人の命は安い。今こうしている間にも何処かで人が死に、家族を失った子供が今も英雄を求めて泣いていると思えば心が躍ってしまう。
人なんてそんな簡単に死ぬのに、どうして一人二人が本気になっただけでそんな世界を変えられると思うのか。身の程を知らないんだろうな。
「まあ、英雄とは得てして身の程を超える奇跡を起こすものです。貴方達も本気の本気で挑み続ければ偉業を起こせるかもしれませんね」
小人族でありながら地形を変えながら大穴の守護者を消し飛ばしたフィアナ然り、相性最悪の超強力な黒のモンスター(恐らくは3大
限界を超越した者達を人は英雄と呼ぶのだろう。
「私は私の才能以上のことなどしたくないので、無駄死にではなく超克を行えた英雄を尊敬しますよ」
クロノが明確な困難に自ら挑んだ回数などLv.3以降のランクアップぐらいか。つまり現状4回。アルフィアやザルド相手には逃げを選んでいたし。
「言い方は悪いですが、Lv.3程度なら才能と努力があれば案外なれますからね。そういう意味では、オラリオの冒険者との努力の差はレベルが語っていますね」
尤も、それでも十数年前には及ばないのだが。
あの時代は【ゼウス】や【ヘラ】相手に【セベク】【ホルス】【セト】は渡り合っていたと記されていた。その時代にオラリオに居なくて良かった、そう思える程度の才能と努力ではあるが。
「レオンがLv.7と言いたいならどうぞ。優れた先人の影で騒ぐ弱者は、私も好むあり方です」
「俺達はレオン先生のおまけじゃない! 戦いから逃げるあんたとは違う、俺は逃げたりしない!」
「ええ、その身の程知らずを超克する者こそ、オラリオは求めています。そう思うならダンジョンに挑んでみては?」
見たところ上層のインファント・ドラゴンに食われるか、頑張って中層に行って死ぬかの二択だろうが、その予想を超えることが出来れば彼は間違いなく英雄候補になるだろう。
「まあ、世界で苦しんでいる人々を救いたいなら学区にいたほうがいいですかね。その場合世界を救うのはあきらめたほうがいいですが」
「クロノ、それだって立派な下界救済だよ」
「……確かに。失礼しました。黒竜に挑むまでもなく、貴方達だって世界を救えますよ」
黒竜を倒しダンジョンを攻略した後の平和が何時まで続くかは知らないし、平和が終わった時、力持つ者達の次の剣を向ける先なんて想像に容易いが。
「俺達じゃ、俺じゃあ黒竜を倒して世界を救えないって言いたいのか!」
「逆に私とレオン、オッタル氏
彼等の言葉に含まれる思いは正しいのだろう。だが言葉の意味は何処までも間違っている。黒竜を今すぐ倒せと言うくせに戦わない、なら代わりに俺がというのなら、今のオラリオ以上に民に待ってもらわなくてはならない。
正しい思いは間違いないが、その思いから出力される行動が正しいとは限らないのである。
「まだ納得がいってないようですね。解ります、解ります、自分を強いと勘違いしてきた貴方達が、自分の弱さを認めるのは簡単ではないでしょう。では、場所を変えましょう…………身の程というものをその身に刻んであげます」
アリーナに移動したクロノは早速地面に剣で丸い円を描く。人一人が何とか入る程度のサイズだ。そこに立つとニコリと笑う。
「勝利条件は簡単です。貴方達は私に
「「「なっ!?」」」
ハンデと呼ぶにもあまりな縛りに生徒達は肩を震わせる。クロノはやはりニコリと微笑む。
「ああ、確かにハンデが足りませんね。では左手首より先だけが触れていい場所にしましょう」
「っ! 何処まで、俺達を侮辱するつもりだ!」
「それがオラリオと学区の差ですよ。それを侮辱と受け取るなら、それこそ侮辱だ。井の中の蠱毒も知らない大海の稚魚が、何を以て本気に値するなどと言えるのか」
屈辱と怒りに顔を赤く染め、周りの制止も振り切り飛び出してくる灰髪の少年。振り下ろされた剣を小指の爪で止める。
「…………はっ?」
弾かぬよう衝撃を殺して、だ。それぐらいする余裕があった。
「オラリオを見下すのは構いませんが、私はレオンと同格。それをお忘れなく」
人差し指で胸を軽く叩く。貫かぬよう加減して。ボキッと肋が砕け蹲る少年。
「ルーク!!」
少女の叫びを開始の合図に一気に生徒達が飛び出す。
飛んできた矢を掴み投げ返す。指だけの力で投げられたそれはLv.1程度が引ける弦の力等より遥かに疾く風を切り、後で詠唱していたエルフの集団に襲いかかる。
一番魔力を持つエルフが魔法の手綱を手放し暴発、すぐに誘爆。格上相手に一箇所に固まるとは、戦争の正面衝突を意識でもしたのか…………
すぐに巻き込まれなかった魔導師達が散開する。この判断の速さは流石レオンの生徒だ。
「うおおお!!」
彼女達の詠唱の時間を稼ぐべく特攻する前衛。全方位からの攻撃。提示されたルールを思えば、例え第一級でも対処するのは難しいだろう。
しかしここにいるのは
前衛の武器が迫るということは触れる距離に近付くということ。腕を伸ばし戦鎚を受け止め手首のスナップだけで持主のドワーフを放り投げると背中に回し槍を弾く。そのまま棒術の如く自らの体を支点に回転させた戦鎚で左右から迫る剣を弾き、落ちてきたドワーフを迫る集団に向けて戦槌で叩き飛ばす。魔導師が一人巻き込み盛大に爆発。
「撃て!」
と、一斉に放たれる魔法に対し、左腕を薙ぐ。掻き乱れる大気が魔砲もかくやの勢いで渦巻き炎も氷の矢も風の刃も飲み込み雷の魔法を軽く首を曲げ避ける。
クロノは足を浮かせること無く体重移動で地面に衝撃を放つ。ヒビ割れ幾つもの破片が浮かび、その破片を掴み後衛に投げつける。
咄嗟に壁役となるドワーフなど一部の生徒達。ただの小石は竜の尾よりも強い衝撃で盾ごと彼等を吹き飛ばした。
「くそぉ!」
新たに剣を拾い斬りかかる少年の腕を受け止める。その隙を突くとばかりに迫る前衛達。
クロノは少年をその場で上下逆さになるように投げ、足を掴むと前衛達に向かい振るう。ゴシャリと人が潰れるいい感覚。
特に仲間を傷つけるわけにもいかず咄嗟に立ち止まり、しかし避けられないと悟った時の顔がいい。
「ルーク!! ルークを離して」
「いいですよ。はい」
と、雷魔法の少女に向かってぶん投げる。
「あはは」
盛大に他の人間も巻き込みながら転がっていく。その姿にクロノは笑う。
「この!」
「せめて一太刀!!」
傷一つでもつければ、円の外に押し出せば、右手や魔法を使わせれば………。
明確な条件を提示され、出来ない筈がないと一度でも意地になってしまった彼等は止まらない。それがクロノの狙い通りとも気付かずに。
手刀を振るう。『斬光』は発生せず、しかし衝撃が駆け抜ける。
加減された衝撃は容易く生徒達を吹き飛ばした。
「……………っ!」
灰髪の少年、ルークは何とか立ち上がり見た光景に目を見開く。人知れず踏み出そうとした足が下がる。
「………あ、え?」
「私が怖いですか?」
「っ! こ、怖いわけ! 俺は、戦って…………」
「ええ、
それが学区と冒険者の違い。未知に溢れたダンジョンでは、適正階層を意識していても常に適正通りの苦難だけとは限らない。
クロノが自ら挑んだ苦難は4つなれど、ダンジョン内で発生した
「そんなこと…!」
「レオンが貴方達が死ぬような場所に連れて行くわけないでしょう?」
その言葉に思わずレオンを見るルーク。レオンは何も言わない。
「貴方達は今日、初めて冒険をするわけです。それが私というのは、光栄ですね。さあ、挑んでみてください。貴方達が見下す冒険者のように、貴方達が夢見る英雄のように」
「……………相変わらずだな」
クロノの微笑みにレオンは呟く。
自分より弱い者を嬲り喜ぶ性分。大凡外道とされる趣味である事を自覚するクロノは、それでも楽しいからと笑う。
その笑みから狂気を感じ取った事など一度もない。当たり前だ。自分より弱い者を痛めつけ苦しめ殺すのが好きな【
それが出来る自分を特別だと思うから興奮するのだ。だがクロノは違う。
自分がズレていることを自覚しつつも人と人が違うことなど当たり前で、自分のそれを人が持つ当然の差としか見ていない。そこに特別性など見出す要素は一つもなく、ただただ純粋に弱いものいじめを楽しむ。
逆にクロノ以外がクロノをその他狂人と同じに捉えるから、狂人らしからぬ笑みに戸惑い恐怖を覚える。
「………生徒達のケアが大変そうだ」
事実怯える生徒達を見てレオンはそう呟いた。