前世の因縁が恋へと変わるまで…… 作:六畳仙人(ハーメルン)
かつて私は、サンビタリア王国という名前を持つ国で聖女と呼ばれていた。
けれど——最期には、王国の人々に裏切られた。私の身体は火炙りにされ、業火の中で息絶えた……はずだった。
「お誕生おめでとう、ライラ」
「おお、いよいよライラも五歳か! すっかり大きくなったなあ……」
「ありがとうございます。お父様! お母様!」
きっと、女神様が死に際の願いを聞き届けてくださったのだろうか。
気がつくと私は——前世では敵国だった隣国の神聖ルドベキア帝国。その帝国の名門、ローズクオーツ伯爵家の娘として、生まれ変わっていた。
今の私の名前は、ライラ・ローズクオーツ。
艶やかな金色の髪と宝石のような紅色の瞳を持つ、帝国でも名門として知られているローズクオーツ伯爵家の一人娘。
不思議なことに、名前は前世と同じライラだった。
この名前をつけてくれた理由を、お父様が話してくれたことがある。
曰く——かつて戦場で剣を交えた、サンビタリアの聖女ライラに敬意を表してこの名を選んだのだと。
……その「聖女ライラ」って、前世の私のことなんだけどなぁと、名前の由来について考えるとちょっぴり気恥ずかしくなる。
私の今世のお父様、オルフェウス・ローズクオーツ伯爵。その人こそ、前世の戦場で私がボコボコにした相手の一人だったなんて、運命って本当に皮肉。
まさかそんな人の娘として生まれるなんて、考えたこともなかった。
でも今では——この家に生まれて本当によかったと思っている。
お父様も、お母様——エウリアお母様も、私を本当の娘のように愛してくれている。
それこそ、前世で私を育ててくれた父さん母さんに劣らない、深くてあたたかい愛を貰ったから。
「そうだ、ライラ。来週、皇帝陛下主催のパーティーが開かれるそうだ。帝国貴族は五歳になれば社交場に、十歳になれば学園に、十五歳になれば戦場に出ることが許される。来週のパーティーにはライラも貴族の淑女として参加するように」
「はい、お父様」
初めての社交界。緊張で胸がいっぱいになる。でも、そんな私の手をそっと取って、優しくお母様が言ってくれた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、ライラ。ローズクオーツ伯爵家の娘としての振る舞いは、ちゃんと身についているもの。礼儀作法の先生も、ライラのことをとても褒めていたわ」
「はい、お母様。私、頑張ります!」
気づけば、この二度目の人生ももう五年が過ぎた。
また一から始まった人生。
赤ん坊として生まれ、歩き方を覚え、貴族としての作法や帝国の文化に慣れるための毎日は、決して楽ではなかった。
でもそれ以上に、私には——家族がいてくれる。
お父様とお母さまに愛され、守られ、支えてもらったから、私はまた前を向いて生きていくことができた。
おかげで、あんなにも鮮烈だった前世の記憶も、少しずつ薄れてきた。
毎晩うなされていた前世の悪夢も、今ではほとんど見なくなった。
かつて尽くした国の人々に裏切られ、汚され、嬲られ、壊され、そして業火に焼かれて命を奪われた、聖女ライラとしての過去。
あの苦しみも、憎しみも、悲しみでさえも。
ようやくあの過去を振り払えた。
「そういえば、今回のパーティーには珍しく皇太子殿下も出席なさるそうよ。もしかしたらこのパーティーで誰かを見初めるかもしれないわね」
「皇太子殿下は未だ婚約者が決まっておらんからなあ。まあ、流石にまだ幼いライラが見初められる可能性は低いだろうが……」
この時はまだ、その過去のせいで面倒事に巻き込まれるなんて、夢にも思っていなかった。
♠︎♠︎♠︎
神聖ルドベキア帝国帝都。
その中心部に位置するのが、この国を統べる皇帝陛下とそのご家族が住まわれる、荘厳なる皇宮。
五歳になった私は、その宮殿の広間で開かれる皇帝陛下主催のパーティーに初めて参列した。
「……綺麗……」
会場へと続く重厚な扉が開かれ、広間に一歩足を踏み入れた瞬間。目に飛び込んできたのは、まばゆいほどの金の輝きだった。
壁や柱は、透き通るように白い石でできていて、その上から惜しげもなく金色の装飾が施されている。
蔦を模した優美な模様、今にも舞い上がりそうな天使の彫像、見たこともない聖獣たちをかたどったレリーフの数々。
視界のどこを切り取っても、ため息が漏れそうなほどの美しさに満ちていた。
そして会場の中には、帝国中から集まったこの国の貴族たちの姿があった。
それぞれが正装に身を包み、誰もが気品と誇りを纏っている。
「お久しぶりです、ローズクオーツ伯」
「久しいな、オニキス男爵! 息災で何よりだ!」
ふと見ると、お父様が知り合いの方と親しげに握手を交わしていらした。
相手は、まだ三十にも満たなそうな若い男爵。
言葉の端々から親しみが感じられて、親しい付き合いのある間柄だとすぐに分かる。
そのまま懇談が始まり、他の貴族たちも自然とお父様のまわりに集まってくる。
ローズクオーツ伯爵家が有力貴族だとは聞いていたけれど……ここまでとは思っていなかった。
「ほら、ライラも挨拶なさい」
「はい、お母さま」
私は軽く頬の筋肉を引き上げて、五歳児らしい“精一杯頑張ってる”笑顔を作る。
そして、スカートの裾をつまみながら一礼。
「初めまして、オニキス男爵。私、ライラ・ローズクオーツと申します」
礼儀作法の先生に教わった通り、丁寧に挨拶すると——男爵は穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくり膝をついて私の目線まで降りてきてくれた。
「ライラ……なるほど、良き名ですね。私にも縁のある、素晴らしい名前ですね」
「……縁、ですか?」
首をかしげると、男爵はどこか懐かしむような笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。私もかつて、サンビタリアの聖女と剣を交えたことがありますので」
——ああ。なるほど。
言われてみれば、心当たりがある。
帝国の“十二の国宝の魔剣”を託された騎士たち。
そのうちの一人だったこの人と前世で剣を交えた記憶がある。
というか、結局六本くらいその魔剣とやらは折ったような気がする。
そんなぼんやりした前世の記憶を手繰っていると——
「皇帝陛下、並びに皇太子殿下、ご入来!」
朗々と響く声が会場全体を包み込み、空気が一変した。
会場の人々の視線が一斉に広間の入り口へ向けられ、重々しい大扉がゆっくりと開かれる。
姿を現したのは、威厳に満ちた白髪の初老の男性——この国の主、皇帝陛下。
そして、その後ろから歩みを進めるのは、黒曜石のように艶めく漆黒の髪を持つ青年だった。
目元は凛々しく整っていて、顔立ちはどこか中性的な美しさを感じさせる。
けれど、その碧色の瞳は不思議なほど光を失っていて、まるで抜け殻のようだった。
——神聖ルドベキア帝国皇太子、コレウス・マラカイト・ルドベキア。
まだ二十一歳の若き君。
皇帝陛下が微笑を浮かべながら玉座へと進むのとは対照的に、彼の顔には一切の表情がなかった。
仏頂面のまま、ただ機械のように後をついて歩いている。
流石にこの人のことは知っている。
というかこの男のことだけは、今でもはっきりと覚えている。
オニキス男爵と同じく、この男とも戦場で剣を交えたことがあるからだ。
それも鮮烈に印象に残り続けるほど幾度となく。
まるで何かに取り憑かれたかのように、いつも好戦的な笑みを浮かべながら、しつこく私に挑みに来ていた。
まあ、毎回返り討ちにしていたけどね。
"剣バカ皇太子"。
彼のことを、前世の私はそう呼んでいた。
目だけは凄くカッコいいのに、いつも目を血走らせながら剣を片手に狂ったように襲いかかって来たからだ。
そして終戦間際の最後に戦った時には、ついに一太刀私の体に擦り傷をつけて「傷物」にしてくれた因縁もある。
でも何故だろう。
彼を一目見た瞬間、蓋をしたはずの前世の記憶が次々と浮かび上がってくる。
戦場で剣を交えた日々のこと。
次第に互いの名を知り、戦いの中で言葉を交わすようになったこと。
その日々の記憶では、なぜか私は心から笑っていたこと。
……あれ? 聖女時代の私って、こんなに戦闘狂だったっけ?
とにかくだ。
思い出せば思い出すほど、懐かしさが込み上げてくる。
戦場という地獄で刻まれた記憶なのに、なぜか、胸が温かい。
思わず、口元が緩んでしまった——そのとき。
視線を感じて顔を上げると、いつの間にか彼がこちらを見ていた。
「あっ」
目が合った。
殿下の濁った碧色の瞳が、じっと私を見据える。
次の瞬間、彼の身体がフルフルと小さく震え始めた。
瞳の濁りが消え——そこに確かに“光”が宿ったように見えた。
すると、まるで別人のように、雰囲気が一変した。
圧倒的な気迫。覇気。それらが戻った気がした。
目と目が合ったこの一瞬で何かが変わった。
何かが始まった。
そんな気がした。
「……ッそうか。そういうことか!!」
突然、殿下がまるで乱心したかのように、叫び、帯剣していた剣を抜き放つ。
そして——
「もう一度会える……この時を待っていたぞ!!」
ニイッと口元を歪め、まるでかつての戦場で出会った時のように、構えた剣を私へと向けて——跳びかかってきた!
「さあ、あの日の続きといこうか!!」
「……ひい!?」
間抜けな声が出てしまった。
だって、目の前の彼が——戦場で私に何度も剣を向けてきた、あの時の気迫溢れる顔に戻っていたから。
ただ……
——ここ、戦場じゃなくてパーティー会場だよ!?
どうして彼がこんな狂気じみた行動に出たのか、私にはまったく分からなかった。
いや、まさか……
——転生してるって気づかれた!? いや、流石に髪の色も瞳の色も前世と違うし、そもそも今の私は五歳児の身体だから気づくはずが……
「俺の目だけは誤魔化せないぞ! 聖女ライラァ!」
…………なんでわかるのよ。
次からは暫く拗らせ皇太子の過去編になります。