得物:木刀……木刀!? 作:ぼっくとん
三つの州を手に入れて、更に敗残兵である董卓軍を吸収し、賊の勢力は更なる飛躍を見せていた。
「なぁ~、
「ええい、絡むな、触るな、失せろ痴女」
「誰が痴女や!誰が!」
「晒しに、脇がパッカーン空いた袴に陣羽織っつう見た目をどうにかしてから反論しやがれ。それから、うちの主力は歩兵だ。騎兵は要らねぇ」
「はぁー?分かっとらんなァ、智也。戦場の主役言うたら、騎馬やろ」
「農民と、元農民の賊が馬に乗ってパカラと軽快に走れる訳ねぇだろうが」
「んなもん、ウチが鍛えたるわ!なあ、ええやろ?」
「却下。あっち行ってろ」
しっし、と虫を追い払うように手を払う智也。
彼に絡むのは、張遼。ここまで彼女が懐くのは、負けた自分達を受け入れた事もあるが、何より手合わせを経てその実力を確りと認識したから。
先の通り、露出の多い格好の張遼だが、そんな彼女に乗りかかられても智也は特に反応を示さない。
この世界の武将や有名人は、その大半が美男美女だ。
劉焉は老齢だが、皺がありながらも整った顔立ち。黄忠も、娘がいるとは思えない肌の張りと美貌を有する。その娘の璃々もまだまだ幼いが既に美人になるであろう片鱗が見え隠れしていた。
更に、先の一件から合流した董卓軍の面々もそれぞれが違うベクトルの美人揃い。
にも拘らず、塚原智也に浮いた話は一つもない。彼が奨励した娼館などに出入りした話も聞かない。
それもこれも、彼が賊としてここまで来る前の事。それこそ、荊州で軍の荷物を奪っていた際に彼一人で決めた事を守っているにすぎないのだが。その内心を誰かに話す事は無い。
絡んでくる張遼をどうにかこうにか押し退けて、智也は大きく伸びをした。
不意に、その耳が足音を聞き取る。
「あ、居た居た!アニキー!」
「……おう、どうした?」
「アニキに、お客さんでさぁ!じいさんと、姐さんが相手してやすんでアニキも行ってくだせぇ!」
「またか?めんどくせぇ……」
げんなり、と効果音が付きそうな顔で智也は己の不満を隠す様子もない。
規模が広がり、民が増え、結果として豊かな情勢である益州を中心とした三つの州は最早形骸化している漢の支配から完全に独立した独自のものとなっている。
そして、そんな場所に商機を、或いは利益を見込んだ商人や名士などが大っぴらに、或いは秘密裏に入り込んでは最も影響力のある智也に顔を繋ごうとやって来ていた。
ただ、その内の約六割はその場で智也にぶちのめされているという事をここに示す。
商人は、まだいい。元々、頭の中で算盤を弾き利益の天秤を主軸として動くのだから。その上で、粗悪品を掴ませて一方的な利益の搾取を目論めば叩き潰される。
問題は、名士だ。
プライドが服を着て歩ている様な彼らは、大なり小なり破落戸を見下している。それだけの能力を持っているという自負でもあるのだが、残念ながら賊の一団を相手にするには聊か以上に分が悪い。
中には、己の知識や能力を鼻にかけて、勢力の乗っ取りを考えた者まで居たのだから呆れるというもの。
そんな手合いを相手した経験が積み重なり、智也は顔を顰めた。
しかし、放置する訳にもいかない。主に、対応している劉焉や黄忠への義理があるのだから。
気分の重さが、足を鉛並みの重さに変えてしまい、その歩みはナマケモノに迫る鈍さ。
果たして辿り着いた執務室。ノックもせずに押し開けた。
「うーっす、客はまだ居るか?」
「遅かったわね、智也君。来ないんじゃないかと心配していた所よ」
「いやー……めんどくさいしな」
こら、と黄忠が咎めるが、馬耳東風。智也は、その内心を隠す事無く黄忠と苦笑いする劉焉の対面に座った客人へと目を向けた。
一人は、アンダーリムの眼鏡をかけた女性。もう一人は、頭の上に人形を乗せた金髪の少女。
戦う人間ではない。その纏っている気配は、知に生きる者たちのもの。
「…………で?お前らは揃って何しに来たんだ?」
「益州、荊州、交趾の三つを手中に収めた貴方の、この先の展望を問いに」
答えたのは、メガネの女性。金髪の少女は、目を閉じており口を挟む様子はない。
同時に、彼女の問いに劉焉と黄忠も小さく反応を示していた。
気にならない筈がない。この時代の、この大陸に於いての最上の成功者とも言って良いのが今の彼なのだから。
部屋の期待が自分へと向いた事を感じ取り、智也は頭を掻いた。
「展望ね……まあ、早晩仕掛けてくる奴らが居るだろうから、その撃滅位か」
「……相手は?」
「袁紹、それから曹操だろ。袁術、劉表は地盤の荊州が取られたから別勢力に身を寄せてるだろうし、幽州の公孫瓚は遠いから無理だろ。後は、義勇軍上がりの劉備は勢力が小さい。孫家も同じく。涼州は内乱が終わってない。終わった所で涼州一つ纏められねぇ規模の軍が攻めてきても打倒せる。まあ、そんな所だな」
思ったよりも、スラスラと出てきた分析結果。
三国志の知識が薄い智也ではあるが、それでも有名どころは分かる。更に、この世界にやって来てから彼は独自の情報網を持っていた。
即ち、民の網。
官吏などは、民が馬鹿であると嘲笑う。
事実、民たちにとっては墨の一筆よりも一杯の飯が遥かに大切だ。
だが、彼らの声は現場の声だ。直面する現実の声だ。安全圏に座って、銭を数えるだけでは決して聞こえてこない声なのだ。
智也は、そんな彼らの声を聞いて回っていた。
どこぞの官吏はあくどい。税が高い。徴兵が厳しい。父親だけでなく息子や祖父まで持っていかれた。子を養うために身売りした。明日を生きる事も難しい。今日の食事も満足に食えない。
そんな不平不満。
更に更に、地元の住民しか知らない道や自然現象、気候などの情報まで。民の知見と言うものも中々に侮る事は出来ない。
「ふーむ……塚原さん?」
「あん?何だ、寝て無かったのか」
「大事なお話で眠るほど、風はおバカさんじゃありませんよぉ」
「そうか?大した話じゃねぇよ」
「次に狙うのは…………涼州ですかぁ?」
「ん?まあ、そうだな」
少女の問いに、智也はあっさりと頷いた。目を剥くのは、劉焉と黄忠だ。
「智也殿?儂らは聞いておらんのですが?」
「そりゃあ、言ってないからな。それに、涼州攻めをするのは
「董卓軍ですねぇ」
「正確には、董卓軍+αだな。それに、直ぐに突っ込ませる訳じゃない」
「貴方の狙いは分かりました。ですが、相手にも軍師が居ます。読まれるのでは?」
「読まれた所で、奴らには対応できんのさ」
眼鏡の女性の問いに答えながら、智也は近くの椅子を引っ張ってその上に腰掛ける。
「現状、諸侯は大量の脱走兵を生んでる。コレは、根っからの兵士じゃなく元々は農民で、徴兵されてた奴らだ。そいつらにとっては、戦うよりも逃げ出して安全な土地で田畑を耕して日々を生きる糧を作る方がよっぽどマシだったんだろうさ。そして、徴兵に大なり小なり頼って軍って形を成してた奴らは、文字通り規模が縮小してる。しかも、時間をかければかけるほどに軍の規模は萎んでいく訳だ。となれば、使える戦力がある内に乾坤一擲で仕掛けるしかない。こっちがどんな罠を仕掛けようが、戦術を出そうが向かって来なけりゃ弱体化する一方だからな」
するしかない。その状況に持ち込まれた時点で、軍師と言う生き物は負けているのだ。
運が良かったと言われればそれまでだが、その幸運を掴めるかどうかはその人間次第。同時に、運以外の要素全てを塗りつぶす事もまた戦争の必須条件。
「そこまで話しても宜しかったのですか?」
「別にいいだろ。というか、大半の諸侯の軍師は気付いてるんじゃないか?憤死、してないと良いな?」
「…………その情報を私たちが売るとも考えないのですね」
「策の肝要は、話してない。というか、多分お前らじゃ分からん」
ムッとする二人。だが、反論の言葉は無い。
自動的に相手の兵力は削れていく。しかし、それでも有力諸侯である曹操と袁紹の両陣営を真正面から受け止める事が果たして出来るのかどうか。そして、どのようにして打ち破るのか。
彼女らも軍師だ。浮かぶ策はある。しかしそれはあくまでも、訓練された兵士による統率された動きを基とした言わば凡策というべきもの。
頭の良し悪しではなく、考え方の違いだ。
塚原智也は、軍師ではない。そもそも、その手の勉強などした事が無い。
彼が知っているのは、
「塚原さん……いえ、塚原智也殿」
「おん?どした?」
「――――軍師は、御入り用でしょうか?」
知の探究者が動く。