臆病な転生ルーク   作:掃き捨て芥

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第4話 食料の村 エンゲーブ

 辻馬車が村に到着した。村では大きな田畑が広がり、家にある囲いではブウサギなどの家畜が走り回っている。ここに着くまであれから丸一日かかってしまった。その間にローテルロー橋手前で止まったタルタロスが自分たちの辻馬車を追い抜いていった。どうやらエンゲーブに停泊するらしい。

 

「ここがエンゲーブだ。キムラスカへ向かうならここから南にあるカイツールの検問所へ向かうといい。気をつけてな」

 

 そう言って去ろうとした馭者を引き留める。

 

「ちょっと待った! 貴方に渡した宝石は二人の人間をグランコクマまで運ぶ2万4千ガルド分のお金だ。それが実際にはエンゲーブまでになったんだからそのまま宝石を渡す訳にはいかないな。差額を貰わないと」

 

「え、……ああ、まあそりゃ確かにその通りだがよ。貰ったもんは宝石だ。差額って言われてもなぁ……」

 

 そう言うと思った。だがその返答も想定済みだ。

 

「そこで提案だ。俺達で一緒にこの村の道具屋を訪ねて、宝石を売ろう。そのお金は全部俺が受け取って、その後に二人分の運賃を払うよ」

 

 馭者は少し考えたが、それが一番良い方法だと分かったんだろう。やがてこっくりとうなずいた。

そして俺達は無事宝石を売り払うと5万3千ガルドという大金を手に入れる事に成功したのだった。

 

「じゃあこれ。二人分のエンゲーブまでの運賃。1万4千ガルドだ」

 

「ああ、確かに受け取ったよ。あんがとな。そんじゃ俺はもう行くよ。あんたらも良い旅を」

 

 良し、と頷いて手の中の金貨をもてあそぶ俺にティアが言葉をかけてくる。

 

「ルーク、貴方……旅慣れてないんじゃなかったの? 私にはとてもそうは思えないんだけれど」

 

 はは、と軽く笑うとごまかす様に手を振り謙遜する。

 

「大した事じゃ無いですよ。ティアだって冷静に考えれば差額の事くらい分かった筈です。……それより、とりあえず宿に行きましょう。のどかな村だから宿屋が満室になるなんてことはないだろうが、それでも万が一って事がありますからね。当面の宿を取らないと」

 

「そうね。それにしてもカイツールの検問所か……。旅券がないと通れないわね。困ったなぁ……」

 

「それについてですが……俺に考えがあります。とりあえず宿をとったら村の代表者の所へ行きましょう」

 

 ティアはそういう俺の事を伺う様に見たが、今は当面の問題を優先する様に軽く頭を振ると俺について歩いて来た。

 

 ちなみに今問題になっている旅券は、俺に関してのものだけだ。ティアはダアト自治区にあるローレライ教団の人間なのだから、キムラスカの首都バチカルに入国しているのだから当然旅券は持っている。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 宿屋の看板を見つけて入ろうとしたが、なにやら宿屋の前に人だかりができていた。

 

「駄目だ……。食料庫の物は根こそぎ盗まれてる」

 

 一人の男が暗い顔をして呟いた声が聞こえた。

 

「ケリーさんのところもか」

 

「北の方で火事があってからずっと続いてるな。まさかあの辺に脱走兵でも隠れてて、食うに困って……」

 

「いや、漆黒の翼の仕業ってことも考えられるぞ」

 

 男達が集まり、どうやら食料泥棒があった事について話している様だ。

 

「あのー、すみません。俺達そこの宿屋に泊まりたいんですけれど、通してくれませんか?」

 

 男達に向けて声をかけると、俺達に今気づいた様で驚きながらも道をあけてくれた。

 

「あんた達、宿泊するのか。俺はこの宿屋をやってるケリーだ。よろしくな」

 

 よろしく、と声をかけながら先ほど袋に入れて貰った銀貨を取り出す。

 

「俺達旅をしているんだけどな、ちょっと事情があってまとめて宿泊したいんだ。とりあえず、これで二人、1ヶ月分の宿泊代を払うよ」

 

「1ヶ月? そりゃまたずいぶん長い事泊まるんだな。もっとも、こっちとしてはありがたいけどな。食事については期待して貰って構わないぜ。なんせここは食料の村だからな」

 

「ルーク?」

 

 1ヶ月宿泊するという事に疑問を感じたのだろう、ティアがこちらに疑念の視線を送ってきた。それに対して後で説明します、とだけ言っておいた。

 

 

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 とりあえずのチェックインを済ませた俺達2人は、村の代表者であるというローズ夫人の元を訪ねた。

 

「すみません。旅の者ですが、こちらがローズさんのお宅と聞いて伺ったのですが」

 

「あらこんにちは。だけどすまないねぇ。今軍のお偉いさんが来てるんだ。ちょっと遠慮してくれないかい?」

 

「あー、その。こちらもちょっと急ぎの用事なんですよ。実はローテルロー橋が漆黒の翼とかいう盗賊に落とされてしまったようで」

 

 そこまで言った時、気づいた。ローズ夫人の家の中に1人の男が立っていた事に。ジェイドだ。やはりここに居たか。良かった。

 

「おや、ローテルロー橋が爆破された事は限られた人間しかまだ知らない筈ですが……?」

 

 マルクト軍の軍服をまとったその姿に、緊張しながらもティアが答える。

 

「貴方は?」

 

「これは失礼。私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。貴方達は?」

 

「俺はルーク。こちらの女性はティア。ちょっとした事情でキムラスカへ向かっている旅人です。ケセドニアへ行く途中でしたが、辻馬車を乗り間違えてここまで来てしまいました。ローテルロー橋の事を何故知っているかと言えばその場に居合わせたからですね。あなたはもしかしてあの陸艦に乗っていらっしゃった方ですか? 俺はタルタロスとすれ違った辻馬車に乗っていたんです」

 

「ああ……なるほど。先日の辻馬車に貴方達も乗っていたんですね」

 

 そこまで話すとジェイドからローズ夫人に向きを変える。

 

「ローテルロー橋の事が既に伝わっているなら良かった。それと……すみませんが鳩を貸していただけませんか? カイツールのキムラスカ側に文書を送りたいのですが」

 

「鳩かい? そりゃかまわないがなんでだい?」

 

「俺達は訳あってキムラスカのバチカルに向かっているのですが、ちょっとした事情があってバチカルから迎えの人を寄こして貰いたいんですよ。なのでバチカルに向けて連絡を取ってくれる様にカイツールへ文を送りたいんです。」

 

 ローズ夫人に事情を話すと、ティアに対しても声をひそめて説明をする。

 

「これが俺の考えていた事です。バチカルから迎えを寄こして貰って、その人に旅券を持って来てもらえばいい」

 

 俺の言葉を聞いたティアは安心した様に顔をほころばせた。その時、キィと音がなって外の扉が開いた。

 

「イオン様」

 

 ジェイドが扉を開いて入ってきた人物の名前を呼ぶ。良かった。この村に居るのは知っていたが、直接姿を見ておきたかったのだ。ティアにも導師イオンがここに居ると認識してもらいたかったし。

 

「少し気になったので、食料庫を調べさせて頂きました。部屋の隅にこんなものが落ちていましたよ」

 

 そう言うと、その少年……イオンは歩いてきてローズ夫人に何か毛の様なものを手渡した。

 

「こいつは……聖獣チーグルの抜け毛だねぇ」

 

「ええ。恐らくチーグルが食料庫を荒らしたのでしょう」

 

 そこから2人は話し込んでしまった。だが無事鳩を借りる事が出来た俺は、馬車の上で書いておいた手紙を鳩に預けて飛ばし、宿に戻るのだった。

 

 

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(無事ジェイドとイオンに接触できたな。よしこれでいい)

 

「導師イオンが何故ここに……」

 

 ティアの呟きを聞き逃さずに拾った俺は聞き返した。

 

「導師イオン?」

 

「ローレライ教団最高指導者よ」

 

 まあ知ってるけどね。その立場も行方不明扱いになってる事も、何故そんな扱いかも、どうしてここに居るのかも。

 

「ん? ちょっと待った。導師イオンは行方不明と聞いていたんですが。彼を探すと言ってヴァン師匠(せんせい)は帰国するって」

 

「そうなの? 初耳だわ。どういうことなのかしら……誘拐されている風でもいないし」

 

「事情を聞きたいが……今は大事な話をしている最中の様ですから。明日以降にしましょうか」

 

「そうね。それにしても、マルクト帝国のジェイド大佐……。どこかで聞いた気事がある気がするわ」

 

 そう言ってティアは深く考え込んだ顔をする。

 

「ん? ティアさんは気づかなかったんですか? マルクト軍のジェイドと言えばかの有名な死霊使い(ネクロマンサー)じゃないですか」

 

「死霊使い!! あの人が……!?」

 

「マルクト軍の死霊使いと導師イオンが同行している……何かきな臭いものを感じますね」

 

 ティアもそれには同意した様だったが、先ほど明日以降にすると言ったので押しとどまった様だ。宿屋に戻って来ると荷物などを下ろし一息つく。

 

「食事などは宿が出してくれるだろうし、これで当面の問題は大体解決しましたね」

 

 そうね、とティアがうなずく。

 

「それじゃあ俺達の話を始めようか」

 

「え?」

 

 何を? と首を傾けるティアに向かい、今夜は遅くなるから覚悟しておけよ、と思った。

 




 原作との相違点:リンゴを盗み食いしない。食料泥棒の冤罪にもされない。カイツールへ鳩を飛ばした。アニスの出番カット。

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