流派スカイランド神拳一番弟子、ソラ・ハレワタール 作:無悪岩
翌日。
リア・アーダナスは本日の修行を終え、裏山の岩場に腰を下ろし、空を流れる雲をぼんやりと眺めていた。
「……ま、あれだけ泣き喚いてたら、二度と来ることはねぇだろ。」
ぼやきながら、ゴーグル越しに空を仰ぐ。今日も、青空が広がっている。
リアは腕を組み、あくびをひとつ。
その時だった。
「はっ、はっ……き、来ましたっ!! 師匠! よろしくお願いします!!」
声が聞こえた。
リアが顔をしかめ、そちらを振り向くと──
ボロボロになりながらも、昨日と同じ格好で、必死に山を登ってくるソラ・ハレワタールの姿があった。
服は泥だらけ、顔も汗まみれ。それでも、瞳だけは昨日以上にギラギラと輝いている。
「……あのさぁ……」
ゴーグルを頭にかけ、リアは目頭を押さえた。
「なんでまた来てんの? お前……」
「ヒーローになるためです! そのためにも、師匠にまず弟子入りをします!」
──なんでもう師匠って呼んでんだこのアホは。
心の中で毒づきながらも、リアはグッと堪えた。
感情に流されず、理詰めで追い返す方向に切り替える。
「いいか、ガキ。まず大前提として──」
「ソラです! ガキじゃありません!」
「……あぁ、悪かったな、ソラ。続けるがいいか?」
「はいっ!」
話を遮られ、こめかみにピキリと血管が浮かぶのを感じながらも、リアは自制心を振り絞った。
「まずな。親御さんには話したのか? よく知らねえ大人に、自分の娘が弟子入りするなんて、普通なら絶対に反対されるぞ?」
「いいえ! ふたりとも快く送り出してくれました!」
「……それはアレだ。遊びに行くもんだと思ってんだろ。ちゃんと説明して──」
「しました! 師匠のことも、ちゃんと伝えてます!」
リアは天を仰ぎ、大きく息を吐いた。
「……マジかよ……」
その間に、ソラはリュックからごそごそと何かを取り出す。
「お母さんが、師匠にって!」
「こりゃ……手紙か?」
リアは震える手で封を切った。何が書かれているのか、想像するだけで胃が痛くなる。
かつて自分も師から理不尽な修行を受けたが、それよりも今は、はるかに恐ろしかった。
中には、丁寧な字でこう綴られていた。
『ソラからお話を聞きました。最初は不安に思いましたが、とても強く、頼りになる素晴らしいお方だと聞いております。どうか、ソラをよろしくお願いいたします。』
リアは無言で手紙を読み進め、そっと封を閉じた。
(マジか〜〜〜〜〜〜……)
手紙から目を逸らしてソラを見る。
ソラはキラキラした目でリアを見上げていた。
(…親子揃ってこれかよ。)
リアはとてもとても頭を抱えたくなった。眉間を指でぐりぐり押さえ、やがて真剣な表情でソラの方を向く。
「いいか、ソラ。ハッキリ言うぞ。オレはお前を弟子にしない。」
「えっ……な、なんで!?」
「事情だよ、事情。人には言えねえことのひとつやふたつあるだろ。それだ。まあ、お前が納得するとは思わねえが…。そういうことだ。諦めろ。」
立ち上がり、リアは手を軽く振った。
「家までまた送ってやる。ほれ、帰れ。」
ソラは目に大粒の涙を溜め、ぷるぷると震えていた。
「……うっ、うぐっ、ひぐっ……」
「…弟子入りできねぇだけで泣くなっつーの。それにお前、オレの名前すら知らねぇだろ?」
「そ、それっ……でも……!」
「第一、強くなりてぇだけなら、オレのとこじゃなくてもいいだろうに。…ハァ、これ以上言っても無駄か。ほれ、帰るぞ。」
リアはソラの肩に手を掛ける。
だが──
その手を振りほどくように、ソラはくるりと背を向け、森の奥へと駆け出していった。
「お、おい!? どこ行くクソガキ!!」
リアが呼び止める暇もなかった。リアはその場に立ち尽くし、頭をがしがしと掻いた。
「…ったく、何なんだよ、クソっ。」
仕方なく地面に寝転び、ゴーグルを深くかぶる。空はどこまでも、澄み切った青だった。
(…まぁ、あんだけ元気なら大丈夫だろ。)
そう思って目を閉じ──しかし、五分と経たずに、リアは跳ね起きた。
「あ〜〜チクショウ!! おかげで寝れねぇじゃねぇか!!」
叫びながら、拳で地面をドンと叩く。思った以上に、胸の奥がざわついていた。
リアは立ち上がり、鋭い視線で森の奥を睨みつけた。
「アイツ…本当に帰れたんだろうな…? 何かあったらタダじゃおかねぇぞ……!」
怒鳴るように吐き捨て、すぐさま駆け出す。その速度は、まるで風そのものだった。