魔大陸三大都市の一つ、リカリスの町。
魔大陸に最も多く存在する魔族がその大半を占める。魔族はその姿、特性、能力が非常に多岐に分類しており、この大きな町には実に多種多様な種族が存在する。故に種族ごとの考え方、思考の違いから諍いは絶えず、治安も決して良いとは言えないのが現状である。
背中に衝撃が走る。
いや衝撃はそこまで大きくはない、せいぜい人に強くぶつけられた程度だ。ここは町の大通りだ、そういうこともあるだろう。ただ警戒していないところに背後から衝撃を受けたため、前のめりに倒れる。
「ルーデウスッ!」
エリスが慌てて俺に駆け寄る。
大丈夫さ、マイスイートガール。大したことじゃないさ。
「大丈夫なの!?」
「ゴホッ、………いてて、…大丈夫ですよ、エリス」
心配させまいとすぐ立ち上がる。実際、大したことはなさそうだ。治癒魔術だって必要ないだろう。
後ろを振り返る。誰だ、ぶつかってきた野郎は。さすがに文句のひとつも言ってやろうか。
あれ? 誰もいない。
周囲が多少こちらを注視しているが、ぶつかったと思わしき人物は見当たらない。当て逃げ?
「…っ!!!」
一瞬遅れて気づく。
違う、杖だ、杖がない。ひったくりか。
「…」
エリスが目を見開いて殺気を放っている、大通りの先のほうに視線を向けて。
瞬間、飛び出す。ひったくりを追うつもりだ。
「エリス、待って!」
駆け出した足が止まる。
「っ! なんでよっ!?」
彼女は怒りと苦悶の表情であっても、言うことを聞いてくれる。
手早く、簡潔に。
「目で追えていますか?」
「いるっ、けどもう小さいっ!」
よし、まだ大通りにいる。
「僕に掴まって! 急いで!」
怪訝そうな表情をしたが、それも一瞬。
駆け寄ってきて抱き着く。
「舌をかまないようにっ!」
急げ、生成、硬さ、変形、変化、速度。
『
エリスが見ていた視線の方向に、先端を真っ平にして角度をつけた
どこだ、ひったくりを探す。
「あそこっ」
猛烈な向かい風を浴びる中、エリスが見つける。
彼女が指さす先に目を向ける。いたっ、長物を持ってる奴、あいつか。
飛翔速度が落ちる、高度が落ちる、奴に届かない。
地面が迫る、下方向に風魔術、着地、なんとか。
「もう1回!」
掴まっていたエリスを完全に持ち上げて抱き抱える。
さっきの跳躍では足に相当負荷があった、エリスには奴を捕まえてもらわなくてはならない。
『
ボグゥ!!!
体が空中へと弾き出される。
嫌な音がした。 痛い、涙がでてくる。
抱き抱えたエリスがこっちを見る。泣きそうな表情。
「絶対つかまえるわっ!」
すぐに決意の表情にかわる。言わなくても伝わる、頼もしい。
奴に追いつく、あと少し。
奴が脇道に入る、くそっ。
前方向風魔術、減速、落下する。下方向風魔術、減速、着地する。
「まかせてっ!」
エリスが飛び出す。
奴はさらに脇道にはいる。
エリスが追う。
俺は、追えない。 ダメだ、立てない、力が入らない。
詠唱…、治癒魔術で足を治す。
周囲から注目を集めている、気にするな。
エリスを追う、脇道の脇道に入る。
いない、エリスも奴も見当たらない。
すぐ近くで騒めきが聞こえる、そちらに向かう。
いたっ!
奴は尻餅をついて、怯えた表情でエリスを見上げていた。
エリスは血が付着した剣を持って、ゆっくり奴に近づいていく。
気づく。奴は片足がない、もう片方も膝下あたりでおかしな方向に曲がっている。いや、千切れかけているのか。おそらくエリスが斬り飛ばしたのだろう。
「~~~~~ッ」
奴が何かを叫んでいるが、言葉になってない。
泣いているのか、命乞いか。
「エリス、殺さないで」
エリスが止まる。
こっちを見て、また奴を見て、
「………殺さないの?」
「ええ、そいつはこの町の兵士に突き出します」
「………」
釈然としないのか、返事はない。
「殺せばことが大きくなりすぎます。両足を切断したなら、十分でしょう。それにこの男、先程のギルドで見かけた奴です。冒険者殺しがどれくらいの問題になるかわからないですから、やめておきましょう」
「………ふんっ」
エリスは剣を振るって血糊を吹き飛ばし、ホルダーに収めた。
納得はしていない表情だったが、とりあえずは止まってくれたようだ。
俺は近くに落ちていた
奴を見る。痩せた豚の頭を持った男。確かにさっきギルドにいた冒険者だ。
あれだけエリスが啖呵を切ったのに、こんなちょっかいを仕掛けてきたのか? ああ、人間語だから完全には伝わらなかったか…。それにしたって迫力だけでも相当だったと思ったが。
片足は完全に切断され、もう片方も千切れかけてる。表情も苦しそうだ。このままだと失血死しそうだな、…仕方ない。
俺は奴の衣服を土魔術の短剣で切り取る。紐を作って両足の切断面付近で硬く縛った。これで血が止まるかどうかわからない。正直、止血するだけなら治癒魔術で問題なくできる。切断された方はまだしも、もう片方の足は中級治癒魔術で元通りにすることもできる可能性はある。ただし、大事な杖を盗んだヤツにそこまでする気はない。
さて、兵士にどう説明したものか。
あれからしばらくして兵士が数人やってきた。奴を引き渡して事情聴取を受ける。ただその事情聴取もごく短時間で終わった。
こんな簡単でいいものかと思ったが、兵士曰く、この町では流血沙汰は日常茶飯事とのこと。路地裏にいけば死体も珍しくないらしい。恐ろしいな、魔大陸。でも考えてみればアスラ王国だって、一歩裏道をゆけば人攫いの可能性がある。ボレアスの屋敷に着いて、すぐに攫われた事件を思い出す。あれはマッチポンプの側面もあったけれど。
なんだか疲れた。すでにあたりは薄暗い。俺はエリスと共に、宿を探しに重い足取りで歩き出す。杖は抱えるように持って。
狼の足爪亭。建物は老朽化しているが冒険者の初心者向けという姿勢であり、良心的な値段。1部屋に簡易的ではあるがベットが2つあり、食事も頼める。安めのビジネスホテルツイン部屋といったところだ。前世で利用したことはないけれども。
余談だが最低クラスの宿というのは大部屋でベッドはなし。床でザコ寝が基本であり、仕切りすらない。雨漏りあり、虫あり、食事なし。さらには治安も悪い。
時間がないわりには良い宿を確保できたと思う。入り口の酒場兼ロビーには、決して多くはないテーブル席とカウンター席がある。俺たちが数日間宿泊の受付を済ませたところに、若い3人組の冒険者が近づいてくる。
「き、君も新人なのかい?」
エリスに話しかけてくる。
額にツノ、白髪頭、俺よりは年上だろうが美少年といっても差し支えない容姿。
「お、俺たちもそうなんだ。どうだい、一緒に食事でも」
ナンパかよ、野郎。
でも、ちょっと声が震えている。微笑ましいと言えなくもない。
「………はぁ」
エリスがゲンナリとした顔でため息をはく。まあ言葉がわからないし、疲れているのもあるだろうし、メンドクサイのだろう。俺も今日は非常に疲れてる、トラブルは避けよう。
「あー、ちょっといいかな。僕はルーデウス、こっちはエリス。彼女は魔神語がわからないんだ」
割って入る。
「えっ、そうなのか…。あ、おれはクルトっていうんだ」
「申し訳ないけどさ、俺たちすごく疲れててさ、今日は食事をとったらすぐにでも休みたいんだ。明日もここに宿泊するつもりだからさ、話はその時にでも」
「あ、ああ、そうなのかい。呼び止めて悪かったよ。 じゃあまた明日」
大人しく引き下がってくれた。
雑な対応でゴメンね、まあ明日でいいだろう。
食事をとった後、部屋に戻ってベッドに倒れこむ。
ああダメだ、落ちそうだ…。明日もやることはいっぱいある…。
ギルドに今日の事件の顛末を説明しなくちゃいけない…。
市場で確認しなくちゃいけない…。
買い揃えなくちゃ…
手紙を…
…
…
…
ふと目が覚めた。
部屋の明かりは落としてあった。周囲から物音が聞こえない。今は真夜中だろう。
「っ!」
息をのむ。
目の前に、肌が触れそうな距離に、美少女がいる。
エリスだ。
小さな寝息が聞こえる。
あれ? ベッド2つありましたよね?
俺もオトコノコなんですよ、わかってるんですか?
襲ってほしいんですか、おーけーってことですか?
………あの時の続きってことですか?
手が伸びて、…止まる。
いや、しかし、でも。
ああ、どうすりゃいいんだ!
少女の目が、ゆっくり、開く。
………いかんっ、ボレアスパンチがくる!?
「…ルーデウス、………今日はごめんなさい」
え?
「え、えっと?」
「守れなかった…」
んん?
「杖も盗られた、怪我もさせた…、ごめんなさい」
言われた意味を理解するのに、時間がかかった。
「迷惑かけた…。ごめんなさい」
………
「………僕は、迷惑をかけられたなんて、思ってませんよ」
「………」
「ホントです、迷惑なんてなかった」
「………」
「僕らは仲間です。
今日一緒に、新『デッドエンド』を結成したんです。
今日は一緒に、ひったくりを捕まえたんです。
何か問題、ありましたか?」
「………ふふっ」
エリスが笑った。
キレイだ。
おそらく俺も笑っている。
お互い言葉を発せず、笑っている。
ああ、すごく…
しばらく無言で見つめあったあと、エリスが訊いてきた。
「あ…、そういえば」
「どうしました?」
「2つ伝えることの、もう1つってなあに?」
ああ、その話があったか。
「………魔神語、覚えてください」
「………………………………すぅ」
エリスは寝た。
おーーーい、エリスさーーーん!?
しっとりとした甘酸っぱい雰囲気を表現したかった…。
骨折の音って「ボキッ」ってよりも「ボグゥ」って感じだと思います(投稿者経験談)。
次回予告 「冒険者と冒険譚」
20250510:句点、読点、改行を修正しました。内容に変更はありません。