得物:木刀……木刀!?   作:ぼっくとん

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「――――演説の弁は、流石ですね」

 

 小高い山の上。風の前髪を揺らしながら、郭嘉は眼下の戦場を見下ろした。

 

「良かったんですかぁ?稟ちゃん。あの人を、王にしたかったんですよね?」

 

 問うのは、共に戦場を俯瞰する、程立。

 彼女の言葉に、郭嘉は頷く。

 

「ええ、そうですね。ですが、彼はそもそも誰かの上に立つ立場と言うものに価値を見出していませんから」

「そんな野心があれば、直ぐにでも一勢力に成れたでしょうしねぇ……」

 

 頷く程立の言葉を耳に流しつつ、郭嘉が思い出すのは少し前の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――軍師ぃ?」

「ええ、そうです。貴方の抱える幾つかの問題は、それで解決すると思いますが?」

「ふーむ……」

 

 郭嘉からの提案を受けて、塚原智也は顎を撫でる。

 視線が虚空を彷徨って、そして不意に下ろされた。

 

「要らねぇな」

「そうですか……()()()()ですね」

「ん?断られるって分かってて、提案してきたのか?」

「はい。貴方はそもそも、この国の統一も況してやその頂に立つ事にも興味がない。違いますか?」

「んー、まあ、そうだな。割と、成り行き任せでここまで来た自覚はある」

「そして――――自分自身すらも、貴方は重視していない」

 

 指摘を受けて、スッと智也の目が細まる。

 黒い瞳に見据えられ、しかし郭嘉は怯まない。

 

「確信したのは、荊州侵攻の際に用いた誘因策を見てからです」

「ほう?聞こうか」

「あの時、貴方は()()自分の方へと味方の逃げ道を作っていましたね?あの策で最も負荷が大きく、甚大な被害を受けかねないのが、誘因先なんですから」

「そりゃあ、アレだ。俺があの場では一番強いからな。適材適所って奴だ」

「ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。違いますか?」

 

 郭嘉の問いに、智也は背もたれに体を預けて笑みを浮かべる。

 彼女の指摘通り、突っ込んでくるだけの相手を受け止める位なら智也じゃなくとも出来る。それこそ、元城兵だった者たちを盾を持たせて割り当てれば良いのだから。

 被害は出るだろうが、同じ状況を作る事は出来る。いや、智也という戦力を回り込ませる事も出来るのだからもっと効率のいい勝ち方が出来たかもしれない。

 

「まあ、アレだ。思いつかなかったのさ」

「……そういう事にしておきましょう。その他にも、貴方は立つ必要が無い状況で最前線に立ち続けている。まるで命を投げ出すように」

「ふーむ……まあ、前を走るのはそれが一番効率が良いからだ。生憎と、俺が率いているのは統率とれた軍隊じゃなくて破落戸の寄せ集めだからな」

「では、私の考えは的外れである、と?」

「ご想像にお任せするぜ」

 

 明言は避ける。その反応が、答えであるようにも思えるが本人が語らないのならばその答えは何処まで行っても他人の妄想の域を出ない。

 

 その後、二人は軍師としてではなく、文官として籍を置く事になった。尤も、諸侯や軍のように規則正しく、規律正しく纏まった集団じゃない以上仕事せずに留まっても誰も文句を言う事は無いのだが。

 

 そして、時計の針は戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 吶喊する破落戸集団に対して、対応に飛び出してきたのは赤い一団。

 突出するのは、馬に跨る露出の多い赤の装束に褐色の肌をした美女。その手には、彼女の家に伝わる宝剣が握られており見据えるのはただ一人。

 対して、破落戸集団から飛び出すのは木刀を左手に馬を上回る速度で駆ける少年である。

 

 加速のままに、塚原智也は駆け抜けると、その勢いのままに跳躍。同時に左腕を顎の下に巻き付ける様にして溜を作り、タイミングを計って横一閃。

 木刀は、突っ込んでくる騎馬の首を見事に捉え、薙ぎ倒す様に頸椎の可動域を遥かに超えて後方へとへし折った。

 そのまま、振り抜かれる木刀が宝剣とぶつかり合う。

 

(ッ、重――――!?)

 

 単純な膂力と振るう際に生じた遠心力、更に駆け抜けた加速を乗算した一撃は、例え馬の首一つを肉盾とした場合でも破壊力十分。

 何より、

 

「馬の上じゃ、踏ん張れねぇよ、なッ!」

 

 首がへし折られて死んだ馬上では踏ん張りも意味がない。

 木刀が降り抜かれ、女性の体が宙を舞う。しかし、直撃ではない以上、この程度で武将が命を落とす筈もなく空中で体勢を変えて危なげなく着地。剣の柄を両手で握り構えた。

 

「強引なのね。手が速い男は、モテないわよ?」

「ハッ、言ってろ。こっちは、そういう話は求めてねぇんでな!!」

 

 会話は、不要。相手が何者であるかも、どうでも良い。

 振るわれる木刀に、合わせる様にして剣が割り込む。

 だが、女武将の、孫策の見立ては甘かったと言える。

 

 彼女は、神がかりの勘の良さを持っている。典型的な、直感型の武将だった。

 常に先陣を切り、敵陣を真っ二つに引き裂くような突撃を行える猛将。剣の腕もさることながら、戦う人間として見てもこの中華においてはトップクラスと評せる。

 

 だがしかし、世の中上には上が居る訳で。

 

「くっ、ぐぅ……!」(一発が重い!それに、あれ木の棒じゃないの!?寧ろ、こっちの剣が折られそうなんだけど!?)

 

 一太刀受けるだけで、腕が痺れる。振り下ろしを止めれば、体が軋む。

 加えて、反撃の暇がない。

 

「――――ハッ……!」

(鬼……!)

 

 顔に逆光が走り、目が爛々と輝いて、口が歪な三日月の様な笑みを象る。

 血で酔い、更に激しく苛烈に暴れ回る質である孫策をして怒涛の猛撃。

 

 その最中の、僅かな間隙。

 

「あっ……!」

 

 孫策の剣を持つ腕が大きく上へと弾かれた。柄こそ手放さなかったが、それは大きな隙だ。

 間髪入れず、智也の右手が驚愕に目を見開く端正な顔立ちを掴む。

 そのまま孫策の体が吊り上げられ、顔を極め乍ら一歩右足を踏み込み、地面へ。

 

 フェイスクラッシュ。下が草地であり、幾分か衝撃が緩和されたとはいえ智也の馬鹿力は並大抵ではない。

 大きな土埃が舞い上がって、孫策の背中を中心としてクレーターがそこには出来上がっていた。

 掴んでいた顔を放して、智也は僅かに痙攣する孫策の右足首を掴むと、力任せに彼女の陣営であろう方向へと投げ捨てる。

 

「雪蓮!!」

 

 その光景に目を見開くのは、孫策の親友であり孫家の筆頭軍師である周瑜。

 力なく宙を舞った親友を抱き留め、急いでその安否を確認する。

 

(息はある……!だが……!)

 

 同時に、複数本の矢が智也へと差し向けられた。

 

「冥琳!!策殿を連れて離脱せよ!ここは、儂が引き受ける!!」

「ッ……」

 

 言葉は不要。そもそも、交わしている暇もない。

 白目を剥き、か細く息をするばかりの孫策は重体。一刻も早く医者に診せねばならず、もし診せたとしても助かるかは五分と五分、といった所。

 周瑜はすぐさま馬に跨ると、戦場を離脱するべく進路をとった。

 その背を横目に見送って、黄蓋は内心での焦りをおくびにも見せず、対する少年を見やる。

 

「見逃しても良かったのか?」

「ん?何がだ」

「策殿が居るのならば、儂らの勝ちであろう?」

「ハッ……思ってもいねぇ事言うもんじゃねぇよ」

 

 油断なく、智也は木刀を左肩の上に乗せる。

 

「既に、お前らの所含めて農民が基になってる兵は役に立たない。今も、元味方に対して剣を振るってるだろ?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた智也が言うように、平野は地獄と化している。

 特に酷いのが、袁紹軍だ。軍を構成した兵士の八割以上が離反、智也の演説に乗せられるままに元味方へとその刃を振るい狂乱のままに暴れ狂っている。

 最早、理性では止められない。

 腕の良い武将などならばある程度の数は凌げるだろう。だが、彼女らの体力とて無限ではない。同時に、一度に排除できる相手の数も限りがある。

 袁紹軍が一番ひどいだけで、曹操軍も中々の悲惨さ。特に狙われているのが、武力も無いのに戦場へとのこのこ出てきた猫耳フードの女尊男卑軍師。

 有能ではあるが、日常的にヘイトを買い過ぎている。

 周りがどうにか手助けしているが、最早時間の問題だろう。

 

「お前らは、もう詰んでるんだ。本拠地に戻って再起を図る?再起できる戦力すら、最早用意できない現状でどこから戦力を引っ張ってくる気だ?」

「ッ……」

「身内を大切にしたい気持ちは分かるぜ?だが、その結果として周りが見れていないのなら結局意味はない。何より、」

 

――――手遅れだ

 

 彼がそう言った瞬間、熱い風が戦場へと吹き抜けた。

 慌てて黄蓋が周りを見渡せば、煌々と輝く赤と黒い煙が上がり始めているではないか。

 

「火計じゃと!?」

「お前らを此処に連れてくるのは決まってた。なら、仕込みをしておくのは当然だろ?」

「馬鹿な…………」

 

 自領での大規模な火計など、正気の沙汰ではない。

 火は、威力がある分扱いが難しいからだ。

 

 もっとも、その辺は心配いらない。

 智也が民衆からの聞き取りで風向きは把握済み。そして、この平野の周囲には一定の深さの堀を刻んでおり、そこに近くの川から水を引いて防火槽としたのだ。

 火計により敵軍へと圧を掛け、且つこの地に住んでいた()()()()()()()()()の置き土産である危ない植物を焼き尽す。

 

 更に、この火計を行っているのは、黄忠だ。彼女が、手勢を引き連れて松明と火矢によって()()()()()()()()()の道を悉く潰している。

 

 既に、何処にも逃げ場はない。そして逃げた所で、智也の言葉通り陣営を立て直す事は不可能。

 

「…………」

 

 黄蓋は、無言で弓に矢を番えた。

 その心は、穏やかな海面のように凪いでいる。抱くのは、僅かな悔恨。

 

(天が選んだのは、孫呉ではなかったか………)

 

 少年が迫る。放つ矢は、その悉くが叩き落され足止めの一つにもなりはしない。

 残り数歩、黄蓋は剣を抜いた。

 

(せめて一太刀!!)

 

 孫策ですら敵わなかった相手に、弓が得手の弓兵が剣で勝てるかと問われれば、難しい。

 それでも、孫家の宿将である彼女に退く選択肢は無かった。

 

 噛み合う、一合。白刃が砕け散り、木刀が黄蓋の右肩から左脇腹へと駆け抜ける軌道で振り抜かれる。

 

「無念……」

 

 弓が折れ、黄蓋の体に斜めの傷が刻まれ崩れ落ちる。

 一瞥し、しかし智也は直ぐに視線を別の方角へと向けて駆け出した。

 

 

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