臆病な転生ルーク   作:掃き捨て芥

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第3話 エンゲーブへ

 ガタゴト、ガタゴトと心地よい振動の中、やはり疲れていたのだろう。俺は早々に眠りについた。

原作知識が確かならこの馬車は世界でも唯一の長大な橋を渡るはずだ。本当ならそれもちゃんと確認しなければいけないのだが今は眠気が勝っていた。

 そこに突然の轟音が響き、意識が覚醒する。

 

(来たか)

 

 予想していた事なのでゆっくりと目を開けると、馬車の前の席に座っていたティアは窓から外を見ていた。

 

「一体何が?」

 

 ティアに問いかけながら俺も窓に近づき外を見る。すると自分たちの反対側から別の辻馬車が猛スピードですれ違っていった。後ろを見ると長大な橋が見て取れる。すれ違った馬車はその橋に向かって走って行った。

 

(あれが……ローテルロー橋か。世界唯一の大陸と大陸を繋ぐ橋。やっぱりここはマルクト帝国であっているようだな)

 

 ほっと胸をなで下ろす。あの渓谷がタタル渓谷だとか自分の居る場所がマルクトだとか、原作知識として知ってはいたが実際にそうなるかは分からなかったから、確かな証拠が欲しかったのだ。

 

「あの馬車、攻撃されているようだが」

 

 すると御者台から声が返ってきた。

 

「軍が盗賊を追っているんだ! ほら、あんたたちと勘違いした漆黒の翼だよ!」

 

「あれが……漆黒の翼」

 

 身を乗り出して外を見ているティアも興味があるようだ。風が吹いてティアの長髪がふわっと広がった。……ゲームでも思ったが軍人なら切るか結ぶかしろよ。邪魔だろ。特に右目にかかってる前髪! 

 俺がそんな益体もない事を考えていると大きく反響した声が聞こえてきた。

 

『そこの辻馬車、道を空けなさい! 巻き込まれますよ!』

 

 振り向くと、すれ違った馬車を追って走る巨大な陸上装甲艦が見えた。どうやら先ほどの声はこの陸艦から拡声器を使って声を発したものらしい。

 逃げる辻馬車とそれを追う陸艦を見ていると、馬車が橋に爆薬を放出する様が見えた。陸艦はその爆発から身を守る為に譜術障壁を発生させる。

 

(一大スペクタクルだな、こりゃ。それにしても漆黒の翼……やっぱり奴らはただの犯罪者だな。)

 

 原作においては、中盤から終盤にかけて主人公PTに協力的になる彼らだが、序盤においてはただの犯罪者だ。まずこのローテルロー橋の爆破。これは原作ゲームではさらっと流されている出来事だが、この世界に生きる一個人としてはとても看過できる事ではない。

 分かりやすく例えるなら、日本本州と四国があって、本州と四国を結ぶ全ての橋が爆破されて(しかも盗みを働いた犯罪者がただ逃げる為だけに)、「橋が全て壊れてしまったけれど船も飛行機もあるから人や物資の移動は何の問題もないですよね」とか言ったら四国の人にぶん殴られるだろ。

つまりはそういうことだ、奴らの個人的で身勝手な行動によってこの世界の物流と人の移動に多大な制限がかけられることになった。エンゲーブの食材など、日持ちしない物資もあるだろうから被害総額はかなりのものになるだろうな。

 

(とりあえず、会う事があったら兵士などに逮捕させるようにするか)

 

「驚いた! ありゃマルクト軍の最新型陸上装甲艦タルタロスだよ!」

 

 再び御者台から聞こえた声にティアがぎょっとする。

 

「マ、マルクト軍!? どうしてこんな所にマルクト軍がいるの!?」

 

「当たり前さ、キムラスカの奴らが戦争を仕掛けてくるって噂が絶えないんで、この辺りは警備が厳重になってるからな」

 

 ティアが驚きに目を見開く。それに合わせて俺も驚いた表情をして、いかにも知らなかった様に装う。……七年間のルーク生活で培った演技力だ。それなりに自信がある。

 

「ちょっと待って。ここはキムラスカ王国じゃないの?」

 

「何言ってんだ。ここはマルクト帝国だよ。マルクトの西ルグニカ平野さ」

 

「そんな! この馬車は首都バチカルに向かっているんじゃなかったのか!?」

 

 演技力には自信がある。自信はな。でもそれに慣れるという事はないし、したくない。だからこんな瞬間はいつも人を欺かなければならない事に抵抗を感じる。

 

「向かっているのはマルクト帝国の首都、偉大なピオニー九世陛下のおわすグランコクマだ」

 

 その言葉を聞いてティアは落ち込む様に顔を伏せた。

 

「……間違えたわ」

 

「……ええ。俺もです。…………はぁ、失敗した。首都というならどの国の首都かしっかり確認しておくんだった」

 

 いけしゃあしゃあと「自分も知らなかったんですよ」という演技をする俺。

 

「私、土地勘がないから気づかなかったわ。ルーク、は……」

 

「ええ、俺は生まれてこの方屋敷から出たことがないお坊ちゃんですからね。分かりませんでした」

 

「……なんか変だな。あんたらキムラスカ人なのか?」

 

「ああ、いえ。マルクト人ですよ。訳あってキムラスカのバチカルに向かう途中だったんですよ」

 

 とっさに偽りの身分をでっち上げると、馭者はこちらを気遣う様な声色で話しかけてきた。

 

「それじゃあ反対だったなぁ。キムラスカへ行くならローテルロー橋を渡らずに、街道を南に下って行けばよかったんだ。もっとも、橋が落ちちゃあ戻るに戻れんが……」

 

「本当ですか? どうすればいいかな……」

 

「俺は東のエンゲーブを経由してグランコクマへ向かうが、あんた達はどうする?」

 

 ここも分岐点だ。バチカルに帰る事だけを考えるなら実はこのままグランコクマまで向かった方がいい。グランコクマから船でケセドニアのマルクト側へ行き、そこからキムラスカ領事館で入国の手続きをなんとかしてケセドニアのキムラスカ側港からバチカル行きの船に乗るのがベターな移動方法だ。しかし俺にはエンゲーブへ行かなければならない理由がある。

 

「さすがにグランコクマまで行くと遠くなるわ。エンゲーブでキムラスカへ戻る方法を考えましょう」

 

幸いな事にティアの方から提案してくれた。なら後は了承するだけだ。

 

「エンゲーブまで乗せて下さい。ここから歩く訳にはいきませんからね」

 

 こうして俺達は、ルグニカ平野にある食料の村、エンゲーブへ向かうのだった。

 

 




 漆黒の翼についてのツッコミ。物語中盤や終盤ではそれなりに主人公PTに協力してくれる彼らですが、やっていることはただの盗賊です。作中でもごく普通のメイドさんから財布を盗むサブイベントがありましたからね。
 ローテルロー橋の爆破は作中に書いたとおりですが、それ以外にも彼らは世界にとって重要な悪事を働いているんですよ。
 まだ先の展開ですが、バチカルで導師イオンを攫うのは彼らなんですよね。そしてあの場面でイオンが攫われた事によりザオ遺跡という場所のダアト式封咒が解かれるんですよね。で、ザオ遺跡の封咒が解かれた事によりあの周辺の大陸が沈むきっかけになっているのです。
 実際に彼らに詰め寄っても「そんな事になるとは知らなかった」と答えるでしょうが、知らなかったで済まされる問題ではありません。


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