世界を見た。
悲鳴を見た。
慟哭を見た。
辛苦を見た。
滅びを見た。
英雄に憧れていた少年は、どうして英雄は何もしないのだと拳を握りしめた。
お前達が何もしないのなら俺がと、剣を取った。
何もしない英雄に失望し、自分ならと信じたから。
彼は人の可能性を誰よりも信じていた。胸に信念を宿し突き進めば、何かを必ず成せると信じていた。青い情景。無知の願望。
「だが、英雄とは得てして現実を見ない。理想の為に現実を超克する…………貴方は出来ますか? ただ一歩進むだけで、だいぶ違いますよ?」
ニコリと笑う冒険者ですら無いギルド職員。戦いから逃げた臆病者だと、他でもないルークが決めつけた男は弱者の足掻きを心待ちにする。
奮い立たせた信念を圧し折るのを強者として楽しみ、折れずに貫くのならギルド職員として歓迎し、実力差という現実を超克してみせるなら民として英雄の誕生を祝うのだろう。
「……………っ!!」
そうとも、命の危険の一つもない試練と呼ぶのも烏滸がましいそれは、しかし本来なら超えられぬ筈の壁。そこに挑むのは確かな意味を持つ。
「………………ぁ」
だが、足は一歩も進まない。そのくせ、己が抜いた剣を収めもしない。クロノは信念を貫く強さも、己の弱さを認める強さも持たない弱者にやはり微笑む。
そして一歩、円から出る。
「よくぞ、力の差を見ても諦めなかった。誇っていいですよ」
どの口が。
敢えて言われることで自覚する。
自分が進む勇気も、負けを認める信念すら持たないことを自覚させられる。少年の拳を握らせるのは屈辱か、それとも怒りか。
ただ一つ言える事は、この場の殆どの人間は二度と英雄になるなどと心の底から言えないだろう。
それをケアするのはレオンな訳だが。
「…………レオン、先生」
「…………君達の救世を願う心は知っているよ。私を英雄と呼んでくれる世界の期待に応えたいとも思っている。だが、私やクロノが揃ってもたった1人にすら勝てないであろう、そんな英雄達が揃っていた戦力ですら黒竜に敗れた」
正直、レベルで追いついても全盛期の魔女達に勝てる気がしないレオン。
「無責任な言葉だけど、世界を救うには、我々は
それがこの世界の現実。今の彼等が黒竜に挑んだところでそれは英雄神話などではなく、いずれ現れる英雄の強さを引き立てるための黒竜の強さを知らせる端役にしかならず、しかし彼等が敗れれば英雄が生まれる時間すら残されない。
「メンタルケアお疲れさん」
「本当にね……」
メレンから海に出て2人が訪れたのは小島。
上空では2人を運んだマルスが2人の強者を見下ろしていた。
「【轟け残光。すなわち雄たる十二席】」
「【忘却の水を飲め死者達よ。罪過を流し、無垢に立ち直れ】」
合図無く唱えられる詠唱。先に発動したのはレオンの魔法。
「【ブレイズ・オブ・ラウンド】」
現れる獅子色の光で作り出された片手剣。重さのない剣を片手に踏み込んでくるレオンが振るう斬撃を受け止める。
金属音を響かせ剣閃が閃く。
月光を反射する白銀の刀身と獅子色の光の片手剣が夜闇に描く光の帯。
「【されど死を拒むなら。良いだろう、不死をくれてやる】」
その間も紡がれるクロノの詠唱。並の冒険者なら一瞬で細切れになるであろう斬撃の嵐の中途絶える事の無い詠唱に、乾いた破砕音が響く。
「『
散った光がレオンの手に集まり生み出される双剣。先程以上の剣閃が暴風の如く迫る。
ただ手数が増えただけではない。明らかに
「【傲慢なる神々の怒りに触れ
「!!」
獅子色の光にも劣らぬ雷光が双剣を砕く。
レオンは新たに光の戦斧を構えのたうつ
雷はやがて収まる。否、収束する。
バチバチと蛇に巻き付かれるように紫電を纏うクロノはレオンを一瞥。次の瞬間、音が消えた。
そう錯覚する程時間が引き伸ばされ、音を置き去りに迫るクロノ。
雷属性の【レーテー・ウヌクアルハイ】の効果は大きく分けて2つ。攻撃と操作だ。
攻撃はそのまま雷撃。操作は多様。
磁力による金属操作、電流による死体操作に、人体操作。そして、人体操作は
身体能力を跳ね上げ、加速した刀が戦斧を切り裂く。
続いて現れたダガーも強化された膂力で切り裂いた。
「相変わらず、トロい魔法だな」
「まあ、その分利点もあるよ」
砕きに砕かれあっという間に
その上で、光の武器ではなく本来の得物である覇竜の大懐剣を構える。
『リヴァイアサンの蒼牙』から作られた、3大
クロノは刀を収めるとマルスに向けて手を向ける。磁力に引かれ1本の剣が手元に飛んでくる。
抜き放たれたのはドス黒い大太刀。禍々しい気配を放つそれは、クロノが都市外
「さて、やろうか」
「面倒くさいなあ」
その日一つの小島が消滅した。
毒刀・
もちろんこれもギルドのレンタル品扱い。ただし素手で持ったら死ぬので義手を持つクロノなど一部の人間にしか使用不可能。また、レベルが低いと発狂するので要注意。
嬲れないので基本的にクロノは使用しない。