ティターンズからアーガマに停戦の申し入れがあった。グリプスはティターンズの庭である。戦闘で有利を取ったからと言って、宙域を制圧したわけではない。
勝っていようとも、アーガマはグリプス宙域から、脱出しなければならないのだ。この提案はある意味、渡りに船だった。
「ティターンズから停戦の呼び掛けだと?」
「ええ。停戦条件として、カミーユ・ビダンとガンダムMK-Ⅱを引き渡せば追跡はしないと言うことです」
「コロニーに毒ガスを注入しようとした連中だぞ。信頼するなど言語道断だ」
ブレックスは、ティターンズと無意味な交渉を行うつもりはなかった。クワトロは、ティターンズが停戦交渉を持ち掛けたことに胸騒ぎを覚えた。
ブリーフィングに同席していたシュネーが口を挟む。
「ブレックス准将。私のキュベレイを慣性航行で出してください。ミノフスキー粒子を散布して熱源を出さなければ、敵に察知されないはず」
「少尉、それは騙し討ちだ」
「ティターンズ相手なら躊躇は不要です。約束を素直に履行する連中じゃないわ」
「……分かった。許可しよう」
アーガマは、進行角度を慎重に調節した。そしてカタパルトからキュベレイを射出する。
バスク・オムのアレキサンドリアは、幸運にもその瞬間を捉えた。
「アーガマ、MSを射出しました。熱源反応有りません。慣性航行です」
「エゥーゴの連中。やはりバカではないな」
ティターンズはエゥーゴと同等の組織規模しか持っていない。デラーズ紛争で生じた反スペースノイドの炎は、サイド1鎮圧作戦が失敗したことで消えかけ、今や燻るだけとなっていた。
「ジェリド中尉。私の合図で引き渡し地点のコンテナを狙撃しろ」
「はっ。了解しました」
エゥーゴがやる気であるなら、ガンダムMK-Ⅱを素直に引き渡すはずがない。バスクはそう判断した。ならば、せめてカミーユ・ビダンという少年を分からせてやる必要がある。
ジェリドのハイザックがコンテナを引き渡し地点に送り届け、エゥーゴから返答が寄せられた。
「断固として拒否する。か。中継装置を起動させろ」
アーガマの格納庫では、カミーユがMK-Ⅱに飛び乗り宇宙へと飛び出そうとしていた。
「ここを開けろ! 開けないとビームで焼き切る!」
「落ち着いてくれカミーユくん」
「両親が人質になってるんですよ! これが落ち着けると思います!」
ブレックスが、許可を出したのだろう。ハッチが開いた。
カミーユの両親は、カプセルに閉じ込められ宇宙を漂っていた。バスク・オムは、その様子をわざわざ中継装置を用いてアーガマに流していたのである。
「カミーユ・ビダンくん。君の両親の命は君の態度に掛かっている。大人しくMK-Ⅱを渡せば、両親は助かる。しかし、エゥーゴに加担しようものなら、君の両親は残念なことになるだろう」
「クソッ!! 引き渡せば良いんだろう!! こんなモノ!!」
バスクは、カミーユがMK-Ⅱを返却しようが、カミーユとその両親は殺害するつもりだった。バスクの顔に泥を塗ったのだ。許せるはずがない。
「君の両親が助かる保障がない! 早まるな!」
「親の命が掛かってるんですよ! あんな親でも親は親だ。だったら助けたいと思うでしょう! そんなことも分からないんですか!」
ガンダムMK-Ⅱに乗ったカミーユが、両親の元へ向かう。
「……ガンダムを明け渡す」
「カミーユくん!!」
カミーユはMK-Ⅱのコクピットを開放した。
「ティターンズめ! なんと破廉恥な…! 恥を知れ!」
ブレックスが嘆くも、カミーユの決意は固いようだった。
「やれ。ジェリド! Mk-Ⅱには当てるなよ」
「なっ!? 停戦は成立しましたが!?」
「私の顔に泥を塗った奴らを生かしておけと? 貴様の意見など聞いていない! 下級将校は黙っていろ…!!」
ジェリドは、バスクの指示に従うべきか逡巡した。その一瞬の隙が、彼の命を救うこととなった。
「はっ…! 殺気! これは、キュベレイか…!」
白いキュベレイの放ったファンネル。そのオールレンジ攻撃をジェリドは躱す。勿論、損傷はあった。ハイザックの右腕は武器ごと持っていかれたし、右脚も付け根から吹き飛んでいる。
「カミーユ、だから、家に帰れと言ったのに…! バカなヤツ。ハイザックのパイロット。遺言は有る?」
「ま、待て。白い魔女ハマーン! 停戦違反だぞ!」
「命乞いは聞かないわ。毒ガスで民間人を殺そうとした人たちの命乞いなんて、聞く価値もないわよ!」
「それは……」
ジェリドは、反論しようとした。しかし、サイド1鎮圧事件は証拠付きで連邦議会に持ち込まれ、ティターンズの言い分もエゥーゴの言い分も通っていない。ずっと紛糾している話題だった。
ティターンズが絶対にG3ガスを持ち出さなかったと、ジェリドは言い切れなかった。
「もう、時間がないわ。さようなら」
「俺は、こんなところで死ねないんだ! クソ!」
ジェリドは強く死を意識した。だが、その瞬間は訪れなかった。
「なぜ、撃たない?? 情けを掛けるのか?」
「撃てないの。ルナツーの介入だわ。ルナツー駐留艦隊が面倒を嫌ったみたいね」
ルナツーはエゥーゴの影響も、ティターンズの影響も及んでいない場所だ。
人類の半数を殺害したジオン。その残党をエゥーゴは組み込んでいる。連邦正規軍はジオンが嫌いである。当然、エゥーゴのウケは悪い。
サイド1鎮圧事件での毒ガス疑惑が出ているティターンズも、連邦正規軍からは忌々しく思われていた。多くの連邦軍将兵が、ジオンを支持するスペースノイドを快く思っていない。
だが、子供や女性を含む民間人を虐殺するほどの憎しみを抱えているわけではない。連邦軍の中にもスペースノイドは居る。ティターンズの増長を許せば、自分たちが弾圧される側に回るかもしれない。そんな恐怖があった。
「ルナツー駐在艦隊のライラ・ミラ・ライラ大尉だ。そこのキュベレイとハイザック。直ちに戦闘を中止しなさい!」
「言われなくても通信は聞いてるわ」
「そうか。なら良い」
「ルナツーは、どうして俺たちティターンズに味方しないんだ? 何故、エゥーゴの肩を持つ? コイツラはシャア・アズナブルとハマーン・カーンを抱えるジオン残党だぞ!」
「アンタ、あんまりアタシたちをバカにするんじゃないよ。通信は傍受してるんだ。人質だなんて、汚い真似をするお前たちが何を言おうと無意味だよ」
ジェリドは、自分がやろうとしていたことをようやく理解した。
「俺は、人間を撃とうとしていたのか…?」
「そうだよ。知らなかったなんて言わせないよ」
「知らなかったんだ。これは、本当だ」
「エゥーゴもティターンズも嫌いだ。だから、さっさとこの宙域から出ていってくれ」
ジェリドは肩を落とし、味方のハイザックに曳航されていった。ハマーンは、単独でアーガマまで戻った。
アーガマまで戻ると、カミーユが生き残った両親と言い争っていた。
「なんで、素直にありがとうって言えないんだよ! どうして自分の地位ばっかり考えて、子供に目を向けないんだ! それでも人の親かよ!」
「黙れ! お前がMK-Ⅱに乗らず余計なことをしなければ、俺は安泰だったんだよ! お前のせいで俺はティターンズから追われることになった!」
「あんたが親父だから、僕がそうなったんだ! もっと親をやって欲しかったんだよ!」
フランクリンとカミーユが言い争っている。ヒルダはただあたふたするだけだった。
「クワトロ大尉。私たちも、あんなふうに頼れる親が居たら、今こんな風になっていなかったでしょうね」
「……そうだろうな」
ハマーンの父であるマハラジャは、シャアにとっては信頼できる上司であり、シャアは一種の父性を彼に感じていた。
ハマーンにとっては、そうでなかったのかもしれない。ニュータイプ研究所へ預けられたハマーンは、マハラジャに対して複雑な思いを抱いていた。
シャアとハマーンがアクシズを抜けてからすぐ、マハラジャは宇宙放射線病が悪化し死んだ。父親の死を聞いても、ハマーンは人前で表情を崩さなかった。自室では、泣いていたとナタリーは言っていた。
シャアとハマーンは、どこかに憧憬を込めて、カミーユと両親のやり取りを見守っていた。