得物:木刀……木刀!? 作:ぼっくとん
数を拡大し続けている黄巾。そして彼らを討つべく動いている諸侯と国軍。
彼らが激しくぶつかればぶつかるほどに、夜陰に紛れる者達は動きやすくなる。
「…………妙ね」
上げられた報告の竹簡へと目を通しながら、曹孟徳はその端正な眉間に皺を寄せた。
彼女含め、現在の諸侯は何れも己の雄飛の為の足掛かりとして黄巾討伐に動いている。国からの依頼でもあるが、同時に大きな成果を上げればそれだけで周囲への牽制になるのだから。
曹操もまた、自身の陣営を育てる事に余念がない。兵の調練や人材の発掘。支配域における政の運営等々。彼女は存分に辣腕を振るっていた。
その最中に上げられた一つの報告。
内容は、軍の輜重が襲われたというもの。
被害内容は、食料、予備の武具、その他一部建材や物資が足りない際の買い付けに使う資金等々。その他、当直の兵数名がやられていた。
曹操が注目したのは、襲われた場に黄色い布が落ちていたというもの。汚れ、草臥れたソレは成程黄巾に参加する農民が持ち合わせていた物に見える。
だが、
(露骨、よね)
違和感。現在の大陸に於いて、黄色い布はそのまま反旗を翻した黄巾を意味する。結果として、布地を販売する商人は大っぴらに黄色い布を店先に並べる事を自重するほど浸透してしまっていた。
そんな布が、被害現場にこれ見よがしに落とされている。
まるで、誰かが黄巾に己の罪を擦り付けようとしているかのように。
考え過ぎと言われるかもしれないが、もし仮に曹操の違和感通りに黄巾へと自身の罪を擦り付けようと動いている何某かが居るのならかなり狡猾な相手だ。
何せ、大陸中の目が黄巾に向いている事を理解した上で彼らへとヘイトを集めて、自身は目的へと向けて密かに進んでいるのだから。
何処かの勢力か、あるいは個人か。
考え込んでいれば、不意に部屋の前に気配を覚える。
「失礼いたします、華琳様」
「秋蘭。丁度良かったわ、貴女の意見を聞かせてもらえる?」
「意見、ですか?」
昼食の時報に来た夏侯妙才は、主より差し出された竹簡を受け取って首を傾げつつその中身へと視線を落とした。
暫く目を通し、僅かに眉を顰める。
「この件でしたか」
「ええ。桂花が気炎を上げていたわね」
「姉者も同じ様なものです。『賊に敗れるような軟弱者は許さん!』という事らしいですよ」
「春蘭らしいわね。私が見てほしかったのは、ここに貴女は違和感を覚えなかったか、という事よ」
「その事なんですが、華琳様。どうやら他陣営においても同様の件が起きている様で」
「裏は取れているの?」
「はい。国軍である盧植、皇甫嵩。袁紹、公孫瓚。劉表、袁術。密偵が戻ってきた各陣営は何れもが似たような被害を受けています」
「ふむ…………」
夏侯淵からの報告に、曹操は顎に手を当てた。
もし仮に、自身が考えていた何某かが裏に居るのなら実に狡猾。その上、賊とは思えない統率を誇り生半可な軍よりも規律正しい動きが出来るかもしれない。
(……ふっ、まさかこの曹孟徳の興味を掻き立てたのが各地の猛将、諸侯ではなく賊だなんて。分からないものね)
無論、黄巾討伐で名を挙げている者にも興味はある。だが、それと同じかそれ以上に興味惹かれた。
同時に、予感もある。
いつかは分からないが、しかし遠からず自身はその何者かが居るのならばかち合う事になるだろう、と。
「まずは、黄巾を討つわ。優れた者が居たのなら、わが軍に組み込むわよ」
「畏まりました」
その為にも、今は目の前の敵を討つ。
*
「――――えっきし!」
「アニキ、風邪ですかい?」
「んー……このところ、忙しいからな」
鼻の下を擦り、塚原智也は大きく伸びをした。
現在、彼ら一党は荊州と交趾の境界線近くにやって来ていた。
直近では、袁術、劉表、劉焉の物資を頂戴してきた所。南へとやって来たのは、北の冀州方面へと黄巾を追い立てる動きを見た上での行動。
同時に、彼らの一党――――いや、陣営は大きな変化を起こし始めていた。
「思ったよりも、人数が増えたな」
智也が見下ろす先。崖下では、男女問わずに多くの人々が何やら作業を行っていた。
元々は三十人前後。だが、今現在動いている者たちは二百を超えているだろうか。しかも、
コソ泥紛いの行為を続けていた彼らだが、人の口に戸は立てられない。人が動けば自然と噂を呼び、食うに困らないと聞かされれば困窮している者は自然と集まる事になる。
同時に、蛇の道は蛇という言葉もある。同業他社はこの時代、文字通り掃いて捨てるほどの数が居る。
ある者は力に。ある者は利益に。様々な理由を持ちながら、彼らは一人の少年の下に集ってきた。
「アニキの名が売れてきたって事じゃありやせんかね」
「そいつは、困るな。名前が売れすぎると、こっちに軍が来かねない」
「…………こういう時は、名が売れたと喜ぶもんじゃないんですかい?」
「ないな。賊の名声なんて、最終的にはどこぞの武将の栄光の一石にされて、路傍の石ころの如く切り伏せられるのさ」
部下の一人に応え乍ら、智也は思考する。
数百人規模となると動き回るのは、難しい。
となれば、取れる選択肢は三つ。
一つは、諸侯の一人として立つ事。勇名さえ何とかなれば、義勇軍として数を揃える事はそう難しい話ではない。
だが、智也はこの選択肢を却下する。
そもそも、そんな勢力としての独り立ちをしようと思うぐらいなら、適当な陣営に売り込んで所属した方が良かった。それをしなかったのは、偏に組織に属する面倒くささが勝ったから。
もう一つの選択肢は、ここに村を起こすというもの。
荊州は、銅鉱山などの鉱物資源がある。そして、この時代の銅は貨幣に用いられたりと用途の広い金属の一つだ。
この銅を掘り出して、売り出す。銅だけでなく、岩塩などを見つければ塩を売る事も出来るだろうし山というのは存外資源の宝庫だ。
しかし、コレはこれで面倒。そもそも、智也にはその手の知識は少ない。
「…………となれば、三つ目か」
「三つ目?」
部下の問いに答えず、崖際へと一歩近づく智也。
そして、大きく息を吸い込んだ。
「――――聞けッ!お前ら!!」
「「「!?」」」
大喝が、響き渡り眼下の人々の手が止まる。
「これから!俺達には、三つの選択肢がある!」
「一つ!義勇軍として立ち上がる事!」
「二つ!この地に集落を築き、商人として物を売る事!」
「三つ!ただ賊として、全てを奪い!死ぬまで自由に生き続ける事!」
少年の声が木霊する。
「選べ!俺は、その選択肢を尊重する!」
木霊した声が徐々に収まり、代わりに響くのはざわめきだった。
選べと言われて、彼らがすぐにポンと答えを出せる訳ではない。それを分かっているのかいないのか、一人の男が足を一歩踏み出した。
「そういうテメェはどうすんだ!?」
「俺か?俺はな――――」
問いに、両手を大きく開く智也。
「自由に生きるぜ!やりたい事やって、やれる事やって!好きな事して死ぬだけさ!」
鮮烈だった。善も悪も関係なく、自分の思うがままに生きるだけ。
この時代、何かしらの束縛を避けられない生活の中で、高い志でもなければ猛る野心でもない、宛ら蒼穹の意思とも言うべきもの。
「離れるってんなら、止めはしねぇ!付いてくるってんなら、それも良し!好きに選んで、好きに死ね!全部、お前らの自由だ!」
少年は、選ばせる。それこそが自由意志であると言わんばかりに。
困惑する者たち。その中でも、一歩前へと足を踏み出す者が居る。
「オレは、やるぞ!アニキに付いていく!」「オレもだ!もう、堅苦しい場所はご免なんだ!」「アタシも!」「私も!」「俺も!」
声が上がれば、それが呼び水となる。
笑みを浮かべ、智也は空を指さした。
「さあ、やろうじゃねぇか!我が儘に!!」