魔王を倒した勇者、TSしたらなぜか聖女が病んだ 作:栗色cc
「疲れた……」
全てが終わったころ、日が落ち始めた時だった。
石の段差に、腰を下ろして大きく息をつく。
肉体的に、疲れるということはなかった。
なんせ勇者ですから。
ただ、精神的な方面で疲れた。
気力が……。
「大きい方の嬢ちゃん、不器用だねぇ」
俺たちを連れ去った女性が、苦笑しながら水の入ったコップを渡す。
そして俺の隣に腰を下ろす。
なお周りではまだ、皆作業を続けていた。
それなのに、俺だけ休んでいるのは。
うん、まあはっきり言って戦力外通告だよね。
「こんなの、初めてやったからね」
口をとがらせて、反論する。
俺は不器用ではない……と思いたい。
水をちびちびと飲む。
労働の後に呑むものは何とやら、ただの水なのに、とてもおいしく感じる。
「え、料理もかい!?」
ふと隣を見ると、女性が驚いたように目を見開いている。
「そうだよ、悪い?」
「いや、悪いっていうか……その整った顔立ちからして、もしかしていいところの出なのかい?」
俺は遠くを見つめながら、答える。
「何の変哲もない、貧しくも金持ちでもない、ただの平民だったよ」
楽しく剣を振って、友達と外に出て遊ぶ。
日が落ちる頃には、家に帰って母の作った料理を食べる。
「手伝いなんて、しようと思った時には遅かったからね」
なんてことのない、そこらへんに転がっているただの悲劇だ。
俺たちが生きた時代には、吐いて捨てるほどある。
「悪いことを聞いたかい?」
「ううん、大丈夫さ、気にしていない」
俺は苦笑しつつも顔を上げる。
視線の先には、今も料理をしているアーテの姿があった。
ちらちらとこちらを窺うアーテに、軽く手を振って答える。
それを見たアーテは、満面の笑みを浮かべていた。
包丁を扱っている手前、集中してほしい。
「あ、ちなみに彼女はいいところの出だよ」
「本当かい?でも白い嬢ちゃんは器用だし、料理も何もかもが上手だったよ?」
「…………」
料理すらできない雑魚で、すみませんでした!
思わず叫ぼうとしたが、心の裡にとどめておいた。
「なんというか。嬢ちゃんたちは
「ちぐはぐ?」
「家事ができない元平民と、家事を人よりできる良いところの嬢ちゃん。あとは、そうだね、とても感覚的なんだが」
女性は俺とアーテを見比べる。
頬を掻いて、答えづらそうにしながらも言葉を絞り出す。
「なにか、決定的な食い違いが嬢ちゃんたちの間にある気がするよ。不安定というか、何というか」
「何それ」
「うーん、なんだろうねぇ。嬢ちゃんたちの会話を盗み聞いた限りの事しか分からないからねえ」
言い出した女性自身も、具体的に言語化するのができない様子だ。
なんども首をひねって、頭を悩ませている。
「うん、分からないね!」
一転、疑問を大きく笑い飛ばす。
「そろそろ、私も手伝ってくるよ。嬢ちゃんはそこで休んでいな、ただでさえ慣れないことを長時間したんだ」
女性はよっこらせ、と重そうに立ち上がる。
料理をしているアーテ達のところへと歩いていく。
「あ、そうだ」
女性は一歩踏み出したところで俺に振り返る。
「こういうのは、腹を割って話し合うのが最適さ。相手が何を思って、自分が何を思っているのか、意識の擦り合わせがあんたらの問題を簡単に解決するかもしれない」
年長者の助言さ、とばかりに笑って、また歩き出す。
アーテ達に向かって、大きく威勢の良い声を出しながら指示を出している。
それを見て、俺は手に持っていたコップを眺める。
俺の姿がコップの水面に浮かんでいる。
何もかも変わってしまった姿形。
名残があるのならば、この赤髪と赤褐色の瞳だけ。
他は全て、変わってしまった。
男から、女性に。
骨格は女性らしく変わり、筋肉の付き方も変わった。
低かった声は、女性にしては低いものの男だった頃とは比べ物にならない。
「意識の擦り合わせ、か……」
思えば、この姿になってからだ。
アーテが、昏い表情を見せて俺に依存するような行動を見せだしたのは。
俺が、女になったのと関係しているのだろうか。
だとしたら、一体それは……。
「——っ……!?」
割り込むように。
こめかみに痛みが奔る。
突然の鋭い痛みに、思考が中断される。
「頭痛……風邪かな?」
だが、頭痛はすぐに消える。
視界がクリアになる感覚。
「あれ、何を考えていたんだっけ?」
コップの水面には、変わらず俺の姿が映っていた。
「まあ、何でもいいか。すぐに忘れちゃったのなら多分大したことじゃないでしょ」
俺はコップに残った水を飲み干す。
てきぱきと手際よく料理を作りながらも、こちらに視線を送り続けているアーテを見ながら、微笑む。
「料理、練習してみようかな?」
うん、それが良い。
何せ、これからはたんまりと時間があるんだから。
なにか目標を作っておかなければ、退屈になってしまうかもしれない。
アーテという先生もいることだし。
旅を続ける限り、必要になってくる場面もあるだろう。
戦力外通告を受けた今は、ただ初めての事だったからであって。
練習すればうまくなると思う。思う。
「飯が出来たよーー!作業を中断して、さっさと集まりなーー!」
女性の一段大きな声がリンデン中に響く。
作業をしていた大人たちがすぐさま群がってきて、この場は喧騒に包まれる。
「ふぅ、疲れました。大丈夫でしたか、オルナ様?」
アーテが静かに、しかし類を見ないほどの素早さで俺のところへとやって来る。
「お疲れ様、アーテ。俺よりも君の方が、疲れているんじゃない?待ってて、今水を――」
立とうとしたら、アーテが手を握って引き留めてきた。
ふわりと、良い香りがしたと思ったら、俺の腕に抱き着くように密着している。
「一緒に、行きましょう」
「……うん」
水だけではなく、料理ももらって石の段差に腰を下ろす。
濃い味付けになっており、体に沁みる美味しさだ。
「あの、オルナ様」
「なんだい?」
「良いのです、このままで。貴女はただ、笑っていてください」
俺は首を傾げる。
だが、アーテは口元を隠して笑うだけで答えてはくれなかった。
「貴女は、思い出さなくともよろしいのです。すべての重荷は、私が背負います」
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―――—
知っていた。
例え魔王が死んでも、世界はさほど変わりはしないことを。
好転もしないし、逆に暗転もしない。
世界が良くなったと皆が思うのは、一時の幻想にすぎない。
すぐに、誰もが思い知ることになるだろう。
善は必ず存在するが、悪もまた同じく存在することを。
世界は理想郷を赦すほど、優しく慈悲深くはない。
世界は自ら均すが故に、世界足り得るのだ。
それを俺は嫌と言うほど、知っていたはずだった。
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「ねえ、お姉さん!」
「うん?」
服が引っ張られる感覚に、俺は立ち止まって振り向く。
だが、視界には誰も映らない。
「気のせいか……?」
「いえ、……子供?」
アーテがしゃがみこむ。
その動作を視線で追うと、一人の小さな子供が俺の裾を掴んでいることが分かった。
今の俺の身長は、アーテよりも頭二つ大きいくらい。
平均的な男性よりも、少し大きい程度の大柄である。
当然、目線もその分高くなる。
子供が見えなくても、俺に非はないだろう。
「人の服を引っ張るものではありませんよ?」
するり、とアーテによって俺の裾を掴む子供の手が引き剥がされる。
「……子供だ」
「珍しいですね」
俺は目の前の子供をまじまじと見る。
小麦色の肌、黒髪、性別は男。
身に着けている衣服は……土で汚れている。
それも……。
「な、なんだよ」
「少年、親はどこに?」
「っ、知らない」
……殺されたか。
この時代に、子供は珍しいがそういった悲劇は珍しくない。
逆もまた然り。
「……
「なんでしょうか?」
少年は視線を泳がせる。
背後にちらちらと視線を送りながら、何かに迷っているようだ。
「え、ええと……言葉では言いづらいから、付いて来て!」
より近くで話を聞いていたアーテの手を、その小さな両手で引っ張る。
「どうします?オルナ様」
アーテが、心配げな視線を送りつつこちらを見る。
溜息をついて、首を縦に振る。
「……どうせ、やることなんて決まっていないんだから」
「分かりました。……君、案内してください」
アーテは立ち上がりつつ、少年が握る手を引き剥がした。
「焦らず、ゆっくりでいいですから」
「ご、ごめんなさい。分かった」
「…………」
俺たちは先導する少年についていく。
「オルナ様……」
「おっと、悪い癖だね」
おどけたように、俺は手を離す。
勇者をやっていた時の名残か、俺の体は自然と態勢をとっていた。
「もう、平和になったんだ。だから、こういうのは治していかないと。俺も嫌いだしね」
「……っ申し訳、ありません」
あ、やばい。
アーテがまた。
「大丈夫、大丈夫だから。俺は何も気にしていないから」
というか、何に対して謝っているのかもわからないのだが。
とりあえず何も悪くないと暗に伝えるが、なぜかアーテは目を見開いて涙を零してしまう。
どうしてだ!?
いや、この場はとにかくアーテを落ち着かせなければ……いや、どう落ち着かせるんだ?
「——お姉さん!早く!」
「……失礼」
少年の急かすような声に、アーテは正気に戻ったのか涙をハンカチーフで拭う。
俺に手を差し伸べて、下手に笑う。
「行きましょうか、オルナ様」
「う、うん」
内心、思うのだ。
彼女は、一体何を思っているのか。
どうして彼女は豹変してしまったのか。
まだ、それを聞く勇気は無かった。
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リンデンの東方だろうか。
俺たちが少年に連れられてやってきたのは、居住区であった。
だが俺たちが入った西方の居住区とは違い、なんというか。
「酷い有様だな」
「……ええ、同じ街だというのに、ここまで格差があるとは」
西の居住区はみすぼらしかったが確かに家としての役割を保っていたが、東はそういう次元ではなかった。
屋根は無く、そこらかしこに破壊の跡がある。
骨が見えるほどに痩せた老人が地べたにはいつくばっており、まさにこの世の終着点のようであった。
「少年、本当にここであっているのか?」
「う、うん。俺はここで暮らしているんだ」
俺は驚き、アーテは手を組み合わせて祈る。
子供が、こんなところで?
恐らく、造りからして西と当初は変わらなかったのだろう。
だが今はこうして見る影もないほどに壊されている。
危険だろう。
「大丈夫なのか?」
「そりゃあ、大丈夫なんて言えないけどさ……俺は生きなきゃ、ならないから」
少年の横顔は、何かを決意した者の目だった。
「だから、さ?」
少年は立ち止まる。
広場のように開けた場所で。
「どうしたのですか?ここには何もないですが――」
「——アーテ!」
俺はアーテを力いっぱい引き寄せて、その身を抱く。
「オルナ様!?」
ぱん。
頬を赤く染めて焦るアーテへの返答は、軽い破裂音と。
それとは違う断裂音。
「っ」
そして抱き寄せた相手の、呻く声だった。
「——だから、ごめん。ごめんなさい」
俺はアーテをその身に抱いたまま、片膝を突く。
腱が断裂した。
少年は苦し気な顔で、両の目から一筋の涙を流していた。
傍らには、建物の影からやってきた筋骨隆々な男が、少年の肩に手を置いて笑っている。
「よくやった、手前にしちゃあ上出来じゃねえか、ルード?しかも、上玉も上玉だ、褒めてやるよ」
「っ……はい」
「まあ、それもそうか。お前さんにはもう後が無いんだったな。お、に、い、ちゃ、ん?」
ああ、やっぱりそういうことか。
「救えない、救えないね」
「おう、お嬢ちゃん。残念だったな、こんなやつに騙されて。そのせいで死ぬよりもひどい目に遇うんだがな!」
「っ……!」
少年が肩を揺らす。
俺は、冷静に背後を見る。
痩身の男が、怖気がたつような笑みを浮かべている。
その両手に握られているのは、武器だった。
それは個人が携帯できる砲であり、かつて魔王に抗うために設計された武器。
すなわち、銃である。
人知を超えた速度で飛来するそれは、アーテの足を貫こうとした。
寸前で入れ替わった俺は、運が悪くアキレス腱を銃弾で断たれてしまったのだ。
「ひひっ、可愛がってやるよ」
「おい、最初は俺だぞ!?まぁ、いい。……おい、出てこいてめえら!」
男は悪態をついたが、すぐにニヤついた悪い顔をしてから大声を上げる。
その声を聞きつけ、周囲から何十人もの男が現れる。
すぐに周囲を囲まれる。
こいつらも、仲間だろう。
「おい、ルード。よく見ておけ」
傍から見て、俺たちは絶体絶命の状況だ。
それなのにこんな戦力を見せびらかしたということは。
「これが、お前がした選択の結末だ。そう、今から起こることはすべてお前のせいなんだよ、お兄ちゃん?」
男たちは欲望に染まった笑みを浮かべつつ、こちらににじり寄ってくる。
リーダーの男によって顔を固定された少年と、目が合う。
「っ、め……ごめ――」
「——気に入らないな」
アーテを解放する。
刀を鞘ごと腰から引き抜き、杖代わりにして立つ。
鈴っ。
「
こんな悲劇を生むために、戦い抜いたんじゃない。
例えこの結果が、いずれ来る必然であったとしても。
「アーテ、頼む」
「……はい……!」
あの場所に、戦いが好きな者はいなかった。
でも、その先に何かがあると信じて剣を取ったのだ。
それを、その覚悟を愚弄しないで欲しい。
「かかってきなよ。銃だろうがなんだろうが、最後には全部斬る」
もう誰も知らない勇者の戦いを、見せてやる。