その、柔らかな旋律は…【ARIA×ガンダムSEED クロスオーバー 習作】 作:鳥和気沙羅
予定通り今日最後のお客様をお送りしてARIAカンパニーに戻ってきたアリシアが出会ったのは、柔らかそうな緑がかった髪を濡らし、ネオヴェネツィアの街をキョロキョロ見回している少年だった。
ゴンドラをわが社の彩色パリーナ――水上で目印となる杭――の方へ漕ぎながら、ハテナマークを心に浮かべる。今日は雨ではなかったし、海に落ちてしまったのかしら。それともあの身体にぴったり合っている赤い服からして、シュノーケリングをしていたとか?
一応、自分の手元の手帳に今日のご予約は全て詳細をメモしてきたつもりだが、記入漏れということもあるかもしれない。少し反省しながら、少年のすぐ後ろでそっと自らの白いゴンドラを静止させた。
「…あの、失礼ですが本日ご予約いただいていたお客様でしょうか?」
そう声をかけると、彼を予想以上に驚かせてしまったようで、少し険しい表情で身体ごと振り向き、何か武道の心得があるのか、体勢を低くしいつでも動けるような構えになった。今度はアリシアの方が少年の様子にビクっとする。自分もゴンドラならそこそこ扱える程度に手先は器用で筋力もあるが、そんなことは実際に男の子に今にも飛びかかられそうな体勢をされると全く関係無く、怖い。
アリシアを怯えさせてしまったことが分かったのか、少年は少しバツの悪そうな顔で姿勢を正し、口を開いた。
「驚かせてしまってごめんなさい。貴女はこちらのコテージの持ち主の方でしょうか?」
口を開くと、声変わり前の少年特有の少し高い、柔らかい声音だった。それだけでアリシアの怯えもなくなる。悪い子ではなく本当に驚いただけだろう、と思った。色々なお客様と接する
お客様の中には、ゴンドラに乗るのが初めてだったり、水が恐いという方も居て、とても緊張した面持ちで来られる方も多い。ちょうど目の前の彼のように。だからアリシアは、いつもそうしているように、安心させるようニコニコと微笑みながら返事をする。
「はい、私はこちらのARIAカンパニーに所属している
そう聞いた少年は、一瞬聞き慣れない何かを聞いたような不思議そうな顔をしたが、次に少し申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「名乗りもせずすみません、僕の名前はニコル・アマルフィといいます。どうやら海に落ちてしまって少し流されたみたいなんですが、気がついた時にこちらのコテージが一番近かったので、勝手に上がらせてもらっていました。申し訳ないです。」
「…そうでしたか。それは災難でしたね。でもニコルさんが御無事で何よりです。よろしければ、ニコルさんの御自宅かホテルまでゴンドラでお送り致しますよ。」
そう言って、微笑んでニコルと名乗った少年に手を伸ばすのだが、ニコル君は困った顔で何かを言いあぐねているようだ。…もしかして、ウンディーネの案内料金を心配しているのだろうか。料金のことなど全く考えていなかったが、白いゴンドラの意味を知っているのなら、念のため伝えた方がいいかもしれない。
「…あの、お手持ちのことなら御心配なさらないでくださいね?ニコルさんがこのARIAカンパニーにお越しくださって、こうして出会ったのも何かのご縁です。私とお友達になっていただいたお礼に。」
そう言ってみるが、彼の表情は渋いままで、そしてどこか歯がゆそうな雰囲気もある。これは彼が何か言いだせるのを待った方がよさそうだ、とアリシアは思い、じっと待つ。
彼はほんの少し躊躇う様子を見せた後、こう言った。
「そうではなくて…その、お金や帰るところどころか色々分からなくて。自分でも不思議なんですが、海に落ちる前後のことがあまり鮮明ではないんです。というか、本当は海に落ちたのかどうかも記憶が曖昧で…。」
「…あらあら。」
思わず営業中は出来るだけ使わないようにしている口癖が出てしまった。それが本当なら一大事だ。頬に手を当て、考えてみる。元々、今日は
「あの、落ち着いて一つ一つ考えれば、さっきまでどうしていたのか思い出せるかもしれません。もしニコルさんさえよろしければ、うちのお店の中で少しお話しましょうか。」
そう言ってみると、彼は心底安心したようで、パッと笑顔になった。
ニコルは少し後悔していた。前時代的というか、ここがプラントなら博物館の展示品になっているのではないかと思われる、手でオールを持って漕ぐ古い型のボートに乗って現れた女性は、よく見れば僕より少し年上というくらいの若い女の子だ。それに、お客様と言っていた。どうやらザフトの兵士だとは気づかなかったらしい。
そこまで考えて、やっと僕を見る彼女の表情が凍りついていることに気づいた僕は、明らかな一般人である彼女に殺気立ってしまった罪悪感で縮こまりそうだった。
出来る限り怖がらせないよう、優しく話しかけてみたら、彼女もほっとした表情で「アリシア・フローレンス」と名乗ってくれた。
プリマウンディーネというのは何のことか分からなかったが、カンパニーと言っていたし会社での役職だろう。
フローレンスさんが名乗ってくれたので、こちらも軽く自己紹介をして勝手に会社の敷地に上がりこんでしまったことを詫びた。とりあえず海に落ちて流されたことにしてみたが、正直そもそもここが僕の知っている地球の海なのかも不安になってきたところだ。僕の話を聞いたフローレンスさんは、親切にもボート、いや彼女の言葉を借りるとゴンドラで家か宿泊先まで送ってくれると言う。
いよいよ困った。プラント生まれのコーディネイターの家が地球にあるわけもないし、ホテルも知らない、知っていてもこんな服装では泊まれない、というか無一文だ。さっき彼女は僕にお客様かと訊いてきたし、このゴンドラで人や物を運ぶのはタダではないはず。どこかホテルに案内してもらっても宿泊代も出せないし、彼女に運賃も払えない。何よりも重大な問題は、行くアテが全くないことだが。
どうやってごまかす…?
僕が迷っていると、フローレンスさんが、まあその通りではあるものの、現在の僕の脳内重要度では二番目であるお金の心配をしてくれる。とても「優しい」言い回しだった。
…この人は信用して大丈夫だろう。
気遣ってくれたのだとしても、咄嗟に「友達」と言えるような人だ。そして今そうしてくれているように、困っている人に躊躇わず手を差し伸べられる人。
全てを話すわけにはいかないが、今はとにかく情報が欲しい。フローレンスさんには少し嘘をつくことになるのが心苦しく申し訳ないけれど、なんとか話を聞ける方向に持っていきたい。
少し躊躇ったが、平たく言えば記憶がないと僕が言うと、彼女は頬に手を当てて、初めて困った顔をした。
大きな嘘はついていない。この海に居た理由が分からないこと自体は本当なのだから。
「あの、落ち着いて一つ一つ考えれば、さっきまでどうしていたのか思い出せるかもしれません。もしニコルさんさえよろしければ、うちのお店の中で少しお話しましょうか。」
そう彼女が言ってくれたので、僕はやっと訳が分かるかもしれないと安心して、少し頬を緩めた。
原作をSEEDからARIAに変更しました。ご指摘いただきありがとうございました。
次回はA.D(ARIA世界)とCE(SEED)という二つの世界の年号や火星のあり方など、作者独自の解釈が多くなります。一応出来る限り自然な、元の設定に近い解釈にするつもりです。
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