得物:木刀……木刀!? 作:ぼっくとん
時は流れて、夜。
州牧の城と城下町は、大宴会の様相を呈していた。
「わはははは!俺たちにかかりゃあ、州牧だろうが何だろうが楽勝だな!」
「酒がうめぇ……!チクショウ、奴ら良いもん飲んで、食ってやがるな!」
「喚くな喚くな。今は俺達のものなんだから、好きに食って好きに飲もうぜ」
飲んで騒いでいるのは破落戸達。
しかし、それだけではない。
城だけではなく、城下町も宴会に巻き込まれているのだ。正確には、城に溜め込まれた金銀財宝その他を大量放出してありったけの酒や食料を買い込み、住民も巻き込んでの大宴会である。
そんな宴会を開催した張本人である塚原智也は、城の城壁の一角に寝そべって果実水を片手に空を見上げていた。
彼はまだ十代半ばの少年だ。酒を嗜めるような年齢でも、楽しめる様な舌も持ち合わせてはいなかった。
少年が考えるのは、今後の事。
既に何度もの夜を越えてきた。最早、自分が超大作の夢の中に居るとは思っていない。
同時に、黄巾や諸侯の名前を聞いてここが三国志の世界で、それも変な方向にねじ曲がっている事も理解していた。
まず、女性が強い。我が強いとか精神が強いのではなく、物理的に男に比べて強かった。
次に歴史。漢を立てた劉邦は女だった。コレは、奪い取った城の書庫にあった歴史書に書かれていた事とそれから袁術や劉表を裏切った文官への質問で判明した。
その他にも、有力な諸侯は軒並み女性。男で上に登っているのは、都の十常侍などや宦官位のものだ。
だからこそ、色んな意味で塚原智也は異物だった。
男で強く、頭もキレる。軍略に明るい訳ではないが、状況を見る能力があった。
それ故に、未来を考える。
残念ながら、智也に三国志の知識は無いに等しい。本を読むのがそこまで好きではないからだ。知識チートは無い。その分、フィジカルと得物がチートのソレだが。
(とりあえず、国に所属するのは無いな。つーか、規模がデカくなりすぎたな)
既に、万単位の人間が智也の一党には在籍している。言い訳をするなら、彼は一切勧誘などは行っていない。成り行きで道を共にし、その居心地の良さにそのまま居ついてしまったのだ。
賄賂が飛び交い、足の引っ張り合いと腹芸が日常の現在の漢において彼の一党はそれらが一切ない。
腕っぷしの喧嘩などはあれども、互いが殺し合う事は決してない。殴り合った後に大笑いしながら盃を共に干す事も日常茶飯事だ。
良くも悪くも、全員が対等。薄っすらとした上下関係の様なものは見え隠れするもののトップである智也が偉ぶらないせいで形にならない。
もし仮に、乗っ取りを画策するような者が居たとしても、乗っ取る前に袋叩きにあう公算の方が高かったりもする。
「国の運営なんざ出来るかっての」
果実水を飲み干して、智也は心の澱を吐き出した。
どれだけ頭がキレても、武力があっても彼は十代半ばの子供。社会勉強は愚か、国政に関わる選挙に参加する年齢にすら達していなかった。
そんな子供が、国の舵取りなど出来る筈もない。
かといって、ここまで連れ回した者たちを見捨てる選択肢がない事もまた、事実。
悶々と考えこんでいれば、不意に智也の耳が自分を呼ぶ声を捉えた。
立ち上がり、声の方へと飛び降りる。
「!あ、アニキ!探してやしたぜ!」
「おう、どうした?」
「アニキに話があるってこいつが言い出したんです」
そう言って、破落戸の一人が示したのは昼間に戦った女将軍。それから、彼女が抱えた同じ髪色と瞳の色をした少女にそれから数歩下がった場所で状況を見定めているのか腰の曲がった老人が破落戸数人に囲まれて立っていた。
「俺に用事ってのは、何だ?」
「……まずは、お礼よ」
「礼ぃ?言っとくが、お前が生きてるのは単に運が良かったのと、お前自身が頑丈だったからだぞ?」
顔を顰めた智也の言葉に嘘はない。
割と本気で、彼は女将軍の胴体を木刀で刺し貫くつもりであったし、その上でそこらの兵士よりも頑丈であった彼女は痛打を受けて気絶したものの命を落とす事にはつながらなかった。
運が良かった。彼女の体が頑丈で、その上将軍級との戦闘経験の浅かった智也の戦力分析の拙さも合いまった上での奇跡による結果。
それでも、
「救われたのは、事実よ。貴方があの瞬間、私を捕える選択肢を採らずに殺す選択肢を採ったなら、璃々に、娘にもう一度会う事は出来なかったのだから」
女将軍、黄忠は事実を述べて頭を下げた。
どんな理由であれ、自分は助かった。助かり、娘と再会できた。
黄忠は、将である。だが、それ以前に母親であるのだから。
真っすぐな感謝に座りが悪いのか、智也は頭を掻くと話題を逸らす様に黄忠から後ろの老人へと視線をずらした。
「あー、そっちの爺さんは誰だ?」
「ふぉっふぉ、儂は劉焉。この益州の州牧を務めていた老爺ですじゃ」
「州牧……?つまり、お前がこの州のトップ……頭って事か?」
「そういう事ですな」
「だったら、あのイケメンは何だったんだ?まだ、表に吊るしていたよな?」
「いけめん、とやらは分かりませんが貴公が仕留めたのは、儂の息子の一人であり儂からこの地を簒奪した劉璋と名付けた者ですじゃ」
「劉璋……まあ、良いや。んで?爺さんも俺に用事か?」
「儂が問いたいのは、これからの展望でしてね。貴公、何をもってこの益州を攻められたのか?」
「ふむ……」
劉焉の問いは、至極真っ当なものだ。
彼を抑えて好き勝手していた劉璋も、形骸的にだが州を一応治めていたのだから。治めなければ、自分の利益となる税を取り立てられないというのもあったが、兎に角統治を行っていた。
これを横車の突撃でぶっ壊しに来たのが、塚原智也である。正確には、彼の率いる形となった賊一党であるのだが。
「無い!」
「は……?ない、とはつまり――――」
「そもそも、俺達がここに来たのは状況に対応するためだ」
目が点になる劉焉を無視して、智也は木刀を抜くと地面に何やら描き始めた。
描かれるのは、簡略化され場所関係だけが分かる大陸の地図である。
「まず、俺達が最初に居たのは青洲だ。そこから、幽州、冀州、徐州、兗州、豫洲、司隷……まあ、兎に角あちこちに動き回ってきた」
青州の位置から無数に伸びていく矢印たち。改めて見ると、実に節操がない。
「そして、一定以上を商人やらから奪った後、今度は各州の軍、諸侯から物資を頂戴していった」
軍というのは、金食い虫だ。大量の兵員を用いるという事は、それだけの物資が必要となり、その物資を用意するには巨額を必要とする。
商人ならば、そこを上手く調整して利益を上げる事も出来ただろう。だが、生憎と智也たちは商人ではない。ノウハウもない。
「文字通り、あちこちに喧嘩を売りまくったような状況から辿りついたのは南陽。袁術のお膝元だな」
「…………何故、こうも動き回っていたの?」
「的を絞らせないため。百人も居ないような状態で軍を差し向けられれば、全滅の可能性があるからな。それに、動き回れば黄巾に振り回されている諸侯はこっちを気に掛ける余力がなくなる。もし注目しても、黄巾の様な証拠を残しておけばやっぱりそっちに目が行くからな」
木刀の切っ先で、南陽の辺りを突き智也は話しを続ける。
「ここと、劉表。まあ、主に荊州とそれから益州、交趾の三ヵ所で城攻めをして物資と人員を頂戴した。まあ、人員に関しては、募集してなかったんだが」
「百人以下の人数で、城を……?」
「別に攻めかかった訳じゃない。組織ってものが一枚岩じゃない以上、付け入る隙は幾らでもある」
淡々と語る少年に、黄忠は背筋を震わせた。
如何に組織的な欠陥があっても、そう易々と城が落とせるのなら苦労はない。そんな搦手を行使できる人間が一軍を上回るかもしれない人数を手に入れているとなれば恐れるなと言う方が無理な話。
「んで、益州に来たのは単純に囲まれる状況を少しでも減らす為だ」
黄忠の戦慄に気付く事も無く、智也は木刀で益州の地点に丸を描く。
「候補は三ヵ所。益州、揚州、交趾の三つ。荊州に留まったままだと袋叩きにあっただろうしな」
「選んだ基準は、何かしら」
「まず、揚州は却下した。あそこは兵が強い上に、兗州に接してる」
「兵は兎も角、兗州?」
「そこに居る、諸侯の一人が厄介なんだ。まあ、とにかくそういう理由で却下。交趾は、単純に押さえても旨味が薄かった。何より、さらに南の異民族に挟まれるのは面倒くさい」
「そして、益州に来た、と」
「ああ。ここは、水資源が豊富で自然も豊かだ。人数を養うなら、適した土地だろ?」
「…………」
だからといって州牧を、国の官吏を襲って剰え打倒してしまえるなどよっぽどだろう。黄忠は、己の頬が引き攣るのを感じた。
同じく、話を聞いていた劉焉は数度頷き、口を開く。
「それで、ここを治めぬというのは……」
「単純にノウハウ……要は、土地を統治するような経験と知識が俺達には無い。それに、そもそもの話俺も、そしてこいつらも既に漢っていう国に服しちゃいねぇって事さ」
「なんと……!つまり、独立国という事ですかな?」
「どっちかっていうと、無法地帯だろ」
木刀の先端についた土を落として、智也はそれを腰の右側に差し直す。
「とにかく、こっちは状況見て迎撃しやすい場所を陣取ろうと考えた結果なんだ。追い出したいならもう一戦やって勝つぐらいだろ」
「それは…………無理ね」
口の端を歪めて笑う智也に、黄忠は首を振る。
振り返るのは、未だに騒ぎの収まらない宴会会場だ。
城内にあった宝物を大量に放出して城下町の住民の心を掴んでいるのは、塚原一党の方だ。
元より、劉璋のせいで民の心が離れていた所に敗戦と宴会のダブルパンチが重なって今の状況。巻き返そうと思っても、最早益州軍に出来る事は何も無い。
かくして、益州は賊の手に落ちた。
時を同じくして、黄巾討伐を成したとある名族が、要らぬ嫉妬心を滾らせて事を起こそうと自身の軍師に無茶ぶりを始めていた。
中華の動乱は、まだまだ始まったばかりなのである。