流派スカイランド神拳一番弟子、ソラ・ハレワタール 作:無悪岩
森を駆けながら、リアはふと立ち止まった。遠くの方から、ざわめきが聞こえてくる。
「……?」
耳を澄ます。何人かの大人たちが、誰かを探しているようだった。
「ソラを捜してんのか……?」
事が大きくなっている。非常にマズい。リアは顔をしかめた。
しかし、すぐに違和感に気づく。
「……いや、違ぇな。あいつら、別の名前呼んでやがる。」
──坊やー!
──坊や!!
──どこだ、返事してくれ!!
「……まだいんのかよ、子どもが!」
リアは舌打ちした。
せっかく修行場に使えそうな、絶好の土地を見つけたというのに…。よりによって、迷い込んできやがったか。
「待てよ……もしこの森の奥、オレの修行場に迷い込んでたら……」
リアの表情が一気に引き締まった。
「…とてもマズイ!!」
すぐさま、リアは地を蹴った。
***
森の奥。
小さな男の子は、今にも泣き出しそうな顔で立ちすくんでいた。周囲は木々に囲まれ、視界も悪い。
「だ、大丈夫……ですよ!」
駆け寄ってきたのは、ボロボロの服に泥だらけの少女、ソラだった。
「お、お姉ちゃん……」
「私がついてます! 一緒にお家に帰りましょう!」
小さな体を必死に張って、ソラは男の子を励ます。だが、その声はわずかに震えていた。
(こ、怖いです……でも、彼を助けないと……!)
ソラは必死に自分を奮い立たせる。
その時だった。ガコッ、と鈍い音がした。
足元を見ると、地面に不自然に突き出た岩。ソラは無意識にそれを踏みつけてしまっていた。
「え、えっ……?」
カラカラカラッ……!
崖の上で、大きな岩がゴロゴロと動き出す。
そして──
ドドドドドッ!!!
「えええぇぇぇぇ!!?」
轟音を立て、巨大な岩がこちらに転がり落ちてきた!
「に…逃げないと…!」
だが逃げようにも、体がすくんで動かない。ソラは男の子をかばうように抱きしめ、目をぎゅっと閉じた。
次の瞬間。
ドンッ!!!
地響きを伴う衝撃とともに、視界が、真っ白になった。
おそるおそる目を開けると…。
そこには、二人を庇うように仁王立ちする、リア・アーダナスの姿があった。
「スカイランド神拳──」
拳を引き、正面に迫る大岩を見据える。
「【天空正拳突き】!!」
──ゴウッ!!!
放たれた拳が、空気を裂き、巨大な岩を真正面から撃ち抜いた。岩は粉々に砕け散り、細かな砂塵となって森に消えていった。
「……っ」
二人はただ、呆然と見上げるしかなかった。リアは振り返り、ソラと男の子の肩をがっしりと掴む。
「お前ら、無事か!? 怪我は!?」
その声は荒々しかったが、どこか温かかった。
しばらく後、無事に男の子を捜索隊に引き渡し、リアはようやく肩の力を抜いた。
「ったく……人騒がせな。」
自分の修行用に仕掛けた装置で2人が危険な目に遭ったことを棚に上げながら、安堵と疲労の入り混じったため息を吐き、隣に立つソラをちらりと見る。
ソラはまだ、男の子を見送るその背中をじっと見つめていた。リアは頭を軽く掻きながら、ソラの肩をぽんと叩く。
「さて、お前も帰るぞ、ソラ。」
「……はい。」
***
弟子入りを突っぱねられたせいか、二人の間にはどこか重たい空気が漂っていた。しばらく歩くと、遠くに小さな家が見えてきた。ハレワタール家だ。
リアは歩調を緩め、ソラに話しかけた。
「なぁ、ソラ。」
「……はい。」
リアはゴーグルを首に下げ、真剣な目を向ける。
「お前……なんで、まっすぐ家に帰らなかったんだ?」
ソラは少しうつむき、胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。
「……ほっとけなかったから、です。」
リアは無言でしばらくソラを見つめ、それから呆れたように鼻で笑った。
「なるほどな。山を降ってる最中にアイツの声か何かを聞いて、助けに行ったってとこか。けどなぁ……ただのガキが行ったところで、何も変わらなかっただろ?」
リアの言葉に、ソラはぐっと唇を噛む。だがすぐに、顔を上げ、力強く言った。
「だから、強くなりたいんです! 力がほしいんです!」
──それがヒーローだから!
ソラはそこまでは言葉にしなかったが、リアには続きが聞こえた気がした。ソラの小さな瞳は、震えていなかった。確かに、そこに”意志”があった。
リアはふぅと息を吐き、しゃがんでソラの目線に合わせ、肩に手を置く。
「けどよ、強くなるだけなら、オレに弟子入りしなくてもいいだろ。そこが分からねぇ。」
静かに問いかける。
弟子入りを断られただけであそこまで泣いた。それ相応の理由があるはずだ、とリアはどこか期待していた。
返ってきた答えは──
「憧れの人と、雰囲気が似てたからです!」
実に子どもらしい、単純な理由だった。
リアは思わず顔を伏せ、目元を押さえる。
「……それだけ?」
ソラは迷わず、力強く頷いた。
「はいっ!!」
リアは苦笑をこらえながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……ハァ。参考までに、その憧れの人とやらと、オレはどの辺が似てるんだ?」
「はい! とても優しいところです!」
「や、優しい……?」
リアは眉をひそめた。
今までの自分の行動を振り返る。無茶な試練、無理やりの崖飛び、弟子入り拒否…。
どう考えても優しさのかけらもない。
(……どこがだよ。)
リアは心の中で突っ込みながらも、ソラの話を聞き続けた。
「初めて見た時から、ビビビっときました!師匠はあの人と同じ、優しい目をしていましたから!」
リアは生まれてこのかた、優しい目だなんて言われたことは一度もなかった。疑うような目でソラを見るが、ソラはまっすぐな笑顔で続けた。
「実際、師匠は私を二度も助けてくれました!」
「いや、それは元を辿ればオレが──」
「それに!」
リアの言葉を遮り、ソラは見様見真似で正拳突きを繰り出す。
「大岩を簡単に砕くパンチ! とても凄かったです!私も師匠みたいに強くなりたいんです! そうすれば、みんなを助けられるヒーローになれます!」
ソラは胸を張り、大きな声で言い切った。リアは一瞬、何かを言いかけたが…黙って、ゆっくりと立ち上がった。
「……」
「…師匠?」
そのまま無言で家へ向かって歩き出す。ソラも、慌てて後を追った。
やがて家の玄関前に立つと、リアは扉を叩いた。
「夜分にすみません。」
扉をまっすぐに見据えて、住人が出てくるのを待った。
ほどなくして、玄関に現れたのは。
若干強面の男性だった。リアは軽く頭を下げ、真剣な声で続けた。
「本日は、この子の弟子入りの件について、お話しさせていただきたいと思い、お邪魔させてもらいました。」
「し、師匠っ…!」
ソラは声を上げそうになるのを必死にこらえた。
──ま、まさか…
弟子入りを、親を巻き込んで正式に断る気なのか!?ここでダメって言われたら、どうしよう…!
そんなソラの焦りをよそに、玄関を開けた男性、シド・ハレワタールは、
穏やかに微笑んだ。
「そうですか、それはご丁寧にどうも。」
落ち着いた声でそう言うと、続けた。
「玄関で話すのもなんでしょうし、上がっていってはどうでしょうか。」
リアは一瞬だけ迷ったが、すぐに小さく頷いた。
「……お邪魔します。」
靴を脱ぎ、ソラと並んで家に上がる。
玄関先には、もう一人。柔らかい雰囲気を纏った女性、レミ・ハレワタールも顔を出していた。
「ソラ、おかえりなさい。」
「た、ただいま……」
ソラは帰宅の挨拶をしたが、不安からか声が震えていた。ソラは不安げに、リアの横顔を盗み見る。
リアは、何も言わず、ただ静かにリビングへと向かっていった。その背中が、やけに遠く見えた。
ソラの心臓は、バクバクと激しく跳ね続けていた。
***
全員がテーブルに着くと、シドが穏やかに口を開いた。
「娘がお世話になっております。ソラの父、シド・ハレワタールです。」
「母親のレミ・ハレワタールです。」
「そ、ソラ・ハレワタールです!!」
ソラは緊張のあまり声が裏返りそうになりながらも名乗った。二人が軽く会釈すると、リアもきちんと頭を下げた。それを見たソラも、慌ててぺこりと頭を下げる。
リアは真剣な表情で言った。
「私は、リア・アーダナスと申します。古流武術を修めております。」
そして、玄関先で伝えた内容を改めて口にした。
「本日はお宅の娘さん…ソラさんの弟子入りの件について、改めてお願いに参りました。」
リアの言葉に、シドは小さく頷いた。
「ソラから話は伺っていますが…そうですか、やはり……」
(や、やっぱり…断られる……!?)
ソラは直感した。完全に、断られる流れだ!
──ダ、ダメ……っ!
ソラが顔を青ざめさせかけたその時。
「ソラさんの弟子入りを…正式にお願いしにきました。どうか、よろしくお願い致します。」
リアは、テーブルに手をつき、深く頭を下げた。リビングに、驚きと静寂が満ちた。
ソラは目を見開き、呆然とリアを見つめるしかなかった。
「えっ……ええええぇぇぇ!!!?」
ソラは、飛び上がらんばかりに大きな声をあげた。頭を深く下げるリアを、信じられないものを見るような目で見つめる。
(し、師匠が、弟子入りを!!?)
一方、テーブル越しに座るシドとレミも、思わず顔を見合わせた。そして、シドがゆっくり口を開いた。
「……本当によろしいのですか?」
リアは顔を上げ、真剣な眼差しで頷いた。
「はい。」
すると今度は、レミが少し困ったように笑いながら口を挟んだ。
「てっきり……近所の優しいお姉さんか何かと遊ぶ程度だと思っていたのですが……」
「手紙を拝見しました。文の内容からして、お2人もそう認識されているだろうと思い、本日こうして足を運び、直接お話しさせていただこうと。」
チラとソラを見た後に、再び2人へ視線を戻す。
「最初は……正直、弟子にするつもりなんて全くありませんでした。まだ子どもですし、どこまで本気かも分からなかったので。」
リアはちらりとソラを見たが、すぐに視線を戻す。
「けど、あの子は──翌日も来ました。たった一日で諦めることなく、まっすぐに、"強くなりたい”と。」
少しだけ目を伏せ、言葉を続ける。
「相手が子どもであろうと、本気には本気で応える。それが大人としての務めだと思っています。」
リアは顔を上げ、きっぱりと言った。
「彼女のためにも、弟子入りを認めてあげていただけないでしょうか。」
「わ、私からもお願いしますっ!」
リアが深々と頭を下げると、ソラも勢いよく、同じように頭を下げた。
少しの沈黙。
やがて──
「……リアさん。顔をあげてください。」
シドとレミが顔を見合わせ、困ったように微笑んだ。
「お若いのに、しっかりされているんですね。」
レミが優しく言った。
「ソラのこと、どうかよろしくお願いします。」
シドも頷きながら続ける。
「娘のことですが……今まで、あんな顔を見たのは初めてでした。」
「……はい。責任を持って、ソラさんの指導者を務めさせていただきます。」
「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ソラが思わず、声をあげて跳び上がった。満面の笑顔で、ぐっと拳を握りしめる。
「ありがとうございます!師匠っ!それじゃあさっそく修行を──」
「いや、今日はもう陽が暮れる。今日はもうナシだ。」
リアは立ち上がり、腕を組んで言った。
「明日の朝。陽が昇りきる頃にオレが来る。そしたら修行を始めるぞ。」
「は、はいっ!!絶対に早起きしますっ!!」
そのやり取りに、レミがくすりと笑った。
「そうだ、ちょうどチシューができたんです。良ければ、食べていきませんか?」
「お気遣い感謝します。しかし、私も帰ってやることがあるので…申し訳ありません。」
リアは静かに、けれどきっぱりと断った。
「じゃ、また明日な。」
そう言って、リアは一礼すると、静かにハレワタール家を後にした。
***
「これが、私と師匠の出会いなのです!」
胸を張って語るソラに、ましろが若干笑顔を引き攣りながら微笑む。
「そうなんだ〜。と、とっても素敵なお師匠様だったんだね。」
地球の観点で見なくとも十二分に虐待なのだが、ましろはあえて黙っていることにした。
「はいっ!」
ソラは鼻高々に腕を組み、エルもキャッキャとはしゃいでいる。まるで自分のことのように誇らしげだった。
そんな3人の和やかな空気の中でヨヨだけは、表情を崩さなかった。
「ソラさん。」
「はい?」
ヨヨは、少し間を置いてから静かに口を開いた。
「その…アーダナスさん。スカイランド王国に対して…何か言ってなかったかしら?」
「え?」
ソラは首をかしげる。
「いえ、特に何も…。」
「……そう。ごめんなさいね、変なこと聞いちゃって。」
ヨヨはそれ以上何も言わず、静かに目を伏せた。その目には、深い思案の色が宿っていた。
***
スカイランド・辺境。
木々が風にざわめき、森の中にひっそりと佇む一軒の民家。そこに、黒ずくめのローブを羽織ったフードの男が近づいてくる。手には何も持たず、足取りも音を立てない。
彼が近づく先には、薪割りをしている銀髪の女性…リア・アーダナスの姿があった。彼女は無言で太い薪に手刀を振り下ろすと、薪は鋭利な刃物で切られたかのように、二等分に断ち割られた。
リアは手を止めると、眉間にしわを寄せて振り向いた。
「……おい、ハゲ。用もねえのに来てんじゃねぇよ。」
低く、苛立ち混じりの声で吐き捨てる。男はフードの奥から冷ややかな声で応じた。
「貴様の弟子がプリキュアになったぞ。」
リアの眉がぴくりと動く。
「……は?」
「おかげで計画に綻びが生じかけている。貴様と我がアンダーグ帝国は、同盟を組んだと認識していたはずだが?」
2人の間に風が吹き、木々を揺らした。
リアは静かに頭を抱えるしかなかった。