魔王を倒した勇者、TSしたらなぜか聖女が病んだ   作:栗色cc

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聖女と南方都市リンデン

聖女とは、清廉なるものである。

聖女とは、神の愛をその身に受けた者である。

 

すなわち聖女とは、祝福である。

すなわち聖女とは、呪いである。

 

『……オルナバス様』

 

ああ、これは夢だ。

聖女アーテはそれを自覚した。

 

自身が水の中にいて、身動きが取れない感覚。

体の芯が凍えていくような感覚。

 

アーテはそれを感じ取りつつも、冷静に断じた。

何度も味わった感覚であるから。

 

昔大司教に連れられて、劇を見に行ったことがある。

その時のように、自分はただ眺めるだけで劇は自分を置いてきぼりにして進んでいく。

 

――嫌。

 

見たくない見たくない見たくない見たくない。

だがしかし、それは言葉にすらならず、身動きもとれず。

 

聖女に、忌まわしき記憶を見せるのだ。

 

『嫌、嫌、嫌ぁーーーーーーーーーーーーー!?』

 

これは、悪人が死後に待ち受けるという地獄の刑罰であろうか。

であれば、自分が何をしたというのか。

 

『違う、違うのです!私は貴方に傷ついて欲しくてやったわけでは……!』

 

いいや、違う。

自分は、聖女アーテと言う人物は。

 

罪人である。

 

『ごめ、ごめ……なさい……!』

 

自分は、弱かった。

結局力になれなかった。

 

それどころか。

 

『—————————』

 

なのに。

どうして!

 

――どうしてあなたはそう笑っているのですか!?

 

言葉にならない慟哭は、夢の中へと消えていく。

 

いっそ、怨嗟の声を浴びせてくれればよかった。

花を手折るように、この首をへし折ってくれればよかった。

 

そうであれば、どれだけよかったのだろうか。

自分に責任を取らせてくれないだなんて、貴方はどれだけ酷いのだ。

 

『どうしてどうしてどうしてどうしてどうして』

 

その声は、それを聞いている自分に言っているような気がした。

涙を流しながら、オルナ様が戦っているのを茫然と見つめている。

 

血と、鉄と、悲鳴。

魔王の時代には、それが無い場所が無いほどであった。

 

目の前で、オルナ様が――――。

また何度も、————。

 

何度も何度も何度も何度も何度も。

 

それを自分は助ける事すらできずに、茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

『どうして、私は隣に立つことができないのですか……!』

 

ふと、オルナ様の瞳が、こちらを映す。

 

――っ!?

 

夢で見ているはずなのに、心臓を掴まれる感覚。

冷や汗が止まらない。

 

オルナ様は自分に向かって口を開き、少し迷ってから口を閉ざす。

 

『あ……』

 

彼が自分に何を言いたいのか、分かっていた。

何をしてほしいのかわかってしまった。

 

でも、動かなかったのだ。

小鹿の様に震えて、彼を見つめる事しかできなかった。

 

――それが、それこそが私の罪。

 

結局のところ、自分は彼を助けることなどできなかったのだ。

そう、最後まで。

 

『——ああ……!?ああ……!?』

 

遠く。

オルナバス様が本懐を果たした時。

 

彼の姿を見て。

 

――私の心は限界を超えてしまった。

 

世界が、崩壊していくのを感じる。

軋んだ心が、そう見せているだけの錯覚だとしても。

 

『それが、あなたの望みなのですね……?』

 

それを見たのと同時。

私は誓ったのだ。

 

『私にも手伝わせてください。私にも担がせてください。私はあなたの隣にいたいのです。隣にいなくてはならないのです。今度は、今度こそは役に立って見せます。絶対、絶対に。あなたが望むのならば、私は何だってします。それが例え道理に反することであっても。あなたにはその資格があるのです、これからは、あなたの心が赴くままに、自由に生きていいのです。だから――』

 

――だから、お願いします。どうか私をあなたの隣にいさせてください。

 

眼前の、眠る彼女に。

何の力もない、世間知らずの小娘だけれども。

 

『この命は、貴女のために。貴女の望むままにお使いください』

 

聖女は、祝福を神から授かったとされる。

だが、自分にはどうしてもそれが祝福などとは思えなかった。

 

オルナバス様に出会わなければ、この身に宿った力は祝福であると言えたのだろう。

笑って、何も知らず、何も疑わずに生きていたのだろう。

 

多分、魔王も他の聖女とオルナバス様が倒していた。

私とは違って、役に立つ聖女が。

 

――嫌。

 

なぜか、胸に苦いものがある。

どうしてだろう。

 

『違う、私はその正体に気付いている』

 

鏡の様に、目の前に自分の顔が映る。

 

『どうしようもないほど愚かで、どうしようもないほどに醜悪』

 

目の前に映る自分は、自分自身でさえ考えないようにしている心の裡を露わにする。

 

『私は、他の聖女がオルナバス様の隣にいることが許せない。私よりもオルナバス様の役に立つことのできる聖女を許さない』

 

自分よりも役に立つ聖女が、オルナバス様の隣にいたのなら。

彼はこんなにも傷つくことは無かったはずだ。

 

それは、オルナバス様にとってこれ以上無くいいことだと思っている。

思っているのに。

 

『私は、彼の隣にいたい』

 

だから、これだけは見せたくない。

この感情だけは。

 

世界が晴れていくのを感じる。

そろそろ夢から覚める時なのだろう。

 

――あなたは、それでも私を赦すのでしょう。でも、他ならぬ私自身が、私を赦せないのです。

 

自分勝手だと、分かっている。

自己保身であることも。

 

だけれども、自分に枷をはめることでしか制御する術が無いのだ。

 

「貴女の隣で、歩ませてください。私に、贖罪の機会をください」

 

聖女は、贖罪の旅をする。

 

「今度こそ、貴女を救って見せます。だから、その時はどうか――」

 

 

――――――――――――

―――――――― 

―――――

 

 

「ん……ここは……?」

 

「だ、大丈夫?随分うなされていたけど」

 

眠っていたアーテが起きた。

馬車の中であったので、頭が痛まないように膝を貸していたのだが。

 

怖え。

どんだけ怖い悪夢でも見ていたのか、アーテは重苦しい表情で謝罪の言葉を口にしていた。

 

ずっとだ。

彼女が寝てから大体三時間ずっと。

 

途中から涙も流し始めたし。

 

「お、オルナ様!申し訳ありません……膝枕をさせていただいて」

 

「う……だい、大丈夫」

 

謝罪の言葉は、苦手だ。

今の謝罪が、()()()()意味を持たないのだとしても。

 

……胃がキリキリする。

胃薬とか、買えるかな?

 

用意しておけばよかった。

今からでも、戻ろうかな?戻れない?そうですねはい……。

 

「お客さん、着いたよ」

 

馬車が止まる。

俺たちは、馬車から顔を出して外を窺う。

 

「ここが……」

 

「…………」

 

俺たちは馬車から降りて、その全容を確認する。

驚きに満ちている俺たちの反応を察したのか、御者がため息交じりに眼前の景色を見て答える。

 

「南方都市リンデン。王国の食糧庫——なんて言われていたほどの南部を代表する都市だ」

 

小さい。

一目見て、そう思った。

 

「まあ、元、だがな。王国の要衝なだけあって、いのいちばんに魔王に狙われちまって今はこのざまさ」

 

魔王が最初に滅ぼした都市。

それが南方都市リンデンであった。

 

頭角を現す前の魔王に対策を取っていた国はいなかった。

脅威以上の脅威であった魔王は、いとも簡単に一夜にしてこの大都市を滅ぼすことができたのだ。

 

「だが、これでも随分と戻っているんだ」

 

本来ならばあるはずの門と門番はおらず、門番を遣る人員すら復興作業を行っているのだろう。

奥には、小さくみすぼらしい家が点在しており、まるでひと昔前のスラム街の様であった。

 

「じゃあ、俺は聖都に帰らせてもらうぜ」

 

「ああ、ありがとう」

 

御者は堰に座り、手綱を持つ。

前に。

 

「そうそう、一つ警告しておこう」

 

御者の目線は、リンデンの奥に向けられていた。

 

「リンデンは今、危険な状態にある。ほとんど門番が機能していないせいで、脛に傷がある奴らが自由に出入りできているんだ。常に誰かがいる場所にいるとか、まあくれぐれも気を付けろよ。ましてや」

 

「?」

 

「ましてや、女二人なんだからな。あんたは剣?を持っているようだが」

 

俺は腰に佩いた刀を見る。

片刃で、切れ味に優れた武器——らしい。

 

柄頭には、赤い鈴がつけられているのが特徴的で、よく歩いていると、りん、と音が鳴る。

 

「大丈夫さ」

 

――俺は、魔王を倒した勇者だからね。

その言葉を紡ぐことはしなかった。

 

女になっている時点で、嘘だと言われるだろう。

ま、そもそも信じる人なんていないだろうけど。

 

「オルナ様、行きましょう」

 

「あ、ああ」

 

俺たちは御者に挨拶をしてから、リンデンの内部へと入っていくのだった。

 

「ねえ」

 

「なんでしょうか、オルナ様?」

 

「ちか」

 

「近くないです」

 

「……はい」

 

大丈夫かな、これ。

俺は心配だよ。

 

「絶対に、離れません。もう二度と貴女を失わせたりは、しません」

 

――――――――――

――――――――

――――――

 

「なんというか」

 

「そう、ですね……」

 

俺たちは目の前に広がる光景を見て、茫然としていた。

街の実情を知ろうと、リンデンの中央まで歩いてきたところだ。

 

多くの男性が、忙しなく働いていた。

男は石材や木材と言った物資を運び、建築物の建設を主にしている。

 

女性も働いていた。

家事はもちろん、農業に駆り出されている人を道すがら何人も見つけていた。

 

誰もが、目を輝かせており希望に満ち溢れている。

 

端的に言って。

 

「めちゃくちゃ活気があるね!?」

 

御者の人、何だったんだ一体?

彼の言葉からして、悪人が跋扈している危ない土地だとばかり思ったのに違うじゃないか。

 

「最初に見えたあの家は、居住区だったのですね」

 

「うん、中央からは、こうまで印象が違うのか」

 

中央部からは活気が溢れ、魔王に滅ぼされる前のリンデンを彷彿とさせるほどだ。

ただ代わりに商売の色は限りなく薄いが。

 

この街で胃薬、買えるだろうか。

薬師はいると信じたい。

 

「おーい、そこの嬢ちゃんたち!」

 

左前方から、俺たちを呼ぶ大きな声が聞こえる。

そこには痩身の、しかし活力にあふれている中年の女性が手を振っていた。

 

女性はこちらに走り寄ってくる。

 

「なんでしょうか?」

 

「サボってる暇なんて、今は無いんだよ!こっちに来な!」

 

女性は俺たちの返答を聞く前に手を引っ張り、走り出す。

 

「え、ちょ、ちょっと」

 

「悪いけど、人手が足りないんだ!」

 

急転直下、とはこの事をいうのだろうか。

多分違う。

 

手を引っ張られ、肩が張る感覚を覚えながら、そんなことを思っていた。

アーテが自身を引っ張る女性と、俺を交互に見ている。

 

予想外の事に、固まっているのだろう。

こういうところは、変わっていないのだな、と安心する。

 

「オルナ様、何を笑っているのですか?」

 

「いや、なにも?」

 

「嘘です!」

 

頬をぷっくりと膨らませるアーテを見て。

俺は本当に安堵するのだった。

 

良かった。

俺の知るアーテは、消えてなどいなかったのだと。

 

まあ、ただ。

少しばかり……変わってしまったことは否めないが。

 

本当に、彼女に何があったんだ!?

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