ハマーンは、うきうきしていた。内向的で陰キャを自認する彼女が、初デートの約束を取り付けたのだ。
日時のことはすっかり忘れていたが、シャアが気を使って非番の日をデートのために開けてくれた。
「大佐とデート……やば。私、どんな顔してるかなぁ……どうしよう……」
「とてもウキウキしてるわ。喜びを隠せないようね」
「ヒャア!!! ナタリー、何時の間に居たの!!」
「さっきからよ。ノックは何度もしたの。それでも出なかったから合鍵を使ったわ」
ナタリーは、呆れた様子を見せていた。ハマーンがにこやかなことは歓迎すべきことではある。しかし、気もそぞろになっていては示しが付かない。
ハマーン・カーンは、アクシズ提督マハラジャ・カーンの娘なのだ。立場というものがある。
だから、ナタリーはハマーンのズボラさを改善しようとしたし、絶望的なファッションセンスもなんとかしようとした。
改善する様子を見せなかったのだが、想い人が出来た途端こうである。恋とは偉大だ。
「ナタリーは、シャア大佐とくっついちゃダメだからね。食事に誘われても、デートに誘われても行っちゃダメだから!! 大佐は私の将来の……夫なの…!」
「はぁ。ハマーン、シャア大佐は確かに素敵な方だけど、そこまでの想いを抱くのは早計過ぎない?」
「一目惚れしたの…!」
ナタリーは、シャアに軽い好意を抱いていたが、まだそれは完全な恋愛感情まで至らないものだった。ハマーンのことを大事に思っているため、ナタリーはシャアのことは譲ろうと無意識に思った。
「そ、それでね。大佐とデートに行くんだけれど、着ていける服が無いの……大佐と歩いても恥ずかしくない服を買いに行くために、一緒に歩ける服が必要なの」
「礼服で良いんじゃない? フォーマルだし」
ハマーンの表情が歪んだ。礼服やフォーマルな服がハマーンは嫌いだった。ニュータイプ研究所の規則や規範への反発から、ハマーンは緩いファッションを好むのだ。
「嫌よ。あんなもの。軍服も制服も嫌い。大人も礼服も嫌よ。私を兵器にしようとした奴らだもん」
「じゃあ、私と一緒に服を買いに行く?」
ナタリーの言葉にハマーンの表情が明るくなる。ナタリーと服を買いに行きたいとは思っていた。しかし、断られたらとか、迷惑になるかもしれないとかで、ハマーンは言い出せなかったのである。
「行く。あ、でも可愛すぎるのはやめて欲しい」
「その鬱陶しい前髪を切りなさい。せっかくハマーンは可愛いのに。それじゃあ、顔が見えないじゃない」
「こ、これは私のアイデンティティだから……」
ナタリーがハマーンの前髪を払おうとすると、いつになく俊敏な動きでハマーンがガードした。
「そんなに暗いと友達が出来ないわよ」
「友達はナタリーだけで十分。友達を作ると人間強度が下がるって本で読んだわ」
「捻くれものねぇ」
むくれているハマーンをナタリーは外へ連れ出した。
「善は急げよ! 行きましょうハマーン」
ナタリーとブティックの店員はハマーンを着せ替え人形にしていた。眼鏡を奪われ、前髪を強制的に上げられたハマーンは単なる美少女である。抵抗する気力は残っていない。
「きゃー。ハマーン。かわいいわ…! これなら大佐もイチコロよ!」
「ハマーン様、お似合いです」
「え、えへへ。そうかな……」
過激な服装はしていないが、ハマーンの可愛さをよく示すワンピースだった。ライトブラウンの落ち着いた色合いだが、アウターの差し色が映えている。
「パパのお金は有るから、もう全部買っちゃって良いわ!」
「ちょっとハマーン…!」
何が良いのかよく分からなくなったハマーンは、混乱しめちゃくちゃなことを言いだした。結局、ナタリーが見繕った数着を買うことで、ハマーンのファッションショーは終わった。
早く起きて、頑張ってメイクをし、意を決してハマーンは前髪を上げた。眼鏡もコンタクトにした。
(私、かわいいかもしれない。これなら大佐だって!!)
鏡に映る普段とは全く違う着飾った自分の姿を見て、ハマーンはウキウキしていた。緊張して眠れなかったため、目元には少しクマが有るが、それでもなお今の自分は自分史上一番かわいいとハマーンは確信していた。
あと、1時間でシャアと会える。それで、このかわいいハマーン・カーンを見せるのだ。そうすれば、きっとシャアは自分を好きになる。乙女であるハマーンはそう確信していた。
【総員第1種戦闘配置!!】
【繰り返す!! 総員第1種戦闘配置!!】
アクシズ全域に、戦闘を告げる警告が入った。それはつまり、ハマーンの努力がぶち壊されたという証明だった。
「ナタリー!! シャア大佐は!?」
「誰だ!? 民間人がここに入るな!」
「マハラジャの息女ハマーン・カーンだ!! 私に武器を向けるか! 下郎!」
デートをぶち壊されて、ブチギレているハマーンのオーラが一般兵を襲った。憎しみの毒電波は、一般兵を一撃で昏倒させた。
「……ハマーン様?」
「あの前髪が長すぎるハマーン・カーン?」
「いや、眼鏡でもないし、美少女だぞ」
アクシズの兵士の間にざわめきが広がる。ハマーンは堂々と、兵士の間を割って入った。
そして司令室にハマーンは殴り込んだ。
「誰だ!! お前は!?」
「ほう。人には揚げ足を取る癖に、自分は棚上げか。この事態を招いただけある。素晴らしい能力だ。エンツォ大佐」
「ま、まさか。ハマーン」
「貴様に呼び捨てにされる謂れはない!! シャアはどこだ!」
「シャア大佐は、前線にいらっしゃる」
ハマーンは少し考え込んだ。そして、シュネー・ヴァイスという機体が存在することに思い至った。
「エンツォ。貴様のシュネー・ヴァイスを出せ。この私が乗ってやる」
「しかし、あれは試験機で……」
「早くしろ! この無能め!」
「ハマーン・カーン。シュネー・ヴァイス。出る」
強烈な射出Gがハマーンに掛かる。だが、強化されたハマーンの肉体は容易にそれに耐えた。
ノーマルスーツに身を包んだハマーンは、シュネー・ヴァイスのコクピットで頭を抱えていた。
(変なテンションで変なこと言っちゃった〜。なんで、私が戦場に…! もう帰りたい! アクシズに帰りたい!)
「ビットキャリアー射出!」
「え?」
「ハマーン。大丈夫?」
「ナタリー! もう私、帰りたい…! 勢いで言っちゃったけどどうすれば良いか分からないし!」
「あれがこの前言ってた女帝モード?」
「そう! 勢いで言っちゃった。明日からどうしよう……」
「凄くカッコよかったわ。全力でサポートはするから、大佐を迎えに行って!」
「えぇぇぇ!!」
ハマーンは、後方からビットを飛ばしてチマチマ、ジムを狩っていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。殺しちゃってごめんなさい」
落としたジムの数が両手の指の数を越えた時に、ハマーンは吹っ切れた。そもそも、アクシズで平和に生活してたのに攻めてきたコイツラが悪いのでは??
フラナガン機関で色々なことをされた可哀想な私が、謝罪する必要なんてないのでは?? 今日はデートする予定だったし、おのれ! 連邦軍め! そんな風にハマーンの思考は変化した。
芋砂ビット戦法は非常に有効だった。調子に乗ったハマーンは、ジムのみならず、マゼラン級も沈めはじめた。
「……弱くない? プロの軍人なのに」
敵も味方もお粗末だった。ハマーンが3機落とす間に味方は1機落とすペースである。敵のジムはビットに追いつけず単なるちょっと動く的だった。
推進剤の切れたビットをマゼランのブリッジにぶつけ、五隻目の戦果を稼いだところで、連邦軍が降伏した。
シャアが乗っていただろうゼロ・ジ・アールなる巨大MAはボロボロだった。
「ハマーン。君との約束を守れなくて済まなかった。私を追って君が出たと聞いて心配したよ。だが、君のビットには助けられた」
「え、えへへ。私に出来るのはこれくらいですから」
「少し、飛ばないか? 埋め合わせと言ってはなんだが」
「勿論です」
深紅のゼロ・ジ・アールと純白のシュネー・ヴァイスが螺旋を描いて漆黒の宇宙を駆ける。それは、シャアとハマーンの前途を示すようだった。