陰キャのハマーン様
ハマーン・カーンにはニュータイプとしての才能があった。その能力をジオンという国家が有効利用するため、幼い頃からニュータイプ研究所で過ごしてきた。
このハマーンの処遇には、父親であるアクシズ総督、マハラジャ・カーンに対する人質という意味もあった。ハマーンは周囲に祝福されるような子供時代を送ってきたわけではない。
幼いハマーンは、いつしか人の顔色ばかり伺い、自分の心を守るためにいつしか周囲に対する壁を作るようになっていた。
活発だった気質は、外部環境によりすっかり陰気な性格に覆い隠された。
ジオン独立戦争の敗北によりアクシズに逃れたハマーンは、組織の混乱を良いことに、自室に引きこもるようになっていた。
割れた姿見には、分厚い眼鏡と、重い前髪により荒んだ様子のハマーンが映った。
ピンクブロンドの髪は、禄に手入れされていないようでボサボサだ。シャワーは浴びているようで臭くはない。しかし、服は伸びたスウェットの上下だった。
「ハマーン。入るぞ」
「パパ。また来たの?」
「電気も付けずに…、本を読んでいたのか?」
「そう」
「そうか。そろそろ外に出る気にはなったか?」
「本の登場人物は、現実の世界の人のように暴力を振るわないわ。私はもうジオンのために利用されたくないの」
父親の心配は、本物だろう。けれど、捻くれたハマーンは、その心配をマシーンのパーツであるハマーンに対するものだと解釈した。
父親であるマハラジャは、娘としてのハマーンを心配しているのだが、ハマーンはそうは受け取らなかった。
「紹介したい人がいる。シャア・アズナブル大佐だ」
「赤い彗星の?」
「ああ。そのアズナブル大佐だよ」
「ふーん。あまり興味はないわ」
ハマーンは、すぐに本の世界へと戻っていった。彼女の世界は、親友のナタリー・ビアンキと小説で閉ざされていた。
ハマーンの部屋から、自室へ戻ったマハラジャは、頭を抱える。娘との関係は、冷え切っていた。ハマーンは、マハラジャを恨んではいないようだったが、ハマーンを手元に置かず、フラナガン機関と関わらせたのはマハラジャの責任だった。
マハラジャとハマーンの様子を部屋の外から伺っていた、ナタリー・ビアンキが声を掛ける。
「どうでした?」
「駄目だ。私には、心を開いてくれそうにない」
「ハマーンも心を癒してくれる誰かが必要なのです」
「私は、父親をやれているのかね?」
「はい。総督は、ハマーンのお父さんです」
「なら、良かったのだが」
マハラジャは、ハマーンをシャア・アズナブルと引き合わせようと考えている。以前、シャア・アズナブルと会った時に、彼がただものでは無いと確信していたのだ。
ハマーンの閉じた心を、シャア・アズナブルなら溶かしてくれるかもしれない。マハラジャには何故だが、そう思えた。
「やあ。マハラジャ提督から君を紹介された。私はシャア・アズナブル。よろしく」
「……よろしく」
ハマーンは、シャアの顔を一瞥しただけで、目を合わせることは、顔すらまともに見なかった。
実のところ、それはシャアがイケメンだったからだ。顔と声が良い。おまけにエースパイロットとしての実績がある。総督の娘であり、箱入り娘として育てられてきたハマーンには、男性に対する免疫が無かった。
(ヤバイ。イケメンすぎる。好きかもしれない)
ハマーン・カーンは、14歳の少女であり、その年頃の少女の例に漏れずイケメンが好きだった。
「君には、ニュータイプの素質があると聞いた」
「……そう。だから何?」
「人よりも、少しだけ敏感なのかもしれないな。私たちは?」
「私たち?」
「そうだ。私もニュータイプと言われた。だが、大切な人は守れず。今も、さ迷っている」
ハマーンの脳は素早く回転した。そして、シャアに恋人がいないことをニュータイプ的能力で察知した。
(もしかして、もしかすると、全てが上手く行くかもしれない……!!)
ハマーンは陰キャだったので、実験を拒否できなかった。そのせいか彼女のニュータイプ能力は、所謂正史のものよりも高くなっている。
「ナタリーは?」
「ビアンキ中尉がどうしたんだ?」
ハマーンは、高いニュータイプ能力を使いシャアの深層心理を読んでいた。その結果、シャアが無意識にナタリーに惹かれていくだろうことを予想していた。
ナタリーは、ハマーンにとって親友である。ナタリーとシャアはとてもお似合いに思えた。ハマーンは、自己肯定感が低かったため、ナタリーに勝てそうにないことを早々に悟った。
「……ララァ・スン。アムロ・レイ。そう。囚われているんだ」
「何を言っている??」
「可哀想な人」
シャア・アズナブルの半生を読み取ったハマーンはそう結論付けた。波乱万丈な運命を背負ったイケメンは、ハマーンのストライクゾーンを撃ち抜いている。ほぼ、一目惚れだった。
ナタリーに向きそうな矢印をこちらに引き寄せる方法を、捻くれて小狡いハマーンはいくつか知っている。
(ヤバイ。この人のこと好きだ。お父さんにわがままを言ってシャアを夫にするしか)
「あ、あの、シャアさん…でいい? ですか?」
「ああ。構わない」
「時間が有るときで構わないんだけど、私と、あっ。いえ、なんでもないでしゅ」
(うう。噛んだ。恥ずかしい。もうおしまいだぁ)
「何か、言いたかったんじゃないかな?」
シャアは、ハマーンのパーソナルスペース内に容易く入ってきた。誰かが、近くに入ってくるのが嫌だったけれど、なぜだか、シャアならいいと思えた。
(ひゃああ。イケメンが近くにぃぃ。うわあああ。顔が良い)
混乱しているハマーンの手をシャアが握った。確かに伝わってくる体温。ハマーンは自分の顔が赤くなっているのを自覚した。
「大丈夫。言ってごらん」
「あっ、しゅしゅきです。いえ、ちがっ! 違うの! おともだちから! あっ、あっあっ」
「友達? 私とか?」
「はい!! そうです!!」
食い気味のハマーンの返事に、シャアは少し驚いた表情を浮かべる。
「面白いな。君は。いいとも。友達になろう」
「はい!!」
ハマーンとシャアは、取り留めのない話をした。どんな色が好きだとか。どんな食べ物が好きだとか。ハマーンにとっては、今までの退屈なアクシズの日々に色が付いたようだった。
「もっと、話したかった……」
「また、時間を作ろう。私は多忙でね。滅多に来れないかもしれないが」
シャアが扉の向こうに去っていく。滅多に来れないというのだから、また会えるのは随分先になってしまうのだろう。ハマーンとて、完全に自室内で生活しているわけではない。
(二か月ぶりのそと。でも、もう来ないかもしれないし!)
「おや、ハマーン。どうしたんだ?」
「だ、だってシャアさんは、モビルスーツに乗るんでしょ! それで戦うかもしれないでしょ! 死んだら、もう会えないから。私が待っているだけじゃ、ダメなんだって思って!」
「よかった。マハラジャ総督に良い報告が出来そうだな」
ハマーンは、シャアに頭を撫でられポワポワしていた。
(シャアのこと好きだ。ううううう。好きぃ)
マハラジャは、ハマーンがシャアと歩いているところ目撃し、思わず柱に激突した。アクシズで、どんどん落ち込んでいく娘を見るのは、マハラジャの精神を蝕んでいたのだ。数年ぶりに見る娘の笑顔がとてつもなく嬉しい。
「ハマーン。シャアとは上手くやっていけそうかな?」
「うん。パパ。私、シャアと結婚する」
上機嫌なマハラジャは、ハマーンの一言で凍り付いた。
「待て、ハマーン。今、何と言った?」
「私はシャアと結婚する。シャアのこと好きになっちゃった」
マハラジャの眉間の皺が深くなった。愛娘が引き籠りを脱却したのは喜ばしいことだ。だが、シャアと結婚すると言い出すとは、思ってもいなかった。
「ハマーン。君はまだ14だ。人生は長い」
「もう14よ。シャアだってMSに乗ってるのよ。いつ死ぬのか分からないわ。だから、私はシャアと結婚するの! 私をシャアの許嫁にして!」
マハラジャにとっては大きすぎる変化だ。けれど、活発だったハマーンが戻ってきたようで、マハラジャは嬉しかった。しかし、娘を誑かしたシャアを問い詰めなければならない。ハマーンはまだ14なのだから、