流派スカイランド神拳一番弟子、ソラ・ハレワタール   作:無悪岩

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4話

 森を駆けながら、リアはふと立ち止まった。遠くの方から、ざわめきが聞こえてくる。

 

「……?」

 

 耳を澄ます。何人かの大人たちが、誰かを探しているようだった。

 

「ソラを捜してんのか……?」

 

 事が大きくなっている。非常にマズい。リアは顔をしかめた。

 しかし、すぐに違和感に気づく。

 

「……いや、違ぇな。あいつら、別の名前呼んでやがる。」

 

──坊やー!

──坊や!!

──どこだ、返事してくれ!!

 

「……まだいんのかよ、子どもが!」

 

 リアは舌打ちした。

 せっかく修行場に使えそうな、絶好の土地を見つけたというのに…。よりによって、迷い込んできやがったか。

 

「待てよ……もしこの森の奥、オレの修行場に迷い込んでたら……」

 

 リアの表情が一気に引き締まった。

 

「…とてもマズイ!!」

 

 すぐさま、リアは地を蹴った。

 

***

 

 森の奥。

 小さな男の子は、今にも泣き出しそうな顔で立ちすくんでいた。周囲は木々に囲まれ、視界も悪い。

 

「だ、大丈夫……ですよ!」

 

 駆け寄ってきたのは、ボロボロの服に泥だらけの少女、ソラだった。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「私がついてます! 一緒にお家に帰りましょう!」

 

 小さな体を必死に張って、ソラは男の子を励ます。だが、その声はわずかに震えていた。

 

(こ、怖いです……でも、彼を助けないと……!)

 

 ソラは必死に自分を奮い立たせる。

 

 その時だった。ガコッ、と鈍い音がした。

 

 足元を見ると、地面に不自然に突き出た岩。ソラは無意識にそれを踏みつけてしまっていた。

 

「え、えっ……?」

 

 カラカラカラッ……!

 

 崖の上で、大きな岩がゴロゴロと動き出す。

 そして──

 

 ドドドドドッ!!!

 

「えええぇぇぇぇ!!?」

 

 轟音を立て、巨大な岩がこちらに転がり落ちてきた!

 

「に…逃げないと…!」

 

 だが逃げようにも、体がすくんで動かない。ソラは男の子をかばうように抱きしめ、目をぎゅっと閉じた。

 次の瞬間。

 

 ドンッ!!!

 

 地響きを伴う衝撃とともに、視界が、真っ白になった。

 おそるおそる目を開けると…。

 

 そこには、二人を庇うように仁王立ちする、リア・アーダナスの姿があった。

 

「スカイランド神拳──」

 

 拳を引き、正面に迫る大岩を見据える。

 

「【天空正拳突き】!!」

 

──ゴウッ!!!

 

 放たれた拳が、空気を裂き、巨大な岩を真正面から撃ち抜いた。岩は粉々に砕け散り、細かな砂塵となって森に消えていった。

 

「……っ」

 

 二人はただ、呆然と見上げるしかなかった。リアは振り返り、ソラと男の子の肩をがっしりと掴む。

 

「お前ら、無事か!? 怪我は!?」

 

 その声は荒々しかったが、どこか温かかった。

 

 しばらく後、無事に男の子を捜索隊に引き渡し、リアはようやく肩の力を抜いた。

 

「ったく……人騒がせな。」

 

 自分の修行用に仕掛けた装置で2人が危険な目に遭ったことを棚に上げながら、安堵と疲労の入り混じったため息を吐き、隣に立つソラをちらりと見る。

 ソラはまだ、男の子を見送るその背中をじっと見つめていた。リアは頭を軽く掻きながら、ソラの肩をぽんと叩く。

 

「さて、お前も帰るぞ、ソラ。」

 

「……はい。」

 

***

 

 弟子入りを突っぱねられたせいか、二人の間にはどこか重たい空気が漂っていた。しばらく歩くと、遠くに小さな家が見えてきた。ハレワタール家だ。

 リアは歩調を緩め、ソラに話しかけた。

 

「なぁ、ソラ。」

 

「……はい。」

 

 リアはゴーグルを首に下げ、真剣な目を向ける。

 

「お前……なんで、まっすぐ家に帰らなかったんだ?」

 

 ソラは少しうつむき、胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。

 

「……ほっとけなかったから、です。」

 

 リアは無言でしばらくソラを見つめ、それから呆れたように鼻で笑った。

 

「なるほどな。山を降ってる最中にアイツの声か何かを聞いて、助けに行ったってとこか。けどなぁ……ただのガキが行ったところで、何も変わらなかっただろ?」

 

 リアの言葉に、ソラはぐっと唇を噛む。だがすぐに、顔を上げ、力強く言った。

 

「だから、強くなりたいんです! 力がほしいんです!」

 

──それがヒーローだから!

 

 ソラはそこまでは言葉にしなかったが、リアには続きが聞こえた気がした。ソラの小さな瞳は、震えていなかった。確かに、そこに”意志”があった。

 リアはふぅと息を吐き、しゃがんでソラの目線に合わせ、肩に手を置く。

 

「けどよ、強くなるだけなら、オレに弟子入りしなくてもいいだろ。そこが分からねぇ。」

 

 静かに問いかける。

 弟子入りを断られただけであそこまで泣いた。それ相応の理由があるはずだ、とリアはどこか期待していた。

 

 返ってきた答えは──

 

「憧れの人と、雰囲気が似てたからです!」

 

 実に子どもらしい、単純な理由だった。

 リアは思わず顔を伏せ、目元を押さえる。

 

「……それだけ?」

 

 ソラは迷わず、力強く頷いた。

 

「はいっ!!」

 

 リアは苦笑をこらえながら、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……ハァ。参考までに、その憧れの人とやらと、オレはどの辺が似てるんだ?」

 

「はい! とても優しいところです!」

 

「や、優しい……?」

 

 リアは眉をひそめた。

 

 今までの自分の行動を振り返る。無茶な試練、無理やりの崖飛び、弟子入り拒否…。

どう考えても優しさのかけらもない。

 

(……どこがだよ。)

 

 リアは心の中で突っ込みながらも、ソラの話を聞き続けた。

 

「初めて見た時から、ビビビっときました!師匠はあの人と同じ、優しい目をしていましたから!」

 

 リアは生まれてこのかた、優しい目だなんて言われたことは一度もなかった。疑うような目でソラを見るが、ソラはまっすぐな笑顔で続けた。

 

「実際、師匠は私を二度も助けてくれました!」

 

「いや、それは元を辿ればオレが──」

 

「それに!」

 

 リアの言葉を遮り、ソラは見様見真似で正拳突きを繰り出す。

 

「大岩を簡単に砕くパンチ! とても凄かったです!私も師匠みたいに強くなりたいんです! そうすれば、みんなを助けられるヒーローになれます!」

 

 ソラは胸を張り、大きな声で言い切った。リアは一瞬、何かを言いかけたが…黙って、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……」

 

「…師匠?」

 

 そのまま無言で家へ向かって歩き出す。ソラも、慌てて後を追った。

 

 やがて家の玄関前に立つと、リアは扉を叩いた。

 

「夜分にすみません。」

 

 扉をまっすぐに見据えて、住人が出てくるのを待った。

 

 ほどなくして、玄関に現れたのは。

 若干強面の男性だった。リアは軽く頭を下げ、真剣な声で続けた。

 

「本日は、この子の弟子入りの件について、お話しさせていただきたいと思い、お邪魔させてもらいました。」

 

「し、師匠っ…!」

 

 ソラは声を上げそうになるのを必死にこらえた。

 

──ま、まさか…

 

 弟子入りを、親を巻き込んで正式に断る気なのか!?ここでダメって言われたら、どうしよう…!

 

 そんなソラの焦りをよそに、玄関を開けた男性、シド・ハレワタールは、

穏やかに微笑んだ。

 

「そうですか、それはご丁寧にどうも。」

 

 落ち着いた声でそう言うと、続けた。

 

「玄関で話すのもなんでしょうし、上がっていってはどうでしょうか。」

 

 リアは一瞬だけ迷ったが、すぐに小さく頷いた。

 

「……お邪魔します。」

 

 靴を脱ぎ、ソラと並んで家に上がる。

 

 玄関先には、もう一人。柔らかい雰囲気を纏った女性、レミ・ハレワタールも顔を出していた。

 

「ソラ、おかえりなさい。」

 

「た、ただいま……」

 

 ソラは帰宅の挨拶をしたが、不安からか声が震えていた。ソラは不安げに、リアの横顔を盗み見る。

 リアは、何も言わず、ただ静かにリビングへと向かっていった。その背中が、やけに遠く見えた。

 ソラの心臓は、バクバクと激しく跳ね続けていた。

 

***

 

 全員がテーブルに着くと、シドが穏やかに口を開いた。

 

「娘がお世話になっております。ソラの父、シド・ハレワタールです。」

 

「母親のレミ・ハレワタールです。」

 

「そ、ソラ・ハレワタールです!!」

 

 ソラは緊張のあまり声が裏返りそうになりながらも名乗った。二人が軽く会釈すると、リアもきちんと頭を下げた。それを見たソラも、慌ててぺこりと頭を下げる。

 リアは真剣な表情で言った。

 

「私は、リア・アーダナスと申します。古流武術を修めております。」

 

 そして、玄関先で伝えた内容を改めて口にした。

 

「本日はお宅の娘さん…ソラさんの弟子入りの件について、改めてお願いに参りました。」

 

 リアの言葉に、シドは小さく頷いた。

 

「ソラから話は伺っていますが…そうですか、やはり……」

 

(や、やっぱり…断られる……!?)

 

 ソラは直感した。完全に、断られる流れだ!

 

──ダ、ダメ……っ!

 

 ソラが顔を青ざめさせかけたその時。

 

「ソラさんの弟子入りを…正式にお願いしにきました。どうか、よろしくお願い致します。」

 

 リアは、テーブルに手をつき、深く頭を下げた。リビングに、驚きと静寂が満ちた。

 ソラは目を見開き、呆然とリアを見つめるしかなかった。

 

「えっ……ええええぇぇぇ!!!?」

 

 ソラは、飛び上がらんばかりに大きな声をあげた。頭を深く下げるリアを、信じられないものを見るような目で見つめる。

 

(し、師匠が、弟子入りを!!?)

 

 一方、テーブル越しに座るシドとレミも、思わず顔を見合わせた。そして、シドがゆっくり口を開いた。

 

「……本当によろしいのですか?」

 

 リアは顔を上げ、真剣な眼差しで頷いた。

 

「はい。」

 

 すると今度は、レミが少し困ったように笑いながら口を挟んだ。

 

「てっきり……近所の優しいお姉さんか何かと遊ぶ程度だと思っていたのですが……」

 

「手紙を拝見しました。文の内容からして、お2人もそう認識されているだろうと思い、本日こうして足を運び、直接お話しさせていただこうと。」

 

 チラとソラを見た後に、再び2人へ視線を戻す。

 

「最初は……正直、弟子にするつもりなんて全くありませんでした。まだ子どもですし、どこまで本気かも分からなかったので。」

 

 リアはちらりとソラを見たが、すぐに視線を戻す。

 

「けど、あの子は──翌日も来ました。たった一日で諦めることなく、まっすぐに、"強くなりたい”と。」

 

 少しだけ目を伏せ、言葉を続ける。

 

「相手が子どもであろうと、本気には本気で応える。それが大人としての務めだと思っています。」

 

 リアは顔を上げ、きっぱりと言った。

 

「彼女のためにも、弟子入りを認めてあげていただけないでしょうか。」

 

「わ、私からもお願いしますっ!」

 

 リアが深々と頭を下げると、ソラも勢いよく、同じように頭を下げた。

 少しの沈黙。

 やがて──

 

「……リアさん。顔をあげてください。」

 

 シドとレミが顔を見合わせ、困ったように微笑んだ。

 

「お若いのに、しっかりされているんですね。」

 

 レミが優しく言った。

 

「ソラのこと、どうかよろしくお願いします。」

 

 シドも頷きながら続ける。

 

「娘のことですが……今まで、あんな顔を見たのは初めてでした。」

 

「……はい。責任を持って、ソラさんの指導者を務めさせていただきます。」

 

「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ソラが思わず、声をあげて跳び上がった。満面の笑顔で、ぐっと拳を握りしめる。

 

「ありがとうございます!師匠っ!それじゃあさっそく修行を──」

 

「いや、今日はもう陽が暮れる。今日はもうナシだ。」

 

 リアは立ち上がり、腕を組んで言った。

 

「明日の朝。陽が昇りきる頃にオレが来る。そしたら修行を始めるぞ。」

 

「は、はいっ!!絶対に早起きしますっ!!」

 

 そのやり取りに、レミがくすりと笑った。

 

「そうだ、ちょうどチシューができたんです。良ければ、食べていきませんか?」

 

「お気遣い感謝します。しかし、私も帰ってやることがあるので…申し訳ありません。」

 

 リアは静かに、けれどきっぱりと断った。

 

「じゃ、また明日な。」

 

 そう言って、リアは一礼すると、静かにハレワタール家を後にした。

 

 

***

 

 

「これが、私と師匠の出会いなのです!」

 

 胸を張って語るソラに、ましろが若干笑顔を引き攣りながら微笑む。

 

「そうなんだ〜。と、とっても素敵なお師匠様だったんだね。」

 

 地球の観点で見なくとも十二分に虐待なのだが、ましろはあえて黙っていることにした。

 

「はいっ!」

 

 ソラは鼻高々に腕を組み、エルもキャッキャとはしゃいでいる。まるで自分のことのように誇らしげだった。

 そんな3人の和やかな空気の中でヨヨだけは、表情を崩さなかった。

 

「ソラさん。」

 

「はい?」

 

 ヨヨは、少し間を置いてから静かに口を開いた。

 

「その…アーダナスさん。スカイランド王国に対して…何か言ってなかったかしら?」

 

「え?」

 

 ソラは首をかしげる。

 

「いえ、特に何も…。」

 

「……そう。ごめんなさいね、変なこと聞いちゃって。」

 

 ヨヨはそれ以上何も言わず、静かに目を伏せた。その目には、深い思案の色が宿っていた。

 

***

 

 スカイランド・辺境。

 

 木々が風にざわめき、森の中にひっそりと佇む一軒の民家。そこに、黒ずくめのローブを羽織ったフードの男が近づいてくる。手には何も持たず、足取りも音を立てない。

 彼が近づく先には、薪割りをしている銀髪の女性…リア・アーダナスの姿があった。彼女は無言で太い薪に手刀を振り下ろすと、薪は鋭利な刃物で切られたかのように、二等分に断ち割られた。

 リアは手を止めると、眉間にしわを寄せて振り向いた。

 

「……おい、ハゲ。用もねえのに来てんじゃねぇよ。」

 

 低く、苛立ち混じりの声で吐き捨てる。男はフードの奥から冷ややかな声で応じた。

 

「貴様の弟子がプリキュアになったぞ。」

 

 リアの眉がぴくりと動く。

 

「……は?」

 

「おかげで計画に綻びが生じかけている。貴様と我がアンダーグ帝国は、同盟を組んだと認識していたはずだが?」

 

 2人の間に風が吹き、木々を揺らした。

 リアは静かに頭を抱えるしかなかった。

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