臆病な転生ルーク   作:掃き捨て芥

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 今回は比較的長いです。長い駄文ですがどうぞよろしくです。


第12話 光の王都 バチカル

 船がバチカル港に着いた。長かったな。やっとバチカルに帰ってこられた。キャツベルトから降りると港には多数の兵士が並んでいた。ケセドニアから鳩を飛ばしていたからな。お出迎えもばっちりだ。

 居並ぶ兵士達の中から立派な軍服を身にまとった男が進み出てくると、俺に向けて頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります。キムラスカ・ランバルディア王国軍第一師団師団長のゴールドバーグです。この度は無事のご帰国おめでとうございます」

 

「ご苦労様です」

 

「ケセドニアより鳩が届きました。マルクト帝国からの和平の使者が同行しておられるとか」

 

 するとイオンが前に進み出る。

 

「ローレライ教団導師イオンです。マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下に請われ、親書をお持ちしました。国王インゴベルト六世陛下にお取り次ぎ願えますか?」

 

「無論です。皆様の事はこのセシル将軍が責任を持って城にお連れします」

 

 ゴールドバーグ将軍の隣に立つ女性が自己紹介する。

 

「セシル少将であります。よろしくお願い致します」

 

 こちらに向けてしっかりと頭を下げたのは、金髪を結い上げた青い瞳の女性だった。背筋もピシッとしていて、いかにも出来る女性だ。

 

(ここでセシル将軍か)

 

 彼女については話した事は無いがよく知っている。とある事情で屋敷によく来ていたからだ。その事を思うと複雑だが、今は考えないでおこう。

 

「どうかしましたか?」

 

 セシルが見とがめたのは俺の後ろに立っていたガイだ。どうも様子がおかしかったらしい。

 

「お、いや私は……ガイと言います。ルーク様の使用人です」

 

 おーい、ガイ。ここはお前が名乗るべき場面じゃないぞ。自分の親族に出会えて舞い上がっているのか?

 

「ローレライ教団神託の盾(オラクル)騎士団導師守護役(フォンマスターガーディアン)所属、アニス・タトリン奏長です」

 

「マルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です。陛下の名代として参りました」

 

 ジェイドが名乗った事により、セシル将軍を始めとした兵士達の顔色が変わった。

 

「貴公があの、ジェイド・カーティス……!」

 

 余計な事は言うなよ、という意思を込めてジェイドと目を合わせる。原作でのお前はここで挑発する様な事をポロッと言っちゃったからな。

 

「皇帝の懐刀として名高い大佐が名代として来られるとは。なるほどマルクトも本気という訳ですか」

 

「国境の緊張状態がホド戦争開戦時より厳しい今、本気にならざるを得ません」

 

 ホド戦争……か。その当時より厳しい緊張状態ってどんなだよ。ゲームでは完全に破綻した戦争状態や反対の和平が結ばれた状態しか知らないからなぁ。今この世界の国境がどれだけ危険な状態かは紙の上の事でしか知らないのだ。

 

「おっしゃる通りだ。ではルーク様は私どもバチカル守備隊とご自宅へ……」

 

「ちょっと待ってくれないか将軍。私は導師イオンとカーティス大佐から国王への取り次ぎを頼まれたのです。彼らは責任を持って私が城までお連れしましょう」

 

「ありがとうルーク。心強いです」

 

 イオンに礼を言われる。でも俺に取っては全て既定事項だからなぁ。こうやってお礼とか言われると逆に心苦しいぜ。っとそうだ。

 俺は船の警備を担当していた兵士に拘束されていたティアを指さすと、セシル将軍に向けて言った。

 

「セシル将軍。彼女は俺とバチカルの屋敷で疑似超振動を起こしたティア・グランツだ。既にお触れが出ているかも知れないが、ファブレ公爵家に侵入して客人であるヴァン・グランツ謡将を暗殺しようとした人物だ。バチカルの兵士で逮捕してくれ」

 

「……はっ!」

 

 セシル将軍は俺の言葉を聞くと迅速に兵士達へ指示を出しティアの拘束を引き継いだ。

 

「ただ、彼女がうちの屋敷に侵入した事は確かだが、超振動で飛ばされた先のマルクト帝国で、俺を助けてくれた。魔物などと戦闘になって、彼女が居なければ死んでいたかもしれない場面もあったのだ。決して手荒な真似はしないでくれないか」

 

「了解です」

 

 よし。これでティアに関してはOKだ。……でもどうせ後で解放されるんだろうなぁ。ああ納得いかねぇ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「兄の仇!」

 

 港から出て道を歩いていると突然、道の脇に居た若者がジェイドに襲いかかった。ジェイドはいつもの様に虚空から槍を出現させると、それで攻撃を受け流した。地面に転がった若者はガイが取り押さえた。

 

「お前! どういうつもりだ!」

 

 ガイが詰問する。

 

「港で話を聞いていた! お、お前が死霊使い(ネクロマンサー)ジェイドだな! 兄の仇だ!」

 

「話を聞いていたなら分かってるだろう。こちらの方々は和平の使者としておいでだ!」

 

 ガイがきつい言葉で若者を叱る。

 

「……分かってる。だけど兄さんは死体すら見つからなかった。死霊使いが持ち帰って皇帝の為に不死の実験に使ったんだ」

 

「…………」

 

 ジェイドは沈黙している。そして手の中の槍を光りと共に消した。騒ぎに気づいたのだろう、キムラスカの兵士が駆けつけてくる。

 

「た、大変失礼致しました! すぐにこの男を連行します!」

 

 若者は兵士に連行されていった。危なかった。ジェイドなら万一の事すら無いだろうが、それでもジェイドが傷を負っていたら和平にひびが入る所だった。いや未遂で済んでも事件は事件なのだが。

 

「すまない。ジェイド。キムラスカの者が迷惑をかけた」

 

 俺はジェイドに頭を下げた。

 

「……構いませんよ。私はこの通り傷一つ無かった訳ですしね。こんな事でここまでやってきた和平を台無しに出来ませんし」

 

「そうか? そう言ってくれるなら嬉しい」

 

 ジェイドは事を荒立てる気はなさそうだ。良かった。

 そう言えば、前々から聞こう聞こうと思っていた事があったんだ。ついでに聞いておこう。

 

「そう言えば、ジェイド。あんたの使う槍は何も無い所から突然出てくるよな? 一体どうなっているんだ?」

 

「コンタミネーション現象を利用した融合術です」

 

 コンタミネーション現象……ちゃんと勉強しているから知ってるぞ。

 

「物質同士が音素(フォニム)と元素に分離して融合する現象……だったか。合成などに使われる物質の融合性質だな」

 

「ええ。生物と無機物とでは、音素はもとより構成元素も違います。その違いを利用して、右腕の表層部分に一時的に槍を融合させてしまっておくんです」

 

「へー。それで必要な時に取り出すのか。便利だな」

 

「だからって自分もやりたいなんて言い出すなよ」

 

 ガイが俺を諫めてくる。

 

「そうですね。普通は拒絶反応が出て精神崩壊を起こしかねません」

 

「そうだな。このおっさんだから出来てるんだろうよ」

 

「はい。使いこなせる様に努力するうちに、おっさんになってしまいました。はっはっはっ」

 

 ジェイドはそう言って笑った。俺も愛想笑いをしてその場を離れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 バチカルでの移動は主に天空客車という箱型の乗り物を使って移動する。ロープウェイみたいな物だと思って貰えればそれでいい。俺達の一団は脇目も振らず王城を目指した。

 

「ここがバチカル……かぁ」

 

 七年前に生まれてバチカルの屋敷に連れてこられて以降、俺は屋敷に軟禁されていた。だからバチカルの町並みを見るのも初めてになる。

 それでも、俺は原作のレプリカ・ルークよりは恵まれていると思う。前世の記憶、色んな場所で過ごした記憶があったのだから。……まあその知識のおかげで自分に数多くの死亡フラグが立っているって事も知る事になったんけどな。自分が死ぬかも知れないと思いながらの七年間は果たして幸せだったのだろうか?

 

 途中でガイが初めて町を見られるんだから見ておいた方がいいんじゃないか? と言ってきたが、今は二人を陛下の元へ連れている責務の方が優先だと言って押し通した。

 原作では確かバチカルに入った辺りで漆黒の翼と出会うんだが、原作より早めの日程で来たせいか彼らに出会う事は無かった。

 昇降機を乗り継ぎ、俺達は王城に入った。和平の使者がルーク・フォン・ファブレを伴って登城する事はあらかじめ知られていたのだろう。城の警備をする兵士達もスムーズに城の中を通してくれた。

 

「ただいま大詠師モースが陛下に謁見中です。しばらくお待ち下さい」

 

 謁見の間に入ろうとすると警備兵に止められた。原作でのルークは強権を突きつけて無理矢理押し通っていたっけ。もちろん俺はそんな事をする筈もなく、引き連れた一団と一緒に控え室で待つ事になった。しばらくすると案内のメイドが来たので、ガイと副官のマルコさん以下九名のマルクト兵を控え室に残し俺達は謁見の間へ足を運んだ。

 

 謁見の間は真紅の絨毯が敷かれた縦にも横にも広大な空間だった。原作で見た時も思ったが、こんなに上方に広い空間を作る必要があるのだろうか? おっと、そんな事を考えている場合じゃなかったな。俺は国王陛下に向けて平伏すると口上を述べ立てた。

 

「その方がルークか。シュザンヌの息子の」

 

「はい、陛下。記憶をなくしてからは初めてお目にかかりますね。ルーク・フォン・ファブレ、この度不慮の事故でマルクト帝国に飛ばされていましたが、無事バチカルに帰還致しました」

 

「そうか! 話は聞いている。よくマルクトから無事に戻ってくれた。すると横にいるのが……」

 

 立ち上がり、2人を紹介する。

 

「ローレライ教団の導師イオン、それからマルクト軍のジェイド・カーティス大佐です」

 

「ご無沙汰しております、陛下。イオンにございます。陛下、こちらがピオニー九世陛下の名代、ジェイド・カーティス大佐です」

 

 俺達から揃って紹介されたジェイドは跪いた。

 

「御前を失礼致します。我が君主より、偉大なるインゴベルト六世陛下に親書を預かって参りました」

 

 アニスが前に出て親書を差し出した。……なんでアニス? イオンかジェイドじゃないのか? まあ別に俺が口を挟む事じゃないか。差し出された親書はアルバイン……だっけか? とにかく大臣の手に渡った。

 

「陛下。私は今回の事件でマルクトに行きましたので、この目でマルクトを見て参りました。首都には近づけませんでしたが、エンゲーブやセントビナーといった町は平和そのもので、とても戦争の準備などをしている様子はありませんでした」

 

「ルークよ。随分と苦労をしたのだな。こうして親書が届けられたのだ。私とて、それを無視はせぬ。皆の者、長旅ご苦労であった。まずはゆっくりと旅の疲れを癒やされよ」

 

「使者の方々にはお部屋を城内にご用意しています。よろしければご案内します」

 

 アルバイン大臣がイオンとジェイドを案内しようとする。

 

「もしもよければ、僕はルークのお屋敷を拝見したいです」

 

 おいおい。そこは素直に用意された部屋に案内されとけよ。……まあこのイオンはレプリカとして作り……生まれてから2年しか経っていないからな。知識の擦り込みだけされた子供と思えば友達の家に行きたいと思うのは普通か。

 

「分かりました。それでは俺と一緒に屋敷まで行きましょう」

 

 俺は陛下達へ一礼するとその場を離れた。

 

「和平への協力……か。こんなもので良かったのかな? 直前に謁見していた大詠師モースの事も気にかかる。本当に上手くいくかどうか」

 

「陛下は親書を受け取って下さった訳ですし、お言葉通り、無下になさる事もないでしょう。」

 

「家に戻ったら、父上と母上にも話しておくよ。……父上はマルクト嫌いで有名な方だが、それでも頼むだけ頼んでみるつもりだ」

 

「頼もしいですね。実際助かりました。貴方のおかげです」

 

 そんな話をしながら退席しようとした時に、玉座から呼び止められた。

 

「ルークよ。実は我が妹シュザンヌが病に倒れた」

 

「そんな! 母上が!?」

 

 原作より早く帰還出来たからまだ大丈夫だと思っていたのだが。

 

「わしの名代としてナタリアを見舞いにやっている。よろしく頼むぞ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 公爵家の玄関口まで来た。外側から屋敷を眺めるのは初めてだな。そこで俺は先ほど思った事を固い口調でイオンに話した。

 

「導師イオン。今回私は屋敷へ訪問される事を受け入れましたが、これから先同じような事があったら注意した方が良いですよ」

 

 イオンは突然言われた事に戸惑っている。

 

「王城では導師を用意した部屋へ案内するつもりで色んな人の予定が組まれていたはずです。それを袖にしたのもそうですが、突然ファブレ家の屋敷に訪問すると言い出したのもいけません。そりゃあうちは公爵家ですからね。不意の来客でも応対できる準備はしてありますが、全ての家がそうだという訳ではありません。導師を迎え入れる準備の無い家なら不意の訪問は『急に導師様が家に来るだなんて』となりかねませんよ」

 

 イオンはただ単に友達の家を見たいだけなんだろうが、全ての家が即座に導師を受け入れられる訳じゃない。それでなくても不意の訪問は相手方の迷惑になる可能性があるのだ。

 

「あ、……そう、でしたか。僕はまた考えなしな事を」

 

「まあ次から気をつけていけば良いですよ。先ほども言った通り公爵家なら導師の訪問にも揺らぐ事はありませんから」

 

 そんな話をしながら、ファブレ公爵家の玄関を皆と一緒にくぐる。長年この屋敷に住んでいたが玄関を通るのも初めてだ。門を警備している白光騎士団の兵士に軽く挨拶をしつつ家の中に入ると、父親であるファブレ公爵が立っていた。

 

「父上! ただいま帰りました!」

 

 公爵は側に立っていたセシル将軍となにやら話していたようだが、こちらを向いて俺に目を合わせてきた。

 

「報告はセシル少将から受けた。無事で何よりだ。ガイもご苦労だったな」

 

「……はっ」

 

 ガイがかしこまって礼をする。しかし分かっていた事だが疑似超振動が起きて外国に飛ばされて帰って来たというのに反応が淡泊なんてもんじゃないな。……いずれ死ぬと分かっているから愛情を注げない、か。不幸なのは愛情を注がれない子供か、注げない親か。

 

「使者の方々もご一緒か。お疲れでしょう。どうかごゆるりと。ところでルーク、ヴァン謡将(ようしょう)は?」

 

師匠(せんせい)ですか? 師匠ならカイツールの国境まで移動された筈ですよ。マルクトのタルタロスで移動する俺達とは入れ違いの形になってしまいました。ですが俺と導師イオンがバチカルに向かっている事は伝えてありますから、後々バチカルに向かって来るのではないかと」

 

 そこまで話すと、セシル将軍が口を開いた。

 

「ファブレ公爵……。私は港に……」

 

「うむ。ヴァンの事は任せた。私は登城する」

 

 すると公爵は俺達の横を通り過ぎて玄関から出て行ってしまった。あ、しまった。ティアの事とか話す暇がなかった。……まあいいか。夜には家に戻ってくるだろうし、その時にでも母親と一緒に話しをしよう。

 

「なんか変だったな。旦那様」

 

「ヴァン師匠の事を気にしていたみたいだな。……まあ俺が考えた所で、あの人の考えが分かるとは思えないからどうでもいいよ」

 

 父親の事はさておき、とりあえずイオンとジェイドを応接室へ通す。今は確かナタリアが来ている筈だ。彼女に会うのはあまり気が進まないのだが客として来ている以上無視する訳にもいかない。応接室の扉を開くと案の定ナタリア姫がいらっしゃった。

 

「ルーク!」

 

「ナタリア……久しぶり。ただいま」

 

「まあ! 何ですの、その気のない返事は! わたくしがどんなに心配していたか……」

 

「いや、まあ、ナタリア様……。ルーク様は照れてるんですよ」

 

 ガイ! もっと上手く取りなしてくれ!

 

「ガイ! 貴方も貴方ですわ! ルークを捜しに行く前に、わたくしの所へ寄るようにと伝えていたでしょう? どうして黙って行ったのです」

 

 ナタリアはガイを一睨みすると彼の方へ近づいた。するとガイは柱の後ろにひょいっと隠れてしまった。

 

「お、俺みたいな使用人が城に行ける訳ないでしょう!」

 

「何故逃げるの」

 

「ご存知でしょう!」

 

 いい加減、これ以上はガイが可哀想だ。俺はガイとナタリアの間に立つと助け船を出した。

 

「ナタリア。それぐらいにしてやれよ。ガイが女性恐怖症だって知ってるのにそうまで詰め寄るのはさすがに悪趣味だぞ。それとこちら、導師イオンとマルクトの和平の使者だ。お客様の前でその態度ははしたないぞ」

 

「あ、あら。わたくしとした事が失礼しました」

 

 一旦間をおいてナタリアとイオン達を紹介しあう。まあナタリア姫が俺の婚約者である事は既に話していたからな。そこまで驚かれはしない。

 柱の影に隠れたガイはすっかりナタリアに怯えてしまっている。ナタリアも嫌いではないのだが、この強引な所がなぁ……。まあ言ってもしょうがない事か。ナタリアもこれ以上ガイとは話せないと悟ると、こちらに向き直った。

 

「それにしても大変ですわね。ヴァン謡将……」

 

「ヴァン師匠がどうかしたのか?」

 

「あら、お父様から聞いていらっしゃらないの? 貴方の今回の出奔はヴァン謡将が仕組んだものだと疑われているの」

 

 これも又理不尽な話だよな。いや確かにヴァンは怪しい人物ではあるんだけどさ、今回の一件に関しては完全にティアの行動の被害者なんだよなぁ。まあ公爵がヴァンを疑うなら止める必要はない。頑張ってヴァンの裏を探って貰おう。

 

「ヴァン謡将、一体どうなってしまうのか」

 

 それでも一応はあいつの弟子だからな、体裁を整えるために心配する言葉の一つも吐いておくか。

 

「姫の話が本当なら、バチカルに到着次第捕らえられ、最悪処刑という事もあるのでは?」

 

「はぅあ! イオン様! 総長が大変ですよ!」

 

「そうですね。至急ダアトから抗議しましょう」

 

 ジェイドの推察にアニスとイオンが色めき出す。……うん、事件の被害者であるヴァンを疑って捕らえようとするのは確かに抗議すべき所かもな。でもなイオン? それを言うならファブレ家を襲撃したティアの件でキムラスカがダアトに抗議してもいいんだよな?

 

 その後、母上と早く会いたいという理由でナタリアには帰って貰った。もちろん今回の和平について陛下に口添えしてくれる様に頼んでおいたが。

 

 ナタリアとの関係はそれなりに良好だ。けれどその関係を築くには紆余曲折あったのだ。

 記憶喪失になった俺に対して、ナタリアは何度もプロポーズの言葉や自分に関する事を思い出して欲しいと切実に訴えてきた。原作知識がある俺は、プロポーズの言葉について内容を知ってはいたが「記憶喪失になったルーク」としては誘拐事件以前の事を話せないのだ。約束を思い出してと迫るナタリアは、しばらくの間俺のストレス原因になっていた。

 そんな状況に辟易した俺は、ナタリアに自分の素直な気持ちをぶちまけた。

 

「俺はもう記憶を失う前の俺とは違うんだ。今も俺は勉強しているし剣術の鍛錬もしている。けれどそれは記憶を失う前の状態に戻る為じゃない。“今の俺”を積み上げていく為なんだ。だから過去の俺を期待しないでくれ。プロポーズの言葉も思い出せると確約は出来ない。ずっと思い出せないかも知れないからそう覚悟してくれ」

 

 ナタリアにとっては辛い言葉になっただろう。彼女は元のルークを愛していたし、プロポーズの言葉も大切にしていた筈だ。でも俺はそれに応える事が出来ないのだから、きっぱりと言った方が彼女の為になると思ったのだ。

 それからしばらくして、ナタリアは以前の俺ではなく今目の前に居る俺を見てくれる様になった……と思う。正直自信はない。ただ、ここ数年は「あの約束を思い出して」とは言われていない。今の所はそれで充分と思っておこう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 和平の取り次ぎ、父親、ナタリアと疲れる事ばかりだったがまだ終わっていない。俺はイオンとジェイドを応接室に待たせたまま、両親の寝室に入るとベッドで横になっている母親に近づいた。

 

「母上、ルークです。ただいま帰りましたよ」

 

 母親は俺の姿を確認するとベッドから身を起こした。

 

「おお、ルーク! 本当にルークなのね……。母は心配しておりました。お前がまた、よからぬ輩にさらわれたのではないかと」

 

 俺は母親を安心させる為、ベッドに近寄ると母親の体を軽く抱きしめた。

 

「大丈夫ですよ。母上。ちゃんとこうして帰って来たんですから」

 

 母親……いや、父親も含めた両親と接する時、俺はいつも後ろめたい気分になる。それは本来ここに居るべきオリジナル・ルーク――アッシュの事を考えるからだ。

 いつかジェイドに言った様に、俺は自分が生まれた事に関しては誰も恨んではいない。しかし、ルーク・フォン・ファブレの居場所を無理矢理奪う形にさせた事はかなり恨んでいる。俺を「人から居場所を奪った罪人」にさせやがって、という気持ちだ。

 こうして家に帰って来て、母親と顔を合わせていると余計に思う。タルタロスで斬り結んだ相手、アッシュの事を。この人の本当の息子と会って、殺すつもりで剣を振るった。そして今は母親の体を抱きしめている。……何だか頭がどうにかなりそうだ。自分では意識していないけど疲れているのかも知れない。

 

「母上、実は今日家に客人を招いているのです。私が応対しなければならないので今日はもう行きますね」

 

 こういう時はとにかく休んだ方が良い。俺は母親に声をかけると応接室へと引き上げた。

 

 

 

「ルーク様のお屋敷ぃ。すごいじゃないですかぁ。こんな素敵な所にあってぇ~」

 

 屋敷を案内しているとアニスがはしゃぎ始めた。

 

「そうかな? 私は自分の屋敷がこんな高い所にあるという事すら知らなかったですよ」

 

「場所もそうですけど~、建物も立派じゃないですかぁ~」

 

 俺の方にすり寄ってくるアニスを手で制しながら忠告してやる。

 

「タトリン奏長。前から思っていたんだが、私のように立場のある人間にそのような態度は逆効果だと思いますよ。立場のある人間はかしずかれる事に、誉められる事に慣れていますからね。上流階級の人間を落としたいのなら誠実に、一本気な性格の方が好まれると思いますよ」

 

 言外にお前の今の態度は俺にとって全然嬉しくもなんともねーんだよと言ってやる。アニスははぅあ! と叫んで大人しくなってくれた。イオンはニコニコした顔で笑っている。

 

 そうして案内も一通り済んだ所で俺達は解散となった。名残惜しいが別れは必ずやってくるのだ。

 

「じゃあ俺も行くわ。お前の捜索を、俺みたいな使用人風情に任されたって白光騎士団の方々がご立腹でな。報告がてらゴマでもすってくるよ」

 

 ガイがそう言った。ありゃ、そんな事になってるのか。俺の方からも白光騎士団の皆に言っておかないとな。ガイは悪くないんだし。

 

「僕達もおいとましますね」

 

「……なかなか興味深かったです。ありがとう」

 

 イオンは素直に、ジェイドは含みを持たせた様な感じで挨拶してきた。全員がいなくなった自室で俺はようやく張り詰めていた気を抜いた。

 

「ふーっ」

 

 あの始まりの日からこれまで、魔物と戦い、人に嘘をつき、人と戦い、人を殺し、人と駆け引きをし、計算をし、計算通りに事を運ぼうとし、……疲れたなぁ。とても疲れた。

 

「今日ぐらいは……ゆっくり眠っても……いいかなぁ」

 

 俺は夕食の事や、今眠ると夜眠れなくなるぞと思いながらも意識を手放したのだった。

 




 な、長い。しかしバチカルに到着して最低限のイベント書かなければならないのでこの文量に。イオンのお宅訪問に軽くツッコミ。イオンぐらいの偉い人だと分刻みでスケジュール組まれてそうなもんですけどね。そういう偉い人の思いつき行動は下の人間にとって迷惑なんですよね(実感)。
 ナタリア初登場。彼女については七年の間にずっと「昔の俺と今の俺は違うんだ」と訴える事により少しばかり意識を変える事に成功しています。

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