得物:木刀……木刀!?   作:ぼっくとん

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 落日。漢は、最早風前の灯火である。

 遅かれ早かれ滅ぶ事になった国ではあるが、それはあくまでも力を付けた諸侯がその手綱を引き千切り独り立ちした後の話であった筈なのだ。

 それが今では、賊の跋扈により諸侯は軒並み倒れるか、漢から鞍替えする始末。寧ろ、寝返った董卓や馬騰といった諸侯の見極める力が後世に評価されそうなほどだ。

 

 そんな賊の本拠地となった益州は、成都。

 

「皇帝を助ける、ねぇ」

「…………やはり、無理でしょうか」

 

 顎を撫でるは、賊の頭目にして漢への死神、塚原智也。

 彼に伺いを立てるのは、青混じりの銀の髪をした儚げな女性。

 

「…………因みに、董卓は何でこんな事言いだした?」

「はい。陛下は、その妹君と共に世間をあまりに知らない方々です。恐らく、今の漢の実状すら正確には知らないかと」

「成程、傀儡か。となると、権力を握ってるのはその周りだな」

「ご慧眼、流石です。それで、智也様……」

「良いんじゃねぇか?お前の好きにしろよ」

 

 これまたあっさりと、智也はGOサインを出す。それこそ、問うた側が不安になるレベル。

 

「…………よろしいのですか?」

「前にも言ったが、俺は一応頭目には成っちゃいるが周りに強制する気はねぇんだよ。好きにやれ、董卓。お前も自由なんだ。人員も、好きに使って良いぜ」

「私が、反乱を引き起こす可能性もありますが…………」

「それも良いんじゃねぇか?漢をもう一度建て直したいとか、俺のやり方が気に入らない、とか。お前の人生だ。好きに生きな」

「…………」

 

 コレだ。塚原智也のカリスマ性とでも呼ぶべき雰囲気。そしてコレこそが、ここまでの規模になっても人が離反するどころか更に流入してくる理由の一端。

 

 安心した暮らしを民が求めるとすれば、武将が求めるのは自分達が仕えるに値する王である。

 人材の豊富さは、その陣営の層の厚さ。そして力だけでは人は付いてこない

 支えたくなる何かが必要なのだ。

 

 その後、幾つかのやり取りをしていれば不意に扉が開かれた。

 

「月、智也、話し終わった?」

「よお、呂布」

 

 扉から顔を出したのは、赤い髪の女性。

 ぼんやりとした雰囲気があるが、彼女こそ飛将軍と呼ばれた人中の呂布。そして、おそらくこの大陸で真っ向から智也を止めて、且つ単騎で仕留められる可能性を持つ存在。

 因みに、一度二人が練兵場でぶつかり合った際には、城壁の一つが吹っ飛んだ。

 

 和やかに会話する二人を見ながら、董卓は同時にその恐ろしさも感じていた。

 呂布も智也も、常時暴力を振るう事は無い。暴れる事を厭う訳ではないが、それはそれとして時と場所を選んで暴れる理性があった。

 もし仮に、この二人が只管に暴虐のみを求め、そして敢行したならばその先に待っているのは、今以上の混沌と地獄。

 

(誰も止められない。策とか軍とか、そんな話じゃないから………)

 

 そんな董卓の内心を知る由もなく、智也と呂布はのんびりとしていた。

 

「飯食えてるか?お前は、大食いだからな」

「うん。益州のご飯美味しい。セキトたちもちゃんと食べてる」

「アレなぁ……」

 

 遠い目をする智也が思い出すのは、呂布が連れた()()について。

 彼女の家族は、人間ではない。陳宮は家族同然の少女ではあるが、それとは別口。

 動物たち。それも、世間では猛獣と称されるようなモノも居るのだ。正直な所、生半可な武将では手も足も出ないような強さを持っている者も居る。

 そんな彼らの為に、支城の一つを丸々与えたのが、智也だ。

 動物たちは伸び伸びと暮らせて、且つ周囲の人間たちは襲われる可能性が限りなく減る。

 付け加えるなら、智也はその身体能力を遺憾なく発揮して、時折動物たちの相手をしていた。コレもまた、呂布との交流が深まった要因だろう。

 

「……っと、董卓。悪いな放っといて」

「あ、いえ……」

「呂布。董卓が手伝ってくれって言ってきたら、手伝ってやるんだぞ?」

「ん……大丈夫。月も詠も、恋が守る」

 

 むんっ、と胸を張る呂布。

 女性として十分すぎるほどに成長した彼女だが、所作の一つ一つは大人しく仔犬のようだ。

 その中身は、どんな猛獣よりも遥かに強いのだから世の中分からない。

 

 かくして、司隷攻略を目指して動き出す賊の一党。その前に、とある来客が益州を訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 北郷一刀は、緊張していた。

 徐州から揚州を通って荊州入りを果たし、その道中で曹操と袁紹が敗れたと聞いた時の衝撃は計り知れない。

 彼には、三国志の知識があった。しかしそれも使えたのは精々黄巾党の辺りまで。その後の反董卓連合の際には、賊の不意打ちで荊州が奪われた袁術と劉表が崩れ、あわや負けるのではと思わされたほど。

 その後、賊は着々と領土を広げ、最早討伐など考えるだけで無駄と思えるほどの規模となった。

 

 そんな相手と、今回対面する。緊張するなと言う方が無理な話。

 幸いだったのは、相手が接触即攻撃という野蛮なタイプでは無かった点か。

 

 だが、幸運はここまで。

 

「――――みんなが笑って暮らせる世の中、か」

 

 長椅子に腰掛け、背もたれに体を預けた少年が呟く。

 この場に居るのは彼と、今回の面談者である北郷、劉備、諸葛亮の合計四名だ。

 

 自分と同じ年頃の少年が頭目。その事実に、北郷は目を剥いたが今は突っ込めない。

 彼らは、見極めに来たのだから。

 

「…………無理じゃね?」

 

 後頭部を掻きながら、塚原智也はそう結論を下す。

 これに問い返すのは、この会談の場が出来上がる前に受け答え役として決まっていた諸葛亮。

 

「無理、とは?」

「そのままだ。人類揃って仲良しこよしに手を繋ぐなんてことは、理想論の域を出ない」

「…………根拠はありますか?」

「根拠も何も――――お前らも黄巾の連中を殺して来ただろ?」

 

 ただの確認作業の問い。しかし、諸葛亮は目の前の少年が何を言いたいのかその明晰な頭脳で分かってしまったのか、その表情を青ざめさせていた。

 智也としては、これ以上語る気にならないのか口を閉じる。

 

 そも、平和とは何なのか。そう問われて、明確な答えを返せる者がどれだけ居るだろう。

 辞書的な答えならば、戦争や災害などが無く穏やかな状態、らしい。

 

 劉備の理想は、素晴らしいモノだろう。それが、何処まで行っても机上の空論でしかない点に目を瞑れば。

 

「……貴方は、私が間違ってると思いますか……?」

「いいや?」

「え――――」

「そもそも、思想に間違いも何も無いと俺は思ってる。善悪だとか好悪だとか、兎に角そういう事を論じる時点でナンセ………すまん、兎に角間違ってる。違って、当たり前。相容れなくて、当たり前。だって俺達は人間なんだから」

 

 ひらりと、両手を左右に広げる智也。

 

「十人十色、皆違って皆良い。大事なのは、妥協だ」

「妥協、ですか?」

「ああ。人間は、一人一人に感情を持ち、考えを持ち、思想を持つ。それらを考慮して、相手をどの程度まで受け入れられるのか、それとも一切受け入れられないのか。この内、後者の考えに至った時、争いは起きる、と俺は思う」

「そ、そこから平和的解決、なんて………」

「無理だろ。個人の喧嘩すら、話し合いで終わらない事も多いんだ。組織を率いて互いの利益や思想が相容れないなら、もう殺し合うしかない」

 

 希望も何もない、現実。だからこそ、国は基本的に他国に対して己の何かしらを強要しない。強要する場合は、明確な力関係がある場合などに限られる。

 

 そして、先の話だ。

 義勇軍は、黄巾党の件で少なくない数の黄巾を手に掛けている。

 黄巾党は賊だ。実際、略奪などに手を染めた集団であった事は否定できない。そしてそれを討伐する事は国が主導した、一種の正義でもあった。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人と人は分かり合える、と。言葉をもって相手を知ろう、と。偽善であっても綺麗事であったとしても、それでもまず手に取るべきは武器ではなく、メガホンだった筈なのだ。

 

「悪いな、劉備。そもそも、お前たちは最初の手段を間違ってると俺は思う」

「…………」

「世界を変えたいと思うなら、最初にお前ら自身の固定概念から変えるべきだったんだ。黄巾にしろ、今益州にやって来る農民にしろ、アイツらのほとんどは自分の生活に困窮してた奴らだ。賊だ何だと言われても、全員に共通して言えるのは、()()()()()()()()()。コレに尽きる」

 

 語り終えた智也の目は、凪いでいた。

 劉備の思想を否定できるほど、彼は自分が真っ当な人間だとは思っていない。

 だが、結果的にとはいえ多くの社会的弱者を内包した組織の長である以上、語らなければならないとそう思った。

 

 未だに、己の答えを持たない未熟な王と、その王の成長機会を悉く奪った軍師は返す言葉が見つからない。

 

 結局、この場ではお開きとなる。もっとも、勢力で勝てない以上仕掛けた所で結果は見えているのだが。

 

 そして、舞台にベルは鳴り響く。

 

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