得物:木刀……木刀!?   作:ぼっくとん

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 開け放たれた城門。最早用途を成さないその門扉を、塚原一党は堂々と潜り抜けていく。

 城内は、慌ただしいものだ。

 ただの賊の襲撃かと思えば、まさか州牧の軍を破って真正面から堂々と乗り込んでくるなど思いもしない。

 

「き、貴様ら!ここを何処だとぷげっ!?」

「邪魔だぞ、テメェ。アニキの道を塞ぐんじゃねぇよ!」

 

 太った官吏が唾を飛ばして向かってきたが、破落戸に殴り倒されて泡吹く始末。

 木刀を左肩に乗せた智也は、自分の城と言わんばかりにずんずんと奥へと踏み込んでいった。

 別段内部情報を知っている訳ではない。というか、城の内部構造をその陣営の人間でないのに知っていたらそれこそ問題だ。

 暫く進み、一際豪華な扉を蹴り開ければこれまた豪華な恰好の青年とそれから彼に押さえつけられ人質のようになっている少女の姿があった。

 

「く、来るな!来るんじゃない!お前たち、ここが何処だか分っているのか!?」

「…………なあ、アニキ」

「ん?」

「何でああいう奴らって、同じ事しか言わねぇんだ?」

「そりゃあ、そもそもこうやって国に面と向かって反旗翻して城を落とすような奴が居ねぇからだろ。権力ってのはバカみてぇに強大な力だけど、その実俺達みたいな権力を気にしない暴力の前じゃ無力なんだ」

「へぇー……何でそんなもんが欲しいんですかね?」

「さっきも言った通り、馬鹿みてぇにデカい力だからだ。権力は、その通用する範囲に限るが莫大な恩恵を与えてくれる。財産や軍事力。それこそ、旨い飯をたらふく食えるだろうし、いい女も抱けるだろうさ」

「…………今の俺らと変わらねぇな?」

「はっはっは!まあ、そうだな。結局突き詰めれば権力も俺達が掲げた縛られない自由も、似通ったものかもしれねぇ。違うとすれば、個人の強弱位だな」

 

 一頻り笑って、智也はジロリと目の前の青年を見やる。

 血色は悪くないが、鍛えている様子の無い体格。ともすれば、若い身空で腹が出ているかもしれない。

 筆は持つのかもしれないが、到底剣を握った事は無いであろう綺麗な手。しかしその一方で、その目は欲に塗れている。

 

「ッ、黄忠は何処だ!?娘がどうなっても良いのか!?」

「おかーさん…………」

「お前らもそうだ!そ、それ以上近付いてみろ!このガキを殺すぞ!!」

 

 喚く劉璋に、涙を浮かべる押さえ込まれた少女。

 絵面は最悪だが、その一方で破落戸達に困惑も生まれる。

 

(((あんなガキ知らねぇ)))

 

 人質としての効力だ。

 彼らは、元々賊だ。人をその手に掛けた事も両手の数を超えている者も居るだろう。

 そんな相手に、子供といえども見ず知らずの他人が人質として十全に機能するかと問われれば首を傾げざるを得ない。

 とはいえ、今この場を治められる立場は、ただ一人。

 

「はぁ…………」

 

 右手で頭を掻いて、智也は溜息と共に首を動かし後ろを流し見る。

 

「お前ら、二歩下がれ」

「え?へ、へい!」

 

 言葉に従い、数人の破落戸たちが二歩後ろに下がった。

 同時に、智也は視線を前に戻すと木刀を肩から下ろし、手の中で回転させて逆手持ちへと木刀を持ち変える。

 

「ぶ、武器を捨てろ!早く捨てろよ!!」

「あー、分かった分かった。落ち着けよ」

 

 唾を飛ばす劉璋を宥めながら、智也は両手を持ち上げると左手を放した。

 木刀が床へと落ちていく。その瞬間を目撃し、青年の緊張が緩む。

 人というのは面白いもので、極度の緊張状態から気が抜けると途端に能力が低下する。主に、集中力と思考力。更に気が抜けると脱力した体は、次の動作への移行にラグが起きやすくなるのだ。

 劉璋が、正にそれだった。

 彼の視点では、生きるか死ぬかの瀬戸際。そこから半歩程度であれども生存へと傾いた()()()()()現状を前に気が抜けた。

 だからこそ、反応できない、気付かない。気付いたとしても動けない。

 

(何を――――)

 

 木刀を手放した少年の右足が前へと一歩踏み込まれたかと思えば、同時に左足が後方へと振り上げられる。

 その体勢を見ながら、しかし劉璋は酷くぼんやりとした心地でただただ見つめるばかり。

 

「オラァッ!!!」

 

 落下する木刀の柄頭を、振り抜かれた左足の甲が捉える。

 一瞬の溜による硬直を挟んで、木刀は切っ先を前にして矢に勝る速度で宙を進み、

 

「へ…………ぷぎぃ!?」

 

 馬鹿面を晒した劉璋の眉間を強かに突き飛ばす。同時に、押さえられていた少女の体が宙を舞った。

 

「きゃあああああああああああわぷっ!?」

 

 自由落下しようとする小さな体は、その前に硬くも柔らかい何かに抱き留められる事でその落下を取りやめた。

 少女を右手で抱え上げ、宙を回転する木刀をその回転を見切って左手で柄を掴んで確保した智也はそのまま床へと着地すると伸びている男を見やる。

 

「あーあー……イケメンが台無しだな、こりゃあ」

 

 眉間を割られて血を流し、白目を剥いて口からは泡を吹き気絶した劉璋。心なしか、その股間の辺りには液体に濡れた染みが出来上がっていた。

 汚い、と顔を顰めて智也は振り返る。

 

「こいつが、頭で良かったんだよな?」

「あー、多分?まあ、偉そうだから良いんじゃねぇか?」

「なら、簀巻きにして門の横に吊るしてこい。多分、生きてるからよ」

「へいっ!」

 

 引き摺る様に劉璋を連れて行く破落戸達が慌ただしく部屋を出て行った。

 途端に静かになった室内。

 

「さて、と」

「ッ!」

 

 少女の方が震える。

 あの妙に臭い男とは違って、殆どニオイのしない安定した腕の中で少しの安心を覚えていたが、そもそも少女が居る場所は賊の腕の中だ。オマケに、歳に対して賢い彼女は自分を抱えた少年が賊の中でも上の立場である事を察していた。

 そんな少女の緊張など見向きもせず、智也は木刀を腰の右側に差すと両手を少女の左右の脇の下へと差し込んで持ち上げた。

 

「おい、ちびっ子」

「ひっ……!」

「……怖いのは分かるが、話を聞け。お前の母さんってのは、おっぱいのデケェ女将軍か?」

「…………?」

 

 問うてくる少年を見返して、少女は固まった。

 彼女には、母が一人居る。父親は、既に鬼籍に入っている。

 優しい母は、同時に強い将の一人であった。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 娘を人質に、手駒の一つとして加える。意にそぐわない動きをすれば、娘の命は脅かされ。場合によっては慰み者にされていたかもしれない。

 

「おかぁ、さん…………」

 

 言葉と共に、涙が零れ落ちる。

 止まらない。昂っていく感情に引き出されるようにして、流れる涙の量は増え続けていく。

 泣き出した少女に、ギョッとしたのは智也の方だ。

 流石に泣かせるつもりはなかった。彼としては単なる確認でしかなかったのだから、この反応は予想外が過ぎるというもの。

 慌てて少女を抱き直すと、足早に部屋を飛び出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 姓は、黄。名は、忠。字は、漢升。

 中華でも有数の弓の名手にして、名将の一人。しかし、そんな彼女には大きな弱点があった。

 それが、夫の忘れ形見であり、同時に命に代えても守ると決めた一人娘の存在だ。

 

 だからこそ、付け込まれた。

 

 如何に黄忠が強かろうとも、彼女も一人の人間だ。どうしたって隙が出来る。同時に、将軍として宮仕えの身でもある。

 その隙を突かれ、娘は奪われた。人質として。

 劉璋は、狡猾な男だった。同時に、周到に手練手管を用意する小狡い男でもあった。

 あくまでも、黄忠を将として扱う。彼女の体を舐めるように見る下卑た視線はそのままに、だ。

 自分が慰み者になるのなら、まだ耐えられた。だが、娘に手を出されるとなれば最早彼女にとって採れる選択肢など無い。

 

「――――…………うっ……」

 

 目を覚ます。サファイアのように深い蒼を湛えた瞳が、霞む視界の中で最初に見たのは木目の天井だった。

 なぜ自分がこんな場所に居るのか、そもそもここは何処なのか、自分はどうなっているのか。鈍った頭に疑問が浮かぶ。

 その疑問が浮かんだお陰か、酸素が脳へと回り、そして自分の意識が途絶えるまでの事を思い出した。

 

「ッ、璃々……ぐっ…………!」

 

 跳ね起きると同時に、鳩尾に鈍い痛みが走り顔が歪む。

 だが、今の彼女は痛みなどでは止まらない。

 息が詰まるような苦しさであろうとも、それが逆に手負いの獣と化す。

 

 全ては、自分の宝を取り戻す為。

 

 燃え上がろうとする黄忠の気は――――しかし、一瞬の間に霧散した。

 上体を起こした寝台の上から、彼女は見つけたからだ。

 

「……すぅ…………」

「璃々……?」

 

 黄忠が横になっていた寝台と横並びに置かれた寝台。

 その上に自身と同じ髪色の少女が横向きの姿勢で丸くなってすやすやと寝息を立てていたのだから。

 唇が震えた。あんなにも切望した己の愛娘が、正に今目の前にあるという現実が、余りにも浮世離れしていたから。

 だが、鳩尾の痛みがこれは現実である、と激しく主張してくる。

 震える指先がゆっくりと伸ばされて、その頬に触れた。

 

「ッ、あぁ…………!」

 

 柔らかく、温かい。ふくふくとした頬に涙の跡が残っているが、それでも確かに自分の娘は目の前に居た。

 そこからはもう、止められなかった。

 眠っている事は分かっているが、それ以上に母親としての本能が止められなかったのだ。

 当然、眠っている中で抱き上げられれば大抵は気付く。泣き疲れて寝たとしても少女、璃々は眠るギリギリまで母が起きる瞬間を待っていたのだから。

 何より、全身を包み込むような温かい柔らかさと、安心するニオイに意識が急浮上。

 寝ぼけ眼が開かれ、その目が最初に捉えたのは――――泣きそうな母の表情だった。

 

「おかぁ……さん………?」

「ええ、そうよ」

「おかーさん………おかーさん!うわぁああああああああああああああ!!!」

 

 大粒の涙と共に泣き始めた璃々を抱きしめて、黄忠もまた涙を流す。

 どんな経緯であれ、今まさに腕の中に最愛の娘が居る。

 今はただ、それだけで十分だった。

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