アーガマは、ルナツー駐屯艦隊の干渉もあり、ティターンズの追撃を振り切った。そして月面都市アンマンに無事に入港する。
クワトロは、シュネーを連れてアンマンの街に繰り出した。とは言え、2人きりではない。ハマーンの親友にしてアーガマのオペレーターであるナタリー・ビアンキ。クワトロの部下のアポリーとロベルトが付いてきている。
「クワトロ大尉。私は2人きりでデートがしたかったんですよ!」
「そうですよ。大尉。ハマーンの気持ちを汲んであげてください」
「そうですぜクワトロ大尉。せっかくハマーンの嬢ちゃんがおめかししてるんですから」
クワトロがアンマンの街に赴いたのは、政治的な用事である。単に気晴らしがしたかったわけではない。
「アクシズが動いたという噂を聞いた。アンマンに降りたのはそれが真実か確かめるためだ」
「……アクシズ。本当に動いたのかしら」
クワトロらは、それぞれアクシズに対して思い入れがある。地球圏に帰還したアクシズは、間違いなく戦闘に参加するだろう。見慣れた人や場所が戦場になるかもしれないと思うと、彼らの表情は重くなった。
「シャア。ミネバ様やセラーナはどうしてるのかしら。元気だと良いのだけれど」
「そうだな。そう願いたい」
ハマーンは、ミネバに対して忠誠心を持っていなかったし、妹であるセラーナにも特に強い情は持っていなかった。
だからこそ、2人をアクシズに置いてシャアとエゥーゴに身を投じたのである。ニュータイプ研究所での時間を嫌悪するハマーンにとっては、ジオンやアクシズは悪い記憶の象徴でもあった。
酒場に入ると、バーのマスターからカクテルに混じって情報の入った情報端末が渡された。
「アクシズは動いた。セラーナ・カーンが摂政となりミネバ・ザビが頭となったようだ。連邦軍に仕掛ける気のようだ」
バーの暗闇に紛れ手持ちの携帯で、ディスクを読み取ったシャアがそう話す。シャアは引き抜いた情報端末をそのままカウンターの奥へと流した。
「そう。セラーナが」
「辛いか?」
「いいえ。実はね、私はセラーナのことをあまり好きじゃないの。あの子を産んだためにお母様は亡くなった。それに私がニュータイプ研究所に預けられている間に、あの子はパパの愛情を独占した。
パパは、嫌な人だったけど私にはパパしかいなかった。本当に、娘の私を愛しているならニュータイプ研究所になんか預けずに私を手元に置いてくれたはずなの。マハラジャ・カーンは、ハマーンというマシーンのパーツを愛していたのでしょうね。それこそ性能を上げるためにニュータイプ研究所に預けて強化するくらい」
少しアルコールが入ったからハマーンの口は普段よりも軽くなっていた。目元まで覆う前髪と眼鏡のせいで、よくは見えない。けれども、ハマーンの目元には光るものがあった。
「ちょっ、ちょっと、シャア!? もう、私は子供じゃないのよ。撫でないでよ」
「嫌か?」
「……嫌じゃないけど」
「なら、良いじゃないか」
シャアがハマーンの頭を撫でていると、いつの間にかハマーンは小さな寝息を立てていた。
「これは、困ったな。まさか寝てしまうとは」
「ハマーンは繊細な子です。疲れが溜まっていたのでしょう。あの子には人殺しは向いていません」
「そうだろうな。だが、彼女とキュベレイはティターンズから白い魔女と恐れられるくらいには戦果を上げた」
「それは、クワトロ大尉が居たからですよ。あなたが居るから、ハマーンは強くなれるんです」
「私が居なくなったら、ハマーンはどうすると思う?」
「悲しむでしょうね。もしかしたら、あなたのあとを追うかもしれません」
ナタリーの答えに、シャアは顰め面になった。なんとなくこのまま流され、ハマーンと夫婦になっているような気がしたのだ。
現状、シャアに最も近い女性はハマーンである。実は、ナタリーはエゥーゴで出来た若い彼氏とよろしくやっている。妊娠したようで、そろそろ休職するという。
「だから子供だと言うんだ。6年間ハマーンとは一緒に居るが、どうも私にはハマーンに対してそんな気持ちが起きない。ハマーンは6年間、ずっと無邪気に私を慕う子どもだったよ」
「亡くなったマハラジャ提督からも、ハマーンを頼むと言われているのでしょう?」
「見解の相違だ。私はハマーンが20になるまで見守った。ハマーンと恋人になることや、結婚することまでマハラジャ提督は求めておるまい」
「……振られちゃった」
むくりと起き上がったハマーンが、瞳を濡らしている。
「私はシャアが好きなの! 私の一生にはシャアしかいないの! セラーナもパパもみんな私を分かってくれない…! お願いシャア! どこにも行かないで!」
「やれやれ。子どもだな。君が私と連れ添いたいのなら、もう少し年相応の態度を身に着けるべきだ」
「う〜、うるさい。私は、アクシズのお姫様なんだから、多少の我儘は許されるの。ねぇ。私を、独りにしないで」
「ええ。分かりましたよお姫様」
シャアは演技かかった動きで、ハマーンの手のひらに口付けた。アポリーとロベルトが、その様子を見て、囃し立てる。
「ハマーンお嬢様、俺たちもいるぜ!」
「大尉も、ついに身を固めるんですか!? こりゃあめでたい!」
ハマーンは頬を真っ赤にしていた。
「け、結婚してくれるの?」
「いや、まさか。だが、そうだな。私は騎士として君を守ろう。お姫様には、騎士が必要だからな」
「うれしい。ありがとうシャア」
ハマーンは屈託のない笑顔を浮かべた。
その頃アーガマでは、カミーユとフランクリンが盛大な親子喧嘩をしていた。アーガマのクルーが胴元となり、博打まではじまっている。
「こんなバイオセンサーなんて! 人殺しの道具だ! なんでこんなものを作る!」
カミーユのパンチがフランクリンの頬を打ち抜いた。フランクリンはよろけるも、まだ立っている。
「子どもには分からん! 俺がどれだけ努力し、設計に心を注いだかは! ヒルダにぬくぬくと育てられた甘ったれのお前には!」
フランクリンの爪先が、カミーユの脇腹を盛大に蹴飛ばした。カミーユが思わずといった様子でうめき声を出す。
「やれー! フランクリン! 俺の昼飯代ィ!」
「立てカミーユ! 俺の酒代はお前に掛かってるんだぞ!」
体勢を立て直したカミーユが、猛烈な勢いでパンチを放つ。
「俺は親父に相手にされたかった! 息子と向き合えない奴が、仕事と向き合えるわけないだろ! もっと、僕を見て欲しかったんだよぉ!」
「それは子どもの理屈だ。お前も大人になれば分かる…! ガキなんぞに使う時間なんてないとな!」
「それが大人の言う事かよ! そんな大人、修正してやる!」
殴り掛かるカミーユと、カウンターを仕掛けるフランクリン。最後に立っていたのはフランクリンだった。
「バカが、大人に勝てるかよ…!」
ふらつく足取りで、よろよろと歩き、手すりにもたれ掛かる。
「ああカミーユ! 俺の酒代が!」
「よっしゃあ! フランクリンやったぞ! 2倍だ!」
掛けに興じていたギャラリーが、喜んだり打ちひしがれたりしている。
「これは何の騒ぎだ! カミーユ! フランクリン大尉! 何をしてたんです?」
「ブライト大尉。男の殴り合いです。親子喧嘩ですよ」
「アストナージ、知っておきながら止めなかったのか?」
「親子のちょっとしたコミュニケーションでしょう。止める必要は有りませんよ」
フランクリンの顔には青痣が浮かんでいる。彼はこれから技術者としてアナハイム・エレクトロニクスに行く予定だったのだ。
そんな予定を忘れたかのように、カミーユと殴り合い、見栄えのする顔になってしまった。
「親子か」
「ブライト大尉。何か考えてらっしゃる?」
「ああ。息子のハサウェイと大分会っていないと思ってな」
「そりゃあ、大変だ。グレてるかもしれませんよ」
「ハサウェイはまだ幼い。私の顔を忘れているくらいだろう」
アストナージが、ジョッキを傾けるジェスチャーをする。ブライトも黙って頷いた。