アクシズの一室で、シャア・アズナブルは、マハラジャ・カーンと向き合っていた。マハラジャの表情は硬い。娘が引きこもりを脱却したというのに、彼は素直に喜べなかった。
「シャア大佐。ハマーンを部屋から連れ出してくれたこと、非常に感謝している。しかし、ハマーンが少しおかしなことを言っていてね。ハマーンに何か変わった様子はなかったかな?」
「変わった様子ですか? 心当たりは有りませんね。彼女は、とても繊細で奥手に見えます。私と友人になりたいと言ってくれました」
「友人。友人か」
マハラジャは、娘が恋に恋するような年頃であることに思い至った。わざわざシャアに娘の恋心を伝える必要はないだろう。
シャアは容姿もよく性格も確かだ。ハマーンがどこかの馬の骨に惚れ騒動を起こすより、マシな選択肢である。
「彼女は、アムロ・レイ。そしてララァ・スンという名を口にしました。一体どこで知ったのです?」
「ハマーンは、フラナガン機関にいた。アムロ・レイやララァ・スンの名くらいなら、研究員から教えられたのだろう」
「なるほど。では、彼女のニュータイプ能力は未知数と?」
「ああ。研究所では優秀な成績を出したそうだが、私は見たことがない」
マハラジャは、ハマーンを兵器にするつもりはサラサラなかった。娘は娘である。本人が、望まないのにどうしてMSに乗せるだろうか。
「では、彼女をMSに乗せてみても?」
「ハマーンが受け入れるのならな。くれぐれも、無理をさせないでくれ」
シャア・アズナブルはハマーン・カーンにどこかララァ・スンの面影を感じていた。ハマーンがMSに乗れば、その理由が分かるかもしれない。
「ハマーンが、ララァの再来だと? バカげている。あんな子供に」
シャアは、自身の直感を疑った。自分は14歳の子供に、母親を求めているのだろうか。
マハラジャの部屋を出ると、ハマーンとばったり遭遇した。ハマーンは、以前と変わらないぼさぼさの髪だった。ダボダボのジーンズにチェックのシャツを着ている。
「あっ、シャアたいしゃっ。うう。シャア大佐。あ、あの。えっと。お話しませんか?」
「ハマーン。私を探していたのか?」
「あっ。そうです。探してました」
ハマーンはニュータイプ能力により、シャアの居場所を特定し、出待ちしていた。周囲からは、バレバレであったものの、本人は完璧なスニーキングミッションをこなしたと意気込んでいる。
ただ奇行をしていても、総督の娘であるから、警察を呼ばれなかっただけだと言うのに。
「その服装は??」
「私の、外出着です! 外に出るから、ちゃんとした格好をしないとと思って!」
今のハマーン・カーンから、ダサい服と分厚い前髪と野暮ったい眼鏡、そして自信なさげな態度を引けば美少女が出来上がるだろう。
シャアは、それがちゃんとした格好なのか? とは内心で思ったが口には出さなかった。ダサいマスクと、影口を叩かれた記憶が蘇ったからだ。
アクシズに来てからのシャアは、着けたとしてもサングラスのみだ。仮面の類とは縁を切った生活をしている。
「ナタリー中尉は、その恰好については?」
「いつもうるさく注意してきます。ナタリーは私の前髪を切ろうとするし、スカートを履かせようとするんです! 恥ずかしいからそんな恰好したくないのに! 私がかわいい服装しても、似合いませんよ」
「……ファッションは、人それぞれだからな」
「あっ、あの。大佐は、どんな服装の女の子が好きですか??」
ハマーンは、思い切って発言した。自分の好意が相手にバレてしまうリスクを取っての発言だ。
(バカ! 私のバカ! これじゃあ、大佐が好きって発言しているようなものじゃない!! あああああああ)
「そうだな……秘密だ」
ハマーンは、ララァ・スンが一瞬シャアのイメージに浮かんだことを察知した。こっちを値踏みするようなララァの姿が、視界の端にちらつく。こちらを嘲笑するララァの幻影に、ハマーンは中指を突き立てた。
「エンツォ大佐……ハマーンが、失礼した」
ララァ・スンの亡霊は、意地の悪い顔を浮かべながら消えた。代わって現れたのは、脂ぎった中年男だった。
ハマーンは、エンツォに向かって中指を突き立てたことになってしまった。
「提督の娘としての品がないのではないかな?」
「…………あっ。あれは、その、ララァ・スンにやったんです。あっ、ごめんなさい。なんでもないです」
ハマーンは、シャアを盾にした。世の女子は、うっすら中年男性を嫌いである。彼女もそうだった。
「ハマーン様。私とは口すら聞かないと?」
「…………えっと、だ、誰ですか?」
「エンツォ・ベルニーニです。ご面識はあったはずですが?」
ハマーンは人の顔を覚えることも、コミュニケーションも苦手である。正直、数回しか会っていないおっさんの顔など覚えていない。
「ごめんなさい。私、人の顔を覚えるのが苦手で。おじさんは特に……」
「それでは、マハラジャ提督の跡を継げるとは思えませんな」
正直、ハマーンは政治に興味がなかったし、戦争も嫌いだった。目の前のエンツォ大佐が、急進派の最先峰ということも知らなかった。
「そういうの、私には向いてないから……セラーナがやればいい。あの子は私よりもいろいろ出来るし、お父様に愛されてるから」
ハマーンは、妹であるセラーナを嫌いなわけでも、憎んでいるわけでもない。ただ、ハマーン自身が抱えているコンプレックスが、真実を歪めているだけだ。単なる被害妄想である。
セラーナは、ハマーンに心配をかけまいと、一生懸命に頑張っていただけだ。マハラジャも、二人の娘を平等に愛していた。どちらかと言えばハマーンの方がマハラジャと過ごす時間は長かった。
「ハマーン様。自信をお持ちになってください。あなたには才覚がお有りだ。あなたの、不安がそれを妨げている」
「い、急いでいるんで、さようなら!!!」
ハマーンは、知らない人と話すのが嫌だったので、シャアの手を引っ張って逃げ出した。
(ヤバイ!! 手を握っちゃってる!! ああああああ。これもう、結婚だよ!!)
「手、握っちゃったぁ」
「ん? 手がどうした?」
「大佐の手、大きくて、男の人の手って感じが。あっ。ごめんなさい。気持ち悪くてごめんなさい」
シャアは朴念仁ではない。ハマーンの態度から、薄々自分に好意を寄せていることを察しはじめていた。しかし、シャアはハマーンのことを子供だと思っていた。恋愛に発展する? 馬鹿馬鹿しい。シャアはそう斬り捨てた。
「キャスバル・レム・ダイクンって人を知ってますか?」
シャアのそんな思考は、ハマーンの発言によって崩れ去った。
「知らないな」
「嘘ですよね? キャスバルさんは、噓つきです」
「……それを知ってどうする?」
「ふふ。黙ってる代わりに、わ、私とで、でぇ。いえ、買い物に行きましょう。大佐、ずっと私と並んで歩きたくないなぁとか、服がダサいとか思ってましたよね?」
「…そんなことはないが」
「私、ニュータイプだから分かるんです。あんまりこのチカラが好きじゃなかったけど、ちょっと便利なんですよ」
ハマーンは、内心で喝采をあげていた。否、内心だけではない。表情にも仕草にも嬉しさがにじみ出ていた。
(やったああああ!! デートできる!!!)
冷静になったハマーンは、デートに着ていく服がないことに気が付いた。ナタリーと服を買いに行く? しかし、ナタリーはハマーンが好きではないかわいい服を着せようとする。この選択は良くない。
「あっ、あの、シャア大佐。デート、あっ、いえ、一緒に買い物に行くための服を買いませんか!?」
「それは、二度手間なんじゃないか??」
「え? あっ。確かに」
ハマーンは、シャアと出かける約束を取り付けたのだ。内向的なハマーンにとっては、これは偉大な一歩だった。