得物:木刀……木刀!? 作:ぼっくとん
現在の中華は、凡そ二つに割れている。
一つは有力諸侯と国である漢の統治者側。もう一つは、益州を基盤とした賊の勢力。
この場合、頭を抱えているのは前者だ。
賊側に、統治システムは無い。無いからこそ、上手く回っている部分がある。
民が求めるのは、飢えず、凍えず、そして危険が限りなく排除される生活だ。ぶっちゃけ、統治者などは誰でもいい。自分達の生活が壊されないのなら。
そして、この点。官吏などは汚職を働く事も珍しくない。何なら、自分達が富むために税を搾り取る事も厭わない場合が多い。
これらは、民の生活を壊す行為だ。結果として人心は離れるのだが、搾り取る側の人間はそんな事を関知する事は無い。自分達が富めばそれで良いのだから。
一方で、賊側はというと守る代わりに食料や酒などを求めた。それは、破落戸達が満足する量有れば良く。必要以上に取り立てる事もない。
土地を拓く事にも制限が無く、他の農民たちとかち合ったのなら殴り合いで勝ち取るかお互いに分け合って耕地とした。
土地を拓けば、それだけ自分たちの財産になり。その一部であっても提出すれば、外敵から守ってもらえる。
飢える事無く、凍える事無く、限りなく危険が排される生活。
豊かな生活を送れるならば、民は当然そちらに流れる。どれ程為政者が善政を敷こうともそれ以上に魅力的に映ってしまえば最早その統治は意味を成さない。
特に、この影響をダイレクトに受けていたのが元々義勇軍として立ち上げられ、その後反董卓連合の折に袁紹がばら撒いた官位によって諸侯の一角となった劉備軍である。
「不味いよ、朱里ちゃん。
「…………」
つばの広い尖り帽子を被った少女、龐統に言われベレー帽を被る少女は唇を噛んだ。
元々、トップである劉玄徳のカリスマによって成り立ったような軍が、彼女らだ。その大多数の兵士は元々農民であり、訓練は積んでも本質的に兵士ではない。
故に、どうしてもこういう事は起きる。
「…………隠し立てする訳にはいきません。とりあえず、ご主人様と桃香様にご報告しましょう」
苦い物を噛んだ表情で少女、諸葛孔明は龐統を伴い歩き出す。
彼女らの頭を悩ます問題。
“脱走兵”である。
劉備軍だけの話ではない。ほぼ全ての諸侯で、この事態は起きている。
そして、それは即ち彼らの統治が、賊の作った世界に負けたという証明でもあった。
「失礼します、桃香様、ご主人様」
二人がやって来たのは、執務室。そこに居たのは、ツーサイドアップに髪を纏めた少女と、ベージュの髪をした少年が揃っていた。
「朱里、雛里。どうしたんだ?」
「…………ご報告に参りました」
「…………また、か?」
「ええ、そうです」
苦々しく頷く諸葛亮に少年、北郷一刀は眉根を寄せた。
彼は、この世界の出身ではない。元々は、遥か未来の男子高校生であった。
ある切っ掛けからこの世界へと降り立ち、紆余曲折を経て今では陣営を率いる首領の片割れとしてこの場に立っている。
別名、天の御使い。流れ星と共にこの混迷の時代に光を齎すという占いを受けた運命の男でもある。
もっとも、今の彼含めて有力諸侯は揃いも揃って頭を抱えるばかりなのだが。
「これまでに、千人以上が離脱をしています。最初の百人が消えてから、留まる事を知りません」
「やっぱり皆、益州の方に行ってるのか?」
「恐らくは。ご主人様の、天の知識にはこれらはやはりありませんか?」
「ああ。董卓の件が終わってからは諸侯の争う時代になる筈だったんだ……でも、」
「ご主人様の知識にも無い賊の出現、ですね」
北郷が呻くのは、その存在の異常さ。
三国志は、その名の通り三つの大国とその国の人々による闘いの記録。裏を返せば、大規模な賊の反乱、それこそ黄巾程の規模は早々無い。
北郷自身、己の知識が百パーセント正しいとは思っていない。現に、英雄たちは揃って女性ばかり。文化や言語等々。とにかく、知識のみを当てには出来ない。
そんな彼の知識に無い賊は、既に益州、荊州、交趾の三ヵ所をその手中に収めた。三国志で言えば、蜀のほぼ全土に、呉の半分程度を占拠した形だ。
飢えず、凍えず、脅えず。我らの理想は南にある
上記の謳い文句の下、人々は南を目指し、或いは西を目指した。
「…………私、間違ってたのかな」
ポツリ、と劉備が呟く。
彼女の理想、皆が笑って暮らせる世界。
まるで、子供のラクガキの様な幼く淡いその夢は、しかし彼女の持ち合わせる人徳が昇華させる事によって確かな指標となって今に繋がっていた。
思いは今も変わっていない。だが、その根は揺らいでもいた。
原因は、言わずもがな。賊であっても確かな形として平和な地域を作っている存在が居る事。
「桃香……」
北郷は慰めようと口を開くが、上手く言葉は出てこない。
成し遂げた実績が迂闊な言葉を許さないからだ。何より、彼は彼で現実の問題を突きつけられていたからだ。
例えば、黄巾。その首謀者とされた張角は歌姫、アイドルであった。彼女らが意図して反乱を起こしたわけではなく、しかし同時に彼女らに縋った民の悲鳴がそこにはあった。
例えば、反董卓連合。多くの諸侯が参戦したこの戦は、しかし袁紹の癇癪と言う他ないものであり、そもそも董卓は善政を敷き、確かに民を慰撫していた。
何れも、先入観を持ってしまっていた北郷は直面した現実に目を剥いた。同時に、知識と現実のギャップに打ちのめされた。
「…………」
諸葛亮、並びに龐統も言える事は無い。
天才軍師と言っていい彼女らから見ても、益州を基盤とする賊の急速発展は予想外であったから。
ただただ規模が増えただけならば、太り過ぎた獣のように何れは己の手足を食らわねば生きていけず、最終的には自壊した事だろう。
だが、敢えて統治せず、略奪に関しても自分たちの必要分以上を取らずに、奪った土地を農民たちに分け与えて発展させてきた現状。
自分達の智謀を遥かに超える相手なのか、あるいはまったく別の要因か。とにかく、劉備が理想とした世界に近いものは、確かにそこにあるのだろう。
「…………一度、見に行ってみるか」
「ご主人様、それは……」
「危ない事は分かってる。でも、俺達は詳しい事は何も知らないだろう?」
北郷の指摘は正にその通り。
少なくとも、反董卓連合の折には軍師組である二人は情報を統制していた。しかし、今回の益州方面の賊に関しては送り込んだ密偵が帰ってこないのだ。結局、その中身は噂程度の事しか分からない。
であるのなら、己の目で見る他ない。だが、それは諸刃の剣でもある。
答えは出ない。迷うのは、本気でやっている者たちの特権であるのだから。
*
反董卓連合が結成され、董卓軍は実質的に一軍で中華全土を相手取らなければならなかった。
将の質は、中華屈指。特に、飛将軍の存在は大きい。兵にしても、自分達の主が濡れ衣を着せられて攻められたと知り、文字通り命懸けで一人十殺の気迫を示した。
更に追い風となったのが、戦いが始まる前に張遼が交渉に向かった賊の一団。
彼らは実質的な仲間とはならなかったものの、それでも大きな援護を齎してくれた。
荊州が攻められた事で、そちら方面を基盤とする袁術と劉表が崩れ、彼女らの穴を塞ごうと動いた各諸侯を逆包囲。
結果的に、相手を半壊させたがその一方で数の不利は如何ともしがたく、最終的には敗走。洛陽の任を辞して撤退。
皇帝に引き留められたが、外圧は如何ともしがたく彼女らが向かったのは本拠地の涼州――――ではない。
「いやー、すまんな。ウチら丸ごと入れてもろて」
「別に、俺にそう言う権限とかねぇんだけどな。好きに居ろよ。ただ、最低限出してお触れは守ってもらうぞ?」
「アレやな?ちーと見してもろうたけど、何やえらい緩いんやないか?」
「緩くて良いんだっての。ギチギチに縛られるのが嫌で自分の故郷飛び出すような奴らが多いのに、逃げた先でも縛り付けるのは違うだろ」
仕立ての良い革張りの椅子の背もたれに体を預けて、足の短いテーブルの天板に両足を乗せた少年を見やり、張遼は成程と笑みを浮かべた。
涼州には、反董卓連合に参加した馬騰が居た。元々、他の州に比べても群雄割拠のような状態の場所に疲弊した状態で戻ってしまえば、如何に精強な董卓軍であろうとも大きな被害を貰いかねない。
そこで、敗残兵と言う事も理由に向かったのが、益州。因みにそのルートは、過去に張遼が助力を求めた際に通ったルート。その際の顔馴染みを通じて、顔役である彼、塚原智也との面会を果たしていた。
「にしても、良い動きやったやないか。そっちは、荊州を取ったんやろ?」
「まあな。折角、こっちから注意が逸れたんだ。いいタイミング……あー、良い時節って奴さ」
「お陰で、こっちも助かったわ。まあ、負けてもうたんやけどな」
「……寧ろ、兵力差数倍以上の相手を半壊させて自軍被害を四割以下に抑える方がおかしいだろ」
「なっはっはっは!そりゃ、アレや。ウチ等が強いっちゅうのもある。何より、詠……賈駆が言うには敵が一枚岩やなかった事も今回上手く行った理由らしいで」
「へぇ……成程な。確かに、それもそうか」
うん、と頷く智也。その姿を、張遼は逃さない。
「分かるんか?」
「そりゃあ、な。アレだろ、反董卓連合は袁紹の檄文に応じて集まった奴ら。雄飛を狙った功績作りや褒賞を狙って参加した奴らの集まりだ。となると、当然普通の一つの軍隊以上に功争いが激化する。更に、董卓軍には呂布が居る。態々、一騎当千の猛将にかち合いたい軍は居ないだろ?そこでもまた、揉める。結局、欲に目がくらんだ奴らが半分自滅したもんだな」
アホらしい、と鼻で嗤う智也だが、張遼は改めて目の前の少年の底知れなさを感じていた。
武力もあり、知略もある。荊州を取ってそのまま取り返されていない辺り、練兵の能力もある。
これほどの人材が、賊。それこそ、どこぞの陣営に売り込めば厚遇は固かっただろう。
「なあ、塚原。アンタは何で、賊の頭なんかしよるん?」
「うん?」
「武力もある、頭も良い。そんな能力があるなら、どこぞに売り込めば幹部になれたかもしれんやろ?せやのに、アンタはここで国に喧嘩売る真似しかしよらん。それが――――」
「――――それが不思議、ってか?まあ、言わんとする事は分かる」
「せやろ?」
「まあ、単純に俺が堅苦しいのが嫌いってのがある。態々ペコペコ頭を下げてご機嫌伺いして、上司の命令で敵をぶっ殺す。それじゃあ、面白くない。それに、
「意義が無い?」
「だってそうだろ。屋台骨が腐りきってるのを、無理矢理に繋ぎ合わせてるのが今の漢だ。税は上がり、民は苦しみ、諸侯の手綱は握れない。そんな国、いい加減亡ぶべきだろ?」
その言葉は、国に対しての失望を小さくも抱えている張遼をして、衝撃の大きいものだった。
無意識に固唾をのみ込む。
「…………国を、滅ぼすんか?」
「さてな」
「おい」
「茶化してる訳じゃない。結果的に国が亡ぶかもしれないし、逆に俺達が滅ぼされるかもしれない。何せ、賊なもんでね」
ニヤリ。口角を歪めるニヒルな笑みを浮かべる智也。
彼らは国ではない。彼らは、賊なのだ。自分達の利害をもって団体という形を取り、己らの欲しいモノを片っ端から奪い取る。
来る者拒まず、去る者追わず。しかしその去り行く背を蹴り飛ばす事に躊躇もない。
彼らは、国賊“塚原一党”
国が彼らを滅ぼすか、彼らが国を亡ぼすか。勝つか死ぬかのデスゲーム。
逃げる余地は、何処にもない。