ゴク
琥珀色の液体を一口含み、喉を潤す。
考えてみれば最近のオレはコイツが手放せない。酒がなければ、酔っていなければやってられなかった。
ゴクッ
もう一口含む。
つい昨日までの家族が見つからない、死んでいるかもしれないという不安から逃れるためとは違う。ようやく会えた息子、なのに身勝手に振舞ってしまった馬鹿な自分に心底嫌気が差す。
ゴク ゴク ゴク プハァ!
「ふぃ~。追加、はもういいか」
「…………」
相も変わらずマイペースな野郎だが、コイツが
「なぁパウロ。俺からも訊きてえことがあるんだが、いいか?」
「あ? なんだよ?」
空になった杯を置いて、ギースが改めて問いかけてくる。
「俺ぁ、お前ぇから先生だか家庭教師だかの仕事で外に出てる優秀な息子ってぐらいしか聞いてなかったんだがよ。俺もさっき言っちまったが、ルーデウスとは何年も会ってねえ連絡すらとってねえってのは本当のことか?」
「? ああ、そのとおりだ」
「本人があの場で言ってたが、当時のルーデウスをボッコボコにして無理矢理に?」
「…まあ、そのとおりだな」
「そのとおりって、なんでお前ぇはそんな事したんだ?」
ギースが若干ひいている。無理もないか。言葉だけ聞けば、まるでオレがルディの奴に虐待して無理矢理働きに行かせたように聞こえるだろうからな。実際はそのボッコボコにするところだって、当時7歳のアイツとギリギリの勝負だったんだが。
「それについては誤解がある。少し込み入った事情があってな、どう説明すればいいのか難しいんだが…」
オレは事情を話す。どう纏めればいいのか自分でも難しいと感じたため、一から事の次第を追うように。
ルディにはブエナ村に幼馴染がいたこと。イジメから助けたことをキッカケに二人は知り合ったこと。なまじルディが優秀な分、その幼馴染は信奉するレベルで依存しはじめたこと。ルディのほうも幼馴染在りきの考えに染まり始めたこと。このままでは互いに依存しきる危険な状態になると考え、思い切って二人を引き離したこと。ちょうどルディ本人が魔法大学に留学したいという希望を持っていたので、学費を稼ぐという名目に便乗して外に出したこと。
「…と、こんな感じだ」
「ふ~ん、そりゃ無理矢理にでも引き離すっつーのはわからねえ話でもねえか。特にその幼馴染ちゃんは物事の分別がつく年ってワケでもねえしなぁ。ルーデウスは同じ年頃でも判断できそうなモンだが…。いや、こう思うってこたぁ俺もセンパイをどっか等身大で見れてねえってことか」
ギースが納得してくれたようで安堵する、オレだって子供を虐待しているなんて疑いはかけられたくはない。それにコイツも、ルディが優秀だからこそ見誤ってしまうことを少しは感じ取ったかもしれない。
「ただよぉ、パウロ。今のルーデウスとエリスお嬢がまさにそういった関係なのが、皮肉っつーか、因果っつーか、変わらねえところなんだよなぁ」
「…なんだと?」
「同行したひと月とついさっきの騒ぎを見た感じだとよぉ。普段はルーデウスがエリスお嬢に対して方向性とか指針とかの判断をしたり、頭使うようこと全般世話してるって雰囲気だ。だが、いざって時、普通じゃない時、突発的な場面では逆にルーデウスがお嬢の行動力と感性に頼りきってるって感じだぜ」
………………
「それはそれで互いを補ってるって言えば聞こえはいいけどよぉ、俺ぁちと行き過ぎてる気がするな。
幼馴染ちゃんの時と似た感じなんじゃねえか? お互いがお互いの傍にいるってのが当たり前になってて、それでいて相手は自分を絶対ぇ裏切らねえって信じ込んでてよ。お前ぇがさっき言葉にしたことと同じで、日常の活動はもちろん精神的にも依存し合ってる状態に
コイツの言うとおりなら…。フィリップから娘をやってもいいと言わせるくらい、当人にも周りからも信用と評価を得ているとは聞いてはいたが。アイツ、また同じことをしてるのか。
「だけどよぉ、別にいいんじゃねーの? ルーデウスだってもう12…じゃなくてもうすぐ12だったか。とにかくパウロ基準で言やぁ、もうほとんど大人なんだろ? お前ぇ、昔から言ってたもんな?」
「………………」
「もし仮にどっちかがいなくなったり裏切ったりしたら、立ち直れないかもしれねえ。縁起でもねえ仮定だがどっちか片方が死んだとしたら、残った方はそれこそどうなっちまうのか予測もつかねえ。でもよぉ、それが人生ってモンだろ? 大人のルーデウスがどんな選択をしようが、どんな人生を歩もうが、そりゃ本人の責任だ。外野があれこれと難癖つけることじゃねえと俺ぁ思うぜ」
……ギースの言葉は文句のつけようがないくらい正論だ。オレも思うところはあるが、特に反論する気はない。
あの時、ルディはまだ子供だった。当時だってオレよりも頭は回るし、どんなことにも対処できて立ち回りも上手かった。それでも7歳だからと、まだ経験が足りていない子供だと思って、シルフィエットと引き離す決断をしたんだ。
そんなアイツももう12歳になるのか…。背丈も随分と伸びていた。本格的な肉体の成長期はこれからだろうが、それでも昔の小さかったルディと比べれば大きくなったもんだ。アイツが家庭教師に行く時、最後に見た記憶だと、だいたい今のノルンくらいの体格だったか。5年…、か。
「へへっ、パウロ。その様子だと別に二人の仲に反対ってわけじゃなさそうだな?」
ニヤッとした男臭い笑顔で、そう確認してくるギース。
「まぁ、な。それが
「ハハッ、そうかよっ」
しかし、コイツ…
「思いのほかルディ達に入れ込んでるな、ギース?」
「まぁ、よ。俺ぁ捻くれモンだけどよ、真っ当に頑張ってるヤツには真っ当な報いがあるべきだと思ってるからな。ルーデウスとお嬢が互いに望んでるなら、くっつくのも悪かねえし、邪魔を入れるべきじゃないと思ったまでよ」
……どこか1歩ひいていて、常に傍観者であり当事者ではないって空気を出しているコイツが、こういうことを言うなんてな。ルディの人望もなかなかじゃないか。
今のルディを知る。
昔のルディを思い出す。
本当になんでオレは、あの場で冷静でいられなかったのか。なんでオレは、馬鹿なことをしてしまったのか。
家族はノルンを除けば、もういないかもしれないと昨日までは不安で潰れそうだった。酒に頼らねば寝ることさえできなかった。そして、今日も昼間から酒浸りだった。だからといって久々に息子に会えたっていうのに、あの態度はなんなんだ。本人であるオレから見たって…
「おっと待った、違え。俺が訊きたかったのはルーデウスとエリスお嬢の仲についてじゃねえ」
ギースの唐突な発言に意識が目の前に戻される。このサル顔は、本当に自分のペースを崩さない野郎だな。
「俺がお前ぇに訊きたかったのは、ルーデウスがガキの時分にお前ぇがしたことについて、だ」
「? 何のことだ?」
「お前ぇが強引にでも外に働かせに出したのは、幼馴染ちゃんとの事情があったからってのはわかったがよ。なんでその間、ルーデウスに家族と会うことも連絡をとることも許さなかったんだ?」
………………
「筋が通ってねえって言うのか、理に適ってねえっつーのか。別に幼馴染ちゃんと距離をとらせるだけなら、家族と接触を禁止にさせるこたぁねえだろ」
「それは…。いや、まあ、ルディの奴に甘えが出るかと思ってだな」
「幼馴染ちゃんと会わないようにキッチリ線引きしたいっつーのは理解できるがよ。それだって家族から丸ごと引き離して隔離するってのはやり過ぎなんじゃねえか? お前ぇ基準で言えば当時のルーデウスはまだ子供なんだろ? 手紙でやりとりするなり、お前ぇやゼニスがその仕事先まで会いに行くなり、幾らでもやりようなんてあっただろ? ガキなんて普通は親や家族に甘えさせるモンだと俺ぁ思うんだがよぉ」
ギースの発言は、世間一般的に間違ってるとはオレも思わないが。
「ハッ。甘えるって、アイツがそんなタマかよ」
「…………」
オレの言葉に嫌疑的な表情で反応するサル顔。気持ちはわからないでもないが、ギースの考えはあくまでノルンのような特別じゃない子供に対して当てはまるのであって、ルディは違う。
「いや、オレも意固地だとかいじわるで言ってるわけじゃないんだ。アイツは本当に子供らしくない子供でな、下手な大人よりもずっと大人らしい振る舞いと態度だった。当時もオレやゼニスに普段甘えてるって感じでもなかったしな」
「そりゃたしかに甘えん坊のセンパイなんて想像もつかねえけどよぉ。そんでも、一緒に過ごすとか、何かを共有するとか、物事に対して共同で考えたり進めたりすることが家族ってやつなんじゃねえのか?」
……コイツに家族について説かれるとは。しかし、やけにギースも拘るな。
「俺ぁ親兄弟もいねえし、家庭だって持ってねえけどよ。それにしたって実の息子を問答無用で外に叩き出しておいて、その後話してもいない連絡もとってないってのはマズかったんじゃねえかと思うぜ」
「一応、送り出す時に事情を書いた手紙は添えたし、後で直接会いに行くつもりでは…」
「その"後"ってやつはルーデウスの10歳の誕生日のことか? そりゃいくらなんでも時間を空け過ぎだし、その誕生日にも結局会いに行ってねえんだろ? お前ぇんとこの文化で大事な5歳と10歳と15歳の誕生日ってやつなのによぉ」
なんだ? 随分と事情を知っているようだが…
「たしかに仕事があって会いにはいけなかった。だが、当時のアイツの近況はフィリップ…、オレの親戚で家庭教師の雇用主からは手紙を通じて聞いてはいたぞ?」
「ってことは直接意志疎通してたわけじゃねえし、当時の仕打ちとかお前ぇの教育方針についてルーデウスがどう考えていたか確認したわけでもねえんだろ?」
「…まあ、そうだな」
「ハァ~。なるほどなぁ、そういったことなら無理はねえかもしれねえな」
溜息と同時に引っかかる物言いをするギース。もはや拘るというよりは、何かを断定するかのような言い草だが…
「ギース、さっきからお前が何が言いたいのかよくわからん。…ちゃんと説明してくれ」
オレの要求にコイツは神妙な顔で目を伏せながら答える。
「俺も聞いた話なんだけどよ、ルーデウスはこう言ってたらしいぜ。
" 自分は過去に身内に見限られた "ってな」
「………………はぁ?」
ギースの言葉が理解できない。
「何だ、それは!? 意味がわからん、何かの聞き間違いだとか勘違いじゃないのか?」
「だよなぁ、俺だってその話を聞いた時はそう思ったぜ。でもよぉ、又聞きでの話ではあるが少なくとも複数の人間が現場で聞いてたみてえだし、ルーデウスがそう言ってたのは確かなことみたいだぜ」
ルディが? 身内に見限られた? まるで身に覚えのない…、いや、ギースがしつこく確認してきたのはこのことか。
「幼馴染ちゃんと引き離す、家族からも完全に隔離して外に追い出す、その際に手紙一枚添えただけでロクに説明もしちゃいないし、相互理解を得ようともしていない。そりゃあ、やられた側からすれば見限られたとか見放されたとか、……自分は家族から捨てられたって感じてもしょうがねえよ」
「待ってくれ、オレはそんなつもりは微塵も…」
「たしかに今のお前ぇを見てれば、誤解だっつーことはわかるぜ? だけどよぉ、事情をちょっと知っただけの部外者とか、第三者であるさっきまでの俺ぁもちろん、当事者であるルーデウスにだって当時
……いやいや、おかしいだろ? ギースに指摘されたとおり、確かにあの時ルディに直接説明したわけでも確認をとったわけでもない。だが、添えた手紙には多少冗談を交えた文面にはしたが一通りの事情は載せておいたし、その後のフィリップとの手紙にだってそんなことは書かれちゃいなかった。家庭教師の仕事も順調だと聞いていたし…。
ひょっとしてフィリップが嘘をついていたのか? フィリップの奴は娘をやってもいいと言っていた。家庭教師の仕事ぶりについては事実でも、ルディについての情報は隠していたかもしれない。ルディの心情をオレには伏せて、アイツが家族との距離を感じさせたままにしておく。その上で自分の娘を当てがって、ルディ本人をボレアスの家に取り込む。フィリップならそれくらい考えつくだろうし、実際に行動することだって…
いや、もっとシンプルに当時のルディが周りに打ち明けなかっただけかもしれない。アイツは優秀で聡い子供だった。自身の感情を誰かに吐露せず悟らせず隠したままで、住み込み家庭教師生活を送っていたって可能性のほうがありそうな話か。
いずれにせよ、それはアイツの勘違いで…
「なぁ、パウロ。お前ぇって奴はクズだよなぁ」
不意に発せられるギースからの嫌味。
「周囲のことなんかお構いなしに、自分の感情と事情を周りに押し付けやがる」
コイツも含めて元パーティメンバーには言われ慣れてるし、オレのことを昔から知っている人間にはそう評されることも多いから別に何とも思いはしないが。しかし、今は…。
「人間誰だって余裕がなくなりゃ、そういう傾向はあるとは思うけどよぉ。お前ぇの場合はそれが顕著だ。周りに押し付ける、押し切っちまう。それをやれるだけの実行力と適応力を持ってる分、始末に負えねえっつーか、タチが悪いっつーか」
続くギースの言葉。ルディのことか…、以前のことも今日のことも。
「ルーデウスのことだけじゃねえぜ? 黒狼の牙ん時もそうだったよな」
………………
「散々パーティの女を喰いまくった…、まぁそれ自体は俺もタルハンドの奴も興味がなかったから別にいいんだが。パーティ内の空気を最悪にしておいて、ゼニスといきなりガキ作って、あっさりとパーティからの離脱を決めちまって。不和を招いたことも、残ったメンバーのこともな~んも考えてなくってよぉ」
……事実だ。反論できることは何もないが、
「…今さら蒸し返すのかよ」
「そうだ、今さらなことだ。済んじまったことだし、終わった話だ」
「…………」
「でもよぉ。ルーデウスのことにせよ、家族のことにせよ、そっちはまだ終わってねえ話だろ?」
………………
「お前ぇ、黒狼の牙の時と同じことしてるぜ? 事情に構うことなく、相手の感情も与える影響も考えずに我を通そうとしててよ? おまけに通らないと見るや、強引にでも腕力に頼ってでも無理に貫こうとするところなんざ、ホントにクズって言葉がピッタリだな」
小言、いや説教か。言っている内容はまさに屑相手に相応しく、言い返せることなんかない。
「だからよぉ。まだ終わってねえ話を本当に終わらせたくないのなら、一度ちゃんと話し合えよ。ルーデウスと、実の息子と腰を落ち着けてしっかりと話し合ってこいよ。…ほらよ」
机の上に置かれる紙片。これは、『夜明けの光亭』? 何かの店名か。あとは番地…、店の住所か。此処からそう遠くない冒険者区内だな。
「ルーデウス達がとった宿の名前と住所だ」
「っ!? ギース、お前っ。もしかしてさっきの騒ぎの後、フラッといなくなったのはルディ達を
「いいや? それができれば恰好もついたんだがよ。アイツら、ルーデウスの仲間にはいい耳と鼻を持った奴もいるからよ、街中といえど長時間尾行するのは厳しい。ただ、この辺りでアイツらがとりそうな宿には目星はつくし、人族と獣族と魔族のガキ6人の集団ってちょいと聞き込めば、場所なんてすぐに割れたぜ」
……昔から思ってたが、コイツは冒険者よりもそっちの道のほうが向いてるんじゃないか?
「パウロ。その『夜明けの光亭』に行ってルーデウスと話してこい」
「…そうだな。明日にでもさっそくルディと話して…」
「ハァ~。普段はふてぶてしい態度のクセに、こういう時はどうにも頼りねえつーか、心配っつーか」
すぐに了承したのにも関わらず、あきれ顔をするギース。
「いいか、パウロ? お前ぇは今日はもう呑むな、んで明日素面で『夜明けの光亭』に朝イチで行け。ルーデウスに会ったら、まずは今日のことを頭を下げてでも謝れ。お前ぇが勘違いしたことも、お前ぇが煽ったことも、お前ぇが殴ったことも、全部だ。それから、この場のこととか転移災害の前と後のことについて話し合え。ただしよぉ、お前ぇが意見を言うのはルーデウスの言い分を全部聞いた後で、だ。そうしねえとお前ぇは早とちりしたり、ワケわかんねえことで頭に血がのぼりかねないからな。いいなっ?」
念を押してくるサル顔。それに、やたらと事細かな指示はガキのお使いじゃあるまいし…。いや、それぐらい今のオレは不甲斐なく見えるってことか。
ガタッ
いきなり席を立つギース。
「どうした?」
「俺ぁもう行くぜ。いいか、明日朝イチで『夜明けの光亭』だぞ? 絶対ぇ忘れんじゃねえぞ」
「おい、待て。まだ話は終わって…」
呼び止めようとするも、ギース自身に遮られる。
「未遂とはいえ、俺も捜索団の救助活動を邪魔しようとした側だしな。さすがに此処はちっと居づれえよ」
今は夜も深まって捜索団の人間だけじゃなく、周囲には一般の客も結構な割合でいる。決してそんなことはないと思うが。
「あ、そうだ。説明し忘れてたけどよぉ、さっき言った魔大陸に渡った先行者ってのはエリナリーゼ達のことだ」
「エリナリーゼが?」
一番オレのことを嫌っていると思っていたが…。
「まぁ、ルーデウス達とはすれ違ったみてえだし、魔大陸で被災者が生き残れる可能性が低いってのは事実なんだがよ。それでもゼロってわけじゃねえ」
「………………」
「案外、お前ぇの家族の手掛かりを見つけるのはアイツらかもな。ヘッ、感謝しとけよ?」
最後にそう言い残して、ギースは酒場を出て行った。
・
昔馴染みがいなくなった酒場の片隅。
杯に残る琥珀色の湖面に映るのは最後に見たアイツの目だ。アイツが店を出ようとした時、伏せながらも視界の端で捉えた、オレに向けられた視線。
虫を見るような目、道端の石ころでも見るような目、何の価値もないゴミを見るような目。
あの目はアイツが幼少期にはじめて外出した際に、身勝手な理由でオレが殴った時に向けられたものと同じ目だ。屑なオレに向ける視線としては、当然といえば当然だ。
湖面が微かに揺れる。
オレの手が震えている? そうだな、最近はずっと酒浸りだったからそのせいだろう。
揺れた湖面に、尚も残るアイツの目。
なんでだ? なんで消えねえんだよ、オレに向けられるこの視線は。
落ち着け、おちつけよ。パウロ・ぐレイラット。
湖面の水位はさがってる。アイツの目も消えるはずだ。
明日、アイツに会って話し合う。
だいじょうぶ、落ち着いて話せばわかりあえるはずだ。アイツとは親子なんだからな。
杯に残る僅かな液体が波立つほどに揺れる。
まだ揺れているのかコイツは。
そうだったな。最近はコイツが手放せなかったもんな、仕方ない。
なみなみと揺れる湖面には変わらずアイツの目が映る。仕方ないが、消えない。
この震えは最近の酒のせいじゃないのか? もしかしてオレはビビッってるっていうのか。
いや、だから落ち着けよ。こわがることなんて何もないはずだ。
親に見限っただの、見放されただだのなんて話は妄想もいいところだ。そんなはずはない。
もし勘違いがじじつだったとしても一言説明すればすむことだ。
明日アイツと会う。明日頑張れば、それで丸く収まる。それでいい、それがいい。
そうだ、あの野郎がいったとおり、ちゃんと短気を起こさないように気を付けけないとな。
湖面に残るアイツの目が驚くほどに小さい。
ああ、湖面自体が小さくなっているのか。
息子との久々の再会。本来は祝い酒になるはずだったのにな。
どうしてこんなににがい味がするんだ。
あたりはもう薄暗い。灯りがたりなにのか、オレの視界が悪いだけななか。
でも大丈夫だ、あの目はもうオレからは見えない。ようやく消えたくれたか。
そういえばアイツがうまれたとき、思ったけかな。
いつかむすこと一緒に酒をのみかわしたいと。
だいじょうぶ、いづれかなうさ。
ほおっておけば時間はかってにすぎていく、いずれかなうさ。
あしただ、すべては明日なんだ。
父さま、とうさまと呼ぶアイツの声が聞こえる。
なんだ、まだまだかわいい子供じゃないか。
やめろ。思い出すな。察するな。気づくな。
わからないままでいるほうがこうふくなんだ。
アイツがオレのことをとうさまと呼んだのは、
オレがアイツのことを殴るまえまでだ。
"貴方に" "貴方が" "貴方は"
ひょっとしたら、最後の機会だったかもしれない。
アイツに父だと、おやだと呼んでもらえる最後の。
湖面にアイツの目は映らない。
いや、湖面は、もうよくわからない。
脳裏にチラつく、アイツの目。
なんだ、やっぱり消えやしないじゃないか。
ああ、ルディ。ノルン。ゼニス。リーリャ。アイシャ。
ダメな父親で本当にすまない。
ギース、エリナリーゼ、タルハンド。
弱いオレに力を貸してくれたっていうのにすまない。
耐えられなかった。
できた息子に、完全に愛想をつかされたかもしれない現実に。
縋らずにはいられなかった。
家族全員が揃うことはないかもしれないという現実に。
夢の中だけだ、幸せなのは。
酔っている時だけだ、不安から開放されるのは。
一日も、一晩も、数時間でさえ、オレは、弱いオレには ………………
転移災害から1年半
この日、この晩、オレははじめて愛娘ノルンの寝顔を見ることもなく
意識がおちた
前話から続くギースとの酒の場面ですが、本話は原作プラスアルファ分のやりとりとなっています。その分、あの人によりダメージが蓄積している感じになってしまってますが…。
前話、本話のギースとのやりとりは、本作の大森林、聖剣街道で記載していることが発端だったり伏線的な扱いとなっている話です。もし宜しければそちらをご確認して頂けると、話がより楽しめる、かもしれません。
もう少し早めに投稿するつもりだったのですが、申し訳ありません。ちょっと立て込んでしまって、なかなか時間がとれず執筆が進まず。
次回予告 「三者二様 鏡写し」