現実世界の経験を持つ俺だが、この世界のレプリカ・ルークは生まれたばかりだ。その為いろんなことが出来そうで出来ない。例えば体を動かす事だ。
原作ゲームを元にしたTVアニメ版だっただろうか、確か生まれたばかりのルークが赤ん坊がする様にハイハイから歩こうと訓練していて、使用人のガイに助けられていたのは。
まだ俺には上手くこの体を動かす事ができない。少しずつ慣れていくしかないか。
次にまず始めにやりたいと思った原作知識の蓄積……メモとりだ。確かルークは記憶障害の治療として日記を書く事を医者に勧められていたはずだ。それが出来るようになれば今覚えている原作知識を忘れない様にため込む事が出来るんだが。
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生きる事を決意してから、約2ヶ月が過ぎた。疲れた。まだたったの2ヶ月だというのにかなり疲れた。周囲の人間は俺の事を10歳のルーク・フォン・ファブレと思っているが実際の俺は違うのだ。
とりあえず言葉は現実世界と同じ様なので話せるのだが、今の俺は「話してはいけない」立場なので言葉を発する事が出来ないのだ。原作知識ではこの時点のルークは満足に言葉を話せなかった。それを知っているから俺は話せるのに話せないフリをしていなければならない。
次に苦労したのは周囲の人間が10歳のルークとしてのイメージを押しつけてくる事だ。ルーク様ならこれが理解出来るだろう。この話を聞いて返答できるだろうと押しつけてくる。原作の登場人物であるガイやナタリア、両親にも会う機会があったが彼らは一様に「10歳のルーク」としての行動を俺に求めてくるのであった。これが非常に疲れる。原作の生まれたてのルークが反発を覚えたのも理解できようと言うものだ。
そして何より困惑したのが文字だ。この世界ではフォニック文字という文字が一般的に使われているが、その文字は当然ながら日本語ではなかった。……言葉は日本語と同じなのに。これでは人の目を盗んで原作知識をメモしようにも出来ないじゃないか。原作知識のメモは日本語で書けばいいのだが、その前にフォニック文字を習得していないと日記を書く様に指示されないのだ。あーもー何から何まで苦労続きだ。
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生まれてから半年……58日×6ヶ月が過ぎた。元の世界で言えば1年が経過した事になる。自分に与えられた14年の時間の内1年を過ごした事になる。気ばかりが焦る。全然前に進めていない気がして。
とりあえず医者からの勧めで日記を書く事になった。フォニック文字は気合いで覚えた。日記帳は誰にも見られない様に常に肌身離さず持ち歩く様にしている。自分が覚えている限りの原作知識の書き出しは終わった。もちろん日本語の方で。後はやる事がほとんどないので日々の日記を付けている。
言葉が話せるようになって、というか少しずつ話せる様に偽装して数ヶ月。体もちゃんと動かせる様になった俺は屋敷の中だけだが自由に歩ける様になった。なので屋敷の中を歩いてメイドや執事、警備を担当する白光騎士団の面々と顔を合わせて会話する様にした。彼らとはある程度親密になっておかないといけないので、ちょっとした言葉の端々にも気をつける様にしている。
それから中庭などで花を育てているペールの手伝いもした。執事長のラムダスなどは慌てて止めてきたが知った事では無い。中々楽しいんだぞ土いじり。
それ以外では……台所を借りて両親の為に料理を作ったりした。父親であるファブレ公爵は顔をしかめていたが、母親のシュザンヌは美味しいと言って喜んでくれた。ファブレ公爵もいい顔はしなかったし感想も言ってくれなかったが完食してくれた。
そんなこんなで今日は初めての剣術稽古がある日だ。体が誘拐事件前と変わらず動かせる様になったので元々やっていた剣術を行う事を両親に願い出たのだ。両親、特に母親は強く反対してきたが、俺には時間がないのだ。熱心に説得を続け、何とか木刀での稽古、それも俺自身が師匠と打ち合う事はしないという条件付きだが許可が下りた。
……ここからだ、ここから俺は強くならなくてはいけない。誰にも負けない様に。魔物や人が殺せる様に。誰からも殺されない様に!