぇは1年以上かけてウェンポートに辿り着いたルーデウス達に、わざわざ魔大陸内陸部に戻って救助活動しろってか? あいつらだって災害に巻き込まれた側なんだぜ?」
「そうだとしても、だ。あと一歩で助からない者だっている、ギリギリで救助が間に合わねえことだってあるんだ。オレはそういったことを捜索団で何度も経験してきた。
ルディはな、本当に優秀なやつなんだよ。頭もいいし、あいつが7歳の時には既にオレに近い実力だってあった。能力のある奴に、能力に見合った仕事を期待するのは間違ってるか?」
「ハァ~~~~」
再度大げさに溜息をつくギースにキレそうになる。
「真面目に聞けって言ってんだろっ!」
ガシャン
机の上のこいつの杯を乱雑に払い落す。中身諸とも床にブチ撒けたが気にしてなんかいられねえ。
「パウロ、間違ってる前提その2だ。お前ぇ魔大陸には行ったことはねえんだろ? 魔大陸はな、お前ぇが考えてるような環境じゃあ、断じてねえんだよ」
「あぁ?」
「知っての通り、俺は魔大陸の出身だ。で、その俺に言わせりゃあ…」
サル顔の話はにわかには信じられない内容だ。
街と街を繋ぐ街道がない、安全な道がない、魔物が多い、その魔物も中央大陸では森の奥でしか見かけないようなCランク以上ばかり。土地は痩せて草木がない、雨が降らない、川も湖もない、食料も薪も魔物を狩って得るしかない。おまけに街中は窃盗、暴行、誘拐、殺人が簡単に起こりえるほど治安が悪い。
危険な場所だとはオレも人から聞いてはいた。だが、それにしたって
「そりゃいくらなんでもフカしすぎだろ?」
「本当の事だ。俺は今、一切嘘を言ってねえ。魔大陸ってのはそういう場所だ。とにかく身の危険が常に付きまとうような過酷な土地なんだよ」
ギースの目は嘘を言っているようには見えないが…。いや、こいつはこういう顔をして平気で嘘をついたり事実を隠すような奴だ。結婚前まで同じ冒険者パーティで付き合いも長い、それくらいはオレだってわかっている。騙されるものか。
「ハッ、ルディとアイツの取り巻き連中はガキしかいなかったじゃねえか。そのガキ共が旅できるくらいの土地で…」
「ガキだから凄ぇんじゃねえか」
オレの言葉を遮ったサル顔が続けて口を開く。
「いいか、パウロ。ルーデウスとエリスお嬢が災害でとばされたのは、ビエゴヤ地方のリカリスの街あたりだ。リカリスっつったら魔大陸の北の端だ。つまりあいつらは1年以上かけて魔大陸を北の端から南の端まで旅してたんだ。
凄ぇよな。現地で仲間を得たとはいえ、同じ年頃の経験の浅いガキ達だ。それでも金を稼ぎながら危険な土地を渡り歩いて魔大陸を縦断しちまうなんてよ。ホントにガキとは、いや、ガキじゃなくても無理か。人族なら大人だってやり遂げられることじゃねえ。当然、お前ぇにだってできない芸当だぜ?」
「ナメてんのか、ギース? ルディは確かにできる奴だが、大陸渡るくらいならオレだって…」
「ハァ~、間違ってる前提その3。お前ぇは何で当たり前のように魔大陸で活動できると思ってんだ?」
「はぁ? どういう…」
「言葉が通じると思ってんのか? 魔神語話せんのか?」
……いや、それは
「魔大陸の常識を知ってんのか? 地理はわかんのか? さっき言った魔物の危険や厳しい環境について事前に理解できるのか? そういった情報を人間語が使える奴がまずいねえ現地で、一体どうやって集めるつもりだ?」
………………
「元パーティメンバーだからハッキリと言わせてもらうがよ、お前ぇには絶対ぇ無理だ。仮に災害で魔大陸にとばされたのがルーデウス達じゃなくてパウロだとしたら…。エリスお嬢は3日とか言ってたが、まぁ10日生きていられるかどうかってところだろ。ひと月もてば上々だ。街郊外に転移して昼夜問わず襲ってくる魔物にやられるか、街中で喰うに困った挙句犯罪まがいの行為でお尋ね者になるかはわからねえけどよぉ」
…………チッ
「それなら、ルディの奴はどうなんだ? アイツだってアスラの生まれなんだぞ?」
「なんでもルーデウスははじめから魔神語話せてたらしいぜ、いつどこで覚えたんだか知らねえが」
……そういえばフィリップの手紙に書いてあったな、家庭教師の空き時間で言語を学び始めたって。たしか獣神語って話だったと記憶しているが、魔神語も勉強していたのか。人族でほとんどを占めてるロアの街でどうやったら魔神語なんか学べるのか。
「おまけに転移でとばされて初めて会ったのが、スペルド族だぜ? 大したモンだよなぁ。先入観にとらわれずに、あのスペルド族と会話して交渉までするんだからよぉ。並みの胆力と折衝能力じゃないぜ」
「それはアイツが単にだまされて…」
「スペルド族ってのは実際にいるぜ? まあ、生き残りは少ねえって話だけどよ。過去の人魔大戦でのことで世間からは散々に言われてるが…。強くて不愛想で、でもお人好しなおっさんのスペルド族を俺も一人知ってるしな」
……アイツは騙られてたわけじゃないのか。
「まっ、色々言ったが魔大陸ってのはそれほどに物騒な場所で、人族が身一つで生きていけるような土地じゃねえんだ。人族が多少関わりのある大陸南端ウェンポートとその近郊以外で生きていけるのは、ルーデウスと、それこそ七大列強かそれに近い位置にいる連中のような一握りの強者じゃなきゃ厳しい。
あと、言いにくいことだけどよ。魔大陸にとばされた人間は正直、今も生き残ってる可能性は低いと思うぜ。転移でとばされて数日で息絶えて、身元不明の死体として処理されるか魔物に喰われて死体すら残らねえか…。だから、まあ、情報は残らねえし、世界の逆側から転移した人間がいるっつーことも発覚しねえし、ルーデウス達は魔大陸にいた間は災害の全容なんてほとんどわからなかったんじゃねえか?」
……ギースの言い分には一理ある、一理あるがっ。
それは同時にゼニスが、リーリャが、アイシャが魔大陸にとばされていたとしたら、生きて再会できる可能性がほぼないということで……認めねえ。オレはそんなこと認められるわけがねえ。
「なら尚のこと、アイツは動かなくちゃいけなかったんだろっ! アイツは、ルディは天才だ。人族の大半ができないことをできちまうっ、七大列強並みのことがやれちまうぐらい傑出した奴なんだぞ!」
「"天才"、ねぇ? 笑える言葉だな」
「あ? てめえだって今ルディのことを…」
「いいや? 俺が笑ったのは"天才"って言葉自体にだ。ホント便利で使い勝手がいいよな"天才"って言葉は。そう口にすれば、期待も、負担も、責任でさえも身勝手に押し付けられるからよぉ」
………………
「まあ魔術に関しては実際、天才ってやつなのかもな。これは俺がそっちの分野に関してはよく知らねえから言葉にするんだが。無詠唱で魔術を使うヤツなんざ初めて見たし、普段は旅のサポートとして魔術で何でもこなすし、どれだけ魔術を使ってもバテる気配もねえしよ。あっ、あとちっとだけ見た戦闘でもワケのわかんねえ規模の魔術も使おうとしてたな」
そら見ろ、アイツは天
「だけどよぉ、それ以外は俺ぁどうかと思うぜ。こっちの分野に関しては知ってるから言わせてもらうがよ、ルーデウスは優秀ではあると思うが別に天才って感じでもなかったけどな?」
「てめえがルディの何を知ってやがる。いいか、アイツが5歳の時には…」
「知ってるよ。少なくとも何年も会ってなかったお前ぇよりも、今現在のルーデウスに関しちゃあな」
……くっ。さっきから、ことごとく発言を被せてくるコイツには腹も立つが、反論できないからタチが悪い。
「センパイ…、ルーデウスは頭の回転は悪くねえし、物事に対してちゃんと理論立てて考えてる。それでいて固定観念に囚われないっつーか、柔軟な思考も行動もできるし、さっきも言ったが十分優秀な部類に入るだろうよ。でもよ、考え過ぎるせいか突発的な事態は得意じゃねえし、目の前のことに集中するあまり時折周りが見えてねえこともある。ワキが甘いのもそのせいだな」
「………………」
「な? 天才って称される程じゃないだろ? これくらいなら探せばそこら辺りにいる類の人間だ。ルーデウスは多少成長は早かったかもしれねえが、別に不可能を可能にするカミサマでも、絶対的な力を持つ王様でもねえ。ごくごく普通の人なんだよ」
……クソッ。実の親よりも理解者ヅラするコイツには思うところもあるが…、やっぱり何も言えねえ。
「だから、だろうな。普通のアイツらは凄ぇんだぜ、ガキしかいねえからスレてねえってこともあるかもしれねえが。旅してる間は剣術とか魔術の訓練は常に欠かさないしよ、食料の調達やら調理やらの雑事も全員で手分けしてやってたし、危険の少ない聖剣街道でも索敵や見張りをサボることもなかった。身勝手に振舞う奴もいねえし、仕入れた情報とか懸念点とか行動予定なんかも全員で共有しようとしてたしよ。
ひと月の間しか見てねえが、ルーデウス達は普通に思い描く、普通の冒険者像ってやつを、普通にこなしてたぜ」
「チッ。ギース、てめえは随分とルディとその仲間の連中の肩を持つじゃねーか」
「まぁ、な。技量も役割も、腹の中の算段も、各々の関係性でさえ歪だった俺達と違ってよ、ルーデウス達は至極真っ当でまともな集団だったからな。……眩しいくらいによぉ」
……ちくしょう、コイツの言い分も言いたいことも不本意だがオレにだってわかる。
オレはルディ達に会った時、たしかに先入観に囚われて判断した。ガキだけだと侮った。魔大陸は危険な土地だと聞いていたのに詳細は知ろうともせず、自分の常識に当てはめた。一緒にいた連中について何か言った気がするが、何も考えずに感情のままに口に出した。
そしてアイツを、ルディを天才だと評して盲目的に何でもできると信じ込んでいた。
だが、それでも。実際ルディは小さい時からオレより賢くて、どんなことにもうまくやれる奴だった。手前ミソだが、あれほど優秀な子供なんてアスラ王国中を探したってたぶん存在しない。そんなできた息子に期待して何が悪い。
……いや、ギースのさっきの言葉。"身勝手に押し付けられる"、か。
ひょっとして、オレはあの厳格だった父と同じことをしていたのか? 頑固で融通がきかず、こっちの言い分は聞こうともせず頭ごなしに叱ってくる父親。ガキの頃、そういったことに嫌気がさして家を飛び出したんじゃなかったのか?
ああ、クソッ。
「おぅ~い、店員の兄ちゃん。悪ぃが酒を床にこぼしちまった。別料金でいいから同じやつをもう一杯頼むぜぇ」
こっちの心情に構うことなく、マイペースに酒を注文する隣のギース。
「お前ぇのオゴリだぜ?」
厚かましいとは思わない、安い情報料だ。
そして、貴重な情報だ。
「ギース、ルディ達が魔大陸でどうしていたかはわかった。だが、わからねえこともある」
「あん? 何がだ?」
運ばれてきた木製の杯を受け取りさっそく喉を潤しているサル顔に、オレはさっきの騒動で最も不可解だった点をぶつけるように訊ねる。
「なんで
「つまんねぇ冗談だな」
「…………」
オレから話を振ったが、コイツの安い挑発に乗るつもりはない。それよりも今はもっと知ることが先決だ。
「少しは冷静になったってところか、パウロ。いいぜ、話してやらぁ。っつっても噂話と状況から推測した話になっちまうけどよ」
酒を口にしながら余裕のある態度、それでいて目と口調だけは真剣。いつもの
「お前ぇも知ってると思うが大森林はちっと前までは雨季だったんだがよ、俺ぁその大森林のミルテッド族の所にいたんだ」
ミルテッド族? たしか兎のような耳を持つ獣族の一種だったか。
「雨季の大雨と洪水で足止めっつーか、ロクに動くこともできずに滞在してたんだがよ。そん時に面白い状況と話を聞いたぜ」
「…………」
「まぁ、面白いっつったら不謹慎か。悲惨で非人道的で、それでいて救いのある波乱万丈って感じだな」
……先を急かしたくなる。もったいぶった話し方にはイラっともするが、今は我慢だ。
「まずは雨季直前のことなんだがよ…」
ギースが遭遇した状況と集めた情報。なんでも大森林では雨季直前、裏社会の組織に子供が大量に拉致される事件が起こったこと。同時に獣族の至宝とも言うべき特別な獣も攫われたこと。大森林の獣族も総出で対応にあたったが、結局は雨季の大雨で行動できなくなってしまい解決には至らず混乱状態に陥ったこと。
「子供を攫うのは胸糞悪いが理解できる。特別な獣ってのは?」
「なんでも聖獣とか神獣とか呼ばれてる、獣族全体が崇めるような特別な存在っつうことらしいぜ」
いまいち理解できないが…
「アスラに置き換えれば王様とか王族、ミリスなら教皇とかの最高権力者とか聖ミリスの遺物とか、そんな感じの何かが攫われたってことなんだろ」
「そりゃあ、
「おう、あの時の騒ぎは凄かったぜ。俺が滞在してた集落でも、御方が奪われた、子供が攫われた、取り返すぞ、強引でも力づくでも、戦争だ、ってな」
とんでもない大騒動じゃないか。
「まっ、そんな騒ぎも雨季の最中に、とある情報が流れてきて鎮静化したんだけどよ」
「とある情報?」
「ああ。大森林に属さない外部の旅人が、その攫われた獣と子供の一部を奪い返したってな」
………………
「加えるとよ。なんでも奪い返した場所は魔大陸で、その一行は獣と子供を守りつつ犯罪組織の手を躱して大森林まで辿りついたんだとよ。おまけにその旅人は子供の集団って噂だ」
「おい。ちょっと待て、ギース。それは…」
「お前ぇこそ待てって、パウロ。こっからが面白ぇとこなんだからよぉ」
コイツ、真面目に会話しながらも楽しんでやがるな。
「んでまぁ、俺が滞在してた集落も落ち着いてきたんだがよ。雨季も終わりかけの頃になって、その攫われたミルテッド族の子供が送り届けられると一緒に唄が伝えられてきたわけだ」
「唄? なんだそりゃ?」
「唄の内容はこうだ。元は獣神語だが、人間語にすると…」
それは美しく雄大に飾り立てられた英雄譚だった。厄災のような苦難が訪れた地を颯爽と現れた、後に大英雄と呼ばれることとなる者達が助け、手を差し伸べる。そして困窮の身だった現地人と英雄は共に戦い、逆境を
……アイツは"豪"とか"勇"って感じじゃない。"識"の可能性もあるが"賢"の方だろう。魔の瞳ってのは意味不明だが。それにさっきの騒動での振る舞いを考えれば、フィリップの娘はたぶん"激"か。
「面白れぇだろ? これが事実に基づいてんなら、それこそアイツらは救国の大英雄だぜ?」
ギースの言うとおり、並大抵のことじゃない偉業だ。それをルディ達はやったっていうのか…。
「つーわけでよ、おそらくだがルーデウス達は大森林に辿り着くまで余裕なんか全くなかったんじゃないか? いや。唄の内容からして、辿り着いた後でさえ現地の獣族に何かしら協力してるみたいだし、大森林にいる間も余力なんかありゃしないか」
……だろうな。
「んで、俺ぁその噂を聞いてよ、ピンときたわけよ。ひょっとしたらその子供の一人は話に聞いてたお前ぇの息子なんじゃないかってな。だから雨季も終わって動けるようになったら、すぐに聖剣街道で張って待ってたんだよ。予想どおりなら必ずあの道を使うだろうしな」
ギースとルディ達が一緒にいた理由はそういうことか。
それに、オレがさっきの騒動でアイツにザントポートの伝言について問いただした時、ルディは獣族の子供がどうとか言っていた。どおりで転移災害で頭がいっぱいだったオレとアイツの認識がかみ合わなかったわけだ。
思い返せば、ルディははじめから伝言については理解していないって表情をしていた。オレはそんな顔を見て、何を
ん? だが、そうすると
「ギース、お前はルディ達と合流した時に事情を説明しなかったのか?」
「あぁ~、それについては俺が下手うったせいで、ちっとな」
「どういうことだ? …隠しごとはするなよ」
オレの釘差しに、観念したとも言わんばかりに首を振りながら溜息をつくギース。
「はぁ、わーったよ。簡単に言えばアプローチに失敗したってことなんだけどよ。詳しく言うとだな…」
内容は、出会った当初は酷く怪しまれたこと。それから会話で情報を引き出そうとしたが、失敗して余計に警戒心を持たれたこと。ひと月行動を共にして警戒もだいぶ薄れてきたが、その時にはもうミリシオン間近だったこと。結局、言い出せず訊き出すこともできずに今日この場まで来てしまったこと。
「パウロ、この件に関しちゃ俺に手落ちがあったのは認めるしかねえ。ルーデウス達の仲間にはさっき言った拉致事件の被害者らしきガキもいたんだが…。転移のことを口にすれば、自然と拉致の件も話題になると思ってよ、遠慮しちまってなかなか切り出せなった。だが、まぁ、こんなことになるんだったら無理矢理にでも話しておくべきだったぜ」
「…それはわかった。でも、どういうことだ? なんでルディは正体を隠してたんだ?」
本名と正体を隠すというルディの行為は意味がわからない。その疑問をサル顔にぶつけてみるが、
「そりゃそうだろ、って悪い、違えな。俺も事情を察したのはアプローチに失敗した後だから、パウロに偉そうには言えねえか」
………………
「ルーデウスの相方のエリスお嬢ってのは、アレだろ? お前ぇの親戚で、アスラ貴族の娘ってやつなんだろ?」
フィリップの娘のことか。
「ああ、アイツが家庭教師として教えに行った家の子供だな」
「そんならよぉ、やっぱルーデウスの行動は納得できる話だ」
一人わかった気でいるコイツにまたも苛立ちを覚えるが…。ダメだ、同じ失敗はするな。
「…ギース、説明してくれ」
「考えてもみろよ、パウロ。元から治安の悪い魔大陸、それから大森林での子供を狙った大量拉致事件。まあ、これに関しちゃ獣族の至宝ってやつも含まれてるが。んで、自分の大事な相方はアスラ王国の大貴族の娘。そこにクールで男前だが、見知らぬ人間が唐突に近づいてきたわけだ。そりゃ誘拐だとか人攫いだとか警戒して然るべきだろ? 自分も本名を名乗らないし、相方にも名乗らせないだろ?」
誰が男前だ。しかし、たしかに言われてみれば、ギースのいうとおりか。コイツと接触する前だって危険な旅、俺の勘違いとは違っていたが…。それにルディが家庭教師に行ってすぐに誘拐事件があったとも聞いた。そういった過去と経験があるのなら、アイツは事前の防衛策をとることぐらいはするか。
ギースが語った実情どおりなら、事前に話が通ってなかったことは仕方がないとも思う。しかし、それなら
「なんでさっきの騒動でそれを言わなかった? あの場に居て、何で黙ってたんだ? てめえはルディ達が転移災害について知らなかったことも、その理由もわかってたんだろっ!」
溜まった鬱憤を晴らすかのように怒鳴り散らすが、途端にギースの目が冷めたものになる。
「俺ぁ言おうとしたぜ? お前ぇら親子のことも止めようとしたぜ? でも聞かなかったのはパウロ、お前ぇだろ」
くっ。たしかに、そうだった。
「ついでに言えばよぉ。ルーデウスの話を聞かなかったのもお前ぇだし。クソみてえな煽りをしたのもお前ぇだし。返された挑発に乗って先に手を出したのも、お前ぇだ」
……何も言えない。
あぁ、ちくしょう。結局はオレがルディの話をまともに聞こうとしなかったことが発端だ。アイツと真面目に向き合おうとはしなかったことが原因だ。
なんでオレは、いつもこう短気なんだ。
なんでオレってヤツは、同じ過ちを繰り返すのか。
ルディがはじめて家の外に一人で出た時のことを思い出す。あの時もアイツの話を聞こうとはせずに、自分勝手な考えに固執して殴ってしまった。その後で本人も言っていたじゃないか、"こちらの言い分もちゃんと聞いてほしい"と。
経験から学んだんじゃないのか。
子供ができた時に誓ったんじゃないのか。
あの父のようにはならないと。
……あぁ、なんでオレはこんなにもダメな父親なんだ。
酒場の片隅。昔馴染みとの同席の酒。
だが、オレの心情は後悔と自身への不甲斐なさで、陰鬱な気分に沈む。
口の中に残る苦い酒の味と、脳裏にチラつくアイツの目が、どうしても消えない。
原作の流れに沿っていますが、本作用にアレンジした本話です。
そして、現場に居合わせて直接目撃した分、原作よりも少々辛口なギースです。
パウロ‐ギースのやりとりは次話も続きます。
本当は一話で纏めようかと思ったのですが、長くなり過ぎたため中弛みしてしまうかと思って分割しました。気合いを入れて執筆した結果、書きたいことの半分くらいで10000文字オーバーしてしまうとは。
次話はもう少し早めに投稿できる予定です。おそらく。
次回予告 「空の杯 虚ろな酒」