得物:木刀……木刀!? 作:ぼっくとん
城攻め。古来より、城を攻め落とすには城内の三倍以上の兵力を必要とするとされる。更にただ兵を集めるだけではそう簡単に城は落ちない。
城というのは、外からの攻撃には滅法強いのだ。
だが、相応の弱点もある。
外側が強いのなら、内側から崩せば良いだけなのだから。
*
「――――だからよぉ!!あの人は、何も分かってねぇんだよ!!ヒック!……
「分かるぜ、大変だったな。ほれ、もう一杯」
並々と杯に注がれた酒を顔を真っ赤にしながら管を巻く男は、勢いよく呷った。
その様を見ながら、智也は寄り添いつつ内心で笑みを浮かべる。
彼にその気がある訳ではなく、この後の作戦の為に必要な事なのだ。
やりたい事をやる。その一つとして、彼らは城を落とす事にした。
その為に、増えた人員を五人一組として各地に斥候として派遣。決して深入りせず、世間話程度の流れでその地の情勢を把握。
そして選ばれたのが、南陽。袁術のお膝元である。
トップである袁術はほぼ神輿の状態。武力、軍略、政治の何れも特筆する者が無い幼い子供。その懐刀であり世話役であり、袁術勢力の軍師である張勲は
特筆するべき戦力も居らず、兵もそこまで強くない。更に下級官僚などの下っ端は上への不満が溜まっている。
強いて挙げれば、袁術もとい張勲の小間使いのようになっている孫家が将の強さ、兵の強さ、軍略、隠密と境遇次第で大陸でも指折りの勢力と成れる可能性のある者たちが居る位か。
とにかく、南陽に目を付けた智也は搦手で城を落とす事にした。
その一つが、上記の城の下っ端を酒に酔わせて不満を爆発させるというもの。
古今東西、組織というものが完全に統率される事はあり得ない。限りなく纏められていても、全員がそれぞれに個人的な意識を持つ人間の集まりなのだ。どうしたって合わない部分はある。
それが、組織という堤に穿たれる蟻穴の基となる歪みだった。
智也のみならず、彼の手の内の者たちが酒で色気で、あらゆる手段で下っ端を篭絡。只管に、焚きつける。
腐敗した組織こそ多いのだが、上層部は下っ端を軽く見過ぎている節がある。権力の味とその効能をよく知るからこそ、弱みを見ようとしないからだ。
三日後、南陽の城が一つ落とされる。
*
その報告を受けて、張勲は思わず頭痛を覚えて眉間を揉んだ。
「……もう一度おっしゃっていただけますかぁ?」
「は、はっ!既に、南陽の城の幾つかが落ちており、その数は依然として増えている状況です!」
「こちらに喧嘩を売って来ているのは、誰か分かりました?」
「申し訳ありません、未だに何とも。落とされた城には旗などは無く、物資と人員が消え残っていたのは城を預かっていた者とその周辺人物のみです」
「はぁぁぁ~~~~~~………」
重く長い溜息も仕方ないだろう。
彼女含め、多くの諸侯は冀州に現在意識が割かれている。遠方である、涼州の馬騰や益州の劉焉などその場を離れる事が難しい者たちも、娘や腹心の部下などの代理を立てて黄巾討伐に参加している。
勿論、その機に乗じて他の州へと攻め込もうとする馬鹿が居ない事も無いのかもしれないが、それはそのまま州を統括する、という事になっている立場の“漢”へと弓を引く事に他ならない。
屋台骨が腐り、最早形骸化しているといっても過言ではないとしても、それでも自分達の所属する国へと矛先を向ける事が出来る者が、いったいどれほど居るだろうか。
何より、もしバレれば他の諸侯も含めて袋叩きにあいかねない。こうなってしまえば、如何に大規模な陣営であっても人数不利で戦わざるを得ない上に、もしも勝っても出血多量で疲弊する上に敗北する公算の方が遥かに高い。
だが、現実問題として事は起きてしまっている。張勲は眉をひそめた。
(いったい何処のおバカさんでしょうかねぇ。態々私たちが本拠地を離れている時に攻め込むなんて。劉表さん……は、このような手を取る方ではありませんね。もっと手練手管を用いて遠回りにこちらの首を絞めてくるような人です。孫策さん……いえ、周瑜さんの入れ知恵でしょうか?……違和感がありますねぇ)
そう、違和感。それが張勲に事の真相を見破らせない。
現実の答えは、元々不平不満の溜まっていた若手や中堅の官吏や兵士が焚きつけられた事で上司をぶっ殺し、そのまま物資や人員丸ごと賊落ちしている、というある種の彼女の自業自得の結果であるのだから。
端的に言って彼女は、彼女が大切にする袁術以外を蔑ろにし過ぎた。そして、彼女らの陣営に居る悪性腫瘍レベルの救いようのない腐った役人どもを放置し過ぎた。
でっぷり太った彼らは、手足が少し削れた事を気にも留めていない。城が落ちたと言われた所で、保身を優先し自分達の甘い蜜をいかにして独占していくかに思考をシフトさせていったのだ。主君である袁術や上司である張勲を助ける気など毛頭無い。
ある意味、組織の腐敗とは何ぞや、というものを体現していると言えるだろう。
「…………とりあえず、孫策さん達を呼んできてもらえますかぁ?」
「はっ!」
慌ただしく幕舎を駆け出していく伝令を見送り、張勲はため息を吐く。
見えない敵を前にすれば、如何なる悪知恵もいまいち意味を成さない。故に、実行武力を求めるのは当然の事であった。
*
「――――そろそろだな」
ザリッ、と城壁の上から北の方角を見やり、智也は目を細めた。
南陽に幾つかある支城は、今現在彼が入場した場所を数えて10を超えていた。同時に彼の自由の旅路に付いてくる人数もまた指数関数的に増えている。
「何がそろそろ何ですか?」
智也の独り言に質問を返したのは、彼のお付きのようになった兵の一人。
彼らの集団には明確な上下関係は存在しない。しないが、しかしその一方で流れで自然と部隊運用の形は出来上がっている。
大将にして旗印が、智也。その下に元々の賊の一党を率いていた元頭目が居り、そこから各自戦闘において勇猛だった者、一番槍を常に狙う者などが部隊長のような形となり、彼らの下に自然と集まった者達が部下の様な事になる。
もっとも、それは何れも戦闘においての話だ。平時は、大将である智也であってもその扱いは周りと変わらないもの。それでも、畏まって接する者は珍しくなかったが。
「俺達の動きに対して、奴さんが何かしらのアクションを取って来るってこった」
「あく……?」
「あー、動きって意味さ。とにかく、城を落としてるのは袁術かその周囲に居るだろう軍師の耳にも入ってるはずだ。となれば、何かしらの対策を取って来る。というか、俺だったらそうする」
「対策、ですか………」
「ああ。先ず、斥候だな。情報収集をして、相手が何者かを把握する」
「我々の事は、分からないという事でしょうか?」
「そうだな。基本的に、話に乗って来なかった官吏は皆殺しにしてるし、物資その他は貰えるだけ貰ってる。情報なんざ、殆ど残してない。となれば、まずは知ろうとするはずだ」
「成程……」
「そして、こっちの情報をある程度洗い出したら、今度は強力な一撃を用意する。大軍、もしくは猛将。自分達に喧嘩を売ってきた相手を潰そうとするだろうさ」
「そ、そんな事になって、大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、問題ねぇよ」
城壁の縁から踵を返して階段へと歩き出す智也。その後を、兵が駆けて追いかけてくる。
「そもそも、戦う必要性が無い。城を落としたのは、物資の補充とちょっとした気紛れだからだ。このまま荊州に残り続ける必要性も無い」
「で、では、次はどちらへ?」
「もう決めてる」
腰に差した木刀に左手を乗せて、智也は振り返る。
「次に向かうのは――――」