得物:木刀……木刀!?   作:ぼっくとん

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 益州。水資源が豊富で、それに付随して自然環境の整った州であり涼州と並んで西からの文化を取り入れやすい土地の一つ。

 この地を治めているのは、劉焉。しかし、老齢に達した彼を抑え、実権を握っているのは劉璋と呼ばれる男であった。

 

 また、この男が質が悪い。

 権威主義で、同時に自身がその権力を身に付けようとするタイプ。現在の漢では、売官行為も珍しくなく、金さえあれば官位を金で買う事が出来るが劉璋はこの買った官位を己のみならず周りに撒いた。

 自然、欲に塗れた者たちが寄って集って集まって来る。劉璋は、コレを利用して自分に都合が良い様に益州の政を歪ませていく。

 袁術の陣営に近いが、彼の場合は官吏だけでなく商人や軍部も巻き込んで歪ませていった点だ。

 商人には、特権と利を。代わりに、賄賂を要求し私腹を肥やす。軍部は、そもそも武将を自分の手勢にして掌握した。

 彼にとって、弱みのある人間ほど動かしやすい者は居ない。どれ程武力に優れていようとも、その弱み一つで意のままなのだから。

 我が世の春と言わんばかりのやりたい放題。黄巾討伐にしても、表向きの代表者である劉焉を通して最低限の人員を派遣するに留めた。

 

 だが、彼はまだ知らない。正確には、()()()()()()()()()

 

 売官によって権力を得た彼は、その一方で武力によって上り詰める武将や、軍略によって昇る軍師と違って戦争に対する能力が低い。

 決して無能ではない。ないが、その実力は精々が二流といったところ。練磨すれば一流にも届くかもしれないが、彼はその才覚を悪だくみと権力を握る事に費やしてしまった。

 

 故に、その結果は必然なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぶっ壊して進めェ!!」

「「「オオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」」」

 

 木刀を指揮棒のように振るう少年に呼応して、時の声を上げた破落戸(ごろつき)達が地を駆ける。

 袁術、そして劉表の領地から失敬された物資と人員は、既に小規模な諸侯勢力に匹敵するほどの数と量になっていた。

 更に、率いるにあたって塚原智也が徹底したのは飢える事の無い生活をする事。続けて食事のバランス。

 折角大量に物資があるのだから、溜め込むのではなく自分たちの腹を満たす為に使う事にしたのだ。

 結果、この時代にしては劇的な食事環境の改善。それに比例して、破落戸や不良兵士などは何れもが体つきが逞しくなっていた。

 よく食べて、よく動き、よく眠る。差別せず、贔屓せず、皆平等に享受する。

 規模が大きくなれば、人の耳にも入る様にもなる。

 結果として、いつの間にか老若男女問わずの大集団と化しているのが今の塚原一党であった。

 

 突っ込むだけの猪は、しかし弓兵にとっては的も同然だ。

 

「弓、構え…………放て!!」

 

 凛とした女将軍の号令と共に、数百の矢が弧を描いて空へと放たれた。

 現代の場合、弓矢をイメージすると地面と平行に構えて引き絞り、放つ姿を想像するのが殆どだろう。

 しかし、ソレでは思ったよりも射程が出ない上に、この時代の弓矢では威力にも不安が残るというもの。

 それ故に、基本的に弓矢の運用は相手を狙うのではなく、集団で一定の距離感に居る相手へ雨のように降らせるような形を取った。

 これにより射程と重力加速による威力のある程度の確保。即死しないまでも、小さくない傷を負わせる事ができる。

 

 もっとも、そんな事は智也も知っている。弓矢を使った戦闘を遠目に確認していたのだから。

 同時に、とある対策を施してもいた。

 

 破落戸達の先頭を走る男が、矢が放たれた事を視認してその肺に大きく息を吸い込んだ。

 

「矢が来るぞお前ら!!アレを持ち上げろォ!!!!」

「「「シャアアアアアアアッッッ!!!」」」

 

 足音にも負けない大喝が響き、呼応する時の声と共に()()()()()()()()()

 駆ける破落戸達の頭上に展開されるのは藁の楯。正確には、戸板に編んだ案山子がこれでもかと括りつけられた代物。

 一本の矢が刺さり、続いて矢の雨が編まれた藁に阻まれてその効力を発揮する事無く受け止められた。

 数百本の矢により重くなった藁の楯を捨て、破落戸達は既に己らの射程圏に劉璋軍を捉えていた。

 

「なっ……!?あんな方法で、矢を無効化するなんて……!?」

 

 目を剥いたのは、女将軍。

 彼女の弓の技量は、中華広しといえども五本の指に入る腕前だろう。同時に、彼女の率いる弓兵もまた優れた弓の使い手であった。

 だからこそ、規模こそ大きいが一介の賊が自分たちの初撃を無効化した上で接敵を果たした事に目を見開かざるを得ない。

 そして、将の動揺は兵にも伝わる。況してや、見た事も無い様な方法で防がれては如何に戦闘経験がある兵士であっても初動が鈍る。

 

 そこを見逃す手はない。同時に、破落戸達の大将は目を細めていた。

 

()()()()

 

 木刀を左手に、塚原智也は小高い丘を飛び降りて駆け出した。

 柄頭を左手で包むようにして持ち、その状態で己の左肩へと立て掛けた格好は気を抜いていると見られても仕方がない状態だ。

 その状態で、智也は駆ける。驚くべきはその速度か。

 

 この時代、移動は徒歩だ。馬や馬車を用いる事はあれども、車や飛行機、列車などは無いのだから当然と言えば当然。強いて挙げれば、河を用いた舟だが場所が限定される。

 

 だが、智也の足は()()()()()()。競走馬などに用いられるサラブレッドが、だいたい時速60~70キロ程だがそれよりも遥かに速い。

 土煙を巻き起こして駆けるその姿を、女将軍は視認した。

 同時に、理解する。どれ程破落戸を削っても、あの駆けてくる少年を仕留めねばこの事態は何も変わらないという事を。

 瞬間、矢を弓に番えていた。

 渾身の力で引き絞り、一矢を放つ。

 

 刹那――――

 

「狙いは良いが、甘ぇな」

「ッ!?そんな――――!」

 

 空を切り裂き進む矢は、しかし少年の射程圏に入った瞬間木刀の一閃がその鏃を砕き、シャフトをへし折り、矢羽根を潰した。

 巨岩すらも粉砕する気を込めた渾身の一矢が容易く阻まれ、目を剥く女将軍。だが、固まってはいられない。

 弓を置き、代わりにその手に薙刀を取る。

 

 一拍、激突。

 

「アンタが、ここの責任者か?」

「ッ、そういう貴方はこの賊の頭目ね……!」

「名目上、なっ!」

 

 木刀と薙刀が真正面からぶつかり合い、剛力によって女将軍の体が後方へと押し飛ばされる。

 

(何て力……!変わった装束だけど、在野にここまでの力の持ち主が居たなんて……!)

 

 ジンジンと両手に響く衝撃の痺れに、女将軍は眉を寄せる。

 得手ではないとはいえ、弓を主武装とする彼女は当然寄られた時の対応として扱う薙刀の技量も卓越したものがあった。

 にも拘らず、

 

「さっさと寝てなッ!」

「ッ!」(重い……!)

 

 一撃を防ぐために腕が痺れる。体が押され、吹き飛ばされないよう踏ん張って猶、力負けする。

 更に解せないのが、少年の振るう木刀の強度。

 何度か反撃に薙刀の刃がその木目へと振るわれているのだが、傷一つつかない。ともすれば、逆に薙刀の刃が砕かれるのではないかと思わされる始末。

 更に、

 

「く、ぐっ……!」

 

 女将軍を追い詰めるのが、智也の剣筋。

 刀剣の類は、ただ振り回すだけではその役目を全うできない。刃で対象を斬る関係上、どうしても刃筋などを意識せねばならないからだ。

 

 だが、木刀は違う。

 刀の見た目をしていても、その本質は棍棒に近い。刃筋などは無く、何ならどの状態からでも振り回して当てるだけでその役目を果たす事が出来た。

 加えて、鉄器を上回る強度を発揮するのなら場合によっては本物の刀剣を振るうよりも優れているかもしれない。

 

 智也の剣筋に型は無い。己の才覚と、増大した身体能力をそのままに振り回す事で圧倒的な暴威を形成していた。

 

 二人の戦いが激化するに比例して、破落戸と劉璋軍のぶつかり合いもまた加速していく。

 ただ、その明暗は明らかだった。

 

「ハッハー!!クソ弱いじゃねぇかよォ!」

「く、くそ!破落戸風情が……!」

「その風情にぶっ倒されてんのがテメーらなんだよォ!!」

 

 周辺環境が改善し、食事と睡眠による優れた体格の確保と喧嘩による自然と詰まれた喧嘩殺法の合わせ技は何でもありというスタイルも相まって訓練を積んだ兵士とはまた別の厄介さを持っていた。

 武器に因らない戦い。拳で殴り、突進して押し倒し、倒されれば土を目元に投げつける。オマケに、彼らはどれだけ相手を倒しても自分の手柄とはならない。智也が、活躍に問わず贔屓する事が無いからだ。

 だからこそ、破落戸達は自分達が生き残る為なら袋叩きも、どれ程汚い手段も躊躇わずに行使できた。

 更に付け加えるなら、劉璋軍はモチベーションが低いというのもある。主に。劉璋への忠誠心の低さが理由に挙げられるだろう。

 

 それ故に、戦況が決まれば自然と武器を振るう手も止まる。

 

「あ、がっ……!?」

 

 鳩尾へと深々と減り込んだ木刀の切っ先に、肺から空気を絞り出すようにして血を吐いた女将軍は目を剥く。

 倒れられない理由が、彼女にはある。あるが、しかしその思いに反して体は前のめりに倒れ、意識も薄れていく。

 

(璃々………)

 

 愛娘の姿を幻視しながら、その意識は闇の中へ。

 倒れた相手を眺めてから、智也は顔を上げると息を大きく吸い込んだ。

 

「お前らの将軍は倒れた!お前らには、二つの選択肢をやろう!!」

 

 喧騒に覆われた戦場に、少年の声が木霊する。

 

「一つは、このまま戦う事だ!その場合、俺達はお前らを殲滅する!!一人残らずな!」

「「ッ……!」」

「もう一つは、投降だ!そうすりゃ、命は取らねぇ!好きに選べ!!」

 

 智也の挙げた選択肢。

 兵士たちには、最早選ぶ余地はなかった。

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