得物:木刀……木刀!? 作:ぼっくとん
荊州侵攻。装備の統一感も無い賊の集団は、その手に各々の得物を持ち目につくものを奪っていく。
しかし、その一方で畑や家屋などには手を出す様子が無かった。
賊の一団ではあるが、一方で彼らが奪う立場に身を染めたのはどうしようもない現実の壁に打ちのめされた結果でもあったからだ。
中には、元々農民であった者も居る。彼らは、悪徳官吏や重すぎる税に潰されて結果生きる為に悪事に手を染めた。
割と、根っからの悪人は居ないのだ。見た目は粗暴で粗野であるが。
攻め込む益州側に対して、荊州軍は厭戦気分マシマシの状態だったりする。
というのも、強いのだ。純粋に。自分達よりも良いものを食べているのか、健康的な生活をしているせいか肌艶が良く、体格に優れ、膂力に勝る。
オマケに、破落戸達は一対一に拘らない。殺せるときに殺すし、勝てないようならあっさりと逃げ出す。そして勝てそうになれば袋叩き。
更に、追い打ちとなるのが破落戸を引きつれた少年の存在だ。
「道を開けろやッ!」
「ごぎゅ!?」
今まさに、馬上に居た武将の頭が兜ごとその胴体へと減り込み、身長が数十センチは縮んだ死体が背骨をへし折られた馬と一緒に崩れ落ちた。
地面に降り立った少年は、左手の木刀で正面を指し示しながら胸を張る。
「進めェ!!俺達が突き進んだ道が、そのまま領土になるぞ!!」
「「「シャァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」」」
強い。ただ只管に。
得物は木刀だ。刀の見た目を模していても、その本質は木製の棒っ切れだ。
にも拘らず、鉄製の武具を破壊し、防具を粉砕し、人馬諸共叩き潰す。
身体能力も馬鹿みたいに高く、蹴りの一発で兜に包まれた頭部が脊髄ごと胴体から引っこ抜けて蹴り飛ばされた時には皆がその顔を青ざめさせた。
ぶつかり合う両軍。その行方を小高い丘から眺めるのは二つの影。
「や~……これは、凄い規模ですねぇ」
「編成は、歩兵を中心として所々に弓兵ですね。何より、あの若武者」
一人は、日の下で金の髪を風に揺らす。もう一人は、日の下で眼鏡を光らせる。
彼女らは、その立ち振る舞いから見て分かるかもしれないが武を極めて戦う者たちではない。どちらかといえば、頭脳労働。軍師と呼ばれる人種である。
戦況は、益州側が優勢。しかし、破落戸の集まりである彼らだ。統率という点ではどうしたって正規の軍には劣るというもの。
現に、優勢と見たのか戦線の一部から数十人規模で突出する者たちが出てしまう。
彼らの強みは、自分たちの有利を押し付ける事と、数人単位の小規模な戦場でも常に数の利を用いて袋叩きにする事だ。裏を返せば、数の利が活かせない状況では当然ながら押し込まれる公算の方が高くなる。
案の定、数人が槍に貫かれて戦線が崩れた。
バラバラに逃げ始める破落戸達。その様に、金髪の少女は目を細めた。
「やはり、賊は賊でしかありませんねぇ。これまでの快進撃に増長し過ぎましたか」
「…………」
「稟ちゃん?」
「いえ、確かに逃げていますが…………あの少年、欠片も焦っている様には見えません」
眼鏡の彼女が注目したのは、破落戸達の中心であろう木刀を振るう少年だ。
彼は、というか彼の周囲は退きながらも、どこか焦った様子が無い。しかし、その一方で崩れた戦線は本物だ。阿鼻叫喚で逃げ回るばかり。
荊州軍は、この瞬間を逃せない、と遮二無二突っ込んでいく。
狙うのは、相手の主軸である少年。
だが、状況はちゃんと見なければならない。
「――――ここだな」
少年、塚原智也は左手の木刀を空へと掲げて、その切っ先で円を描く。
今現在、両軍の戦線は益州側が押し込む緩い山型から、崩れた戦線の穴が大きく落ちくぼんだ益州側が谷のように歪み、その歪んだ部分に荊州軍が突き刺さっているような状態。
智也の合図を受けて谷の両方の山に当たる益州側が動いた。
「投げろ投げろ!!弾ならそこらに幾らでも転がってるぞ!!」「死ねっ!」「土地寄こせ!」「食いもんだろ!」「どんどんぶん投げろ!!」
荊州軍目掛けて放たれたのは、手のひら大の石ころ。
そこらへんに、幾らでも転がっている。転がっていなくても少し地面を掘り返せば石は見つかり、石がなくても掘り返した土を唾などで固めて土塊にして投げつける。
これに焦るのは、荊州軍だ。
「石が飛んで来るぞ!下がれ!下がれってば!」「無理言うなよ!?いってぇ!?」「げぇっ!?奴ら小便濡れの土迄投げて来やがるぞ!?」「押すなよ!?ギャッ!?」
矢が降ってくるのは困るが、石や土塊もまた困る。
左右から挟まれるようにして止まった荊州軍。そこを逃す手はない。
「そぉら!畳んでやれェ!!」
「「「オオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」」」
智也が突っ込んでいた荊州軍の先頭に躍りかかり、周囲の賊も襲い掛かる。
木刀で殴られ、剣で切られ、槍で刺され、斧で割られ。戦況は一気に逆転していく始末だ。
押し返していく益州側を見下ろし、金髪の少女は目を細めた。
「成程ぉ、コレは
「…………
「何故、こうも簡単に荊州軍が掛かってしまったのか、稟ちゃんは分かりましたかぁ?」
「そうですね……恐らく、崩れた事は本当だからでしょう。何処まで考えていたのか分かりませんが、彼はその崩れをそのまま策に流用した」
眼鏡の彼女は、そう判断を下す。
誘因策自体はそこまで珍しいものではない。小隊をぶつけて敵を引っ張り、罠を仕掛けた地点や大隊を伏せさせた場所で撃滅するのだ。
弱点は、読まれた際に小隊を消耗してしまうばかりの点。そして、仮に軍を伏せた場所がバレればそのまま逆包囲を受ける可能性もあった。
故に、この策の肝は如何にして相手の策と読ませないかにかかっている。そしてその点を、智也は賊としての特性を利用する事でクリアした。
賊。再三再四となるが、益州の戦力はその大半が賊徒ばかりだ。一応、袁術などの所から失敬した元軍人や元々の益州軍の戦力もあるにはあるが、それでも圧倒的に賊が多い。
彼らの目的は、あくまでも楽に甘い汁を啜る事。その為、優勢の時には勢いもあって強いが劣勢に陥れば割と簡単に崩れて逃げ出す。死にたくないからだ。
勿論、全員が全員ではない。先の通り、元軍人もそうだが今の生活が気に入っており、更に豊かな生活をしたいと思う者は中々崩れずに踏ん張る。或いは、智也と初期の頃から各地を転戦している賊の一団なども逃げ出さない側に数えられるだろう。
それでも大多数は、逃げ出す。智也はこれを逆手に取った。
逃げ出すのなら、その方向をある程度操作してやればいい。そこから逆包囲なり、自分たちの得意な状況に引きずり込むなり、幾らでもやりようはある。
乾坤一擲の反抗戦も失敗し、荊州軍の元々低かった士気は更に落ち込んだ。元々、目ぼしい人材も居なかった事も相まって割と簡単に瓦解していく。
ガンガンと攻めていく益州勢力。ともすれば、そのまま司隷へと乗り込んでしまいそうな勢いであったが、その直前にまさかの180度の急旋回。
彼らは勢いのままに再度反抗勢力を潰したのち、交趾へと攻め入ったのだ。
まさかの動きに、あっさりと交趾の軍は敗退。押さえ込まれる事になる。
同時に、この動きによって中華は南蛮との関りがほぼほぼ絶たれる事にもなった。
これにより、益州、荊州、交趾の三つが賊の手に落ちた。そしてそれは、この中華における規模だけで見れば最大の勢力が顕現したという事。
当然、この状況を認める者など、諸侯にはまず居ない。
大陸の火種は、未だ尽きる事は無い。